003 夜行
「これで九割方埋めたか」
森の外に出る。延々と続きそうな大地の先には海が広がっている。静かなさざめきはどことなく哀愁を思わせ、自然の壮大さをそれとなく伝える。気付こうとしなければ気付けないような微かさで。
「あそこにゃまだ早い、帰る……か?」
と、気付く。夜の森はまた別の雰囲気があった。外から見て初めて分かること。
「夜のデータも集めよう」
マッピングは終了している。もしちゃんと空白を埋めるなら、昼に行うべきだ。今は夜である。
「どれだけやれるか……」
昼の森とは別物だ。変質している、雰囲気が、取り巻く全てが。昼の生き物は眠り、夜の生き物たちが動き出す。
「シャー……」
「蛇だな」
素早い動きで足に絡みつき、毒牙を突きたてようとする。かなり素早い、敢えて足に絡みつくことを許容して首を抑える。
「推定レベル4だが警戒が必要」
次はムササビだった。猿と似たような魔物だ、という一言で片づけられるが。蜂は昼夜問わず飛んでいた。飛行音が耳障りなのですぐわかる。ムササビは静かに飛ぶ。そして、三匹の狼を視認した。
「召喚」
目と目が合った一匹の狼に、月夜見を嗾ける。それによって生まれた隙に強襲。連携されてはならない。短刀で狼と戦うのには不安が残る。月夜見を切り捨ててでも一匹減らしたかった。サーチアンドデストロイ、指示に忠実である月夜見は狼へ果敢に向かっていくが、蹴りを躱され噛みつかれる。
『再召喚可能まで11:59』
一撃。あっという間に殺された。ただ時間は稼いでくれた、その隙に一刺し。だが倒れない。耐久度無限というのは非常に魅力的だが、攻撃力が低い。このレベルから辛くなってくる。
「ちっ!」
短刀で牽制して一歩後ろに下がりながら投擲、僅か時間を作りスキルを入れ替え片手剣を出す。二匹が同時に飛びかかって来るのを、右に移動し片方を避け片方を払って受ける。避けた左側の狼が振り返って迫ってくる。その顔に蹴りを入れて直ぐにステップ、右側の飛びかかりの勢いを殺し、足を一歩前に進めてその腹を切る。剣が刺さった狼をそのままもう一方の狼に投げ、被さったところで上から踏みつける。
「ふう……」
最後に止めを刺して終了、ドロップは三匹にも関わらず無かった。何だかんだで初期装備だということを忘れていたのかもしれない、玉兎に勝てたのはリスポーンを前提に入れたからでもある。月夜見もすぐ殺された、夜の森は意外と危ない。わざわざこの森の中を通ってあの村に戻るのも面倒だから、今日は森の外でログアウトするか。ログアウトしたら身体は無防備になるが、安全な場所なら問題ない。森の外付近は安全な事を既に確認している。
『・ユートピア第二談話室』
突然だがユートピアには普段滞在するマップの他に、幾つか特殊な空間が設けられている。一日に一回しか来れない(場合によってかなり変動)質問場、PVPを行う際に使うルーム、プレイヤー同士の情報交換の場である談話室、後はキャラメイク用の空間くらいだろう。
『ユートピアの夜について 六時~』
今回は事前にテーマを決めてあるものに出席。匿名や顔を隠すことも出来るが、VRなので実際に顔を合わせるわけだ。何気なく嘘を吐けるとしたら大物でしかない。参加はロックを掛けなければ自由、迷惑な人間は賛成多数で追い出せる。何回か追い出されたら顔などが隠せなくなり、参加するにも制限が掛かったり。信用を第一にするのなら最初から顔も名前も出しておくといい。
「朧です」
「Wikiに情報提供してくれた咎人さんかな?」
「はい」
今回は自分が情報提供したWikiの管理人が、情報を纏めて整理するための場として設けたらしい。名前は稲荷、種族は人間、スキルは非戦闘仕様。そして少し贅肉が付いた30代程度の風貌。要するに、顔も名前も出して自らこういうことをしている分、信用はそれなりにおけるということだ。自分は名前こそ公開しているが顔は隠している。
「夜については今のところ・出現する魔物が異なる ・基本的に夜の魔物の方が強い ・夜専用(というより時間が関連する)のスキルが存在するということが分かっています」
「青草の草原夜で ・ダブルホーンラビット ・強盗ゴブリン レアで・ダークホース を確認しました」
「平坦平原夜では ・平蛇 ・黒蟻 を確認です」
「他にはありますか?」
「はい、大分適当ですが一応」
「じゃあ一応聞きます」
「鑑定持ってないんで全部仮称ですが 咎人スタート地点の森にて・蛇 ・ムササビ ・狼 ・赤熊を確認しました。熊は一度報告したと思いますが恐らく別種です。あと、蜂は昼夜問わず活動していました」
「一応書いておきますが今のところ咎人であるという報告を朧さん以外聞いていないうえに我々がそこに辿り着くことも出来ないので検証不可能ですね、他に咎人を見ましたか?」
「いや……一人も。多分自分一人だと思います」
「情報提供感謝します。では他に、夜についての意見を持つ方…………ありませんね。何か話したいことはありますか?」
「朧さんが居る咎人の森とやらの魔物について詳しく知りたいのですが」
「朧さん、よろしいですか?」
「構わない。推奨レベル4、ソロ攻略なら7程度が理想くらいの強さが昼。夜をソロ攻略するなら二桁以上は必須。正直夜の探索は辛かった。あと…………そういや熊が熊の爪を落としたか」
「見せてください」
「ほい」
・ブラウンベアの爪 ブラウンベアのレアドロップ。装備推奨レベル5~12
「朧さんはこれ使いますか?」
「処分したいなーとは思ってる。使わないし、依然初期装備使用中だけど」
「じゃあ買い取りを………って出来ないか」※談話室で物のやり取りなどは不可
「朧さん初期装備ですか?」
「なんか良い代替装備が見つからなくて」
「苦労しているんですね」
「赤い熊とか大変だった」
「赤い熊? ああ、さっきの」
「ん? ちょっと待て、熊が七レベルでその上位版を倒したとなると……」
「朧さん今何レベ?」
「10……いや? よく見たらレベルアップ通知有ったから11」
「え…………」
「ちょっ、攻略組でも7か8程度ですよ」
「そもそも咎人の森の平均レベルが5というのがおかしいかと」
「どうやってそこまで上げたんですか?」
「確かに気になるけど、朧さんに答える義務はないわけで……」
「答えますよ? 隠すことでもない、誰でもやろうと思えば出来ることです」
「ほう」
「最も、皆様方には手遅れですが」
「え……」
「咎人? 特定スキルの選択?」
「チュートリアルで玉兎が出るまで粘るだけです」
「それで?」
「倒す」
「「「「……………………」」」」
「あれを? どうやって??」
「ちょっと待ってください。玉兎ですか?」
「証明しようと思えば出来る」
称号 ・大物食い ・玉兎の主
談話室にはスクリーンがある。それに鑑定結果や、自分のステータスを映すことも可能だ。玉兎についてまで話す必要はなかったか? だが訊かれた以上答えるのが筋だからな、こういう場で嘘は吐きたくない。
「大物食いが玉兎撃破時、玉兎の主は調教成功時に入手した。大物食いの方は手に入れたら同名のスキルも入手」
「特定称号の入手でスキル獲得…………」
「それで、玉兎については……」
「悪いが時間なんでここまでだ。それと、Wikiについては誰でも閲覧できる情報サイトとしてこちらも情報提供したが、玉兎についての情報は秘匿する。どうやって倒したか、ステータス、スキルについての一切だ。同じように玉兎を調教するか、何か他の有益で公開されていない情報を持ってきた時だけ交換という形で情報を交換する。広めといてくれ」
『朧は退席しました』
「ふぁあああ」
『・優遇種族考察』
『・エルフ 精霊の森 NPCが基本的に友好的で、装備などに困らず、助力もしてくれる。能力値も悪くない。・機械人 工場 武器が安価で手に入る、訓練場の存在など戦闘関連が充実』
『・不遇種族考察』
『ユートピアでは種族ごとにスタート地点が違うため、多少の差が生じるが、種族によっては格差レベル。特に酷いとされた三種族を述べる ・吸血鬼 夜の城 吸血鬼の体験談より「何か怪しい儀式をやってる所に飛んだと思ったら、いきなり血を吸うことを強要されました」拒否しても無理矢理、逃げたら殺される。吸血に忌避感を持つプレイヤーを弾くためだと思うがどう考えてもやり過ぎである ・地底人 地底 背は一定以上の高さに出来ない。この種族は能力も平均的で一見不遇ではないように思えるのだが、スタート地点が地底であり未だ脱出方法が見つかっていない為不遇。誰かが脱出方法を見つけたら多分脱せられる ・咎人 咎人の村 なんと選択者が一人しかいないとか。吸血鬼と同じく能力は高いが、街に出入り出来なくなるデメリット持ち。救済として同じNPCの咎人が作った村からスタートすることになるが、森のレベルが序盤にしては異様に高い』
「私の情報そのまんまじゃん」
嘘を吐いてもまだ発覚しそうにない環境。顔はまだ見せていない、情報操作? そんなことしても誰も得しない。
学校を終えて、ログイン。
「…………武器が要る」
咎人の村に碌な物はなかった。他から買い付けるしかない。その為には遠出する必要がある。情報集めの結果、海に人魚が居ることが分かった。敵ではない友好的なNPC、会う価値はある。森から海までそれなりの距離があるが、徒歩で半日も掛からない。つまり、十分到達出来る距離ということだ。
朧LV11 咎人 スキル【片手剣8】【蹴り7】【跳躍3】【調教6】【召喚3】【疾走5】【博徒5】【直感4】
控え【ステップ3】【鷹の目3】【大物食い2】【短刀7】【掴み5】【投擲4】【二刀流3】【暗殺10】
月夜見LV7 玉兎 【蹴り10】【跳躍6】【回避6】【奇襲3】【幸運4】
『月夜見のスキル経験値が一定量に達したので、スキルを習得可能です』
『【激突】【闘争心】【高揚】【威嚇】』
「【高揚】を選択」
大分すっきりした。二刀流スキルが泣くが武器は一種に絞った方が枠を減らせるので好ましい。減らした方が経験値効率的に得だ。
「しかし海となれば……」
だが状況に応じて使い分けたい。敵の出ない平坦な道を歩き続け、遂には海へ到達する。来てみたはいいが、ここからどうするかが問題だ。人魚とやらが出るまで待つか、潜って探しに行くか。だが初期装備である。待つことしか出来ない。
「行き倒れてりゃ拾ってくれるかもな、あの時みたいに」
もう日が暮れていたので、ここでログアウトして、何もなかったら明日また別の場所を目指そうと決めた。海の近くにはまた別の集落か何かがあるらしいのでそこを目指そう。
「ああ、疲れた」
「大丈夫?」
「私は思うんだ、学校の通学というのは現代版参勤交代なのではないかと。毎日の移動で我々の体力をすり減らして、教師に反抗する気力を奪うという巧妙な政策……」
「でも僕は車だけど」
「そこだよ、そこ。格差! 私は自転車だぞ、金とかその辺で全て決まるんだよ。…………自分で言うのも何だが馬鹿馬鹿しいな」
「なら……僕の車に乗ってく?」
「は? 喧嘩売ってんの? それは私に対する侮辱と認定するぞ。施しを受けていいのは親くらいだ」
「ああ…………うん」
ログイン。
「ん?…………? まさか?」
あれ、砂浜じゃない。何か外が青い。こりゃ本当に拾われたらしい、人生一度は行き倒れてみるものだ。外は光が所々に射しているがそれ以外の部分は暗い、青。外は海だった。では今自分が居る場所は? 泡のようなもので覆われた、街。サンゴやらの海鮮素材で作られた家。
「ほぉー」
ゆらり揺らめく波の向こうに、一人。サファイアの如く煌めく、蒼。そんな衣装に身を包んだ、人魚というよりは天人の方が相応しそうな女性が自分に歩み寄る。
「貴女の名は?」
「朧」
「どうしてここに?」
「拾ってもらいたかったから」
「はて……? この子を拾ったのは誰ですか?」
「はーい! 私です!」
彼女は世間一般で広く知られているような人魚の姿で、声を挙げた少女もまた同じような容姿だったのだが、黄色だったのでトラフグを連想した。なんかこう、プクーって感じ。
「どういう経緯で?」
「砂浜に埋まってたの」
「埋まっていた?」
「半身が浸かってた!」
「それは、どうしてそうなったのでしょうか?」
「砂の中の方が暖かいだろ?」
「あー成程!」
「となると……埋まってしまったのではなく、自ら埋まっていたということになりますが」
「そうだけど?」
「つまり、助ける必要は無かったですね」
「あれ?」
「それどころか、誘拐とも」
「えー!?」
と、ここで蒼は私を見る。この状況で眉も顰めず、驚きもしていない自分を咎めているのだろうか、掴みかねているのだろうか。未だノーリアクション。
「それで、朧さん。貴女はどうしてここに……?」
「貴女たちを探していたんだ」
「その為にチェイニーを利用したと?」
「私はその子の名前すら知らんよ。ただ、砂浜で面白い恰好で埋まってたら誰か拾ってくれるんじゃないかという淡い期待を懐いてただけさ。そしたら本当に叶っちまった」
「本当に面白かったよ! なんか、落とし穴に嵌ったみたいな、間抜けなポーズ!」
「はあ…………」
「兎に角害する意図とかそういうのは無いんで警戒を弱めてくれると有難いね、武器も提出するさ」
素早く片手剣と短刀を出し、蒼に軽く投げる。
「これだけですか?」
「そ、これだけ。だから何処かに良い武器屋とか無いかなーなんて思って、そういう場所探してたんだ」
「武器屋あるよー」
「ありがと。それで、訊きたいのだけど、私を此処から返す気はある?」
「どういう形であれ、一度拾ったのだから返すのは当然です」
「そりゃ立派なこって。私が此処に滞在することは? 見たところ小規模な街、見て見たい」
「多少の滞在なら構いませんが…………そうですね、人魚を必ず一人傍においてください」
「私がそれやっていい!?」
「駄目です」
「此処には何人くらいの住人が居るんだ? 人魚だけか? 通貨は?」
「それは別の人魚にでも尋ねてください」
蒼はその場から去り、何やら別の人魚と話を始めた。多分その間は放置。
「ねえねえお姉さん」
「朧でいいぞ」
「じゃあ朧。朧は人間?」
「……咎人かな」
「咎人? 何それ?」
「とっても罪深い種族だよ、何の罪なのかは分からないけど。お蔭で街にも入れない。こうしてここに居られるのは…………そうだな、チェイニーの優しさだ」
「咎人って大変なんだね」
「自分で選んだ道だから(どんなに大変だとしても)文句は言えんさ。それと優しさってのは美徳だが、時には災いの種になるぞ? 今度からは迂闊に人を拾わない方がいい」
「倒れてても?」
「倒れてても。どうせ倒れてた方が悪いんだ、金になりそうなもん持ってたら奪っちまえ」
「奪っちまえ!」
「チェイニー?」
「げっ」
と、あっちの話は終了したようで私に付く人魚が決定したようだ。蒼より優雅ではないし、黄色より元気さは感じないけれど、落ち着いていて知性を感じさせる白めの人魚。
「アルルと申します」
「朧だ。付き人さんでいいかな?」
「監視ですね」
「おいおい、そこは付き人ですと答えて気を良くさせるもんだろ」
「失礼ながら私、嘘が嫌いなので」
「気に入った」
「あと地上の事柄について深い興味を示しています」
「よし、幾らでも話そうじゃないか」
「かくして人魚伝説は泡となって消えた。しかし今なお人々の幻想として残り続けている」
「興味深いですね」
という訳で、地球での人魚について語ってみた。地上の事柄というのはユートピアのことで決して地球のことではないだろうが、大したものは見ていないし、こっちの方が面白い。私はまだユートピア地上人ではないんだ。
「昔人魚は醜かったらしいが、今では美人しか見ん。時代の流れってやつだよ。人々の幻想であり続けるってのはこういうことを言うんだろう」
「私も幻想世界の住人ですかね?」
「そういう考え方は止めなよ、どうやったって私らは現実世界の住人でしかない。貴女達が我らの空想に溺れるのはね、始め魅力的に思えるかもしれない。でもそれはとても愚かな間違いと言う奴で、理解したら皆止める類の物さ。アルルさんは今を生きているだろう」
「! 失礼しました」
「他人の幻想に登場するのはみんな偽物さ。そろそろ案内を頼めるかい?」
ファンタジックでパステルカラーな竜宮城というより、ミステリアスで時代を感じさせる海底都市というほうが近いような、水の中にひっそりと存在する隠れ里。
「通貨とかは?」
「地上のものと同じですよ」
「…………となると、地上に出る人魚も?」
「はい。大抵が若い人魚ですが」
「アルルさんは若いように思えるけど」
「人魚は長寿ではないので、若いです。しかし……一度外に出てみたはいいのですが、その時に地上の環境は私に合わないということが分かりまして」
「それ以降引きこもり?」
「引きこもりです」
「老婆心かもしれないが、地上は多分そんないいとこじゃないぞ。間違っても恋とか冒険談に憧れて地上行きだなんて馬鹿馬鹿しいことをね、駄目だよ」
「あれが武器屋です」
サラリと流されて。武器屋には商品と見受けられる槍なんかが陳列している。チラチラっと品定め。
「人魚さんはハンマーも使うの? 剛腕だね」
「海の中ですので」
「だよね。基本的に海中での戦闘用だよね?」
「一応、地上用の武器もあります」
と言うのでそういうコーナーに移動。品数は少ないが確かにあった。
・牙の短刀 素材は群鮫 耐久度 150/150 三万D
・虹剣 鉄に色んな結晶を適当に20%ほど混ぜ込んだ 耐久度120/120 試作品なので四万Dのところを半額の2万D
「この虹剣というのは?」
「海の中ではね、結晶が取れるのよ。で、その中でも使えるのと使えないのがあって、時々使えない言わば屑結晶が手元に残るのね。そういうのは粉々に砕いてパウダーにしたり、そういう風に使うのだけど、偶々大量に屑結晶が手に入った時に思った。剣にぶち込めないかなーなんて」
「ほう」
「屑結晶だから惜しくないと思って、実際やってみたの。それで? 意外とやってみたらいけそうな気がして? 作っちゃった。性能は保証しない」
後悔はしていないとばかりに微笑む武器屋の人魚。
「人生楽しそうで結構じゃないか。この短刀と併せて買いたいが手持ちが足りない。これ、売れるか?」
「おっおー? これは玉兎の素材ですか。これはアンナの領域ですよ」
「そうか」
「じゃあこうしましょう、それをアンナにプレゼントしてください。きっと喜びます。代わりにその剣の代金はタダです」
「粋だねぇ」
「アンナというのは?」
「服屋の店主です。さっきの方はエリーといいます」
「気さくだったな」
「気に入らない方には武器を売りませんよ、癇癪持ちですし。それなのに、朧さんとは一瞬で打ち解けていますので、波が合うのでしょう」
「波? 波が合う……馬が合う……成程」
「朧さんには人に好かれる魅力があると私は思います」
「そうかね?」
「そうでなければ、人がこんな所に来ることはないでしょう」
アルルがドアを開ける、此処が服屋なのだろう。さっき自分はここを海底都市と例えたが、ここだけパステルカラー・ファンシーな店だった。異彩を放っている。
「誰?」
「朧だ。エリーからの贈り物を届けに来た」
「エリーが? ま、とにかく入って」
「失礼する」
「失礼します」
「アルルも一緒? で、その。プレゼントは?」
「玉兎の皮・尻尾」
素材を見せると、僅かな警戒がふっと立ち消え、喜びに変わったのが見て取れた。
「エリーには後でお礼しなきゃ。……けど、どうやってこんな素材をエリーが?」
「こちらの朧さんが持っていたものです」
「……玉兎の素材は珍しいか?」
「そりゃ、地上でも中々手に入らないのにね? まず見つからないうえに素早いらしいから」
「実物を見たいか?」
「え?」
「召喚」
うっかり攻撃するということが無いように、自分の腕の中に召喚する。呼び出された月夜見はまず辺りを見渡し、今までの環境と全然違うことに驚愕し、そして主人の腕の抱かれていたので思考を放棄した。
「紹介する、月夜見だ」
「うわっ、凄い! 触っていい?」
「どうぞ」
月夜見は目の前の人物を雰囲気からして敵ではないと判断した。しかしながら、やはり敵ではないかという疑念がちらつく。主人が自らを差し出しているのだからそんなはずはないのだが……。
「こら、月夜見。暴れるんじゃない」
「ちょっと抵抗した方が可愛げがあって……大人しくなった」
「モフモフです」
月夜見はその後暫く弄られた。