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9/12

安藤さんの離脱危機を乗り越えた僕たちは、それからも変わらぬ時間を過ごしていた。


いや、安藤さんも訓練にしっかり参加しだし、徐々にではあるけど体力も付いてきた。


そうなってくると問題が発生する。


良く運動するとお腹が減るよね。


一日二食に制限していたが、体作りの為にも昼に軽く摘むから昼も普通に食べるにシフトしていった。


そう、食料備蓄の問題が出て来たのだ。


「さて、今日は訓練の前に話し合いをしよう」


「え? 何かあったかな?」


「えっと、おしゃれな服の解禁の話?」


「あ、それは嬉しいかも。何とかそう言う工夫を取り入れたいよね」


「いやいや、そんな話じゃないから。死活問題に関わるものだよ」


「女の子のおしゃれは死活問題だよ!」


「「「そうだ、そうだ!」」」


「そ、そうなんだ。でも、今日は別の事。後一週間もしたら缶詰類が無くなる。おかずが無い食事になってしまうって事だよ」


「「「「ああ」」」」


藤野家は食料備蓄が両親の方針で大量にしてあった。


だからと無限にある訳ではなく、生鮮もの、冷凍ものから食材を使っていたとは言え、既に缶詰類にまで手を出し始めているし、そろそろ危ない。


生鮮ものは既になく、冷凍ものも残りわずか。


最近缶詰料理が主体になっていた。


今後生鮮ものを手に入れるには畑に向かうか肉食の解体工場を狙うしかない。


ただし、大量に運ぼうと思ったら車が必要になってくる。


僕たちは車の運転なんて出来ないし、無理な相談だった。


「野菜類も豆ぐらいしか食べてないし、根菜や葉物が取りたいでしょ? でもこの近辺には畑が無いから無理だ」


「南か北に行けば畑は有るけど、まだ残ってるかな? それに畑の世話とかしてなさそうだからダメになってそう」


「最近雨も降ってないしね。そろそろ梅雨の時期だし、見に行くなら今の内だね」


「でも、野菜だけじゃなくて調味料とかも心許なくなってきてるよ。そっちもどうにかしないと」


「そうだねぇ。確か先生たちに目ぼしい食料のありそうな場所を教えちゃったんでしょ? だったらそこもダメだろうし」


「実はそっち関連はあまり当に出来ないんだよね。確かに大量にありそうだけど、運ぶには車が居るから僕らには不向きなんだ」


「あ、確かに」


「それに、そっちに目が行くとここに来る人たちが少なくなるかな、と。ほら、動ける人員に余裕は無いだろうしさ」


「ああ、そう言う目的もあったんだ。やっぱり策士だよね、八雲君って」


策士だなんて僕にはそんな凄い能力はない。


色々情報を集めて今後起きるであろうパターンを幾つか考えていて、その中で最適だと思う行動をしているだけだ。


皆も思いつくレベルの事を、事前に考えていたから余裕がある僕と、いざとなってから考えると言う余裕のない人たちでの差でしかない。


「それで、八雲君としてはどこで確保しようと? まさかご近所に押し入るの?」


「正にその通りなんだけど」


「え? 冗談だったのに。でも、近所は誰も居なさそうなんだよね」


「あれ? 明日菜は反対しないの?」


「え、うん。八雲君がそう言うならその方が良いかなって」


安藤さんの変わりように、リビングが沈黙した。


ここまで依存された存在って、流石に異常だと思う。


ま、まあ、異常、変人だからこの世界で生きていけるって事で。


「じゃ、じゃあ、まずはお隣さんから始めよう。今日中にこの区画全てを抑えたい。狙うのは調味料、米、小麦、缶詰、冷凍食品。生鮮ものは腐っててダメだろうし無視で」


こうしてご近所さんのお宅に泥棒に入ろう作戦は開始された。


以前にも話したが、この辺りは住宅街で、ちょっと裕福な人たちが住む場所だ。


殆どの家にガレージや庭があって、壁やフェンスで遮られている。


そして藤野さんから聞いた話だと防犯意識も高く、泥棒に入られた家ってのを聞いた事がないそうだ。


おそらく藤野さんの両親が防犯意識を教示していたからだと思われる。


だから警備会社の警報装置が付いていたり、防犯カメラが付いていたり、鍵はしっかり閉まっていたりと手強かった。


だからと言って付け入る隙がない訳じゃない。


「さて、僕が知る限りの侵入方法を教授していくよ」


「えっと、うん、頼りになるけど、前まではした事ないよね?」


「流石に犯罪だったからね。自分の家で試しただけだよ」


「な、なら良いけど」


本当にやっていない。


自分の家で色々試したのは本当だけど、後、ちょびっと学校で。


まず説明したのは防犯設備に付いてだ。


防犯カメラや防犯ライトは威嚇用や証拠用でしかない事。


一番厄介なのは大きな音を鳴らす装置たちだ。


ただし、この手の装置は有無が直に解る。


その辺りを説明し、部屋やリビングに面した窓に良く付いているので実物も見てもらった。


「あ、これ家にも付いてる」


「藤野さんの家は防犯設備が完璧過ぎて隙が無かった。多分、玄関のドアの鍵がセンサーの解錠に連動してるタイプだね」


「ああ、うん。お父さんの警備会社の奴だよ。最新式だとか言ってたけど」


「昔はセンサーの起動装置とか別の場所に設置されてたんだけど、施錠と一体型なんて本当にあるとは思ってなかった。ネットの嘘情報と判断してたし」


「そ、そんな凄い家だったんだ、絵美里ちゃんの家って」


うん、あの警備会社って日本一の規模らしいし、日本でも最先端なのかも知れない。


スマホでセンサーの入り切りとか出来るのが存在しているのは知ってたけど、あんなのがあるとは知らなかった。


まあ、そのお陰で安心して居られるんだが。


「さておいて、この家の場合なんだけど」


そこからは僕が実際に侵入して見せる事でやり方を教えた。


防犯意識はあっても完全ではない。


少なからず隙はあるし、藤野家ほど強固なのは稀だ。


だからあまり口に出来ない方法で侵入し、防犯センサーを解除して皆を招き入れた。


「ここまですれば大丈夫だよ。それじゃあ家探し開始」


皆何か言いたげ、いや、安藤さんはそんな素振りを見せなかったけど家探しを開始した。


やはりこの家には誰もおらず、屋内は手付かずだった。


この辺りに棲んでいる人たちのほとんどは、東京に働きに出てるし、子供は学校に行っている時間だった。


だから誰も戻って来ておらず、僕たちにとって宝の山だった訳だ。


目的の物、そして行くばかりのお菓子類も手に入れて運び出す。


センサーを再度起動して、侵入した場所も原状復帰して一つ目の家を完了させた。


一件当たりの備蓄量は大した事が無く、僕たちが生活するのに二日分程度だった。


ただし、米と小麦は大量に手に入れたので十分とも言える。


米と小麦、水と調味料さえあればお腹は満たされるから後数件分回収すれば大丈夫だろう。


そこからは二手に分かれて回収していく。


その日一日掛けて入れる全ての家屋に浸入し、かなりの量の食料を確保した。


これで後一ヶ月以上は生活出来るだろう。


節約すれば二ヶ月は持つかな。


ただし、料理担当の主役である坂井さんの腕次第ではあるんだけど。


何せ缶詰料理で美味しくって、かなり難しいからね。






更にしばらく経ち、訓練とお勉強の日々を過ごしていた。


そんなある日の夕方。


五人で食卓を囲み、皆ゆったり寛いでいる時に唐突に始まった。


「そう言えば八雲君と坂井さんだけ苗字で呼んでるよね。私たちは名前なのに」


「そう言えばそうかも」


「そろそろ一ヶ月近く生活してるのに変、なのかな?」


「そうかな? 男だと苗字で呼び合うのは普通だけど、女子は名前が普通なのか?」


「んー? 友達だったら名前呼びの方が多いかな。よし、この際だし名前呼びに変えようか! あれ? 八雲君と坂井さんの名前知らないね?」


「あ、うん、そうだね。知らないかも」


「えっと、八雲君は祐司君だったよね? 坂井さんは陽菜さんだったはずだけど」


「流石元クラス委員長、よく覚えてたね」


「八雲祐司。覚えた」


「じゃあ、これからは私を絵美里と呼んでよね、二人とも。じゃあ、早速、どうぞ!」


「絵美里」


「はーい、陽菜。今後ともよろしくね」


「陽菜ちゃん、陽菜ちゃん。うん、呼び易いし良いね。私もよろしくね」


「こちらこそ、美紗」


「じゃ、じゃあ、私も。陽菜、よろしくね」


「明日菜も」


何故か名前で呼び合うと言うリア充御用達行為が始まったのだ。


僕は友達が少ない。


いきなりハードルの高い行為を強要され出した。


「ほら、祐司君もぷりーず!」


「う、え? 呼び方なんて何でも良くない?」


「えー? 友達、いえ、私たちは仲間なんだから名前呼びにしようよ。ね、皆もそう思うでしょ?」


僕以外が同意する面々。


だから女性ばっかりの中に男一人なんて碌な事にならない。


「えっと、祐司君、祐司さん、祐司ちゃん。うん、祐司君にしておくね」


「祐司さんだとちょっと壁があるよねー。ちゃん付けはちょっとアレだしね。私も祐司君って呼ぶから、ほら、ぷりーず」


「祐司」


「じゃ、じゃあ、私も祐司君で。あ、でも、祐司様って言った方が良いのかな? やっぱりご主人様の方が良い、祐司様?」


「ちょっ、何言ってるの!?」


その後、僕は名前で呼ぶ事になった。


男に拒否権なんてないのだ。


ちなみに呼び捨てだけは何としてでも避け、さん付けで呼ぶ事で了承してもらった。






僕たちが名前で呼び合うようになってから数日経ち、梅雨の時期がやってきた。


お陰で庭での訓練が出来ない時間帯が出て来たし、家に籠る事が多くなってきた。


それに伴ってリビングで過ごす時間が増えて来る。


ほぼ変わり映えのしないテレビ映像を流しながら未だに使えるネットを開き、情報収集に充てていた。


ネットが使えるとは言え、幾つかの海外サーバーはダウンしており、国内サーバーも同じく。


だから使えないアプリも増え、到頭動画サイトの大手も使えなくなった。


なのでマイナーな動画サイトや個人で流しているものを確認したり、掲示板を眺める。


僕以外の仲間たちはそれぞれ気になる情報を集めて紙に書き写す作業とかをしていた。


藤野さんは武術とか武器術に関するもの。


横山さんは農業関連のもの。


坂井さんは料理に関するもの。


安藤さんは僕に指示を仰ぎ、皆の集めた情報を精査して纏めて見易くする工夫をしてもらっている。


あ、名前呼びするようになったからと言って、脳内で考えてる時にまで名前で呼ぶほど慣れている訳じゃない。


未だに思わず苗字で呼んでしまい、拗ねられたり、無視されたりする。


まあ、兎も角、まったりとした時間を過ごしているのだ。


勉強しているんだからまったりとは言わないだろうけど。


そんな時、気になる情報を見付けた。


「へえ、なるほど」


「ん? 何か見付けたの?」


「あ、うん。とある人の個人的な書き込みなんだけどさ。やっぱり一部の人たちだけ離島に避難してるってさ」


「それって祐司君が言っていた政府高官やその近しい人だけってやつ?」


「うん。自衛隊に保護してもらってそこで生活しているらしいよ。ただし農畜産業に従事せずにただ暮らしているだけらしい」


「何それ? 未だにそんな生活なの?」


「どこから食料を持ってきているんでしょうか?」


「そこまでの書き込みは無いけど、多分自衛隊基地にあった備蓄とか、緊急事態用に政府とかが確保していたものじゃないかな」


「どれだけの人がそこに行けたのかな?」


「書き込みだと二百人ほどがその島に居るけど、近くの島にも結構住んでるってさ。ヘリで海を飛んだって書いてるし、やっぱり伊豆諸島ぽいよ」


「祐司君の予想通りになってるね」


「ゾンビが居ないから安心出来るけど、自由は無いし、自衛隊が横柄だから出て行きたいみたいな事を書いてるね」


「保護してもらっていて我儘だね」


「そんな物じゃないの? だって今までの生活よりも質が下がってるんだし。自分で動いた訳じゃないから」


「自衛隊の人たちが横柄なのじゃなくって、その人たちがだよね。折角保護したのに我儘言われたら嫌になるよ」


「よこ、美紗さんの言う通りだね」


「ん、惜しい」


「ん、んん。えっと、兎も角、そう言う我儘な不満が何時爆発するか分からないけど、その内政府の機能が自衛隊主体に代るね。所謂軍国主義みたいな」


「それって祐司君が言っていたゾンビ殲滅の為に爆弾を使うって話に繋がる?」


「そうだね。やっぱりそっちのパターンになりそうだよ。そして一ヶ月程度でこの調子だったら、ってあったあった」


離島に逃れた人たち以外の書き込みも発見した。


これは自衛隊駐屯地に逃げ込んだ人のものだった。


「関西の方の書き込みだけど、自衛隊の基地に逃げ込んで、既に二つも基地を移動してるってさ。前の場所はゾンビがやって来て壊滅してるって」


「あっちの方って離島ってあったかな?」


「瀬戸内にあったはずだよ。でも橋を掛けたりで離島が離島じゃなくなっている所が多いし。完全な離島は小さいのだけだから個人的に逃げただけだろうね、居ても」


「ある程度の大きさってなると伊豆諸島とか沖縄ぐらい?」


「そうだね。ただし、沖縄本島は渡航者が多いし、米軍基地があると言ってもゾンビパニックが起きているだろうね」


「完全な安全地帯ってやっぱり少ないんだね」


「うん。そしてそんな場所だと生産力が見込めない。米をはじめとした穀物類は平野部での生産に向いてるし、問題があるよ」


「でも祐司君は山に向かうんでしょ?」


「うん。日本は山の中での農業の歴史がある。そして動物も多い。食材確保は難しくない。一番は安全な水が手に入る事だね」


「厳しい環境だけどね。でも、その分人が余りいないから競合し辛いし、ゾンビもあまりいない、と」


「そう言う事。ああ、書き込みのリンクからそっち関連のを見付けたよ。東北の方だけど、山に逃げ込んで現地の集落で頑張ってるブログだね」


「元々住んでいた人達にとっては変わらない生活かな? でも、完全な自給自足をしている人ってほとんどいないよね?」


「そうだね。この書き込みでも農業を手伝ったりしてるけど、やっぱり米とかはどっかから手に入れて来てるみたい」


「これからは自給自足と物々交換の時代かぁ。服とかも重要になるよね」


「うん」


まあ、梅雨だからあまり動けないけど、そろそろ色々考える時期がやって来ている。


考えると言うより、移動の準備だ。


持って行く武器に食料、衣類に野宿を含めた夜営道具類。


たった五人でそれらを運べるかと言えば否だ。


だから持って行くものを厳選する必要がある。


出来れば中継地点を確保して何度かに分けるとか。


ただしそれらは今後の課題で、もう少し体力を付ける必要があった。


焦っても失敗するだけだ。


だから今やる事をやるだけだ。







そして再び現れた、僕たちの邪魔をする略奪者たちが。






それは雨降る午後。


僕たちはリビングでそれぞれやりたい事をやっていた。


だから気が付かなった。


「ん? 今何か音がしなかった?」


「いや、気の所為じゃない?」


「そうかな? 雨音じゃないかな?」


最初に異変を感じ取ったのは横山さんだった。


でも、僕たちは雨の音だと思った。


余りにも平和、上手く行きすぎた毎日の所為で危機感が薄れていたのだ。


だから次に起きた事に、咄嗟に反応出来なかった。


ファンファンファン。


突然なり始めた警戒音。


「な、なに、これ!?」


藤野家は防犯意識がしっかりしているので色々なセンサーが付いている。


だからこの音がどう言う類の物か分からなかったのだ。


「監視盤を見れば」


自分の家だからか藤野さんが真っ先に動き出し、僕は二階に向かう。


「各自武器を手に取って警戒を!」


階段を駆け上がり、ベランダへと続く扉に目を向けた。


そこには扉を開けて侵入し、辺りを見回す人影。


雨合羽を羽織った男が居た。


「二階に侵入者よ!」


一階から藤野さんの声が聞こえる。


「目の前で確認! 一階からも来るかも知れないから警戒を!」


僕は拳銃を抜いてその男に向けた。


「おい、お前」


「なっ、拳銃だと!?」


その男は銃を向けられて驚いたのか後退る。


だけど侵入者はそいつだけじゃ無く、他にもいたようだ。


「おい、木村何やってんだよ、さっさと入れよ」


扉を開けて顔を覗かせたのは嘗ての同級生、同じ教室の男子生徒だった。


「に、逃げろ! 相手は銃を持ってるぞ!」


「なっ!?」


「おい。ここには人が居るって知ってただろ、お前ら。それなのに侵入してくるって事は略奪する気だったな?」


僕は命中率を上げる為に少しずつ近寄り、安全ロックを外してスライドした。


一階から僕の名を呼ぶ声がする。


誰かが階段を昇ってくる音も。


「相手は複数。上に来るなら銃の準備して。狭い場所では鈍器は不向きだ!」


「ま、待て! 俺たちに戦う意志はない! だからそれを下ろしてくれ!」


木村と呼ばれた最初の侵入者は両手を上げてそう言ってくるが、元同級生は扉に手を掛けたまま固まっている。


「たしか矢形だったよな、後ろのは。今から十秒やるから出て行け」


「お、お前は八雲!」


「八雲って、あの殺人者かよ!?」


彼らは冷静さの欠片も無いようで、こちらの言った事に従う気が無い様だ。


「祐司、大丈夫?」


「ああ、俺は問題ない。陽菜も撃てる様に構えてくれ」


「了解」


「なっ、坂井さんまで。お前らここに住んでたのか!」


「おい、俺の言った事を理解出来ないのか? もう十秒過ぎたぞ?」


僕は引き金を少しだけ引き、更に威嚇した。


「や、止めてくれ! 頼む俺たちの話を聞いて」


パン。


雨降る住宅街、今まで平和だった藤野家の中で銃声が響く。


「ひっ!?」


「なっ!? ま、マジで撃ちやがった! このイカレ野郎が!」


「今のは態と外した。次は体を狙うぞ? ゾンビと違って人はどこかに銃弾なんて受ければ高確率で死ぬ。体験してみるか?」


銃弾は彼らには当たらずに背後の扉にあたり、ガラスに穴を開けた。


本音を言えばちゃんと狙ったんだが中らなかった。


とても明かせない事実だが、恐怖にかられたこいつらは気が付いていないようで助かった。


「わ、分かった。出て行く! だから撃たないでくれ! おい、矢形早く出ろよ!」


「お、おう」


侵入者二人組は慌てて出て行った。


ざーっと雨音が響く。


しかし扉が閉まった後、それ以外の音がしない。


「おい、まさかまだ居るんじゃないだろうな?」


雨音に負けない様な大声で威嚇すると、どたどたと音が。


しばらく様子を見て、坂井さんと頷き合い、割られた隙間から外を見て、人影が見当たらないのを確認してから扉を開けた。


ベランダには誰も居ない。


坂井さんには中に居てもらい、僕だけ外に出た。


警戒しながら縁まで移動して眺めると、どうやら脚立を立てて登ってきたようで、庭に十人ほど屯していた。


「おい、何不法侵入してるんだ、お前ら?」


「い、いや、そんなつもりは」


木村と呼ばれた男が何か言ってくるがあまり聞く気が無い。


雨に打たれて体が冷えるしさっさと退去して欲しかった。


「良いから出て行け! ここは俺たちが住んでいるんだ! しかも家主の許可を得てな!」


「今更法律とか知るか! それよりもどうやってこんな所でずっと住めるんだ! 食料はどうした!」


「お前たちにそれが関係あるのか? 学校の連中だろ、お前たちは。既に情報は渡したはずだ。これ以上俺から何をして欲しいんだ? それで何をくれるんだ?」


「なっ!? お前は助け合おうと思わないのか!」


「助け合いだと? じゃあ、先に俺たちに還元しろ! ちゃんと情報を渡しただろうが! あれから結構経ってるがまだ生きてるって事は食料を得たんだろ? その分をまず寄越せ!」


「そ、それは。確かに君が教えてくれた情報通りに助かった! だがもう食料が無いんだ! だから頼む!」


「知るか! 今すぐ出て行け。じゃないと」


僕は拳銃を彼らに向けた。


雨にさらすと整備の必要が出そうで嫌だったが、そうも言ってられない状況だから仕方がない。


「わ、分かった! 出て行くから撃たないでくれ!」


「先生、いいのかよ! あんな奴の言う通りにして!」


「そうですよ、相手は子供なんだから」


まだ解っていない馬鹿が居る様だ。


だから僕はもう一度発砲した。


しかも空に向けて。


今度こそ、室内ではなく外での銃声音。


雨音にかなり消されたが、それでも住宅街に鳴り響く。


ゾンビどもを呼び込むには十分な大きさだった。


「なっ!? そんな事をしたらゾンビどもが!」


「やっぱりあいつは狂ってる! くそ、早く逃げよう。以前みたいになっちまう!」


「おい、脚立も持って行けよ。あと、門も閉めていけ」


侵入者たちは慌てて藤野家を出て行き、学校方面に逃走した。


僕はそれらを見えなくなるまで確認し、脚立を回収してベランダに置いた。


「陽菜さん、門の鍵を閉めてきてください」


扉を開け、目の前に立っていた坂井さんに声を掛けるも反応がない。


「陽菜さん? おーい、陽菜さーん?」


坂井さんは僕を見つめたまま反応しない。


そろそろ雨に濡れた体が冷えて痛くなってきた。


「えっと、中入って良い?」


これも無視。


「風邪引いちゃうんだけど?」


これも無視。


「えっと、まさか敵対するつもり?」


これも無視。


流石にそろそろイライラしてきた。


「俺に何か言いたいなら言えよ」


これも無視。


明確ではないけど敵対行動。


風邪なんか引いてしまったら体力が大幅に下がってしまう。


それを狙ってるのなら、容赦しない。


「そうか。陽菜も俺の敵になるのか」


僕は拳銃を向けようと手を動かしたが、坂井さんが動いた。


横に避け、タオルを差し出してくると言う動きだ。


僕はその行動に唖然とし、動かした右手、拳銃を握りしめた手でタオルを受け取った。


「早く入らないと風邪を引く。ちゃんと拭く、祐司」


まさかと思うけど、何となく気が付いた。


そしてそれが正解だった。


その時から坂井さんは陽菜と呼び捨てにしない限り反応してくれなくなった。


へっくしょん!






二階のベランダからの侵入者。


これは想定していたからローテーションを組んで日中は誰かが警戒していた。


ただし、最近ちょっとした平和ボケに掛かっていて無警戒だった。


雨天だから誰も来ないでしょ、しかも二階に登る足場も無いし、と言った感じで。


だが今回の事を受けて早速対応する事にした。


ベランダの縁に有刺鉄線を巻くと言う対策だ。


有刺鉄線はちょっとだけ遠出して手に入れてきた。


本来侵入禁止な場所に行けば幾らでも手に入る。


梅雨だからと言って毎日雨が降る訳じゃない。


だから僕は安藤さんを連れて取ってきたのだ。


何故か、いや、僕に対して従属意識が強い安藤さんは遠くに離れたがらない。


なので仕方なく行動を共にする。


同じ年の少女と四六時中一緒に居るなんて田中や山根にしたら羨ましいのかも知れないが、僕からしたらちょっと疲れる。


普段からそんな状態なのに、出掛ける時までとなると流石にな。


今、僕が心休まるのは寝る時と風呂やトイレに入っている時だけだ。


多分、贅沢な悩みなのだろう。


だから口に出す事はしない。


口に出すと、何となくだがより一層状態が悪くなりそうな気がするからだ。


「うーん。そろそろここから移動した方が良いのかな?」


「梅雨の時期に移動ってきついと思うし、濡れちゃうとまずいのがいっぱいあるよ?」


「だからと夏になってからだと暑くて大変じゃないかな?」


「行先が山だから夏の方が良い」


そしてそろそろ移動を考える時期に来ていた。


再びやってきた略奪者たちに誰が居るのかバレてしまった。


僕たちは銃と言う強力無比な武器を持っていて、しかも有力な情報も持っていると思われている。


極限状態になっているであろう学校側の生き残りたちが再度押しかけて来るのは予想出来た。


「うーん、そうだね。ちょっとずつ移動する準備に入ろう」


「準備って持って行くものは最低限なんでしょ?」


「そうだね。武器関連と冬服と下着類、携帯食料に工具類。後はスマホと充電器は一応かな」


「え? スマホ持って行くの?」


「電気がまだ通っているからね。発電所がちゃんと稼働し続けてるんだろうね。いつかは燃料が無くなるけど数年は大丈夫だと思うよ」


「そっかぁ。でも、直にダメになる場合もあったんだよね?」


「勿論。でも、一ヶ月以上経っても途切れないって事は重要施設の防衛網は確立されていると言う事かな。ただ問題は働く人の安全と食糧確保だけど」


「そんな人たちの食事を優先するのは当然だよね。でも、確か原子力以外は結構自動化されてるんでしょ?」


「ダムの水力発電と風力発電。後は太陽光発電は自動化されてるはずだね。ただしメンテナンスは必要だから人は必要だよ。後、資材とか」


「あ、もしかして発電所も考えて山に行こうとしてたの?」


「それも一つだね。山間部にある町は渡航者が殆ど来ない。来ても観光目的の少数だし、大都市に比べたら圧倒的に少ないしね。元々の人口の少なさも良い所だね」


「でもかなり遠いよね。車でも一時間は掛かるはずだし」


「ここから射留間まで行くのに五時間。この間ので慣れたし体力も付いてきたから四時間弱と考えると」


僕はそう呟きながらタブレットを弄り、地図上からルートを考えて計算する。


「約六十キロの距離を踏破するから三十時間は歩く計算だね。一度に歩けるのが二時間として、一日八時間歩くと考えれば四日は掛かるか」


「どこかで野宿か何かをしないといけない、と。それって結構厳しいよね?」


「そうだね。どこかで中継地点を作ってとか考えていたけど、それも難しいだろうし。まあ、何時かここに戻ってくる可能性も入れての移動かな」


「だとしたら二階のベランダからの侵入を不可能にしないとだよね?」


「うん。音が鳴っちゃうけど硬い何かで防がないとね。溶接は無理だからネジとかで留めるよ」


そう言う工具とか材料は藤野家にはないけど、近所の家には有ったのを確認している。


僕たちはこうして山に向かう為の準備を始めた。

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