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7/12

藤野家に戻って来てからの生活は、僕が宣言した通りに訓練付けの毎日だった。


基本的にはスクワットや腹筋などの筋力トレーニングと柔軟、庭をジョギングする体力トレーニングと重い荷物を持って階段の上り下りだ。


本当は藤野家の外でジョギングしたいのだがゾンビや生存者に出遭うと面倒なのでしていない。


そして訓練は僕だけじゃなく女性陣も加わっていた、安藤さん以外は。


自分の意志を見せなかった安藤さんは何をやって良いか分からない状況のようで、最初は僕たちと一緒に訓練に混ざっていた。


でも、自らの意志でやりだした訳じゃないから辛い訓練も長続きせず、直に離脱して戻るを繰り返し、やがて参加しなくなった。


それも彼女が選んだ自衛方法なのだし僕は特に言う事は無い。


あれから僕は安藤さんに話し掛ける事が無くなっていた。


僕が話し掛けると彼女は僕に依存するようになる。


正直僕は誰かを助けて面倒を見るだけの余裕が無い。


射留間駐屯地に行く前までであれば状況的に余裕がまだあったから、僕が先頭を切って引っ張って行った。


でも今はゾンビだけじゃなく、生き残った人たちとの戦い、残された食料や安全地帯の取り合いが起きている。


そんな状況で生き残る為の体作りをすると言う準備期間を過ごしているのだから他者に心を配る余裕が無いんだ。


人でなし、と言われるかも知れない。


でも、これからはそう言う時代、そう言う世界なんだ。


何て偉そうな事をずっと言ってるけど、要するに僕だって怖いんだ。


本当なら大人、両親や自衛隊、国に保護してもらって過ごしたい。


でも、それが出来ない、やがて出来なくなると解っていてそのまま甘える事が出来ないだけ。


ちょっと早いだけで、僕たちは大人の仲間入りをした、そう思って頑張っている。


そんな事を考えながら庭を四人でぐるぐる回っている時、安藤さんの声が掛かった。


「皆、誰か来るよ。あれは、片山高校の生徒だよ!」


それは生き残った人、敵の襲撃を知らせる声だった。





僕たちは慌てて家の中に入ると雨戸を閉め、二階のベランダへ向かった。


安藤さんと合流して双眼鏡を受け取って覗くと辺りを警戒しながら移動する男子生徒五名を見付けた。


この距離だと顔は分からないがそれぞれ金属バットや何かの棒を持って武装しているのが見えた。


「こっちに近寄ってくるね。この辺りは住宅街だから食料を求めてやってきたのか、安全な家を探しに来たのかどっちかだね」


「学校の生徒たちはまだ無事だったんだね。あれから十日は経ってるけど大丈夫だったんだ」


「学校の方にはスーパーやコンビニがあるし、そこから食料を確保していたんじゃないかな?」


「それで、どうするの?」


「勿論無視をするよ。不法侵入してくるようなら追っ払うけど」


「え? 合流しないの? だって同じ高校の生徒だよ?」


「僕たちはもうあのコミュニティから抜け出した部外者だよ。もし彼らが何か有益な物資を持っていて無償で分けてくれるなら別だけど、多分それは無いし」


「そ、そんな」


「明日菜ってまだそんな事言ってるの?」


「絵美里?」


「八雲君じゃないけど私も彼らと合流するつもりはないよ。一度出た人を素直に受け入れてくれないってのもあるけど、そもそも私は自分たちだけで生きて行くって決めてるしね」


「ごめん、明日菜ちゃん。私も嫌かな」


「美紗まで、何で? 何でなの?」


「明日菜ちゃん、もう私たちは片山高校の生徒じゃないよ。こんな状況だと学校なんて閉鎖してるのと変わらないしね」


「で、でも」


「だったら安藤だけ合流する? 私はしない。八雲たちと一緒に温泉に行きたい」


「さ、坂井さんまで」


「さて、合流したいなら止めないけど、僕たちはしないからね。決めるのは安藤さんだよ。折角ここまで一緒に頑張ってきたから残念だけどさ」


取り敢えず逃げ道は作ってあげるけど、安藤さん次第だ。


そして時間は余り無い。


どんどんこちらに近寄ってくるし、別方向にゾンビどもがうろついているしね。


「まあ、あれだよ。どっちにするかは中で決めたら? もしかしたら争いになるかも知れないしね。見たくないでしょ?」


僕のこの発言が止めになったのか、安藤さんは青い顔をしてベランダを後にした。


横山さんは僕の方に顔向け、任せてと言う意味なのか頷いてから付いて行った。


ベランダには僕と藤野さんと坂井さんだけになった。


「さてと。立ったままだと丸見えだししゃがんで隙間から監視しよう。侵入しようとしたら声掛けして止めるし、止まらなかったら発砲するから」


「銃を使ったらゾンビが集まって来るんじゃないの?」


「来るだろうね。それが狙いだよ」


「うわぁ。ゾンビを引き寄せて追い払うんだ。鬼畜だね、八雲君」


「八雲は銃が使えるの?」


「一応使い方はネットで調べたけど。エアガンぐらいしか撃った事が無いね。まあ、威嚇射撃だけなら十分かな」


「でも銃を使っちゃうと危険人物が居るって教える事にならない? 後、銃を所持している事が解って押しかけないかな?」


「何度か来る事になると思うよ。でも、その度に銃の出番かな。そしてゾンビがわんさかと」


「そ、そっか。流石変人の八雲君。頼りになるなー」


「勿論、皆にも銃を使ってもらうけどね。発砲練習には丁度良いし」


僕のこの発言に、藤野さんの顔が引きつった。


坂井さんは特に変わらない、ではなく、何だかやる気に満ちていた。


そんな事をしていると、男子生徒たちが角を曲がって藤野家前の道路に入ってきた。


「おい、あれってソーラーだよな? と言う事は電気が」


「しかも雨戸が全部閉まってるし、まだ色々残ってるかも」


「この辺りって当たりかもな」


等と話し合いながら近寄ってきた。


彼らはそのまま門の前までやって来て、開けようとがちゃがちゃし始めた。


「鍵が掛かってるぞ。ちっ、何だよ、門にまで鍵って。どこの金持ちの家だよ」


「これぐらいだったら乗り越えられる。それにあまり音を立てるとあれだ」


「そうだな。じゃあ、乗り越えよう」


さて、不法侵入確定だから声を掛ける事にしよう。


顔を見せずに話し掛けた。


「おい、人の家に勝手に入ろうとするな!」


「だ、誰だ!」


「誰か居るのか! 頼む、出て来てくれ!」


「俺たちは片山高校の生徒だ! 避難所になってて食料が足りないんだ! 食料を分けてくれ!」


「なあ、頼む! 頼むよ!」


僕の声はそれほど大きくなかったが、静かな住宅街なら十分に聞こえた様で、彼らは直に反応して声を荒げた。


助けを求める声はかなり必死さを伺え、住宅街に響き渡る。


これは銃を使わなくてもゾンビが集まってくるかも知れない。


しばらく様子を見ていたが、彼らは立ち去ろうとせず、ずっとこちらに向かって声を掛けて来る。


だけど返事をせずに隙間から彼らの様子を窺っていた。


最初は助けを求める声、態度だったが、だんだんそれらは横柄な物に変わって行った。


「おい! いいから出て来いよ! 何で無視するんだよ!」


「こっちは武器を持ったのが五人も居るんだぞ!」


「出て来い! そして食料を寄越せ!」


「こんな良い場所で隠れてやがって何様だ! 俺たちにも寄越せ!」


「そうだ! 卑怯だぞ! 出て来い!」


完全に彼らは略奪者、強盗か何かと変わらない集団になっていた。


「ふぅ、さて、やっぱり彼らは略奪者、敵のようだね。予想通りだったよ」


「八雲君の予想って当たるねぇ。この前まで普通の高校生だったのに、今じゃどこの犯罪者なのよ、あの人たちって」


「撃つ?」


「侵入しようと動いたら撃とう。どうせこれだけ騒いでいたらゾンビがやって来るよ。あ、藤野さん。ゾンビが近寄って来て暴れ始めたら中に戻って玄関を開けない様に守ってくれる?」


「ああ、明日菜が入れちゃう可能性があるね。この段階で出てないって事は出て行く選択が出来なかっただろうし」


「うん。でも、ゾンビに襲われてると解ったら助けに飛び出て引き入れちゃうよ。それが一番最悪なパターンだし」


さて、どうなるかな、と思っていたら到頭ゾンビどもが近寄ってきたようだ。


「おい、ゾンビが集まってきたぞ」


「くそ! この人殺し!」


「い、いっぱいきやがった! あんな数どうしようもないぞ!」


「頼む! 中に入れてくれ! このままじゃあ」


「中に入れろよ! 見殺しにするのか! なあ、おい! 聞いてるんだろ! おいってら!」


事前に双眼鏡で確認していた限り、ゾンビの数は十は超えていたし、五人で戦うにしてもちょっと狭い。


それに彼らのバッドには血糊が付いていないから、もしかしてまだゾンビと本格的な戦闘を経験していないのかも。


厚い布越しとかに殴ってたら血も付着してないだろうけど。


取り敢えず、このままだと藤野家の前で戦闘になりそうだし、声掛けだけしておくか。


いや、今声を掛けると家に入ろうとするだろうな。


と、思っていると家の中から声が聞こえた。


「ダメだよ、明日菜ちゃん!」


「でも、ゾンビが来てるって! 助けないと!」


「ダメだって!」


どうやら安藤さんが玄関を開けて飛び出そうとしているようだ。


僕は溜息を吐いてスタンガンを藤野さんに渡した。


「うわぁ。まさか友達にスタンガンを押し付ける日が来ようとは」


「嫌なら僕がやるよ?」


「ううん。ここは友達である私の出番だよ。じゃあ、行ってくるね」


藤野さんは家の中に戻った。


「放して、放してよ、美紗!」


「ダメだって! 今開けたらゾンビも入ってきちゃうよ!」


「でも!」


「家主である私が認めないよ、明日菜。だから諦めて」


「何でよ、絵美里! 何で助けようとしたらダメなのよ!」


「そう思うなら二階のベランダから飛び降りて戦って。それが出来ないならダメだよ」


「そ、そんな。何で、何で解ってくれないのよ! 可笑しいよ! 皆、皆可笑しいよ!」


「そう。理解してくれないなら仕方がないよ、明日菜。取り敢えず今は眠ってね」


「え? きゃ!?」


どうやらスタンガンを使う事になったようだ。


そして外でも騒ぎは決着したようで、片山高校の男子生徒たちは逃走を選んだ。


ゾンビどもを引き連れて。






略奪者が去った後しばらくして安藤さんは目を覚ました。


彼女の僕たちを見る目は親の仇のような憎悪にまみれており、何か言いたげだった。


だけど、それはお門違いとしか言えない。


「さてと。彼らは何とか逃げ出せたようだけど、アレだけ騒いでいたんだからここら辺りのゾンビどもは学校方面に移動しただろうね」


僕の声に反応するように安藤さんが睨んでくる。


だけどそれを無視して話を続けた。


「今日はもう来ないだけろうけど、数日後、早くて明日にはまた誰か来るだろうね。生き残りが居ると分かった訳だし」


「そうなるよね。それで、明日菜としてはどうするの?」


藤野さんの問いかけに、睨むだけで返事をしない。


安藤さんの中の正義、良心に従うと僕たちのやった事は悪なんだろう。


だから敵意を向けてきている。


だけど彼女には力が無い。


だから助けたい、と思っても自分では出来ない。


それが解っているから声に出せず、ただ敵意を向ける事しか出来ないのだろう。


「彼ら、いえ、片山高校の生徒たちって実は恵まれてるんだよ? 明日菜は気付いて無いの?」


「何故よ? 彼らは助けを求めていたわ。食料を分けて欲しいと言っていたわ。決して恵まれているとは思えない」


「八雲君から情報を貰ったじゃない。ゾンビに付いてとか倒し方とか。これからどうなるとか、どうした方が良いとか」


「そ、それはそうかも知れないけど、でも!」


「でも、その情報を得ても馬鹿にするだけで信じなかった。いや、信じたくなかったかな? そして今困っている」


「困っているんでしょ? だったら助けてあげないと! 助け合いは当たり前じゃない! 何で解ってくれないのよ!」


助け合いの精神。


こんな世界になったのだから余計に必要な精神だと思う。


一人で生きていくのは限界がある。


四月一日にあの動画を見た日、最初は僕は一人で生きていくつもりでいた。


でも、情報を集めて考えれば考えるほど不可能に近い事を理解していった。


仲間が居るのと居ないので、生存率に差が大きく出ると思った。


だからゾンビが襲ってきたあの日、教室で情報を公開して仲間を募った。


最初は僕が頑張る必要があるんだろうけど、仲間たちが育てば生きていけると。


そして彼らは選択した。


僕から出した情報を当てにせず、そのまま残って生きていくと。


「で、彼らから何を貰うの? もう十分与えたのに? 安藤さんは彼らから何を貰うの? 安心感かな? それとも連帯感かな? でもそれだったら何で学校を抜けだしたんだい?」


「八雲君は凄いじゃない! ねえ、今からでも学校に戻ろう? そして今度こそちゃんと教えてあげて皆で頑張ろうよ」


「何故僕がそこまでしなくちゃならないんだい?」


「そんなの当たり前だからだよ!」


「僕の中では少なくとも当たり前じゃないね。ちゃんと彼らには自衛しましょうって言ってあげたよ? それなのに嘲笑ったんだよ? 家族でもないのにこれ以上してあげる気になれない」


「八雲君の言う通りだと私も思うな。人が住んでいる家に、誰か居るって解ったのに恫喝してきたような人たちが居る限り、私は一緒に居たくない」


「私も絵美里ちゃんと同意見だよ、明日菜ちゃん。全員が全員そうだとは思わないけど、でも、近寄りたくないよ」


「そ、そんな。ねえ、どうしたの、絵美里? 美紗も。そんな子じゃ無かったのに」


「八雲君も言ってたじゃない。極限状態になると人は本性が出るって。彼らの本性がああだったように、私も本当はこんな人だったの。私は自分と身近な人だけが助かればそれでいいの」


「私もちょっと余裕がないよ。誰かの為と言うならここに居る人たちだけにしたい」


友達の二人から拒絶された安藤さんは表情が抜け落ちて、顔を下に向け呟きだした。


「八雲君、八雲君。そっか、八雲君が悪いんだ」


確かに僕が情報を与えたからそうとも言えるけど、選んだのは僕じゃない、本人たちだ。


それなのにそんな事を言うのか。


「ふぅ。そっか、うん。僕が悪いのか。それで、僕にどうして欲しいんだ、安藤さん?」


「出て行って! 皆から離れてよ!」


「悪影響を与えるものを排除したいんだね。なるほど、安藤さんにとっては僕が悪か。いや、安藤さんにしたら僕は世界の敵、ゾンビと同列かそれ以下かな?」


「ほら、そんな風に煙に巻こうとして! 今まで騙されてきたけどもう聞かない、効かない! 出て行きなさいよ!」


あの日、射留間駐屯地に向かう途中であの親子に出遭った時からこうなるんじゃないかと思ってた。


初めてのゾンビ狩りの日、彼女が飛び出して僕を助けようとしたのは、とてもうれしかった。


でも、彼女のその優しさは、僕たち仲間だけに向くものじゃなく、自分以外の全てに向けられるもの。


とても日本人らしい、とても優等生らしい、とても素晴らしい性格だ。


でも、彼女は僕たちに付いてきた。


あの時は不安感が大き過ぎて、頼りになる僕に付いてきただけだった。


それはとても日本人らしい性格で、周りに流されやすく、そして周りに頼る事が当たり前の性質だった。


それがあの日、彼女が僕に抱いていた幻想が砕け、今日はっきりと拒絶する事になったのだ。


元々彼女は僕の仲間に慣れないタイプの人だった、それだけだろう。


「貴女が出て行きなさいよ、明日菜」


「え? 絵美里、何を言ってるの?」


「はっきり言うよ? 明日菜がそんな考えなら私は一緒に居れない。そしてここは私の家なの。だから出て行くなら貴方よ、明日菜。いえ、安藤さん」


「何でよ、絵美里! ねえ、どうしたのよ? 美紗も何とか言ってよ? 坂井さんも、ねえ?」


安藤さんが一緒にやって行けないと思ったのは僕だけではなく、藤野さんも、横山さんも、坂井さんも同じだったようだ。


「何でよ、何でなのよ。どうして、どうして解ってくれないのよ。悪いのは八雲君、なの、に」


到頭耐えれなくなった安藤さんは気絶した。






気絶した彼女から武器を取り上げ、リビングのソファーに寝かせる。


これから彼女をどうするかを決めなくちゃいけない。


このまま外に出せば確実にゾンビの餌食になるだろう。


十分な武装や食料を与えて出せば逃げ切れるかも知れない。


でも、これからは武器や食料の入手も難しくなる。


そんな貴重な物を渡せるのか?


この家から出るだけじゃなく、仲間から抜けるとなれば物資は渡せない。


田中と山根の時とは違う。


彼らの場合、僕の、僕たちの考えに賛同しながらも違う道を進む事を選択した。


だから彼らは離れても仲間だ。


行先も教えているし、いずれ合流する事もあるだろう。


でも安藤さんは違う。


おそらくこの家を出たら二度と合流する事は無い。


あるとすればお互いに自衛隊に保護された場合、どこかの庇護下に入って従って生きていく選択肢をした場合だけだ。


「はぁ、どうする?」


「えっと、もう一緒には居れないよね?」


「八雲は悪くない。可笑しいのは安藤」


「うん、それは解ってるんだけど。明日菜ちゃんは優し過ぎるんだよ。あのまま学校に残ってればね」


「あの状況で残る選択肢ってそれはそれでどうだったんだろうね? まあ、現状を知ったから大勢と居たいと思ったんじゃない? ほら、安心感と言うか人が一杯居るだけで落ち着くし」


「その分嫌な事も多い」


「そう、だね。多分、学校に居たら不満や不安感も多かっただろうけど、いっぱい人が居るから流されて楽だったかも。でも、私は嫌だな」


「明日菜は自衛隊か学校に所属した方が良いって事だよね。どうしよっか? 八雲君的にどう思う?」


彼女たちの中ではもう安藤さんは仲間じゃなくなっている。


それがはっきりする会話だった。


「そうだね。次誰か来た時に合流させるか、学校まで送り届けるかかな。前者なら少しだけ食料を持たせる。後者なら食料は渡さない」


「選択肢を一応与えるんだ。明日菜って選べるかな? 無理じゃない?」


「今の明日菜ちゃんだと難しいよね。ねえ、八雲君。明日菜に付いて来いって言ってあげれなかったの?」


「えー? そんな事したら八雲君に依存しちゃうよ、明日菜は。美紗だって解ってたでしょ?」


「うん、そうなるかなとは思ってたけど。でも、やっぱりね?」


「そうなると遅かれ早かれだよ。八雲君も私たちもずっと明日菜と一緒に居る、気に掛けていく事は出来ないんだし。遅かれ早かれ決別してたと思うな」


僕も藤野さんと同じ意見だ。


遅いか早いかの問題だけで、いずれ安藤さんは仲間ではなくなっていた。


「八雲は十分今まで手を差し伸べてた。それを蹴ったのは安藤。これ以上は必要ない」


「はぁ。確かにそうだね。あれだけどうするって聞いてくれてたもんね。私もそれで踏み止まれただけだし。もっとしっかりしないと」


「美紗と明日菜の違いはそこじゃないと思うな。違いは自立心の差。もしくは自信の有無かな?」


「自信?」


「うん。美紗はさ、お爺ちゃんの家で農業とか山とかの経験があったでしょ? それが今後の役に立つって知ったから。あれだけ調べ物をしたら自信に繋がったでしょ?」


「あ、うん。確かに自信が付いたかも」


でも安藤さんには何も無かった。


前までだったら一番の優等生は彼女だった。


クラス委員なんて自ら率先してやり始める優等生だったし、成績も結構良かった。


社交性もあり、教室では中心に居た。


リア充、って言葉はあまり好きじゃないが、彼女は充実していたはずだ。


教師たちからの覚えも良く、教室では頼りにされる。


友達は男女分け隔てなくいたようだし、何時も楽しそうにしていた。


それは学校と言うコミュニティに属していて初めて成り立つ彼女のパーソナリティであり、彼女の自信だった。


でも、ゾンビパニックと言う危機に瀕した時、僕と言う頼りになる幻想を見付けて、自分のテリトリーである学校を抜け出し、ただの人に成り下がった。


彼女には感謝している部分はある。


もし、彼女が同行しなかったら藤野さんと横山さんは付いて来なかったかも知れない。


田中や山根や坂井さんは一緒に来ただろう。


何せ僕たち四人は教室では下層、クラスカーストでは下で社交性の無い奴らだったしな。


その中でも飛び抜けて変人だった僕たちだからあっさり抜け出せただけだ。


藤野さんと横山さんは違った可能性がある。


そしてそれだけじゃなく、彼女の社交性の高さには色々助けられてきた。


だからただ外に出すだけじゃなく、ちゃんと違う場所に所属させようと考えている。


僕を悪と罵った彼女だけど、仲間だった事には変わりない。


そんな安藤さんを僕たちは追い出す。


せめてもの感謝を込めて。






安藤さんが目覚めたのは一時間後だった。


起きた瞬間は心あらずだったが意識がはっきりしだしたら暴れだそうとした。


それを予想していた僕たちは彼女から距離を取っていたし、周りに物を置いていなかった。


だから彼女は冷静さを取り戻し、荒れた様子でソファーに座りなおした。


「私は出て行けば良いの?」


しばらく様子を見ていると、安藤さんがぼそっと呟いた。


「僕と一緒に居たくないならそうなるかな。僕はまだ藤野さんの家を出るつもりはないし、藤野さんからは追い出されないようだし」


「そう」


「それで安藤さんには選んで欲しい。今から学校に行くか、次誰か来た時に合流するかを」


「貴方が出て行くって選択肢はないの?」


「先ほども言ったけど無いよ。それでどうするの?」


「ねえ、八雲君。何故私に選ばせようとするの? 貴方がこうしろって言えば済むでしょ?」


「その辺りもちゃんと話したはずだけど、理解していなかったようだね。学校の先生じゃないんだから何でも教えてあげれないし、何度も教えないよ? 給料をもらってないし」


「貴方が連れ出したんじゃない。八雲君が私を、私たちを連れ出したんじゃない」


「僕はあの時から選択肢を提示し続けてきた。それに従ったのは安藤さんだ。あ、他の仲間たちは賛同して自分から一緒に動いただけだよ。そこが大きな違い」


「そっか。私は八雲君に従ってただけか」


「田中と山根は今は一緒に居ないけど、彼らも賛同して行動してたね。そして彼らは僕が出した選択肢の中で最善と思える行動を取った。それが家に帰るだよ」


安藤さんは口を閉じ、じっと床を見ている。


多分、これからどうするか、どうなるかをやっと考え出したんだろう。


今までは大人たちが用意してくれていたレールに乗って行動していた。


そしてあの日から今日までは僕の用意したレールに乗って行動していた。


安藤さんは初めて自分でレールを用意しようとしている。


僕たちはただそれを見守った。


どれぐらい時間が経ったのか、体感だと一時間ぐらいは経過している。


「学校に戻るよ。今までありがとう」


「そっか。じゃあ、送っていくよ」


「え?」


「あいつらが騒いだ所為でゾンビどもが学校方面に付いて行っちゃったはずなんだよね。一人で移動するのは厳しいと思うよ」


「えっと、その、八雲君」


「何?」


「貴方が悪いなんて言ってごめんなさい。やっぱり私は八雲君に甘えてたんだね」


「僕が扇動したと言うのも事実だからね。ああ、申し訳ないけど持って行くものは私物だけにしてもらうよ」


「食料や銃は、流石にダメだよね」


「そんなの持って行っても取り上げられるだけだよ。それに戦いに行く訳じゃないよね?」


「ああ、そっか。大人や男子が一杯居るし、そうなるかな」


「じゃあ、十分で用意して。今なら脱出した辺りから入れると思うし」


「はは。最後まで容赦ないね、八雲君は」


こうして、仲間が一人減る事になった。

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