6
翌朝、身支度を整えた僕たちは朝食を食べる前に話し合いをする事になった。
もしかしたらこの話し合いでグループの解散もあり得る。
そんな重要な場面だ。
「さて、ニュースは昨日と全く変わらない情報しか流さなかった。それを踏まえて今後の事を話し合おう」
僕は皆の顔を見回してからそう告げた。
誰かが息を飲む音が聞こえる。
僕が感じている事を皆も感じているんだろう。
でも、これは必要な事だから止める気はない。
「まず、僕が考えた予測を話していくよ。射留間に居た人たちは全員王宮基地に移動したと思う。そして王宮もその内廃棄される」
「そう思う理由は何なの?」
「王宮基地はこの県のほぼ中心、一番栄えている場所に近い基地なんだ。だから保護した人も多いはず。そこに追加の保護された一般人が出た。それで食料が足りなくなるから」
「食料を輸送して耐えるとかはないのか?」
「何処も一般人を抱えているはずだよ。だから他に物資を回す余裕が無いと思う。多分今頃何処かに安全地帯を構築しようと頑張っているんじゃないかな」
「何処かにって。可能性があるのは?」
「関東だったら伊豆諸島かな。離島だからゾンビの侵入を防ぎ易い。ゾンビに襲われた人を入れなきゃ良いんだから」
「船か飛行機じゃないと行けない場所か。とても生き残った全員を運べないよな、広さ的に」
「そうだね。政府高官や一部の富裕層とか選ばれた人だけになるんじゃないかな」
「なんだ、それ。そんなの有りか? こんな状況になって」
「自衛隊は政府の一機関なんだよ? そうなると政府の人間やその知り合いが優先される確率は高い。だって同じ助けるなら家族や知り合いじゃないか」
「納得出来ないけど理解はした」
「島以外の安全地帯は? 流石に人数の問題で島だけって難しいよね?」
「そうだね。可能性としては山間部や人口の少ない所。茨木とか群馬、山梨や長野とかかな。多分一般人はこう言う場所に集められるかな」
「埼玉って人口多いものね。千葉の半島の方とかも候補になってそうだね」
「あんまり情報が無いから分からないけど、多分ゾンビ発生は大きな空港のある場所、鉄道網がしっかりしている場所を中心になっていると思う」
「本当に感染源は何だったんだろう? 食材に紛れてたのか?」
「これは言って無かったけど、ゾンビの血を飲んだ豚を食べてもゾンビ化はしなかったようだよ。だから二次感染は直接血液や粘膜に触れた事かな」
「え? 食べても大丈夫なの?」
「それは安心出来る情報だな。ああ、後ゾンビの血に触れてもダメなのか?」
「怪我をしていたり目や口に入ったりしたらアウトだね。怪我をしたら要注意だよ?」
「りょ、了解」
「そしてかなり先になると思うけど、大都市は破壊される」
「「「「「「え?」」」」」」
「ゾンビモノにある展開で申し訳ない予測だけどね。ゾンビを一掃する為に、ゾンビが一番発生している大都市の中心部に自衛隊の爆撃を行うはずだよ」
「うわぁ。じゃあ、この辺もやばい?」
「直接的には被害は無いかもだけど、爆撃に何を使うかだね。それによって空気や水質の汚染があったり、ライフラインが使えなくなる恐れはあるよ」
「もしかして、山に向かうと言ったのはそれを予想しての事だったの?」
「そうだね、この可能性がある限り、山へ逃げる事は必須だったかな。自衛隊に合流出来なかった時点ではそうするべき、とね」
街での生活はいずれ出来なくなる。
僕のこの発言には皆黙ってしまった。
あくまでも僕の予想でしかないけど、今の所僕の予測は大きく外れていない。
だから可能性はかなり高い、そう思ったに違いない。
「そしてゾンビ発生原因を突き止める事やゾンビを人間に戻す事、ゾンビ化しない免疫薬の開発、これらは何十年単位での話になると思う」
「な!? それだったらゾンビを止めれないじゃないか!」
「ゾンビが生物兵器として開発された薬品が原因、とかなら治療薬とかも開発されてるだろうけどね。フィクションじゃないんだから可能性は低そうだよ」
「今がフィクションみたいなもんだから、可能性は逆にでかくないか?」
「だとしたら余計に絶望的だね」
「ど、どうしてなの? だって治療方法もあるのよね?」
「その系統のゾンビモノの定番なんだけどさ」
「意図的にゾンビパニックを起こしたやつが治療方法を公開する事は無い、だろ?」
「そ、そんな」
「どう言う意図でこんな事をしたかは分からないけど、狂信者の考えなんて分からないからどうしようもないよね? こう言う場合って破滅を望んでいるか、世界征服的な何かだろうし」
本当にゲームやマンガみたいなフィクション過ぎる展開だ。
もし、このゾンビパニックの原因がこれだったら間違いなく世界は滅ぶ。
滅ばなくとも人口は過半数以下にまで激減するだろうね。
どこかの正義のヒーローが何とかしてくれたとしても。
ここまで文明が破壊された後の世界で、どれだけの人が生きていけるだろうか?
「まあ、最悪の可能性は心に留めておくだけにして、実質的な予想を続けるよ? このままゾンビパニックは続くと、生き残った人たちでの略奪行為が増える」
「ああ、そこに繋がるか。まあ、そうなるだろうなぁ。スーパーやコンビニの在庫は無限じゃないし」
「食品加工工場も稼働していないだろうし、加工食品なんてレアものになるだろうね」
「缶詰が黄金の価値になるってか? 十分あり得るな」
「後、料理人がもてはやされそう。坂井さんは勝ち組か!」
「父ちゃんの方が凄い」
「父親を父ちゃんって言ってるの? それはさて置き、人同士の争いが激化する。それは人の多い場所ほど如実になるかな」
「食料の需要と供給の問題か。何だか学校で勉強している気分になってきたぞ」
「法の番人にして執行者だった警察や救護活動のエキスパートである消防も壊滅した。そんな後だと自衛するしかない。でも、それが出来るのは一握りの人だけだ」
「ああ、それもよくあるパターンだな。声の大きい奴、喧嘩が強い奴をリーダーにした組織が出来上がって国盗り合戦だな」
「うん。そんなのがこれからどんどん出来上がる。そして吸収合併や排除を重ねていってどんどん人や食料や物資が無くなっていく」
「完全に世紀末的な世界だな。もしかして、国レベルでの戦争とかもあり得るんじゃないか?」
「可能性はあるよね。ただし、自分の国を何とかする事に時間が掛かり過ぎて他国に意識を向ける余裕は無いだろうね。それこそ何十年後の話かな」
ちなみにそうなったらもう打つ手はない。
個人レベルの自衛能力では、核兵器や大陸弾道ミサイルをどうにも出来ない。
まあ、物資の略奪が目的だろうから核兵器の使用は無いだろうけど。
「悪い事ばかりを話したけど、これが僕が思う今後の展開だよ。大まかにだけどね」
横山家のリビングは沈黙に包まれた。
僕が話した予測は明るい未来なんて想像出来るものじゃない。
暗い気持ちにしかならないものばかりだ。
だけど大きく間違った事は言って無いはずだ。
だからあえて皆に言った。
更にあえて皆に言う。
「僕たちは一度エンディングを迎えた。高校生生活と言う青春物語を。家族と和気藹々と過ごす家族物語を。ゾンビなんてものが出て来てバッドエンドだ」
そう、悪い終わりを迎えた後に僕たちは存在している。
「そして続きものであるゾンビパニックの学園物も自衛隊に救出されないと言うバッドエンドを迎えた。しかも目の前で回収されない酷いパターンだ」
パニックホラー系で主人公たちが死ぬ事の次に酷いパターンのエンディングを僕たちは迎えた。
映画とかならヘリからの視点で僕たちが映っているエンディングだっただろう。
「あの時ヘリで運ばれた人たちからしたらハッピーエンドだろうね。ゾンビたちが襲ってきたけど自衛隊に助けられて安全地帯へ連れて行ってもらえるんだから」
不幸になった人が居るならその逆の幸せになった人も居る。
「でも、僕たちは物語の登場人物じゃない。エンディングを迎えたらそれで終わりじゃない。どんなエンディングを向かえようと、生きている限り人生は続いてる」
エンディングは通過点でしかない。
「この世界は悪い方向に向かっている。だからハッピーエンドを向かえようと、バッドエンドを向かえようと生きている限りどんどん悪い事が押し寄せて来る」
本当のエンディングなんて死ぬ瞬間にしか迎えられないんだから。
「だから僕たちは自分の事は自分で決める。最善の方法を模索して選択し続けて、そして生きていく。それが自衛って事だと思うよ」
僕の言いたかった事が皆に伝わっただろうか?
話を理解出来ただろうか?
もし理解しなかったとしてもそれはその人の自衛だ。
理解しても納得出来ずに拒絶するのも自衛。
その事を解ってこれから行動して欲しかった。
あの日、学校にゾンビが現われてから僕が言い続けてきた事はこれだ。
「長々と話したけど、今後どうするかを話し合うんだったね。何か意見はあるかな?」
僕は笑みを浮かべ、皆を見回した。
最初に声を出したのは田中だった。
「俺は一度家に行ってみたい。その後どうするかはそれからにしたい」
予想通りだ。
彼は一度心が折れた、とまでは行かないが、僕が言った事ややっていた事に疑問を覚えたからね。
そうなれば、心の拠り所である自室に戻ると言う帰巣本能とでも言うのか、それが刺激されて大きくなったんだろう。
「田中の家ってどこ?」
「朝香だ」
「徒歩だとかなりきついなぁ。バスと電車だっけ?」
「それでも一時間近く掛かってたし、徒歩だと何時間掛かるのやら。それでもやっぱり家族が気になるし」
家族が気になるか、良い言い訳だよな。
「そっか。他の人はどうだい?」
「田中が行くなら俺も」
「山根も朝香なのか?」
「俺は四木だな。だから途中になる」
そして山根もやっぱりそう来るか。
後は女性陣がどう言うかだけど、安藤さん次第かな。
「それだったら一度藤野さんの家に行ってから南に行くか東に行くかで変わってくるね」
「どっちの方が安全だと思う?」
「南だね。東に行くと言う事は、中心に向かうって事だから。後南側に向かえば米軍の通信基地、まあ、フェンスで囲まれた広場があるからね。もしかしたら軍隊が居るかも?」
「そ、そうか。それは期待できるな。基地と言えば朝香にも自衛隊の駐屯地があるな。そっちはどうだろう?」
「あー、うん。あそこも陸上自衛隊なんだけど、広報センターがあるからなぁ。行った事ないか?」
「子供の時に遠足で行ったな」
「だったら解ると思うけど、あそこは防衛に向いてない。広すぎるし、東京に近過ぎる。藤野さんの家に居る間に遠目でしか見えてないが、ヘリが何度も東京と行き来してた」
「近隣住民だけじゃなく、東京からも集まって人だらけの可能性か。でもそれなら家族が居る可能もあるって事じゃないか?」
まあ、確かにその通りだろうな。
ただしゾンビに怪我をさせられた一般人が保護された可能性も同じぐらいあるんだが。
「可能性はある、とだけ言っておく。そして可能性としては射留間と同じような事になってる事もね」
「何故そう思うんだ?」
「射留間のヘリが王宮に向かったから。敷地面積で言えば王宮よりも朝香の方が圧倒的に広いんだ。と、言う事はそれだけ収容人数に余裕がある。なのに王宮だ」
「近い場所だからじゃないのか?」
「近さだけなら与古田基地とほぼ変わらない。そして与古田の方が圧倒的に広い、射留間よりも。それなのに何故王宮に行ったのか? それを考えたら当には出来ないかな」
「ぐっ、くそ、広いからダメって事か。ああ、話がずれたが、あれだ。南に向かって通信基地辺りで東に向かうのが良いって事か?」
「保護を求めるなら、かな。そうじゃないならほぼ真っ直ぐ国道を使うと言う手もあるよ。もう車も走って無いだろうからね」
「結局は俺次第って事か」
「そうなるかな。僕は情報は渡せても決めるのは本人だからね」
田中は溜息を吐き、僕と山根は苦笑した。
そしてこのやり取りに反応したのは安藤さんだった。
「え? もしかして田中君と山根君だけで行くつもりなの?」
この発言には全員がびっくりした。
驚いた理由は二通りだと思う。
全員で行くと思っていた人と田中たちだけで行くと思っていた人。
多分、全員で行くと思っていたのは安藤さんと横山さんだけだと思う。
それ以外は田中たちだけ、と。
「そうだね。ここではっきりさせるべきなのか。今後も僕たちは七人で行動するのか? それともここでそれぞれの道を歩むのか? そこを決めないと始まらないか」
「え? どうしてそうなるの? だってこの七人は仲間だって。一緒に頑張っていくって言ってたのに? 八雲君は何でそんな事を言うの?」
「何故、と言われたら。田中は家族が心配だからと言う理由で家に行くんだよね? 山根も途中だし一緒に行くと」
「そうだな。家族、って言うのは一つでしかないか。本当は家に帰りたい。ただそれだけだ」
「俺は、田中が行くならってだけかな。家族に付いては気になるけど正直諦めてる。全然連絡取れないし」
「それは僕たち全員の事を考えた行動かな?」
「違うな。はっきり言って個人的な理由だ」
「俺は、まあ、田中は友達だし、と言うのが理由になるのかな? ほら、流石に一人でってのはなぁ」
「だったら皆で行けば良いと思う。何でダメなの?」
「田中や山根は解っていて発言したみたいだけどさ。東京方面に移動するって事は危険が大きくなるって事だ。僕は言ったよね? 大都市はやがて破壊されるって」
「で、でも、行って確認して、その後また移動したら」
「俺はその後どうするか決めてない。そのまま家を拠点に生き続けるか、それとも皆と合流するか。いや、もしかしたら一人で自衛隊の基地を目指すかも」
「そ、そんな」
安藤さんは田中の発言でやっと気が付いたのだろう。
彼はグループを離れて生きて行くと言う選択肢を選んだ事を。
「まあ、そうなっても仲間だよな、俺たち?」
「だな。同じ知識を共有して、生き残る為に最善を尽くすんだから当然かな」
「とかカッコイイ事言ってるけど、途中でやっぱりダメだと合流する可能性は否定できない! だって俺らそんなだし」
「ダメだ、こりゃ」
男子だけで笑い合う。
女性陣はこう言うやり取りを理解出来ないのか、微妙な表情をしていた。
「田中と山根は解った。他の人は?」
僕たちが馬鹿笑いを上げて場の空気が変わったので、ここぞとばかりに話を進める事にした。
「その前に八雲君の考えを聞きたいな。ダメかな?」
すると藤野さんがそんな事を言い出した。
これは僕の案に乗るつもりなんだろうか?
「皆の意見を聞いてからと思ったけど、先が良いのかな?」
「うん」
「そうだね。藤野さん次第だけど、藤野さんの家でしばらく訓練してから地知夫を目指すよ。状況次第では西に向かって最終地点は須和かな」
「どんどん山奥を目指すんだね。あれ? 北を目指すんじゃなかったの?」
「状況が変わったからね。保護された一般人が王宮に集まってると予測したけど、次に移動するとしたら北になると思うんだ。そうすると僕たちの進路と被る」
「自衛隊が動けば保護されてない人たちもそれに合わせて来たに逃げると考えてるんだね。それで、訓練って何するの?」
「体力作り。今のままじゃあ貧弱だからね。藤野さんの家には一月ぐらい生きていける食料もあるし。後ソーラーだし、庭も広いし」
これは元々、いや、藤野家の便利さを知る以前だとちょっと違ったけど概ね考えていた事だ。
僕は貧弱高校生でしかない。
少なくとも一日何十キロを歩くとか出来そうにない。
自転車だったら、いや、これもダメか。
何せ体力不足だから鍛えたい。
藤野家には走り込みする場所は無いけど、体力作りだけだな十分な広さがある。
「私の家は道場か何かなの? まあ、居たいなら構わないけど」
「そう? ありがとう。じゃあ、僕の案はそれだね。他の人はどうかな?」
「じゃあ、私。八雲君が私の家に滞在するなら私も家に居ようかな。その後は状況次第。訓練もちょっとはやるかも?」
「まあ、それの方が僕は助かるかな」
「でしょう?」
満面の笑みを見せる藤野さん。
どんなつもりなのか相変わらず分からないな。
そしてそんな僕たちのやり取りを見ていた坂井さんは手を上げた。
「坂井さん、どうぞ」
「私も一緒に訓練する。その後は地知夫に向かうなら一緒に行く」
「何か理由はある?」
「温泉に入りたい」
「そ、そうなんだ。うん、良いね温泉」
「混浴する?」
「機会があればね。おい、田中と山根。そんなに睨むなよ。一緒に行けば良いじゃないか」
「か、考えとく。って、そうじゃねえよ!」
「うわぁ、潔くないな。まあ、うん、一応覚えておくか」
「まあ、あれだ。最低一ヶ月は訓練期間にするつもりだから気が向いたら藤野さんの家に来ればよいよ」
戻って来れるか分からないが、仲間なんだから再度合流するのもありだ。
そしてその事にやっと気が付いたのか安藤さんと横山さんが驚いた表情を見せた。
「後は安藤さんと横山さんだけだね。どうする?」
「えっと、そうだね」
まず反応したのは横山さんだった。
「私は近場の緊急避難所になってそうなところがどうなってるか確かめたい」
「ああ、うん、それは直に出来るし見てみようか。この辺りに学校ってある?」
「あるけど徒歩三十分くらいかかる距離だよ」
「遠いなぁ。あ、もしかして射留間の方?」
「うん。だからかなり遠いよ」
「だとしたら大型スーパーとかパチンコ屋とかそう言う場所になるかな」
僕はスマホを取り出して地域検索を掛けてみた。
まだネットは生きている様で直に検索結果が出た。
だがあまり良い結果じゃなかった。
「広域指定された避難所として公園が指定されているね。ただここって」
「あ、確かに地震の時はそこにって。でも、壁とかほとんどないね」
「そうなるとやっぱりスーパーとかかな。近くにある?」
「うん、ベランダから見えるよ」
見えるなら見てみよう、と言う事で全員でベランダに出てみた。
確かにちょっと離れているけどスーパーらしき看板が見える。
僕は双眼鏡を覗き込み、よく見てみた。
「うん、物の見事にゾンビが屯してるね。入り口にチャイムとか付いてるのかな?」
「確かあったかも。はぁ、じゃあ、ダメかぁ。周りの人はどこに逃げてるんだろう?」
「逃げた人は射留間基地に向かったんじゃないかな。逃げてない人は自宅で籠ってそうだね。食料がそろそろ切れて出てそうだけど」
「そっか。だったら安心なのかな。うん、それじゃあ私も藤野さんの家にお邪魔しようかな」
「その後は?」
「えっと、保留で。八雲君ももしかしたら状況次第で変えちゃうでしょ?」
「まあ、そうだね。これで横山さんは解った。後は安藤さんだね。どうしたい?」
「わ、私は」
安藤さんは顔色が良くない。
多分極度の緊張と不安から体調を崩し始めているのだろう。
安藤さんが弱いのではなく、これが普通なんだと思う。
このグループで唯一普通なのは安藤さんだけだ。
横山さんもどちらかと言えば普通なんだけど、祖父の家で山に入ったりとか子供時代に経験した事がちょっと人と変えた所を見せているのだろう。
でも、特にこれと言って変わった事を経験した事の無い、以前であれば優等生な彼女には、この状況では普通でいられない。
今のこの世界では、僕たちの方が普通だ。
だから安藤さんは異常をきたしていた。
安藤さん以外の皆の目が僕に刺さる。
多分、何とかしろ、って事なんだろう。
でも、ここで僕が手を差し出してしまったら彼女はこの先僕に縋ってしまう。
それでは本当の意味では自衛ではない。
ただ、もし、選択肢として彼女自ら僕に縋るなら、未来で僕の庇護下から離れて歩き出せるかも知れない。
だからどう言う選択肢をしようと、僕から彼女に声を掛ける事はしない。
そんな意志を込めて皆を見回し、安藤さんから視線を外した。
視線の端で、安藤さんの視線を感じる。
それでも僕はあえて彼女から視線を外したまま、お茶を飲んだ。
結局安藤さんは自分の意見を言う事なく、選択しないと言う選択肢を選んだ。
中々意見を言わない安藤さんに痺れを切らしたのか、可哀そうだと思ったのか分からないが、田中と横山さんが横やりを入れてきた。
今決めなくて良いんじゃないか、と。
一旦藤野家に戻り、そこからどうするかを決めれば良い、と。
安藤さんはその案に乗ってしまい、自分で決める事をしなかった、が正確なところだ。
僕たちは七人全員で藤野家に戻ってきた。
行きとは違い、帰りは慣れもあって四時間ほどで辿り着いた。
ゾンビとの遭遇が思ったよりも無かったのが大きな要因だ。
遠くで何かをぶつけたり、車のエンジン音みたいなのも聞こえるので何処かで誰かが戦っているのだろう。
ゾンビたちは大きな音に引き寄せられるし、人の集まるところに近寄っていく。
人は居るだけで音や匂いを出すからな。
予想通り人々が外に出て色々やり始めていた。
「はぁ。何だろう、まだ一週間程度なのに帰ってきた感が凄い。他人の家なのに」
「解る気もするけどな。田中と山根は何時出発するんだ?」
「何だか早く出て行けと言われてる気がする」
「あれかー? 俺たちが居なくなったらハーレムだし、早く出て行けってか?」
「何を言ってるだ、二人とも。女性だらけの中に男が一人なんて最悪だぞ?」
「何? 八雲君はそう言う経験があるの?」
「僕の家は父親が単身赴任で遠くに居るんだ。それで母親と姉、妹と女性ばっかりに囲まれての生活が三年ほど続いてる」
「そうなんだ。そう言えば八雲君の家ってどこなの?」
「河越だね。ちなみに家族の事はそれほど心配してないよ」
「え? 何でだ? こんな状況だったら」
「僕の得た情報は家族にはどんどん回してたからね。家族から変人扱いだったけど、こんな状況になったから僕の言っていた事が本当だったと理解しているはずだよ」
「な、なるほど。って、八雲は家族からも変人扱いだったのか!」
「それって山根が僕を変人って思ってると言う事だね。まあ、その通りだから別に良いけど」
「「良いのかよ!?」」
僕たちのやり取りで場が和む。
だからそのまま軽い気持ちで話しの続きをする事にした。
「まあ、出発は明日の朝からで良いのかな? 一応ルートの案は出しておくから参考にしてくれよ」
「お、助かる。なあ、銃は持って行って良いか?」
「勿論。自動小銃は二人に任せたものだからさ。でも銃を持って行くなら鈍器は長物は止めた方が良いね。取り回しが難しくなるし」
「あー、そうだなぁ。じゃあ、あれだ。基地から持ってきた工具を武器にするわ」
「でっかいレンチで殴るとか、スチームパンクぽくて良いな!」
「スチームパンクって言うより、昔の宮崎アニメの世界だな」
「だったら田中と山根は何があっても生き残るね。あの世界の主人公たちは絶体絶命な目に遭っても生きてエンディングを迎えるし」
そんな会話をした翌日、僕が書いた略地図を持って彼らは旅立って行った。