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ゾンビ狩りの翌日、朝から空を引っ切り無しにヘリが飛び交っていた。
方向を確認した限りでは東西に行きかっている様で、おそらく射留間と王宮の自衛隊駐屯基地間で飛び交っているのだろう。
これは何かあったかな?
僕は藤野家の物置にあった双眼鏡でそれらを見つつそう考えていた。
「あれってやっぱり自衛隊のヘリコプターか?」
「速くて見え辛いけど日の丸が見えたしそうだと思うよ。あの大きさだと一機に五、六十人運べるやつだね」
「そんなのが飛び交ってるって何があったんだよ? 昨日までは見かけなかったぜ?」
「おそらくどっちかの基地で何か遭ったんだろうね。急いで準備しよう」
ベランダで監視していた僕と山根は一階に戻り、テレビを見ていた仲間たちと合流した。
「どうだった、八雲君? あ、特にニュースでは変わった事は言ってないけど」
「自衛隊のヘリが飛び交ってる。多分基地で何か遭って輸送してるんだと思う」
「な、何かって?」
「予想でしかないけどどっちかの基地にゾンビが侵入して壊滅の危機なのか、防衛網が突破されたかかな」
僕の予想は皆も同じように思っていたのか反対意見は出なかった。
「後考えられるのは、余りにも保護した人たちが多過ぎて分散の為に配分しているのかも知れないけど。人か食料をね」
「それだったら良いのだけど」
「でも、これに関してはちょっと早過ぎる展開だね。通常自衛隊基地には災害に備えて支援物資はかなりの量備蓄しているはずなんだ。そうじゃなきゃ迅速な対応なんて出来ないし」
「地震とか発生したら翌日には現地入りしてるぐらいだしなぁ、自衛隊って。じゃあ、やっぱりゾンビが?」
「恐らく。しかしどっちの基地がやられたのか判断しかねるんだよね。何せ射留間は防衛に不向き、王宮は気質の問題とどっちがやられてても可笑しくないんだ」
「両方って事は?」
「有り得るなぁ。ちなみに熊賀谷にも駐屯地はあるね。あっちは航空自衛隊だね」
「滅茶苦茶遠いじゃないか、熊賀谷なんて」
「ただ、同じ航空自衛隊基地でも熊賀谷の方が防衛し易そうな感じなんだよね。だからこの県の安全地帯の拠点は多分熊賀谷になっていると思うよ」
「八雲君が山か自衛隊の所に向かうって言ってたのはそう言う事なの?」
「うん。方角としては両方とも北だしね。一番無駄が無いルートだと思ったんだ。ちなみに射留間か王宮には先に行きたいけど」
「どうしてなの?」
「物資の確保の為だね」
「保護されずにって事?」
「保護してもらえれば助かるけどね、安心だから。でもさっきも言った通り、射留間と王宮は問題を抱えているから危ないんだよ。理想的なのは撤退中に合流かな」
「より安全な場所に移動してもらえるからかな? そんな都合良いタイミングってあるのかな?」
「今が正にそれだよ」
「「「「「「あ!」」」」」」
「と、言う事で、早速移動の準備だ。皆何時でも動けるように荷物は纏めているよね?」
やっと僕が言いたかった事が言えた訳だが、予想通りと言うか何と言うか。
あれだけ言っておいた事前準備はあまりされていなかった。
なので出発は三十分後となり、これが大きなタイムロスへと繋がってしまった。
僕としては狙い通りなんだけどね。
さて、いざ出発となったのだが、藤野家にはまた戻ってくる可能性が多いにある為しっかりと戸締りしておいた。
皆には自衛隊に保護されて戻ってくる事は無いみたいに言ったけど、はたしてそうなるかどうか。
各自持ち物だが重くならない程度に携帯食料として缶詰を一人二個と五百ミリリットルのペットボトル一本と着替え一着分をリュックに入れて運ぶ。
後はそれぞれが武器を持ち、僕だけは書き溜めたノートや自前で用意している武器もあるので更に重い。
各自の武器を確認しておくと、僕は鉈と自前の武器、田中はバール、山根は樫の棒、藤野さんは警棒、横山さんは木製バット、坂井さんはハンマーだ。
安藤さんだけ武器が無いが、催涙スプレーなどの防犯グッズを所持しており、基本的にはゾンビではなく対人用だ。
ただ、武器の扱いは流動的に持ち回りにしようと決めている。
ただし、僕の鉈だけは仲間たちが持とうとしなかった。
流石に刃物を使うには覚悟がまだ足りない様だ。
鉈って猟奇的過ぎるからね、仕方がない。
なお、武器や食料以外だと、各自スマホと懐中電灯を有った分だけ。
後、少々お菓子なんかも持ってたりするが、これは個人の裁量に任せた。
「じゃあ、行こう。途中横山さんの家があったりするけど、申し訳ないけどスルーするよ」
「解ってます。でも、余裕があったら」
「まあケースバイケースでかな」
「うん、それで良いよ」
家族が家に戻っているかも知れないから寄りたいだろうけど、そこは我慢してもらった。
一人でもそう言う例外を作ると全員そうしたくなってくるからだ。
藤野さんの場合は一番近い家だったからと言う例外中の例外なだけ。
だから射留間駐屯地に辿り着くまでは寄るつもりはない。
そして出発したんだけど、空を自衛隊のヘリが飛び交っているからか、道路上にはゾンビどもが右往左往していた。
大きな音に反応する性質を持っているから当然なのだが、これは中々厄介だ。
もし、僕一人だけで行動していたなら間違いなく外に出るタイミングでは無かった。
ただ、今までの事から行くと、これはこれで有りのタイミングだったりする。
「ゾンビが一杯居るな」
「ヘリが煩いんだよ、まったく」
「でも、ゾンビたちの動きが変じゃない?」
「確かにそうかも。こう、心ここにあらずみたいな?」
そうなのだ。
大きな音がしているから僕たちよりも飛び交うヘリに意識が向いているんだ。
だからとゾンビの群れに飛び込めば襲われるだろうし、出来るだけ近寄らずに進んで行く。
近くを通る時には出来るだけ動きを制限するように攻撃、背骨や首筋を叩いてやり過ごした。
ゾンビを見付けたら全部倒すとか、そんな面倒な事をしていられない。
一撃で倒せるならそれでも良いかも知れないが、何度も叩く必要があるし、相手は走ったりしないのだからやり過ごせば良い。
勿論、時間がある時には倒しておけば、後々助かるんだけど。
そうやって慎重に進んでいるから中々距離を稼げない。
人間の徒歩の時速って大体四キロから五キロって言われている。
ただしこれは普通に歩いた場合に限られて、慎重に警戒しながらだと時速二キロ行けばよいくらいだ。
このままだと四、五時間掛かってしまう計算だが、それだけ長時間歩き続けるのはかなりきつい。
僕たちは若い高校生だったが、今時の若者、運動部に所属していなかった僕たちは体力が無い。
だから直に休憩が欲しくなる。
それでなくとゾンビと言う脅威が身近にあるから精神的にも辛い。
だからゾンビが見えないような位置に辿り着くと毎回休憩を挟む事にした。
「すっごく疲れるね。今どれぐらいだろう?」
「まだ四分の一踏破したぐらいかな」
「そんなもんなの!?」
「もう一時間近く歩いてるのにまだ先が長いのかよ」
実は一キロぐらいしか進んでなかったりする。
最初は慣れていないからこんなものだが、その内慣れてくればもう少し早くなると思いたい。
それよりも先に疲れが溜まって動けなくなる、と予定に入れておいた方が良さそうだ。
「あんまり水分を取るなよ。トイレに行きたくなったら困るから」
「う、そうだよな。でも、何か喉が渇いてさ」
「たしか安藤さんが飴を持ってきていたよね。皆に分けてくれる?」
「八雲君、何で知ってるの? えっと、はい、皆二個ずつ渡すから良く考えて食べてね」
実は僕のリュックにも飴を一袋忍ばせてる。
これは自前で用意したものだが、サバイバルなんかを考えるとこれは必須アイテムだったりする。
飴は糖分補給や喉の渇きを潤すだけじゃなく、口に何か入れている行為ってのは集中力が高めたりと色々役立つ事に繋がるんだ。
登山時に遭難した場合、飴があるのと無いのとでは違うとネットでも書いてあったし、僕は常にリュックに入れて持ち歩いていた。
全員飴を口に入れて一息、再び歩き出した。
現在の所まだヘリは飛び交っているが、これが何時まで持つんだろうか?
駐屯地に居る人間がどれだけだったのかで変わってくると思うが、備蓄や資材、武器の輸送もあるからまだ大丈夫なはず。
皆にはそう言って安心させておいた。
本心ではそう思っていないけど。
あれから更に二時間経った。
適度に休憩を挟みながら慎重に進んでいるのでやっぱり距離は稼げない。
スマホの位置情報で確認する限り、まだ四キロ程度しか進んでいない。
やっと半分の距離で有り、この付近には横山さんの家がある。
見覚えのある場所なのだろう、彼女はそわそわして落ち着きが無く、北側を気にしているようだ。
僕に安藤さんの視線が突き刺さる。
このグループのリーダーは僕だ。
僕が言えば大体の事はその様に動く。
先日までだったら多少流される事があっても基本的に自身の考えで動いていた僕ら。
でも、ゾンビパニックの所為で日常が失われ、非日常が日常となった現在では誰もが誰かに頼りたくなる。
しかも頼りになる存在にだ。
今までだったらそれは両親だったり教師などの大人、もしくはクラス委員などの教室での中心人物。
でも、大人たちも中心人物たちも頼りにならない。
申し訳ないけどクラス委員だった安藤さんが例となってしまっている。
勿論、三島先生もそれに該当した。
そして遠くに居る大人よりも身近に居る頼りになる人に縋り付くのは当然と言える。
僕だって、僕以外の誰かが僕以上に色々詳しくて、僕以上にゾンビ狩りが得意だったらそうしていただろう。
前もって知識を集め、率先してゾンビを狩り、どんどん引っ張っていくなんて姿を見せられたら相当頼り甲斐のある人に見えているはずだ。
それが例え教室では目立たなかった男子生徒だったとしてもだ。
何時までこの魔法が通じるのか分からないが、兎も角今は僕に縋り付く方が安心、いや、楽だから皆そうしている。
その代償が、僕が言わなければ却下されるかも知れないと言う思い込み。
横山さんは確実にそう思っているし、安藤さんもそう思っているのだろう。
だから落ち着きが無く、何か言いたそうに見つめる、と言った行為に及んでいた。
田中や山根はどうだろうか。
彼らは調子の良いオタク気質な奴らだし、僕が言えばその様に動くかも知れないが、そうなると高確率で離れていくだろう。
何故なら、オタクって自分本位、自分主義、自分を優先する事が多いからだ。
これは別に悪い事じゃないし、誰だって持ち得るものだ。
ただ、ちょっと他人よりその傾向が強いってだけで、こんな世の中になったなら、それが正解だ。
根が良い彼らだから僕たちと共に行動しているんだろう。
もしかしたら女性陣の中に目当ての子がいただけかも知れないが。
まあ、そんな彼らだから今横山さんの家に寄ると言えば、近い将来、自分の家に帰る為に僕たちの元を離れていくだろう。
両親に会いたいって事よりも、自分の部屋、安心できるテリトリーに戻りたいって意味で。
兎も角彼らは僕の言う事を無条件で信じている訳じゃなく、独自の考えの元、今の所僕の考えに賛同して行動しているだけだ。
坂井さんの場合はおそらく一番大人な思考なんだと思う。
普段から店や両親の手伝いをしていたぐらいだから僕たちよりも社会に対して近い場所に居たはずだし。
後は学校に馴染んでいなかったからあの教室に残るのではなく、何となく出て行きそうな連中で、頼りになりそうな僕のグループに入っただけ、そう思っている。
要するに、打算による行動。
あんまり会話をした事が無いのでこれが正解かは分からないが、兎も角一人で行動する気は無い、そんなところかと。
よっぽど間違った事を言わない限り、行動を共にすると思われる。
そして一番分からないのが藤野さんだ。
友達なはずの安藤さんや横山さんの様子に気が付いているのに、特にリアクションを起こしていない。
自分の家に寄ったのだから、友達の家にも寄りたい、とか言うと思っていたのだが、一度もそんな発言をしていない。
僕の意見に積極的に賛同する訳でもない。
僕たちのグループで一番社交的なのが彼女で、一番考え無しなのが彼女、と言うのが今のところの藤野さんへのイメージだ。
最初は僕たち男性陣に距離を置く、猫を被って対応していたけど、今では誰とでも仲良く話し、一番笑っているし、一番動いている。
だけど何かを話し合う場合になると口数が少なくなり、話すとしても場を和ませる発言だけ。
僕の強引とも言えるやり方で内部崩壊していないのは、彼女が調整役の様な役割を担っているからだ。
だから僕は彼女が良く解らない。
そんな事を考えていたからだろう、僕は藤野さんを見つめていた。
それに気付いた彼女は、意味有り気に微笑んだ。
あれから更に二時間が経ち、そろそろ射留間駐屯地に近くなってきた。
それまでの間に変化と言えば、空を飛ぶヘリの数が随分少なくなった事だ。
一機ずつではあるが引っ切り無しに飛び交っていたヘリも、大体十数分おきに上空を過ぎ去っていくだけになっている。
そろそろ輸送が完了しそうな気配だ。
「さて、そろそろ基地に到着するけど、ここからはゾンビの数がかなり増えると思って欲しい」
「了解。で、進み方に変更は? 後、どうやって入る?」
「そのまま変わらずだね。ゲートとかからは入らずに、壁を乗り越えるつもりだよ」
「何でゲートじゃないんだ?」
「そっちの方が楽、あ、そうか。そう言う場所にこそゾンビが多く集まってるか」
「そう言う事。後、ゾンビは流石に壁を乗り越えてはいないだろうし、発着場を目指すならこのまま真っ直ぐ進んだ方が近いんだ」
「壁って登れるのかな?」
「フェンスだろうけど、有刺鉄線はあるだろうね。ちゃんと鉄線を切る工具は持ってきてるよ」
「用意周到、八雲グッジョブ」
元々廃棄された施設に侵入するプランは有ったから、用務倉庫から拝借しておいたのだ。
お蔭で僕のリュックの中身は物が一杯で、しかも重い。
出来るだけ皆には疲れが見えない様に心掛けているけど、流石にそろそろ疲れてきた。
登山家の人たちはこれよりも重い荷物を持って何時間も登るそうだけど、彼らは超人に違いない。
そんなどうでも良い事を思いつつ、僕たちは駐屯地に向けて歩みを再開した。
そして僕の予想通りにゾンビとの遭遇率は上がっており、しかもヘリが飛んでないから近寄ってくる確立が増えた。
ここからはスピード勝負だから僕たちは駆け足になり、やっと駐屯地が見えた辺りで、一番遭いたくない存在に出遭った。
「誰か、誰か、助けて!」
生きている、しかも保護を求める大人だ。
電車の沿線がもう目の前に有り、それを超えれば射留間駐屯地の敷地内。
敷地内は森となってる場所だからどうなってるか分からないが、兎も角もう直と言う場所で遭遇してしまった。
「おい、あれって小さな子を抱えてないか?」
「うん、多分そうだけど」
「あんなに声を上げてたらゾンビたちが来ちゃうよ。どうしよう、八雲君?」
皆の視線が僕に集まる。
本音を言えば良い囮が出来たから無視して進もう、何のが、それを言うと流石に問題になる。
だからここは選択肢を提示する事で逃げた。
だから僕に高度なコミュニケーション能力を求めちゃいけないって。
「弱い僕たちは保護を求める事を最優先する。もしくは、良心に従って助けに行く。僕はどっちでも良いよ。ただし決断は素早くね」
逃げると言ったけど、実質選択肢は一つに絞られる。
ただ、これは皆の総意であって僕だけの判断じゃない、と言う免罪符が欲しかったからだ。
後は僕への悪感情、ヘイトを集めない為だね。
「私は助けてあげたい」
「わ、私も」
「俺も助けられるなら、助けたい」
「俺もかな」
「皆がそう言うなら」
「八雲君の指示に従うよ?」
「まあ、四人が助ける選択肢を出したんだ、それで行こうか。皆、良いよね?」
全員頷いたのを確認し、僕たちは助けを求める人、小さな子供を抱えた女性に近づいた。
流石に近寄れば気付かれる訳で、悲壮な表情の中に歓喜を混ぜて僕たちに助けを求め始めた。
「ああ、あなたたち、助けて! マー君が、マー君が」
今の所ゾンビは近くに居ないが、これだけ騒いでいればいずれはやってくるだろう、手早くしなくては。
「気持ちは分かりますが、静かにしてください。ゾンビは大きな音に引き寄せられます」
「マー君が危ないって時に!」
「だから静かに、と言っても聞かないでしょうね。それで、マー君はどうしたのですか?」
僕がリーダーだから仕方なく代表者として話し掛けた。
安藤さんと横山さんは心配だからだろう、不用意に近づきそうになっていたから手で合図して押し留めた。
「怪我をさせられたのよ」
「誰にですか?」
「夫によ!」
「どう言う状況で、どう言う風にですか?」
「マー君が危ないって言うのに暢気に! 早く助けてよ! お願いだから」
到頭我慢できなくなったのか、僕に縋り付いてきた。
左腕にはマー君と呼ばれた五歳ぐらいの男の子がぐったりしている。
母親の衣服や手には血がべったりと付いており、男の子の首筋には何かに噛まれたような跡があり、血が流れていた。
なるほど、予想通りだな。
「済まない、皆。どうしようもない。これからやる事は黙って見ててくれ」
「え、何を言って」
「早く、マー君を助けなさいよ! そこの自衛隊を呼んできて! 早く、早く、早く!」
僕はポケットに忍ばしていたある物を取り出し、母親に押し付けた。
ばちっと言う音がして、彼女は崩れ落ちた。
「なっ!? お、おい、八雲。何をしたんだ?」
「スタンガンで気絶させた。このままじゃあ、ゾンビが近寄ってくるし。いや、もう近くまで来てるな」
まだ数十メートル離れているが、ゾンビがゆっくり近寄って来ていた。
それもかなりの数だ。
「に、逃げなきゃ。この人を背負って」
「マー君と言われてたこの男の子はゾンビに噛まれている。もう助からないし、多分そろそろゾンビとして動き出すだろうね」
僕の一言で皆を息を飲んだ。
今まで何度もゾンビに遭遇してきたが、ゾンビに襲われた人や、ゾンビに噛まれた人を実際に見た事が無かった。
それが今目の前に、しかも小さな子供と言う心を揺さぶられる対象が現われた。
だけど僕たちには時間が無い。
「さて、選択肢だ。この女性を一緒に連れて行く。この場合は、余計な荷物は失礼か、人を背負って移動と言う重労働が待っている。しかも後で絶対に僕らは恨まれる」
「う、あ、それは」
「もう一つは彼女を目の前の家の内側にでも入れて襲われない様にして、見捨てる。さあ、どうする? 時間が無いから一分以内で」
さて、ここからが本当の選択肢だ。
最初に出した選択肢は、これに繋がっていたんだ。
この女性が危険を顧みず、ここまでやって来ていたのは子供が命の危機に瀕していたからだ。
そしてそうなった原因で一番高確率なのはゾンビに襲われて、と言うもの。
そうなると、子供は絶対に助からない。
後は女性をどうするかだけしか選択肢が無いのだが、果たして彼らに選択出来るだろうか?
いや、まず、選択出来る訳が無い。
何故なら、ここ数日、僕と言う頼りになるリーダーに頼って選択している様に見えて選択してこなかったからだ。
僕に付いて行くと決めたのは彼らだが、それは僕を頼りになると思っての事だ。
もしくは僕の言ってる事が正しいと思ったから。
後は友達が行くから。
そんな彼らが自身で選択出来るかと言えば、答えは否だ。
僕はスマホの時計を眺め、きっちり一分経った所で回答を聞いた。
「時間だよ、さて、どうする?」
「え、選べない。選べる訳無い!」
「そ、そうだ。こんなの選べる訳が無い!」
「皆も同じ意見かな?」
田中と山根だけじゃなく、安藤さんと横山さんは頷いた事から選択しないと言う選択肢を選んだようだ。
坂井さんはゾンビの方を見てるし、藤野さんは僕を見ている。
「じゃあ、僕が決めよう。彼女はそこのゴミ籠に押し込んでおく。男の子は隣のスペースにだな」
僕はそう宣言して男の子を抱き上げ、分別用のゴミ籠を開けて横たえて閉めた。
「な、なあ。これだったらこの人気絶させなくても良かったんじゃないか?」
次は女性だが、一人では運ぶのが辛く、藤野さんと坂井さんが手伝ってくれた。
そして田中が僕にそんな事を言った。
これって見捨てるって言う悪の行為をする原因を僕に擦り付けたい、と言う欲求の表れだろう。
別に構わないのだが、だからと黙って見ていると、本当にそうなってしまう。
「あの状況で大人しく子供を諦めたと思うか? お宅の子はもう助かりません、捨てなさいと言って。黙って僕たちを行かせてくれると思ったか、あの状況で?」
「そ、それは」
「ここに来る選択肢をしたのは全員だ。男の子がこうなっていたのを知らなかったと言う言い訳は通じない。だから僕たちが生き残る最善と思われる手を使った」
女性をゴミ籠に入れて蓋をして、皆に向き直った。
「これからこんな事は何度だって起きるよ。その度にずっと選択し続ける事になる。そして僕個人としては見捨てる選択肢を選ぶ。皆が反対を選ぶなら従うけどね。さあ、ゾンビはすぐそこだ、移動するよ」
僕は返事を聞く事なく歩き出した。
僕の後に真っ先に付いてきたのは藤野さんと坂井さんで、安藤さんたちはゾンビが近寄ってきたので慌てて走り寄ってきた。
このままだと路線に出ようと思っていたポイントが使えないからしばらく南下し、とある一軒家の敷地に入り込んだ。
家主やゾンビは見当たらず、鍵も閉まっている。
もし空いていても逆に困った事になるから丁度良かった。
このタイミングで家に入ると動けなくなる者が出るからだ。
そうなったら確実に内部崩壊する。
だから今は立ち止まる事無く動き続けるべきだ。
そしてこの家を選んだ理由は、塀に登ればフェンスを乗り越えやすいからだ。
「さて、ここからはフェンスを乗り越えたりとアクロバットな事をしていくけど、怪我をしない様に注意してくれよ」
返事を待たずに僕は小さな敷地にあったビール箱を足場にし、塀に登ってフェンスに手を掛けた。
有刺鉄線とかの対策をしてる訳ではないのでそのままフェンスも乗り越え、慎重に降り立ち、線路にゾンビが居ないか確かめる。
特に人影が見当たらないのでどんどん乗り越えて来るように声を掛けた。
僕の指示に従うように、藤野さんから順番に女性陣が乗り越えて来て、最後に田中が降り立った。
無事に乗り越えた事を確認した僕は駐屯地側のフェンスまで移動し、リュックからニッパーを取り出してフェンスに穴を開け始めた。
普通のニッパーなら難しかっただろうが、これはワイヤーカッターと呼ばれる物だから頑張ればチェーンだって切る事が出来る優れ物。
用具倉庫にこれを入れてくれていたあの用務員には頭が下がる思いだ。
あの人は生き残っているのだろうか?
もし、生きていたらあの人の腕は信用できるので合流したいな、と密かに思っている。
確か山の方に家があるとか言ってたけど、詳しい場所は知らない。
所で先ほどからヘリのエンジン音や銃の発砲音と思われる音が聞こえるのだが、かなり近い場所から聞こえる。
もしかしたら飛行場にゾンビたちが侵入しているのだろうか。
やっぱり少しだけ遅かったようだ。
「な、なぁ。これってゾンビと戦ってるのかな?」
「発砲音って映画とかと同じだったんだな」
「ちょっと急いだ方が良さそうだね。上空のヘリを見かけなくなって時間が結構経っているし、この音だしね」
「お、おう。何か手伝えるか?」
「ん、もうちょっとまってくれよ。よし、後は倒してしまおう、手伝ってくれ」
「「よっしゃ!」」
僕たち男性陣でフェンスに蹴りを入れて網の部分を駐屯地側に倒した。
後は足で踏んでみて安全確認し、僕は中に入った。
「さて、時間がなさそうだし急ごう。でも、怪我だけには注意してよ、ホントに」
どんどんフェンスの穴を乗り越えて入ってくる仲間たちに声を掛け、全員潜ったので先頭を進む。
敷地内は森と言ったが防風林みたいなものだったので直に抜け出し、大きな運動場のような場所にでた。
航空自衛隊だから存在する飛行場には沢山のゾンビたちが滑走路に群がっていた。
その中心には巨大な飛行機が止まっており、そこから大きな音、エンジン音が聞こえている。
そしてその遥か後方には五機のヘリが止まっており、人がどんどん乗り込んでいた。
「輸送機を囮にしてたのか。あっちのヘリの方に急ごう。さあ、走って! このままだと置いて行かれるぞ!」
「ま、マジかよ!?」
今までの疲れを忘れたように駆け出した仲間たちの最後尾を走る。
射留間駐屯地の飛行場はかなり広いし、途中に隊員の訓練場所なんかがあって走り難い。
そんな場所を走り切れるか、と言えばかなり無理がある。
それにだ、問題があった。
「お、おい、ヘリのプロペラが回ってないか?」
「ま、まさかもう飛び立つのか?」
「そ、そんな! 待って、待ってよ!」
「私たちが居ます! ここに居ます!」
走りながら叫ぶ。
だけどここからはかなり距離があるので聞こえる訳が無い。
それに滑走路には輸送機が止まっていて大きな音を出しているから余計にだ。
僕たちは疲れた体に鞭打って速度を上げるも、無情にもヘリは一機ずつ飛び立つ。
最後の搭乗が済んだのだろう、五機目のヘリも飛び立ち、僕たちの方に飛んできた。
「おーい! おーい! ここだー、ここに居るぞー!」
一番声の大きな田中の声でも届かない。
皆その場に止まって大きく手を振ったり飛んだりして見つけてもらおうと頑張っている。
だけどヘリは気が付かずに飛び続け、僕たちの頭上を過ぎて行った。
「何で、何でだよ! 僕はここに、ここに居るんだぞ!」
僕も振り返って飛んで行くヘリに向かって叫んだ。
力の限り叫んだ。
それでもヘリは飛び去って行く。
これは解っていた事で、予想通りの出来事だった。