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夜明け直と言う事もあり、ゾンビどもはあまり出歩いておらず、と言うか昨日かなり僕が狩ったから見掛けないだけかも知れない。


兎も角いきなり遭遇戦は勘弁してほしいし、ゾンビに出遭うまでに色々話をしておきたかった。


「進むのは慎重に、そして常に周りを警戒する事。誰か見掛けてもそれは人じゃなくてゾンビと思う事。そして大きな音や声を出さない事。良いね?」


ゆっくり低い声で話したからだろう、かなり真剣みが感じられたのか安藤さんたちは無言で頷いた。


「実は昨夜の内に何回かゾンビと遭遇して倒しているんだ。だから最初は僕に任せて欲しい。だから武器は全部僕が持っておくよ」


「え? マジで?」


「マジマジ。ゾンビ集団には手を出してないけど単体のは何度かね。そして簡単な攻略法も見つけたから実戦するから良く見ててよ」


「どれだけ狩ったんだよ。どこのスネーク?」


「それを言うならアリスじゃないか?」


「えっと、良く解らないけど、口頭でも倒し方を教えておいて欲しいな、八雲君」


「了解。ゾンビの性能は昨日言った通りだよ。だから視界を防いで背後に回って頭を殴る。簡単に言えばこれだけだけど、昨日は洗濯物なんかを顔に投げかけてから背後を取ったね」


「そんな事を。あ、もしかしてこのスウェットも洗濯物なの? それって犯罪じゃあ」


「今更そんな些細な事を気にしても仕方がない。八雲グッジョブ」


「犯罪なのは解るけど、坂井さんが言うようにそれレベルの事は気にしても仕方がないよ。他者から強引に奪うとか殺すとかじゃなければね」


坂井さんは当然と頷いているが、安藤さんたちは正直顔色が悪くなった。


今まで平和に暮らしていた一般人が犯罪まがいの事をやらなくちゃいけなくなる。


それに不安を覚えたのだろう。


でも、これからはそう言う風にして生きて行くしかない。


下手をしたら生きた人間を相手に殺し合いなんて事も当たり前になるかも知れないのだから。


「と、言う事で早速目隠しをゲット」


「うわぁ、八雲ってワイルドだったんだなぁ」


「ワイルドって言うのか、こう言う場合?」


「さて、それじゃあ一番近いのは藤野さんの家だよね。前に立たなくて良いからナビゲートよろしく」


この話をしていても暗くなるだけだし、強引にでも切って目的地へと歩き出した。


藤野さんの家は学校から徒歩二十分の距離にあり、庭付きの一戸建てと言うブルジョワなご家庭だそうだ。


本人がブルジョワとか言わなかったけど、聞いた全員がそう思ったのだらそうなんだよ。


彼女が示した方向は確か閑静な住宅街がある方向だし、最初の拠点としては申し分ないのかも知れない。


そんな事を考えつつ進んでいると、ゾンビに出くわした。


脇道からふらっと一体だけ現れたのだ。


「で、出やがった」


「ひっ!?」


思わず呟いたのは誰なのか、悲鳴は誰が上げたのか分からないが、声に反応してゾンビはこちらを向いた。


おそらく近所の主婦なのだろう、首筋と両腕に傷跡と血痕が見られる中年女性がふらふらと近寄って来た。


「さて、手本を見せるから良く見てて。でも周りの警戒も忘れずにね」


僕は何でもないような感じでゾンビに近寄って、右手に持っていたシャツを顔目掛けてふわりと投げる。


おばさんゾンビはシャツに若干反応しつつも顔で受け止めてしまい、広がったので視界が塞がる。


ゆっくりと背後に回り込んでいた僕は、目が見えなくてじたばたもがくゾンビ目掛けて右手で抜き放ったバールを叩きつけた、頭に。


ごん、と鈍い音がしておばさんゾンビの動きが止まる。


だけどそれだけでは倒せないので何度もごん、ごん、と音を鳴らし続ける。


やがておばさんゾンビは腰が抜けたように倒れ込んで動かなくなった。


僕は周りを見回して新たなゾンビがやって来ない事を確認してからバールの血糊をおばさんゾンビの衣服で拭き取り、ケースに収めた。


「と、まあ、こんな感じ。顔に何かで覆うのは視界を塞ぐのと、血が吹き飛ばないようしたり、音が大きくならないようにするのに必須かな、と僕は思う」


僕の撲殺行為を目を見開いて見ていた安藤さんたちは、話し終えると一斉に蹲って吐いた。


いや、坂井さんだけは顔色が悪いけど吐かなかった。


流石中華料理屋で手伝っていただけはあるかも。


肉類の調理ってかなりグロいって聞くしね。


僕はスマホを取り出して時間を確認し、彼女たちが落ち着くのが経験を踏まえて五分から十分と見るので辺りを警戒するのに務めた。


さて、これで折れなきゃ良いんだけどな。






個人差は有れど全員十分以内に立ち直り、藤野さんの家に向けて歩みを再開した。


それから二回ほどゾンビと遭遇し、全て僕が処理したけど三回目からは田中と山根も参戦する事になった。


と言っても二人で一役。


田中が布類を投げつけ、山根が回り込んでバールで殴る。


その間にに田中は樫の棒で足を殴って転倒させる役だ。


倒れた後は二人で交互に頭部を殴り、ゾンビを一体狩る事が出来た。


相手がスーツ姿の若いゾンビだったから出来たんだろう、イケメンだったし。


とは言え倒した後は放心して中々復活出来なかったのは言うまでもない。


昨日の僕も似たようなものだったし。


そしてやっぱりと言うか女子の中では坂井さんが一番最初に慣れた。


これで四体目となるゾンビの撲殺劇を見ても顔色一つ変えないようになっていた。


安藤さんたちは吐く事は無くなったけど、やっぱりまだ顔色が悪いまま。


こればっかりは仕方がない。


生きる為とは言え生物、しかも人だったモノを殺す現場を目撃しているのだから。


直に慣れた僕や坂井さんが逆に異常なんだと思う。


特に僕はあの動画を見て色々準備を進めてしまうほどの変人だからな。


「えっと、藤野さん。そろそろだよね?」


「は、はい。あの角を曲がって少し進めば青い屋根で白い壁の家が見えてきます。そこが私の家です」


「了解。えっと、今更だけどさ。両親って家に居ると思う?」


「そ、その。お父さんは東京勤務だし、お母さんは昨日パートで二つ隣りのスーパーで働いてました。だから家には誰も居ないと思います」


「お兄さんは東京で一人暮らしだったよね?」


「うん。だからお兄ちゃんも家には居ないかな」


「なるほど。だったら誰か居るとしたら不審者だ。もし人が居たらゾンビか不審者だし速攻で制圧しなきゃね」


僕の発言に唖然とした表情をしてるけど、間違った事は言ってない。


藤野さんの家族が家に居る確率はほぼ無いのだから誰か居たとしたら僕らの敵だ。


敵は排除しなきゃこっちが死ぬ事になる。


僕はそれを藤野さんだけじゃなく、皆に理解してもらうべくこのタイミングで切り出したんだから。


「さて、皆は周りを警戒していて。僕が先行してみて来るから」


僕はそう言いつつ鉈を抜いて慎重に進み、角を遠目から覗き込む。


見た感じ誰も居ないから角まで近寄ってから顔を出した。


すると確かに青い屋根の白い家が見える。


そしてちょっと離れた位置にゾンビが数体屯しているのが見えた。


僕は後ろを振り向いて声を出さずに手でこっちに集まるように合図し、皆が来るのを待つ。


そして近寄って来た皆に状況を説明し、藤野さんの家に突入する手順を話した。


「藤野さんの家の先にゾンビが数体居る。このままぞろぞろ行けば見つかる可能性があるし、藤野さんの家の敷地内にゾンビが居たら厄介だ。だから僕だけ先行して確認してくるよ」


「八雲君だけって危ないよ。大丈夫なの?」


「気付いて無い様だけど、僕の靴はあまり足音がしないブーツなんだよ。結構値段がしただけあって本当に足音がしないんだ。一応軍用仕様らしいし、中々だよ」


「え? マジ?」


「八雲が本格的にスネークだった件について」


黄金週間に神奈川にある米軍基地近くのショップで購入しただけあってこのブーツの性能は素晴らしい。


安全靴でもあるし丈夫なのだが、ちょっと重いのが悩み処。


さて、それではブーツの性能を信じて探索任務へ出発だ。


そんな軽い感じの思考でやらないと緊張で胃がやられそうだし、態と笑みを浮かべて歩き出した。


だけど仕事は完璧に、そう思いつつ歩みを進める。


ゾンビどもは僕に気付いた様子もなく、藤野さんの家まで到着。


塀の高さは何かの植物で高さを上げているが、僕の身長と同じぐらいなので少しジャンプすれば庭が見渡せた。


ぱっと見た感じ侵入者は居ない。


後は門が簡単に開くかだが、特に鍵が掛かっている様子もない。


そしてガレージは車が入っていないので、やっぱり藤野さんの母親は帰宅していないようだ。


前情報によれば車は母親が普段使っているらしいので間違いないと思われる。


さて、窓を見ても人影がないし、安全確保は出来たとみて良いだろう。


僕は静かに皆の所に戻り、報告してから全員で移動を開始した。


流石に七人もの人が動けば離れた場所に居るゾンビも気付いたようで、僕たちは焦る気持ちを抑えつつも静かに門の中に。


全員入ったのを確認してから門の鍵を閉め、藤野さんは震える手で玄関の鍵を開けた。


「あ、一応開けるのは待って。音を確認するから」


僕はそう一声掛けてから扉に耳を付けて音を聞く。


特に不自然な音がしないので、扉をノックして様子を窺う。


そうしている間にもゾンビたちは近寄ってきている。


聞き耳を立てた限り安全だと思うし扉を開けて家の中を見た。


特に異常が見当たらなかったので声を出さずに手で合図して、全員で玄関に突入する。


全員入ったのを確認し、内側から鍵を掛けた音の後に僕たちの溜息が耳に入ってきた。


「さて、一先ず第一目標クリア。次は屋内の安全確保だ」


「「「「「「え~!?」」」」」」


流石にこれ以上は精神的に持たなかったようだ。






さて、念には念を入れて一つずつ扉の先を確認して侵入者やゾンビが居ない事を確かめた。


居ない事を確認した次に行ったのは、侵入者対策と光や音が漏れないようにする事だ。


雨戸が設置されているのなら完璧だったが、普通大きな窓には全て設置されていても採光と換気用の小さな窓には無い。


カーテンを全て閉めても光と音が漏れるので、分厚い布や段ボールを貼り付けて対応しようかと思ったが、その必要はなかった。


この家は相当防犯意識が高いのか、大きな窓どころかキッチンや風呂場などの小さな窓にも電動シャッターの雨戸が設置してあり、スイッチ一つで済んでしまう。


雨戸を閉めるのはゾンビが居なくなってからにして、僕たちはリビングのソファーに座り、深い溜息と共にやっと安心感を得る事が出来た。


それは僕も例外ではなく、いくら変人の異常者だからと言ってもこんな非日常で居て精神的に疲れない訳が無い。


体の緊張を解そうとソファーに深く座り込んでから天井を見上げた。


唐突だが藤野家の間取りを簡単に説明しておこう。


中々広い庭と一台分のガレージがある二階建ての家屋で、一階はリビングダイニングとキッチン、風呂場とトイレと物置。


二階は四部屋で一番大きな部屋が両親の私室で、中くらいの二部屋が藤野さんの私室と東京で一人暮らし中の兄の部屋、そしてまたもや物置の小部屋。


流石に天井裏は無い様だが広めのベランダがあり、屋根にはソーラーパネルが付いているオール電化。


やっぱりブルジョワじゃないか、と言うのが藤野家だ。


「ふぅ、やっと一息吐けた訳だけど。早速だけど藤野さんにお願いがあるんだ」


「なーに?」


「これからしばらく、少なくとも食料が尽きるまでは滞在させて欲しい」


「それは良いよ」


「そして風呂やネットやテレビなんかも使わせて欲しい」


「うん、使ってね」


「後、僕たち全員の着替え、下着なんかも提供して欲しい」


「うん、良いよ。って待って。もしかして私のを?」


「いやいやいや。流石に僕たち男どもは父親かお兄さんの用意して欲しいんだけど」


「あ、そうだよね。後で用意するよ」


「やっべー。まさかここに来て女装フラグかと思ったぞ」


「俺たちじゃあ似合わないから却下だ却下。女装が似合うのは二次元のみだ」


「まあ、そう言う事で。じゃあ、これからの事を少し話し合おう」


田中と山根のボケで空気が和んだし、ちょっとだけだが今後に付いて話したいと思う。


「先になるだろうけど一番近い自衛隊が居そうな場所を目指して移動しよう」


「え? 自分たちだけでやって行くんじゃないの?」


「それも手段の一つだけど、一度ぐらいは自衛隊と合流しておくのは悪い事じゃないと思う。状況によっては安全圏が確保されてて逃げ込めるかもだし」


「日本の自衛隊は優秀だって聞くしね」


「永世平和を憲法で謳っているのに戦闘訓練を欠かさない真面目な部隊らしいね、世界でも例を見ないほどの」


「食わせてもらってるだけには成りたくは無いが、そのコミュニティに属して何か出来る様にはなっていたい。まあ、それはさておき、そう言うちょっとした先の話だったね」


「うん、目標がある事は良い事だよね」


「それで藤野家で過ごす間にやる事だけど。知識を集めて勉強したいと思う」


「「「「「「えー!?」」」」」」


「はい、反論異論が出るのは解ってました。でもだな、何時までネットが使えると思う? 何時まで電気が使えると思う? 何時まで文明的な生活が出来ると思う?」


「う、分からないよ、そんなの」


「だろ? だから今の内にネットで調べて勉強、要は紙に書き写すんだ。ちょっとこれを見てくれ」


僕はリュックからノートを取り出し広げた。


そこには僕がここ一ヶ月ほどで書き写した知識の数々だった。


「え、なにこれ? ライターを使わない火の起こし方?」


「まさか、これ、サバイバルマニュアルか!?」


「そう、正解。野外生活を行う上での知識をノートに書き写したんだ。本当なら動植物の知識や医学、料理や農業、道具の作成方法とかも調べたかったんだが時間が無かった」


「いや、そんなの専門家でもなければ知らないって。後ネットで調べたら、って、あ」


「な? 何時までも頼れるか分からないネットを当てにしてたらその内困る事になる。だからちょっとでも余裕がある内に知識を集めるんだ」


「えっと、それだったら料理が出来たりとかは要らないって事?」


「それは違うよ。知識はあくまでも知識だ。やっぱり実際にやった事があるん人との差は大きいし、見たり読んだだけじゃあ理解しきれない所がある。だから簡単にでも経験した事がある人がいるのが望ましいんだ」


「な、なるほど。だからネットで調べて紙に写すと」


「まあ、ね。後は藤野さんから簡単な体裁きを習ったりとか、気持ちが付いてくるならゾンビ狩りを経験するとか」


流石にゾンビ狩りに付いては全員黙ってしまった。


だけど余裕がある内に男子だけじゃなく、女子も体験しておくべきだ。


いつ何時女子だけでゾンビに立ち向かわなくてはならない時が来るか分からないからね。


ゾンビを簡単に倒して見せたけど、あくまでもあれは単体だけの話。


複数を相手にするならこっちも複数で挑む必要がある。


しかも視界を防ぐと言う方法を取らない倒し方でだ。


だから怖いからって今やらないと、いざと言う時困るのは自分自身。


ゾンビ狩りは最低でも全員経験しておくべきだと僕は思う。


「まあ、藤野さんの家に滞在している間に、だけどね。だから今すぐとは言わないよ。でも、やらないと困る事になると僕は思うな」


もしかしたら僕は空気を壊す名人なのかも知れない。


だって昨日から良い雰囲気になっても直に壊しちゃってるからね。


まあ、必要だからやっているんだけど。






だからと言って、このままの空気はまずいから気分転換も兼ねてシャワーを浴びる事にした。


昨日から一度も浴びてないし、本当だったら湯船に浸かりたいところだけど、それだと時間が掛かり過ぎるのでシャワーに留めて置いた。


そして女性陣から浴びてもらう事にし、藤野さんには申し訳ないが女性陣では最後で、まずは着替えの用意をしてもらった。


この時期はまだ冬服の制服が義務付けられていて、でもこれからはどんどん暑くなるしそれを見越した服だ。


でも僕は注文を付けさせてもらった。


袖は長いほど良く、何時でも外に出れる服装が望ましいと。


何時この家から飛び出る事態になるとは限ら無し、半袖とかだと怪我をし易くなるからだ。


そして女性陣はスカートではなく出来ればズボン。


スカートを穿きたければ下にズボン着用が必須とした。


これからは見た目よりも機能重視の世の中になる。


だから薄くて直ぐ破れてしまうような衣類ではダメなのだ。


僕は心を鬼にして、女性陣の抗議を受け付けずにこの案を強く推し進めた。


生き残りたければ見栄えなんて気にしない方が良い。


そう言うのはゾンビを駆逐して、ゾンビ発生原因を突き止めて根絶し、文明を取り戻してから。


それが一体何時になるか全く見当つかないから諦めが肝心だ。


「はぁ、分かりました分かりましたよーだ。八雲君って以外にも強引だよね。もしかして古き世の時代の亭主関白さん?」


「基本は草食だけどね。でもこれからは草食じゃあ生き残れないから。肉食とは言わないけど」


「肉食とか宣言されたらどうしようかと思っちゃった」


「え? 何で?」


「だって自衛隊に合流できなかったら私たち男女七人だよ? 男子が三人で女子が四人。やっぱりそう言う風になるよね? そうなると肉食宣言されたらそう捉えちゃうじゃない?」


「あー、確かにそうかも。でもこう言う場合にそう言う関係になるってあまりお勧めしないね。全員がそう言う風になるなら別だけど。誰かと誰かだけとかは内部分裂の元だよ」


「だよねー。それでなくとも男女の比率が違うんだし、絶対もめるよね。少なくとも誰かさんが二股をかけて上手い具合にしないと」


「それもちょっと違うような?」


「ところで八雲君は明日菜が好きなの? それとも坂井さん?」


何でそんな質問が、と思う前に明日菜って誰と思った。


ただこのグループで居る人間で言えば藤野さんは自分で名前呼びはしないし、横山さんは美紗さんだし、そうなると安藤さんと言う事になる。


確かに安藤さんは一番話す相手、と言ってもそれほど話した事も無いし、惚れる要素が今までなかった。


そして坂井さんに至っては昨日初めて会話したしな。


二人ともそこそこ以上の容姿だし、それを言えば藤野さんや横山さんだってそうだ。


だからこの四人の中で誰が好きと聞かれても、困るとしか言えないのだ。


そしてそんな僕の沈黙で気を悪くしたのか、藤野さんは頬を膨らませると言う態とらしい態度を取った。


「もう! そこは明日菜か坂井さんどっちかでも良いけど、私と言うところでしょ? 八雲君は鈍感君なの?」


いやいや、そんなラブコメちっくな事を言われてもだな、困るとしか言えないって。


まあ、藤野さんの目が笑ってるし、ここはその流れに乗っておくべきなんだろうな。


「うん、そうだね。僕は藤野さんが好きだよ」


「ふえ!?」


どうやら間違えてしまったようだ。


僕を揶揄って遊んでいたはずの藤野さんは顔を真っ赤にして下を向き、ちらちらとこちらを見るまるでフィクションみたいな事をしてきた。


これは流石にまずいと感じた僕は、取り敢えず対処する事にした。


「等と、藤野さんの助言通りにしてみたんだが、僕はやっぱり鈍感なのかな?」


「なっ!? こ、この鈍感男! 八雲君の馬鹿!」


「痛っ!?」


どうやらこれも間違った対応だったらしく、僕の向う脛が痛みに包まれた。


だから友達の少ない僕にこう言う高度なやり取りは難しいんだって。


はぁ。






その後中々藤野さんの機嫌が治らず、僕に用意された衣服は父親の物だった。


しかも僕が見てもダサいと思えるやつ。


田中と山根には兄の衣服を出していたのに、僕に対しては容赦が無かった。


まあ、機能性がしっかりしていたら文句は無いんだけどさ。


全員シャワーが終わり、洗濯物は男女混合でドラム式洗濯機で洗われている。


かなり高価な洗濯機のようで、ほとんど音がしないと言う優れものだ。


やっぱり藤野さんの家はブルジョワじゃないか。


警備員ってそんなに儲かるんだろうか?


そんなイメージが一切無いんだけど。


さておき、僕がシャワーを浴びている間に女性陣が簡単な食事を用意してくれていたようで、僕たちは遅めの朝食を取れた。


今は食後のコーヒータイムでそれぞれがソファーで寛いでいる。


しかし七人が座っても余裕があるソファーが置けるリビングってやっぱりかなり広いよね。


等と思っていると誰かがテレビのスイッチを入れた。


「昨日から続いている暴動は尚も止まる事無く全国に広がっております。現地取材班とも連絡が取れなくなっており、日本でも海外と同じく通称ゾンビと呼ばれる現象に遭遇しています」


正直このタイミングで見るものじゃない。


付けた本人である田中もそう思ったのかチャンネルを切り替えてもどこの局も特別報道番組。


ゾンビパニックの放送しかしていなかった。


だから田中もリモコンのスイッチを切ろうとしたが、僕はそれを止めた。


「消さないでくれ。もう見ちゃったし情報を集めよう。文字放送もみたいしね」


「あ、ああ」


画面が分割されて文字データも表示されるがそれもやっぱりゾンビパニックに関する事だけ。


田中からリモコンを受け取り僕が捜査して、交通網がどうなっているか調べてみた。


陸海空全ての路線がストップしており、予想通りの展開だった。


政府発表がされていないか履歴を見てみたが、暴徒による被害拡大中に付き出歩かずに屋内で待機の指示が出ているだけだった。


始まったのは昨日の昼過ぎだからまだ一日も経っていない。


そう言う状況だと新しい政府からの指示や発表はないのが普通だろう。


だからと言っても不満は出てしまう。


予想通りだけどやっぱりこう言う場合の日本の対応は甘い。


ゾンビやゾンビに怪我を負わされた人に対する対応指示が一切出されていないのだから。


「やっぱりかぁ。さて、ニュースでもやっている通り全国でこの事態は起こっているね。多分人が正気で居られるのも今日までかな」


「そんなに持たないの?」


「昔関西で起きた大地震の時ってさ、確か地震の直後は大丈夫だったけど、次の日には商業施設に泥棒が入ったらしいよ。そして数日で争いも有ったらしいし」


「でも後で復興したじゃない」


「それは他の地域が安全で、支援体制が確立されていたからだよ。でも今度のは全国。しかも支援体制は見込めない。多分口では助けろと言いつつ誰も助けてくれるとは思ってないよ」


「それじゃあ今日明日には暴動が起きるって言うのか?」


「小さいのから起き始めるだろうね。ほら、世の中暴れたい人っていっぱいいるし。まずはそう言う人から始まって、その内普通の人も。そして気が付いたら全員かな」


「そ、そんな」


「でも、今回のはゾンビパニックだ。暴動は止まるよ。何せ暴れたらゾンビが寄ってくるからね。それどころじゃなくなるよ」


そう、無政府状態とも言える状況に陥った事で暴動が起きる。


そしてそれはどんどん拡大していくはずなんだけど、この状態になった原因であるゾンビは大きな音に引き寄せられて集まってくる。


冷静に対処したらゾンビなんて対処可能な化け物なんだけど、冷静でない上に秩序もないから効果的な対応が出来ない。


だから暴徒やそれを鎮圧しようと動く警察や消防もゾンビに対処する必要が出て来る。


だけど秩序もない集団が、ゾンビを相手に出来るだろうか?


そして暴徒とは言えゾンビに襲われて命を落とそうとしているのを見て、警察や消防は冷静に対処、暴徒を切り捨てる事が出来るだろうか?


答えは否。


だから強制的に暴動は止まり、人が減ってゾンビが増える。


そんな未来が簡単に予想出来た。


「さて。僕がしばらく、食料が尽きるまで藤野さんの家で滞在したと言ったのはここにあるんだ」


「え? どう言う事?」


「今すぐ動くのはさっきも言った通り暴動が起きる確率が高くて危険なんだ。そしてそれが完全に沈黙して動きやすくなるのは早くとも五日後だと思ってる」


「でも早く動かないと食料確保とか出来なくなると思うぞ」


「その点が厄介だね。もし、ここを拠点にして活動するなら食料確保は急務だけど、それは本命がダメだった場合にしたいね」


「どうして?」


「それはここが学校の近くだからだよ。何せ大量に人が集まる場所の近くだからゾンビも集まり易い。そしてゾンビが集まると人は冷静で居れなくなる」


「落ち着いてもまた暴動が起きて、こっちまで来ちゃうって事?」


「可能性はかなりあるかな。そうなるとソーラーパネルが付いた家なんて狙われるよ? 何せ住むにはぴったりだし。発電所が止まっても電気が使えそうって意味でね」


「じゃあ、やっぱりここを出て自衛隊の居そうな場所に?」


「うん。ああ、そうだ、藤野さん。この家ってパソコンとかタブレットは有る?」


「あるよ、ちょっと待っててね。えっと、はい、どうぞ」


「ありがとう。さて、簡単なネット検索が出来るタイプのタブレットで調べられるかだけど。うん、大丈夫だね」


僕が調べたのは近郊にある発電所と浄水場の場所。


大きな発電所は山奥に行かないとないようで、浄水場は有るけど小さい。


これは自衛隊が確保している確率はかなり低そうだ。


そうなると自衛隊基地になるけど、確か二ヶ所あったはず。


空自の射留間と陸自の王宮だ。


ホームページもあるようだからアクセスしてみよう。


取り敢えず両方ともホームページは生きている様で、何とか連絡を取れないかとメールをしてみる。


これで反応があれば良いのだが、まず返ってこないだろう。


ここからだと射留間駐屯地の方が近いし、市街地から離れるから人口も少なそうだ。


行くとしたらこっちになるかな。


「うーん、調べてみたけど射留間の自衛隊基地に向かう方が近そうだね。それでも直線で八キロ以上。ゾンビが蠢いている所を移動だからかなり時間が掛かりそうだね」


「八雲は今行けばどうなると思う?」


「多分近隣住民が詰めかけていてゾンビもわんさか。その対処に追われて下手したら基地内にもゾンビがってところかな」


「どうしてそう思うの?」


「射留間は航空自衛隊の駐屯地だから敷地が広いし、一般公開されている区域が多いんだ。それに線路が敷地内に通っていたりで拠点防衛には向いていないからね。勿論重要施設関連は囲われてるけど」


「だったら王宮の駐屯地はどうなんだ?」


「あっちは周囲を囲われてて侵入し辛いけど、陸上自衛隊だからね。他の部隊よりも民間人保護の精神は大きいと思うよ。何せ災害時に真っ先に動くのが陸上自衛隊だし」


災害に対して出動要請があれば自衛隊は動くが、真っ先に動くのは陸上自衛隊らしい。


勿論航空自衛隊や海上自衛隊も動くのだが陸上自衛隊がまずってのが今までの動き。


実際の所はどうなのか分からないが、ネット情報によればそうなっている。


「あ。警察や消防がすぐに壊滅するって言ったのと同じ理由?」


「え? 何それ?」


「ああ、安藤さんには話した事があるんだが」


昨日安藤さんに質問されて答えた今後の予測に付いて語った内容をもう一度皆に聞かせる。


現在の所まだ予想通りになってはいないが間違っているとは思わない。


そしてこの話を聞いて、やっぱり皆の表情が暗くなった。


二度目の安藤さんまで暗くなっているんだから、やっぱり相当ショックなのだろう、日本が、自分たちが破滅の道に進んでいると言う事を。


「だから僕たちは自分たちの力で生きて行くしかないんだ。勿論自衛隊の力を借りれたら助かるが、あまり当にはしない方が良いと思うよ」


「何でだよ。何で八雲はそう思うんだよ」


「もし、ゾンビを全て駆逐して、ゾンビとなる原因が解明して駆逐できたとしよう。それでフィクションならエンディングで素晴らしい結末だ」


「それはそうだろうな。何せ脅威が終わったんだから」


「でも、勇者モノのお話でもそうだろう? 魔王を倒したからって世界は平和になるのか? 荒らされた世界は元通りになるのか? 違うだろ」


「でも、それも自衛隊や国が何とかしてくれるんじゃないのか?」


「多少はするだろうね。でも、生き残る人間がどれだけいるか分からないけど、全員がちゃんと生活出来るほどの環境を取り戻せると思うか?」


「そ、それは」


「だから自分たちで生きて行く術を身に付ける必要があるんだ。そうじゃなきゃ、ハッピーエンドの後の世界で生き残れないよ。それって悲しくないか?」


そう、何も今生きる力だけを求めているんじゃない。


ゾンビがどうにか出来た後の荒廃した世界で生き抜いていく力を今の内に少しでも身に付けておかないと、後々困る事になる。


僕が自衛するべきだ、と言ったのはこう言う事だ。


「もう親や教師、大人を頼る時代は終わったんだよ。まあ、昔は十五歳で成人扱いだったそうだから、そう思うしかないかな」


「まるで江戸時代じゃないか、はは」


「じゃあ、私はお姫様にでも成ろうかな?」


「私はくノ一」


「じゃあ、山の神を鎮める巫女さんで!」


「それって江戸時代関係なくないか? と、言うよりもっと昔ぽい」


「だな」


僕たちは笑い合った。


テレビから流れる、ゾンビパニックのニュースをBGMにしながら。


それはとてもフィクションだった。

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