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この話で最終話になります。
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一月三十一日時点で1~12話の誤字脱字の訂正及び言い回しの変更を行いました。
「こちら本部、こちら本部。十秒後に詳細送れ、十秒後に詳細送れ。以上」
爺様は直さま無線機に手を掛けて指示を出す。
「こちら本部、こちら本部。襲撃に備えよ、襲撃に備えよ。以上」
そして大人の一人が放送設備で館内に呼びかけた。
どうやらかなり本格的な連絡網をしいているようだ。
流石元警察官のリーダーだ。
「こちらゲート班。こちらゲート班。車両は十台。車両は十台。二手に分かれて攻めてくるもよう、二手に分かれて攻めてくるもよう。以上」
「こちら本部、こちら本部。戦闘班は監視班の指示で配置に付け、戦闘班は監視班の指示で配置に付け。以上」
どうやら一ヶ所から攻めるのではなく、複数に分かれて攻め込むつもりのようだ。
果たして上手く対処出来るのかな?
そしてここに居る限り、僕たちも戦闘に巻き込まれる事になりそうだ。
「さて、君への対処を決めたかったのだがそうも言ってられなくなった。ここは一端止めにしよう」
「僕たちの返事は変わりません。後は貴方たちがどうするかです。勿論、時間制限付きでこちらは移動しますが」
「考慮しておこう」
大人二人が部屋を出て行ったので僕もそれに続いた。
館内は騒然としている様で、この事務スペースのあるバックヤードも同様だ。
僕は女性陣と合流すべく館内に出たが、どこに居るかが分からない。
こう言う場合は二次遭難を避けて移動しないのが吉なのだろうが、向こうもそう思ってるかも知れない。
なので近場の人に聞いてみた。
「すみません、トレッキングシューズとかはどこで置いてます?」
「え? は? あ、えーっと、多分あちらのほうじゃないかと」
声に答えてくれたのは若い女性だった。
多分、良く解らないのだろう、適当な感じがした。
「ありがとうございます」
だからと言って非難する事も出来ず、僕は取り敢えず行ってみる事にした。
そして女性陣と合流出来たのは十分後の事だった。
その間に外から銃声が鳴り響いていた。
「やあ。サイズはちゃんとあった?」
「ばっちり! デザインは気に入らないけど履き心地は悪くないよ」
「私はこんな物だと思うなぁ」
「えっと、大丈夫でした」
「祐司、アレも欲しい」
「あ、飯盒セットかぁ。二つほど貰っていくか。序にフライパンとかも。包丁はセラミックのが良いよね?」
「うん」
「勝手に持って行ったら、まあ、いっか!」
「あ、大和翔太コンビは銃撃戦に向かったよ」
「何その命名?」
「何かそう呼んでくれって言うから」
「なんだか人の名前みたいで面白そうだし、採用しちゃった」
「まあ、あいつらがそれで良いなら問題ないけど。あ、序だし他に欲しいのある?」
「野宿を考えたらテントも欲しいけど運べないよね?」
「じゃあ、災害避難時に使うシートってあったよね? あれにしようよ」
「ああ、かなり温かいって言うしね。人数分、いや、倍は欲しいよね。似たような寝袋は人数分で良いかな。後は携帯用浄水ボトルは人数分欲しいかも」
「そんなのもあるんだ。うーん、そうなってくると。ああ、そうだワンタッチで組み立てられるテントとかは? 確かボストンバックぐらいの大きさだよね?」
「十分大きいと思うそれだと。絵美里ちゃんはそんなのずっと持って山に登りたい?」
「うっ、それは嫌かも。だったら」
「ああ、そうだ。一応秩父での生活拠点の目途は付いてるから。他の誰かが先に行って無ければ雨風の心配は無いよ」
「そうだったの? 何時の間にそんなのを?」
「黄金週間中に調べておいたよ。現地に行ってみたけど中々良さそうだった。なんと電気も通ってると言う凄い場所だったり」
「「「「おおー」」」」
等とワイワイ騒ぎながら物色して集めていたのだが、館内放送で良くない知らせが届いた。
「こちら本部、こちら本部。敵は敷地に侵入しました、敵は敷地に侵入しました。内部班も警戒してください、内部班も警戒してください。以上」
どうやらここも本格的に危険なようだ。
僕たちは物資調達を手早く済ませ、再び集まった。
欲しかった最低限の物はリュックに仕舞い、後は逃げ出すだけになった。
だけど仲間である田中と山根が心配だ。
そんな事を思っているのは僕だけではないようだ。
「それで、祐司君。どうやっちゃう?」
「今から外に出たら乱戦に巻き込まれて危ないよね?」
「二階からスナイプ?」
「中らないと思うなぁ。あ、でもやれと言われたらやるよ?」
「皆、やる気だね。だったらやろうか」
「「「「うん!」」」」
「それじゃあ思い付いた作戦を伝えるよ。でも、その前に言っておくけど、怪我だけはしないでね?」
「「「「了解!」」」」
「では、作戦を伝えます。まず」
こうして僕たちも動き出した。
ただしこちらから攻める事をしない、省エネとも言える動きでだ。
このホームセンターの建屋の出入り口は大きく分けて三つになる。
お客様用の出入り口は二つで、搬入口が一つ。
従業員用の出入り口もあるけど、これは搬入口に併設しているから除外。
そしてこの出入り口三ヶ所を抑えてしまえば侵入されなくなる。
僕の考えた作戦とはそう言う事だ。
この作戦での問題点は防衛する場所が多過ぎる事。
だからまず僕がやった事は爺様に話を付ける事だった。
「僕たちも手伝いますよ。その代わり、僕の我儘を聞いてください」
「ふむ。手伝ってくれるとは、傘下に入るのとは違うと言う意味かな?」
「こう言う問答をしている時間が無いのはそちらです。で、要件ですが、搬入口のシャッターを閉めて出入り出来なくしてください。そして玄関の自動ドアのスイッチを切ってください」
「ま、そうだな。両方とも直に手配する。何か思いついたと言う事だな?」
「ええ。ああ、そちらの戦闘班? でしたか、その人たちは館内に戻さずに野外戦闘を続けさせてください」
「ん? 君たちが入り口を守るのか?」
「ちょっと違いますが、そう言う事です。じゃあ、そう言う事で、お願いします」
「ふーむ。まあ、後で解るか」
途中で面倒になったので一方的に要件を伝えて切り上げたが、流石に俺口調で言うのは憚られた。
何せ、この人自体は尊敬出来そうな感じだしな。
そして次に動いたのは動かなくなった自動ドアに付いて。
「はーい、皆さん、良いですか。ここにどんどん撒いて下さい。あ、この手のは後で掃除すれば大丈夫ですから」
「は、はあ?」
「ほらほら。どんどん動く動く。貴方たちの家族や知人が外で戦ってるんですよ。その手助けがこれだけで出来ちゃうんですから」
「え、えっと、本当に?」
「勿論です。マンガみたいな話ですが、効果的ですよ。相手は馬鹿の集まりですから」
「ば、馬鹿の集まり」
「ええ。拳銃を手に入れたからと調子に乗った馬鹿集団です。馬鹿相手は馬鹿にしてやれば良いんです。あ、僕も頑張って手伝ってね」
「うん!」
僕たち五人でやろうとすれば大変な作業もここには二百人以上の人が居る。
その中で半分でも、いや、四分の一でも協力してくれたら楽に作業が出来る。
そしてここには作業に使う資材がいっぱいあった。
まあ、本当に馬鹿にしてるとしか思えない作戦なんだが。
「それでは他の人たちにはこれらを運んでもらいます」
「え? こんなのどうするの?」
「いやぁ、こう言うのって意外と頑丈なんですよ。しかも色々応用が効きます」
「は、はぁ」
「今回はこう言う使い方ですが、これらは優秀な物ですよ。是非に、奥様」
「そ、そうなの?」
「あ、お嬢ちゃんもちゃんと覚えるんだよ?」
「はーい!」
ホームセンターは本当に素晴らしい。
子供の頃に考えた馬鹿らしい事の数々を、ここだとほとんど再現出来る。
そしてそんな馬鹿な考えが、今日活用されようとは思いもしなかった。
ま、こんな事態想定している子供なんていないよな。
そんな感じで全ての準備が整い、僕たちは配置に付いた。
配置に付いたのは、僕たちだけじゃないんだが。
そして到頭外の守りを突破されたのか、人影が出入り口に向かって近寄ってきた。
服装はどこかのバイクの走り屋集団なのかツナギの特攻服だ。
右手に拳銃を持ち、意気揚々と自動ドアに近付くも開かない。
馬鹿だからだろう、自動ドアに蹴りを入れたり、無駄に拳銃を発砲したりして意味の無い行為を続けた。
そしてやっと意味が無いと気が付いたのか、横にスライドさせて開いた。
「ふざけやがって! お前ら、全員ぶっ殺してやるからなっ!?」
そして家具らしき物を積み上げたバリケード目掛けて歩きだし、足を滑らせて転んだ。
何せ床一面に業務用洗剤がばら撒かれていた為に。
ホームセンターなどのショッピングセンターの床面はほぼタイル張りだ。
材質は違えど滑り易いと言うのが難点だったりする。
そんな床に洗剤が撒かれていたら誰だって転んでしまうのが道理。
気合が入り捲くって足元がお留守だった侵入者は見事に後ろ向きに倒れ、頭を打って滑った、バリケードの方に。
洗剤と言うのは本当に良く滑るから中々止まる事が出来ない。
しかも後頭部を打撲したショックで意識が朦朧な状態だとなおさらだ。
そのままバリケードに激突して止まった男を待っていたのは、彼が襲うと宣言した人々だった。
「ではやって下さい」
僕がそう宣言すると後はこの人たちにお任せ。
ホームセンターには殴るのに最適な物が沢山ある。
捕まえる為の網なんかも勿論ある。
死ぬほど打撲を受けた彼は気絶して捕まった。
まるでここは虫を誘い込んで食べてしまう食虫植物だ。
守っている人たちはとても弱い。
だけど、知恵と道具さえそろえば、そんな人でも戦える。
とか偉そうな事言ってるけど、自分の家ぐらい自分たちで守りなさいって事だ。
その後、ドアを閉めて次の獲物を待ち、反対側でも同じようなやり取りが続けられた。
その結果、十一人が捕縛された。
ちなみに彼らは一人ずつ網で包んで南京錠で施錠し、梱包すると言う方法で捉えている。
網って意外とこう言う使い方が出来るから便利だよね。
ネットで情報を集めていて書かれていた内容を見た時は目に鱗状態だった。
さて、これで全て片付くのならば良かったのだが、今日の襲撃は一味違ったようで、まだ終わりを見せない。
だからだろう、こんな館内放送が流れた。
「こちら本部、こちら本部。ゾンビの集団が接近中、ゾンビの集団が接近中。依然敵は退去せず、依然敵は退去せず。以上」
「うーん。これってもしかして玉砕覚悟の突撃だったかな?」
「もしかして食料不足で一か八かと言う事かな?」
「可能性はあるね。うーん、そうなるとまずいね。あんなフェンスじゃ間違いなくゾンビたちが超えて来るし。そうなったら外に居る人が危ないね」
「でも、どうやって中に入れるの?」
「搬入口の従業員用出入り口から入ってもらうしかないね。あ、自動ドアの施錠はしなきゃだね」
「でも、外に居る人の選別は出来ないんじゃない?」
「ここまで来たら敵側も一度引き入れて制圧するしかないかも」
「その判断はここのリーダー次第だね。まあ、施錠だけして行ってみようか」
僕たちは手伝ってくれていた人に事情を説明し、施錠だけして本部がある部屋に向かった。
部屋では爺様と女性二人が忙しく動いており、話し掛け辛い雰囲気だ。
でも、そんな空気は壊してしまうのが僕だ。
「聞いていると思いますが十一人確保しました。出入り口は施錠して封鎖。この後の予定はどうなってます?」
「君か。何とか外の戦闘班を回収したい。だがそれだと相手側も雪崩れ込むだろうし、怪我人の搬送が問題だな」
「搬送は中に居る人たちに簡易タンカを作らせ、それで子供でも四人で運べますよ。材料ならいっぱいあるでしょうし」
「そうだな。水瀬さん、支持を出して来てもらえるか?」
「はい。でも作り方が」
「物干し竿を二本並べて一メートルほど間をとり、人が寝た状態の足首、腰、肩辺りに相当する位置でラップで撒いて二つを繋げて下さい。そこに毛布などを掛ければ完成です」
「出来れば作ってもらった方が」
「私が指導してくるよ」
「明日菜さん、お願いね」
「はい! じゃあ行きましょう」
「え、ええ」
「さて、外をどうするかだが」
「僕なら敵も入れますよ。ただし時間差を作ってこちら側が先に来るようにして中で待ち構えて確保しますけど」
「ふむ。館外放送で出入り口に呼べば出来るか。竹中さん、準備してもらえるか?」
「はい。これで大丈夫です」
「こちら本部、こちら本部。戦闘は一時中止せよ、戦闘は一時中止せよ。従業員出入り口に撤収、従業員出入り口に撤収。以上。さて、私も行くから竹中さんはここに居てくれ」
「え、でも」
「何、無線は持って行くし、念の為に居てもらうだけだよ」
「は、はい」
「では、行ってくる。ところで君たちはどうする?」
「勿論行きますよ。あ、美紗さんは明日菜さんの手伝いに向かってくれる?」
「うん、解った」
さて、ここでやるべき事は終わった。
次の場所に移動だ。
従業員出入り口となっているが、搬入用のシャッターの横にある小さな扉の事だ。
その扉を開けたままにしておいて、広い搬入場で待ち構えて武装解除させる。
言うは簡単だが、このグループの連携がどれだけ取れているかが問題だ。
そこは彼らに任せるとして、僕と藤野さんと坂井さんは別の要件がある。
「この辺りで戻ってきた人たちと銃を向けて待ち構えれば、死にたいのでなければ武器を捨てると思いますよ。もしくは全員引き入れてからハチの巣とか」
「そうだろうな。この辺の物を盾にしながらやれば安全確保も出来るか。それで君たちは?」
「仲間がどうなってるか気になるので外に出ます」
「そうか。無理するなよ」
「生き残るには仲間が必要ですから、その為ですよ」
「なるほど、そう言う事にしておこう。若いって良いな、とか考えるのが歳なんだろうな」
「貴方が後二十歳若ければご一緒しても良かったんですけどね」
「先を見ての答えだったのか。それは断られる訳だ」
「ええ。それでは失礼します」
僕は爺様と軽く会話をしてから外に出た。
先ほどから銃声は散発的に響いており、まだ銃撃戦は止まっていないと解る。
ただし、どんどん戦闘班たちがこちらに戻ってきているので、爺様の指示通りに動いているようだ。
「状況はどうなってますか?」
「何ともならん。あいつらはイカレてるとしか思えないぞ」
「動けない人とかはどこにいます?」
「何人か把握しているが全員は解らん」
「だったら中に入ってリーダーに報告して指示を仰いで下さい」
「あ、ああ」
最初に戻ってきた人はあまり情報を持っていなかったようだ。
そして戻ってくる度に聞いてみても同じような回答しか返ってこない。
田中と山根は無事なんだろうか?
「んー、どうしようか? ここに居ても戻ってきそうにないね。怪我で動けないかも」
「そうだね。よし、駐車場側に出てみよう」
僕たちは表玄関側である駐車場に回って来た。
まだ戦闘は続いている様で、こちら側に近寄らせまいと十数人ほどが応戦しており、それに対して敵側も車を盾に発砲していた。
「何故指示通りに下がらないんですか?」
「こっちに奴らが来るだろ! って、君は?」
「田中と山根の友達です。彼ら二人はどうしました?」
「ああ、彼らの。向こうで動けない怪我人の護衛をしている。だから動けないようだ」
「そうですか。ああ、従業員出入り口の中で待ち構えてあいつらを捕まえる作戦ですから直に引いて下さい。詳しくはリーダーに」
「そ、そうだったのか。君たちはどうするんだ?」
「勿論、助けに行きますよ」
「そ、そうか。おい、リーダー指示で撤収だ! 全員退避退避!」
どうやらこの人が戦闘班のリーダーだったようで、彼の一声で戦闘班は射撃を止めて従業員出入り口へと駆け出した。
そして僕たちがここに居ると敵と遭遇してしまうので、身を隠してやり過ごした。
「待て! 逃げるんじゃねえ!」
「全員殺してやる!」
「女が居る、女が居るはずだ!」
二十数人ほどの若者たちが僕たちの前を駆けていく。
どうやら敵のグループは十代後半から二十代の集団だったようで、ゾンビパニックで無法地帯になったこの世界を謳歌しているようだ。
「何だかマンガとかに出て来そうな人たちだったなぁ。こう言うのってフィクションだと思ってたのに」
「ノンフィクションがフィクションに上書きされた世の中だからね、こんなもんだよ。まあ、予想通りの馬鹿の集団だったかな」
「うわぁ、凄い銃声。全員撃ち殺しにしちゃったかな?」
「あの調子だと投降なんてしないだろうし、あの爺様ならそうするだろうね」
「それよりもあの二人」
「あ、そうだね。じゃあ、行こうか」
馬鹿の最後に興味が無し、僕たちは田中と山根の元に向かった。
向かったと言ってもまだ戦闘中のようで、約二十メートルの間を挟んで銃撃戦を行っている。
こんな状況だと近寄り難いし、まだ少し距離は離れているけどゾンビどもがフェンスを乗り越えて駐車場へ入って来ていた。
田中と山根が居る方からは発砲が少なく、敵側がどんどん撃っている状況。
敵側はゾンビが近寄ってきている事に気が付いていないようだ。
このままだったらゾンビに襲われるのは彼らだろうなぁ、と思っていると案の上襲われた。
「なっ!? ゾンビだ! ゾンビが集まってるぞ!」
「ん、な、馬鹿な! ここはフェンスで囲まれてるんだぞ! 安全な場所じゃなかったのかよ!」
「んな事はいい! 逃げろ!」
馬鹿たちが気付いた時にはゾンビはもう十メートルほどの距離まで近寄っている。
今から逃げれば間に合うだろうが、そんな事をさせると思っているんだろうか。
「よし、ここから何発か撃っちゃうよ」
「やっとね。さあ、ガンガン行きましょう!」
「絵美里のギャグは面白くない」
「ギャグじゃないし!?」
そんな軽いやり取りをしつつ、僕たちは構えて一斉に撃ちだした。
パンパンパン。
「うぎゃ!?」
「な、何だ、どこから!?」
パンパンパン。
「くそ、あいつら今になって撃ってきやがった!」
パンパンパン。
最近聞きなれてきた銃声が響く。
こんな距離から中るとは思っていない。
でも、この発砲はあいつらを仕留める為じゃなく、足止めが狙い。
そして田中と山根も狙いに気が付いたのか、横から援護射撃を入れる。
撃った数はそれほどじゃないが、自分たちが挟み撃ちに遭っている思ってしまうと、動きを止めてしまうのが当たり前だ。
そんな状況だと、この場合は死に繋がる。
「お、おい、早く逃げな、ぎゃあああああ」
「くそっ、ゾンビどもめ! くらえ、くらえ、くらぎゃああああああああ」
二十数人居た若者たちは全員近くに居た事もあり、群がって来た大量のゾンビたちに捕まった。
ゾンビに一度捕まったら振りほどく事はほぼ不可能。
何故なら奴らの力はまさに化け物だからだ。
生きたままゾンビに食われる光景を見るのはこれで二度目だが、やっぱり一番気持ち悪い。
自分でゾンビを殺すより、人を銃で撃つよりも生理的嫌悪が強かった。
ただ、僕たちが生き残るにはこれが最善で、一番安全な方法だからやった。
だからかそれほど精神的な苦痛は無かった。
藤野さんと坂井さんを見るとちょっと顔色が良くないが、取り敢えず大丈夫のようだ。
「さて、田中たちに合流しよう」
「う、うん、そうだね」
駆け足で移動を開始し、田中と山根を迎えに行った。
「流石八雲だ、作戦がえげつない。略すなら、さすえげ、か?」
「だよなぁ。まあ、効率良いモンスタープレイヤーキルだよな、これって。どこのエムエムオープレイヤーだ、八雲は」
笑顔で近寄るといきなりそんな事を言われた。
これは信頼されているからの発言と思って良いのだろうか?
「取り敢えず二人は無事なのかい?」
「怪我は無いけど今ので全部撃ち尽くて残数無しだ」
「俺も。八雲の言った通り、銃で戦うのはダメだな」
「怪我が無くて良かったね、大和翔太コンビ。ところで怪我人は何人? 無線があるなら知らせて迎えに来させてね」
「おう!」
怪我をして動けない人は六人だったようで、田中と山根は何とか彼らを守り切ったようだ。
流石だよ、二人とも。
そして無線でやり取りした限りでは、従業員入り口側の敵も制圧完了したらしく、ほとんどのやつらは銃殺。
五人だけ銃を捨てて投降したので彼らは確保だけに留めた。
そしてタンカの準備が出来たので、自動ドア側から迎えを寄越すとの事だった。
物語だったらここでエンディング、ハッピーエンドを迎える場面なんだろうけど、ここは現実。
いや、ノンフィクションがフィクションになった世界だからこそ、このまま終わらなかった。
「くそう、いてぇ、いてぇよう」
足を引き摺りながら近寄ってくる血塗れの男。
右手の拳銃を向けたまま歩く彼は苦痛に歪む顔なのに、笑みを浮かべているように見えた。
「俺はもう死ぬんだぁ。だから、だから、お前らも、道連れだぁああああ」
終わったと思っていた。
この場に居る全員が。
だからこの死にぞこないが近寄ってきている事に気が付けなかった。
何故か一番最初に気が付けた僕は即座に動いた。
こいつが向けた銃口の先は、藤野さんだったからだ。
「絵美里!」
僕が叫びながら藤野さんに飛び掛かるのと、銃声はほぼ同時。
人間がどれだけ早く動こうと、弾速を超える事は無い。
だから拳銃から放たれた弾丸は、僕の背中を打った。
勢い良く飛びついたので藤野さんを巻き込んで倒れ込む。
「ゆ、祐司君? 祐司君? 祐司? 祐司? 祐司? ねえ、返事してよ、ねえったら!」
「ひゃは、ひゃははははは! 女を庇って銃を受けるとか、どこのヒーローだ。まあ、でも無駄だ無駄!」
「祐司、ねえ、祐司ったら!」
誰も動けない。
目の前で起きた事が信じられない、いや、まるで物語の脇役になったかのように動けなかった。
田中と山根は弾丸の尽きた銃の引き金を引くも、やはり弾丸は発射されない。
坂井さんは動揺していているのかその場に座り込んで呆然と倒れた僕を見ている。
今動いているのは泣いて縋り付く藤野さんと死にぞこないの男。
拳銃の引き金を何度も引きながら近寄ってくる。
「弾切れかぁ。でも、俺はゾンビに噛まれちまったからな。俺が噛めばお仲間入りだ。ひゃああ、一緒にゾンビの世界に行こうぜぇ」
そして僕に縋り付く藤野さんの手を掴んで噛付こうと口を開いた。
「放してよ! 祐司が、祐司が!」
「ひゃああ、こいつも噛んでやるから一緒にゾンビだぁあああ」
「誰がお前なんかの仲間になるか、馬鹿め」
僕は不用意に近寄って来た死にぞこないの口に左腕を突っ込む。
「あが?」
「慈悲だ。ゾンビになる前に殺してやるから俺に感謝しろよ?」
右手で持った拳銃をこめかみに押し付け、引き金を引いた。
「ほら、祐司。あーん」
「えっと、ここはやっぱり私がお世話するべきだと思うんだ、絵美里。ほら、私って祐司様の奴隷だし?」
「明日菜、何言ってるの? だって祐司は私を、そう、私を庇う為に名誉の負傷をしたんだから私がやるのが当然よ」
「目の前で何も出来かった私がやる。これも当然」
「陽菜ちゃんまで参戦するの? もしかして私も参加した方が良いのかな?」
「陽菜も美紗も何言ってるの? これは私が、私がするんだからぁあああああ」
「お、おい。やっぱりお前のハーレムになってるじゃねえか、八雲。どんな手を使ったんだ? 教えてくれよ」
「知らないってば、田中。そもそもハーレムとかじゃないよ、こんなの」
「どう見ても八雲ハーレムじゃないか。くそぅ、やっぱり田中なんかに付いて行くんじゃなかった!」
「山根、お前裏切るのかよ!」
「裏切ってなんかないぞ! なあ、八雲? 俺と田中だったら俺を取るよな? な?」
「何言ってるんだ、お前らは。お腹減って来たんだけど、自分で食って良いよな?」
「「「「ダメ!」」」」
「「くそぅ、やっぱり八雲ハーレムだ! うらやまけしからん!」」
「頼むから、ご飯を食べさせてくれ。それと背中が痛いから静かにして欲しいんだけど」
何てやり取りをしている僕たちだが、あの襲撃事件があった日から二日経ってもホームセンターで居座っている。
何故かと言うとあの時背中で受けた銃弾の所為で。僕は動くのが辛いほどの痛みを感じているからだ。
銃弾を受けて痛みだけで済んでいるのは背負っていたリュックと防弾チョッキのお蔭だ。
僕のリュックには米や小麦、着替えなどの荷物が満載だったのでまずそこで威力が削られ、更に防弾チョッキで完全に弾丸を止める事が出来た。
グループに居た看護師さんの診察だと骨は折れていなさそうなので安心しているが、爺様曰く防弾チョッキを着ていても至近距離で銃弾を受ければ当たり前だそうだ。
そして死にぞこないに噛まれた右腕だがアームガード越しだったんで無傷。
ゾンビ化していなかったので噛む力は普通でガードを突破されなかった。
自衛隊駐屯地でフル装備を発見しておいて本当に良かった。
それで藤野さんを弾丸から守れたし、僕がゾンビにされる事もなかった。
備えあれば憂いなし、と昔の人は言ったそうだがまさにそれだった。
後は咄嗟に庇うように動けた事も体力作りの成果だ。
以前の僕だったら動こうとしたとしても間に合ってなかったと思う。
自分のやって来た事が実になった。
これらは僕の自信に繋がった。
今まで仲間たちに、出会った大人たちに偉そうな事ばかり言ってきた。
でも、所詮は虚勢の発言だ。
間違っているかも知れないと言う恐怖を押し隠し、自信ある自分を演じて来た。
それが今回の事で少しは本物の自信を持つ事が出来た。
これからこの終わった後の世界を生きて行く為に、どうしても欲しかったものの一つ。
それを僕は手に入れた。
ただし慢心しないように何時も最善を心掛ける。
まだ一人では心許ないけど、仲間たちとだったらやって行ける。
僕はそう思った。
「はい、祐司!」
「むがっ!?」
「絵美里!? 無理に詰め込んだら、祐司君が、祐司君が死んじゃう!」
思っているよ?
結局僕たちが致知夫に向けて旅立ったのは五日後の事だった。
「さあ、出発するよ。ちゃんと自分で歩くのよ?」
「「「はーい!」」」
「絵美里さんって以外に保母さんに向いてるのかもな」
「あ、そうかも。面倒見が良いし」
「そ、そうかぁ。保母さんな絵美里さん。良いなぁ。氏ね、八雲」
「あ、はははは」
「えっと、祐司君が死ぬなら私も死にます。だって私」
「何言ってるの、明日菜さん?」
合流した田中と山根を含めた十人で。
三人多いのは、保護者の居ない子供たちが付いてきたから。
こんな僕たちで、新生活の場へ向かって歩き始めた。
自分たちの足で、しっかりと。
無駄に長い駄文にお付き合い頂き、時間を掛けてお読みくださってありがとうございました。
昔から考えていたゾンビモノですが、空いた時間でチマチマ書いてて気付けば限が良い所まできましたので投稿してみました。
最初はレーベルに投稿と考えてましたが無謀な事は止めて、なろう様で投稿させてもらって自分を慰めておきます(
兎も角、お付き合いありがとうございました。
続きは気合が出たら書くかも知れません。