牛蹄拳・一ノ段階
「ふふ〜ん♪」
あれ、機嫌よく会議室から出てきたのにアッシュさんは暗い顔のままだ。何故だ?
とりあえず、僕が冒険者になるって宣言をしたらアッシュさんは止めてきた。しかし、獣人の人らは猛烈に賛成してきた。
何にせよ、獣人の冒険者は人族に比べると少なく有名人も殆どいない。
その中に『始まりの人間』である僕が入ったら獣人にとっての信仰対象がいるという事になる。
そしたら獣人が力を盛り返す云々とか言ってたけどどうでもいい。僕は人間と言ったら人間だ。神様なんかじゃない。
はっきり宣言してやる。僕は神様なんかじゃなくてただの人間だ。それ以上でもそれ以下でもない。あ、牛だから以下も入るか。
まあ、それでもうるさいならぶちのめして他人の牢屋にぶち込むだけだよ。実力行使がある意味一番。
お、ちゃんと固まって集合してる。ちゃんとリーダーの指示を聞くのか。
「アッシュさん、何の話し合いをしたんスか?」
「ああ、まあ、彼女を『保護』する話をしていた」
「保護?一応、この子はフェルト森林の主ですよね?保護する必要性を感じないような…………」
疑問に思うのは最もだろうね。だって、この広い森林の主にまで成り上がったのに保護を要請するなんてありえない。
だけどね、フェルト森林は広いけど世界はもっと広いんだよ。もっと強くなりたいんだよ。
「まあ、色々な理由があるが本人の意思だ。深く突っ込むな、下手したらぶちのめされるぞ」
「おいおいアッシュぅ、こんなガキが主なのかよ?」
「彼女は称号の効果を知っていた。それ以上の理由はあるか?」
「んなもん本とか読めば知れるだろうが!大体他人に吹き込まれた知識かもしれない詐欺師かもしれないだろ?」
うえ、不良っぽいのが無駄に疑いをかけてくる。うーむ、ステータス確認できないけど、そこまで強くなさそうだな。
まあ、あの鎧熊よりは弱いと断言できるね。でも、アッシュさんと口喧嘩してるからそれなりなのか?アッシュさんの実力の方が遥かに上に見えるけど。
「あんまり強くないくせによく疑うなぁ…………」
「なんだとテメェ!」
おっと、口に出てしまった。あまり馬鹿にするつもりはなかったけど、馬鹿にしたように聞こえるか。
ズカズカとアッシュさんと言い争ってた男がこっちに来る。待って、何で背中に背負ってるロングソードに手をかけてるのかな?
「そもそもこんな小せぇのが主なんてありえねぇだろ!あぁん!」
ロングソードを抜いて先っぽを僕の目の前に突きつける。ちょっと、当たりかけたじゃん!
チッ、この野郎僕を舐めてやがるな。初手の初手でグチャグチャに揉んでやる!
まず、このロングソードを中指と人差し指で挟む。その時に中指と薬指と小指をくっつけ、人差し指も親指とくっつける。
「何だこの、切れても知らねぇぞ!」
この男は容赦なくロングソードを振り上げようとする。しかし、ロングソードはビクとも動かない。
「な、何で動かねぇ!?」
僕より身長が2倍ほどある男が力を込めている。だけど僕が挟んでるロングソードはビクとも動かない。
気づいてないかもしれないけど、これ自体が技なんだ。
『牛蹄拳・一ノ段階』のうちの初歩、その技の名は『真剣蹄挟み』、文字通り真剣を挟む技だ。
そもそも、牛蹄拳の取得にはいくつか必要な要因がある。
まず、『手足蹄』のスキルを持っていること。腕力と俊敏、体重の合計が一定値より高いこと。そして『武の才能』のスキルを持っていること、だと思う。
スキルに関してはレベル1でも可能なのかな、という推測はある。あと、僕は腕力はともかく俊敏がやや低い。しかし、この小柄に対しておかしい体重をしてるから条件はクリアしている。
小柄になっても体重は牛のままなのですよ…………
まあ、牛蹄拳の事は置いといてこの男を文字通り捻っちゃおう!
ロングソードを挟んだまま手首のスナップを効かせて回転させる。すると男も一緒に回転して重力に従い地面に叩きつけられた
「がっ!?」
「僕を馬鹿にするのは早いんじゃない?」
また空間が男のうめき声しか響かないほど静かになった。あれ、そこまで強くやったつもりないのにそこまで痛がる?
「ま、そういうことだから保護してね!」
「「「「「「「「「「「「どういうこと!?」」」」」」」」」」」」
また僕が耳をペタンと抑えるほどの叫び声をあげた冒険者達だった。
雌牛「この人達は叫ぶことが好きなの?」