決闘――2――
正直、義肢を最大限活用しても今のあの兄に
勝てる気がしない。
「お兄さん、徹底的に肉弾戦を挑む気よ。」
「どうしよう?」
「向こうから正攻法で来るのなら
むしろとどめを刺す好機よ。
ここがラストスパートってこと。」
「なるほど……」
兄が気勢を上げて突進してくる。
自分の力を持て余したかのような、
暴走する機関車の如き前進だ。
僕は義手を突き出して相掛かりの衝突による
手っ取り早い粉砕を試みる。
自らの強固さへの自負と
実体験に基づく教訓故にそうした。
「ちょっとそれは不味……!」
しかしキサメの悲鳴と
兄の気合が聞こえた瞬間
僕は難なく吹っ飛ばされてしまう。
義手から振動が伝播する。
金属的な振動は強烈な痛みの波となって
僕の脳髄に不快な痺れをもたらす。
全身は釘付けにされたように動かせない。
軽い目眩もする。
「うわっあはははは死ね! 死ねぇ!!
死ね明朝ぁ! 明朝でない奴も!
死ねえぇええええええええーーーっっっ!!!」
兄は僕の居場所を見失っている。
兄はその爆発的な力と引き換えに
認識能力や繊細さを相当失っているようだ。
別に隠れている訳でもない僕を見つけられず、
殆ど無差別に皆を攻撃している。
皆は炎と煙に囲まれ限られた広さしかない
運動場の中で、鮫に追われる小魚の群れのように
散り散りに逃げ惑う。
「ワレワレっ、ワレワレのっ、
基本的人権はどうなるってっ……」
逃げ遅れた竜侏儒の一体が
兄に蹴り飛ばされて爆発四散する。
あまりの勢いに悲鳴を上げる暇もない。
生徒会長が一生懸命に拳銃を撃っている。
撃たれているはずの兄は
何の反応もせず暴れ続けている。
弾が当たっているのかどうかも分からない。
兄は誰にも止められない。
兄の力も精神の高揚も恐らく今が最高潮だ……
「ハルカタ、ハルカタ!」
「え? あっ……」
「あなた今気絶しそうになってたわよ?
「僕が気絶? そうか……」
自覚なかったの? 大丈夫? 怪我したんじゃ?」
「いや平気だ。
今は怪我なんて気にしていられない!」
今の攻撃での傷はない。
すぐにでも動けるのが分かる。
走り出すと足が今までになく軽やかに動く。
戦いがまだ終わりではないことに
仄かな喜びさえ感じる。
兄が僕に気づき、向きを変えて
僕に正対し歩み寄る。
兄のその動作が予想外だったので
僕は一瞬判断に迷う。
つい動きを止めてしまい、
そこをすかさず兄が殴ってくる。
頭蓋はおろか五体全てを押し潰せそうな
その大きな拳をもろに受けてしまう。
額から足の裏まで衝撃が突き抜ける。
全身が杭になって地面に突き刺さる感覚だ。
流石に突進程の威力はないが
一瞬体中の骨が砕けたと思うほどの
激痛に襲われた。
何とか踏ん張ってめげずに殴り返す。
しかし避けられた訳でもないのに当たらない。
「何で今動きを止めたの!?
やられたらやり返す!
すぐに反撃しないと相手の隙はすぐになくなるわ!」
「こんなケンカは初めてで……」
「次、足で蹴ってくるわよ、しゃがんでっ。」
力では負けていない。
今の兄の巨大な拳や足では
僕の弱点である生身だけを狙うのは難しい。
兄の巨大化は完全に裏目に出ているはずだ。
兄が蹴りを打ってくる。
足の裏が私の全身ほどもある大きさだ。
それが僕の頭の髪をかすめる。
遅れて僕がしゃがむ。
兄はバランスを崩し大袈裟なくらいによろけて、
もう息切れを起こしている。
「はぁー、はぁー、お、おのれぇぇ……」
「下手なキックで助かったわね。
予備動作が大きかったのと
打点が高すぎたのが幸いしたわ。
てゆーか先にしゃがめって言ったのに
何で遅れてんのよ!」
「ごめん、これで取り返す。」
「取り返す?」
僕も兄を真似して蹴りを打ってみる。
飛び蹴りだ。
僕の蹴りは当たった。
だが兄以上にバランスを崩しつい倒れてしまう。
しかもやり方が不味かったのか全然効いていない。
兄は僕を無視して息を整えている。
「大丈夫? やっぱり無理しちゃ……」
本気で心配されてしまい強く反省する。
「平気だ、ちょっと慣れないことをしただけだ。」
「ほんとに運動不足なのね兄弟二人揃って。」
「どっちが勝つかな?」
「そこは疑問に思っちゃ駄目。」
自分も相手も喧嘩の技術は
ほとんどないことがよく分かった。
結局双方単純な殴り合いしかできない。
兄も同じことを思っているに違いない。
意思の合致した兄と僕は
互いに殴り合える距離まで近づく。
「いい? 向こうのパンチは避けないで。
向こうは攻撃範囲が広い。
あなたは動きが鈍いから避け続けるのは無理よ。
それよりも防御に徹して。
打撃は打撃で弾くのよ、
鍔迫り合いみたいに。分かる?」
「ああ……」
互いにすれ違うのではないかと思えるくらい
無造作に近づいて、先に兄が殴ってきた。
僕も兄の巨大な拳を貫くつもりで義手を繰り出す。
僕の義手は兄のように大きく振りかぶらなくても
十分力を発揮するので、
後出しでも兄の動きに追いつける。
そのことは今までの使用経験で
体感しているから分かることだ。
僕の義手自体の動きは
誰のどんな動きよりも速いのだ。
義手の拳は兄の拳を鈍い音と共に跳ね返した。
義足が軸となって踏ん張る。
兄の動きが一瞬止まる。
やはり痛覚が走るのだろうか、
兄が歯を食いしばるような表情を見せる。
さすがに一回で諦めることはなく、
拳を固めて真っすぐ突いたり、
上から叩き付けたり、
横薙ぎに払ったり兄なりに工夫して連打してくる。
僕の義手を伝わる衝撃は着実に生身の部分に
ダメージとなって蓄積していく。
義手を繋いでいる背中が不吉に痛みだした。
「長引くと危ないかもしれない。
こっちからも仕掛けないと。」
「いや、兄さんの方がダメージあるみたいだっ」
僕と拳を交える度に少しずつ兄の体が削れていく。
それは火花となって粉塵の中へ飛び散っている。
兄の拳は大きく3つ4つに割れかけている。
僕の義肢の方が硬度で勝っているのは間違いない。
兄は正面からの打ち合いでは不利と判断したのか、
両手を伸ばして掴みかかってくる。
僕の義手は片腕だけだ。
同時に二つの手は防げない。
僕はあっさり捕まり高々と振り上げられる。
兄の意図が恐ろしいほど明確に伝わってくる。
そのまま投げ飛ばそうとしているのだ。
僕は掴み返して離れないようにする。
兄は空中で僕を振り回す。
すぐに車酔いのような気分になってきた。
地面に叩き付けてしまわないのは
壊れそうな自分の手を庇っているからだろうか。
僕が尚もしがみついていると、
兄が口を開けて僕を足の先から飲み込み始める。
兄の体内を構成する無数の硫黄の結晶が
僕の足先を捉え、軋みをあげて回転し
僕を奥へ奥へ引きずり込む。
「そんなことができるのか……!」
「はー、るゥゥかーァァたァ……
殺さないと、殺さないと後悔するよォ、
殺すべきだった奴らは夢にも出てくるし
将来ばったり街角で出くわすかもしれない、
お前の職場の同僚になる可能性さえある、
耐えられる訳ないだろそんなの……
SNSでお前のことをあることないこと喋るかも、
ないとは言い切れないよなぁ……
そういうことがあるにせよないにせよ
あいつらはまた別の誰かを苦しめるんだよ、
あいつらは反省なんかしないぞ、
実際謝られたことなんかないだろ? お前……
殺さなければ、殺さなければ安寧はないよ、
殺すと言えばヤメテヤル……」
「言わない……っ!」
「落ち着いてハルカタ、すぐには消化されないわ。
お腹まで飲み込まれるのを待つのよ。
義手を取り回せるぎりぎりのところまで
引きつけるの。」
「足の先が熱い……」
「お兄さんの体の中心に触れてるのよ。
燃える炎が体の中心にある。
それがお兄さんの核よ、もう少し我慢して。」
「核ってのが急所なの?」
「ええ。もう少しでいい角度になるわ。
眉間から核まで真っすぐ衝撃が走る角度になる。
引き付けて……」
僕を腹のあたりまで飲み込んで
兄の口の端が吊り上がる。
僕は我慢できなくなり義手の肘を金槌のように、
兄の目と目の間めがけて振り下ろす。
不謹慎にも心地よい手応えがして
兄の顔面にいくつもひびが入る。
兄は僕を飲み込むどころではなくなり
膝をついて僕を吐き出す。
「一応聞くけど怪我は?」
「ないよ。でも合図を待てなかった……」
「充分いいの入ったわ。
核を仕留めるためにもう一手ほしいわね。」
兄は頭を抱え、震えるのを必死に抑えている。
頭から背中までにも大きな亀裂が
走っているのが見てとれる。
一方、僕の体は兄に飲み込まれていた部分が
染みるように痛むものの行動に支障はない。
実質勝負がついたと言ってもいい。
もうキサメにも誰にも聞かなくても分かる。
畳みかけるべきだ。
「待って、お兄さんが何か考えてる。
暴走しなくなってきてる、
制御できつつある……何か構えてるわ。」
キサメがここにきて煮え切らない
見解をしている。だが問題ない。
兄が何を考えようと僕なら力押しで崩せるのだ。
兄の胴体を殴る。
兄は頭を抱えたまま体を左右に振る。
僕を追い払っているつもりのようだ。
その動きはさっきまでよりも明らかに鈍く貧弱だ。
もうただの壁を殴るのと同じだ。
「待ってハルカタ、一旦距離を……」
「兄さん、観念しろっ!」
僕が叫んだ瞬間、兄の拳が僕を襲う。
温存していた力を振り絞ったかのような
速さの攻撃だ。
しかもフェイントを使った。
右で殴ると見せかけての左。予想外だ。
僕は反射的に顔面を守る。
流石に義手の動きは速いし、
戦い方にも多少慣れてきたところだったので
丁度うまい具合に肘で迎撃できた。
当たり所が『悪かった』らしく、
兄の左手が見事に砕けるのが感触として伝わる。
偶然のカウンターで僕のほぼ勝勢だ。
だが何か小さいものが僕の目に入る。激痛がする。
僕は目を覆い、蹲る。
砕けて飛び散った硫黄だ。
燃えている硫黄が目に入った。
鼓動の音が限りなく近くにやってくる。
頭の中にもう一つ心臓があるかのようだ。
他の音がみんな遠くなってしまった。
視界一杯に火花のような鋭い煌きが散っている。
目が熱い。涙の何百倍もの熱さだ。
全血液が集まっているかのようだ。
水が欲しい。
手探りで水道の蛇口を探す。
「こんな場所に水道などない」ということにまで
頭が回らない。
無意味に地団駄を踏んで唸り声をあげる。
「落ち着いて、硫黄が入ったのは
義眼になってる方だけよ。」
「痛い!」
「今痛みを感じてるのは
左目を潰された時のトラウマが蘇っているからよ!」
左目を刺された時。
そうだ、昔友達にシャーペンで
左目を潰された時もこんな痛みだった。
いや、今はあの時よりも痛い気がする。
「何で僕が! 何で僕がこんな目に遭うんだ!
僕は変われるんじゃなかったのか!?」
「変わる? 今変わったら駄目よ、
ここで負けたらあなたは変わって『しまう』のよ!
あなたはずっと同じ戦いをしてきたの!
戦いはまだ終わってない!」
「もう終わりだ!」
「終わってない! これを見て!」
その指示の直後に痛みが引いていく。
そして目を閉じていながらにして、
火花とは違った奇妙な明るさを感じた。
明るさは明確な視覚となって僕を驚かせる。
塞がっているはずの僕の目の前に兄が現れたのだ。
僕は一瞬身構えるが自分の体がないことに気づく。
自分の意識だけが
兄の前に置かれているような状況だ。
眠る時夢を見るのにも似た不思議な感覚だ。
すぐに僕はこれが
キサメの持つ能力の一つだと理解した。
これは客観的な映像らしく、
兄から少し離れたところに
今まさに蹲っている僕がいるのが見える。
僕との勝負に決着をつけたと思っているらしい兄が
攻撃目標を生徒の皆に切り替えている。
「みんな逃げなさい! できるだけ離れて!」
皆の中でいち早く危機を悟った生徒会長が
自分の怪我も顧みず皆を逃がそうとしている。
「馬鹿が! 誰が助かるものか!」
「食い止めてみせるっ……」
生徒会長は例の超能力で
今度は身の丈にも近い巨大な機関銃を取り出した。
複数の銃身と銃口、長い帯となって連なる
無数の弾丸を備えたその銃は
まさしく今の兄を破壊するのに
うってつけの武器だろう。
兄の反応を待つ間もなく
機関銃が唸りを上げ始める。
山積みになった礫が
崩れていくような音とともに、
花火に似た光が連続して放たれる。
他の音は掻き消され閃光が周囲を眩しくする。
大画面と最大音量で視聴する
アクション映画さながらのド迫力。
しかし、兄の体を穴だらけにするはずの射線は
目標の兄から大きく逸れて
あらぬ方向へ飛んでいく。
「邪魔だぁ!」
「ぐぁっ!」
兄の拳の一振りで生徒会長は
あっけなく吹き飛んでいく。
生徒会長はすでに血を流しすぎ、
立つのがやっとで、機関銃の重量も反動も
支えられる状態ではなかったのだ。
吹き飛ばされた彼女は
すぐに立ち上がろうとする。
が、銃はおろか自分の手も持ち上がらない。
定まらない目の焦点を
空の黒煙に泳がせるばかりだ。
「かはっ……」
それは眠るのを我慢する様子に似ている。
実際、意識が切れる直前なのではなかろうか。
「きゃあああああ!!」
「うわあああああ!!」
兄が群衆に向かって硫黄の塊を次々と投げる。
人々は逃げ惑う。
黒煙の壁の中へ逃げ込む者さえいる。
煙が危険だということは
分かりきっているはずだが、
もう逃げ場が他にないのだ。
全員が隅へ固まってしまっている。
「あー間怠っこしいんだよねぇー!
こいつでまとめて燃えちゃえよぉ!」
兄が右手を真っ直ぐ振り上げる。
手の平からくすんだ光沢を放つ球体が出現する。
あの第一校舎を焼き尽くした巨大硫黄球の種だ。
またしても兄は火の海を作るつもりだ。
手っ取り早く、皆を周囲ごと焼き払うつもりだ。
「校舎を燃やしたのよりもっと大きいわ……
大きすぎて校舎の天辺がすでに呑み込まれてる。
あなたはこれを止めなきゃいけないの。
私は手足全部折れてて動けないし
生徒会長の人も他の人も見ての通りよ。
止められるのはあなただけなの!」
皆が自分の身を守れないだなんて、
今さらながら信じ難い話だ。
皆は僕より強いんじゃなかったのか?
「あなたが今他に何をするの?
あなたはあれを止めるべくして止めるのよ。」
「うぅ……やるよ……やってやるぅ……」
キサメが見せる映像から自分の視点に戻ると、
僕は燃えた義眼から垂れている何かの液体を
無視して立ち上がった。
「止まっちゃ駄目よ、止まるから隙を生むの。
今度は助走をつけて殴って。できる?」
「拳を挙げる、足はそのまま動かす……」
少しでも遅れれば硫黄球の発射は阻止できない。
走るのも殴るのも同時にしなければならない。
こんがらがってくるのは運動神経が悪いからか、
思考が遅いからだろうか。
「大丈夫、ちゃんとできてるわ。
そのまま、絶対に止まらないで!」
浮かぶ硫黄球の下をくぐって
兄の元へ疾走する。間に合わないかもしれない。
「どうかな、みんな悔しいかなあ!?
学校メチャクチャ、知り合いみんなもメチャクチャ、
人生メチャクチャ! 不幸かな? 楽しくない?
学校楽しい? これでもまだ楽しいかな?
みんな友達なんだろ!? 僕を友達と呼んでみろ、
できないだろ!? どうだできないだろ!
ねえどーぉ? どんな気持ちぃ? ははは!
好きなだけ嘘ついていいんだよぉ
僕がぜーんぶ燃やしてなかったことにしてあげる!
苦しみたくないそうだからねぇ!
一度に一瞬で燃やしてやるよ!!!」
兄との距離がよく分からない。
普段皆が飛ばす野次のように
遠くもあり近くもある。
冷静に考えても殴るのに
間に合うかどうか判断がつかない。
「ハルカタ! そこは駄目!
そこで打つのはタイミングが悪いわ!」
「いやいける! 届く!!」
恐れてはいられない。
僕は兄の体へ、兄の光の中へ飛び込むように、
前のめりに倒れつつ義手を突き出した。
勢い余ってそのまま関節から先が抜けるくらい、
力の限り前に振った。
土埃が舞い上がる中で
音響と痺れとが一瞬の光となる。
拳は兄の体の真ん中、脇腹に突き刺さった。
「――ッッ!!!」
兄は真っ二つに折れて分解し
氷の上のように地面を滑って転がった。
僕も派手に地面に転ぶ。
「やったっ……」
「核が壊れた!」
硫黄球は黒い炭のように固まり、
微細な塵になって消滅する。
それと共に兄の体も
崩壊と稚拙な成型を繰り返して原型を失っていく。
黒煙の天井も裂け目が増えて
徐々に晴れ上がっていく。
筋状の日の光が降り注ぎ
兄の全てが冷却し停止していく。
「ぎぃぃああああああーーっっっ
ああああ貴様あああぁ!!
アホがああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
兄が忙しく喚き散らしているのを見ていると
自分が無心になっていく感じがする。
もう本当に動けない。
足が、生身の足も義足も両方痛いし、
喉もからからだ。
肩間接の痛みもかかりつけ医に
見てもらいたい気分だ。
確か兄は父も母も親戚も
皆殺しにしたと言っていた。
僕はこれからどう生活すればよいのだろう。
学校はどうなるのだろう。
皆と僕の関係は今までより悪くなるのだろうか?
良くなることはないと思うが、
どうなるのだろうか。
無心になると思ったそばから
自分のこれからの忙しさを想像するだけで
目が回りそうだ。
「まだ終わりじゃないわ!
兄さんの精神が崩壊してってる!
何か大きな力で壊れていく……
まだ何かが起こってる!」
「精神なんてすでに崩壊してたんじゃ
なかったのか……」
ぐしゃぐしゃになった兄の体が輝く。
最後の最後に強く燃える
蝋燭を思わせる。
「ひ、ひひひひひ……ひゃははははははは……
馬鹿だお前は。お前も学校の人間どもも、
母親も父親も、
世の中みーんな揃って馬鹿ばかりだ!
死ぬ勇気もない臆病者どもめ!
死ぬのがそんなに嫌か!
弱虫! 意気地なし!
あははは! わーはははははは!!」
「まだ続けるのかっ……」
「教えてやるぞ!
死ぬしかないということを!
逃げても隠れても無駄だということをぉぉっ!!」
兄の精神に同調するように
硫黄の体が激しく波打って形を変え始める。
「嘘……」
兄の体から木の形をした硫黄が無数に生える。
硫黄の枝は扇状に展開して兄を埋め尽くし
高く高く伸びていく。
「みんな離れて!」
やがて校舎を見下ろす高さにまで成長し、
空に残る黒煙にとどめを刺すように貫く。
枝は脈動し硫黄の泥を上へ上へ送り込む。
枝の先の塊はあっという間に大きくなり、
硫黄球数個分の、学校の校舎にも匹敵する
超ド級の硫黄の雲になる。
「何なんだこれ……」
枝は太くなり歪んでいき
軟体生物の足のように蠢き始める。
土埃が舞う。丁度黒煙がほぼなくなったので
皆が自由に逃げ出す。
「正真正銘、お兄さんの最後の変身ね。
どうする? 後はこの国の警察にでも任せたら?
軍隊も兼ねてるそうだし
何とかしてくれるわきっと。
もうあなたの勝ちよ。」
誰かが通報するまでもなく
治安当局はこの大怪獣を見つけることだろう。
そしてこの兄こそ街中の火事の黒幕であることも
すぐに確認するだろう。
キサメの言う通り、放っておいても兄は
治安当局の手によって打倒されるであろう。
「いや、この勝負は誰にも譲らない。
けりをつけるのは僕だ。」