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あるいみ、魔王城   作者: 団楽
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WHITE SPIDER

突然の豪雨に街は薄い蜘蛛の巣に覆われたようだった。


中身は無いのに音だけ大きい街の音も、統一性はないのに自己主張だけは激しい街の色も、今は細く編まれた糸に吸い込まれ、全て遠く、ぼやけている。


色も音も、ビルも人も、編まれた蜘蛛の巣の中で、全てがとらえられ一つになる。


そんな静的な街の中を、通勤かばんを傘替わりに駆け抜ける背広を着た男の姿。ぱしゃぱしゃと、靴が水を跳ね上げる。彼もまたすべての一つ。けれど、彼が背景ではなくなったのは、そう、ビルとビルの隙間にたたずむ、「Black Cradle」の扉をみつけたから。


男は色のない世界で、そこだけ蜂蜜色の光をはなつ、看板をみつけると、迷うわず古ぼけた扉の中へと駆け込んだ。


カラン、カランとカウベルが鳴る。


「いらっしゃいませ。」

バーカウンターの向こうから、荒い息の男とは正反対に、呼吸音すらしない静かさで店主が声をかけた。


男は軽く瞬きをする。

アンティークなカウンター席に、その向こう側に静かにたたずむバーテン。


「あぁ。バーか。」

夢中で駆け込んだため、何の店がよく確認していなかった男は、軽く咳ばらいをすると、荒い息を整え、雫を払い落としながらカウンターチェアーに腰をおろした。

「やれ、助かった。突然の雨だよ。傘がなくってさ。ちょうどいい所に、いいかんじのバーがあったもんだ。今日の今日まで、気が付かなかったよ。」


「雨はとおり雨ですよ。1時間もしないうちに、すっきりとあがるでしょう。」

きっぱりとした店主の言葉に、男は愛想笑いを浮かべると、背広の内ポケットから携帯電話を取り出しカウンターの上に置いた。


「あぁ、そうなの。

天気予報で言ってた?なら、大助かりかな。一杯飲んで、雨が上がるのを優雅に待つとするよ。金曜の夜だし、ね。」

コトリと音を立てて目の前に出されたカクテルに、男は驚いた顔で店主を見上げた。


「White spiderでございます。」

「え?まだ、注文してないけど。」

店主は静かに頷くと、柔和な笑みを浮かべて見せた。


「いいえ。これは物語なのです。ここにいる間。気まぐれにここに立ち寄った雨雲が、気まぐれにここを立ち去るまでの。一幕にも満たない物語なのです。そして、これは、この物語につけられた、かわいらしい副題なのです。貴方の為の副題なのです。」


突拍子もない事ではあるが、確信を持つ声で語る店主の言葉は、男の頭の中へと有無を言わさずに飛び込んできた。

まるで、灰色の世界に、白い筆で絵を描くように。あるいは、黒い筆で絵を描くように。きっぱりと、はっきりと。

未知の台本が、男の唇に台詞を語らせる。


「物語?副題?」

男の疑問を置き去りに、店主が次の台詞を読み上げる。

「蜘蛛は、お好きですか?」


蜘蛛。蜘蛛。


男の頭の隅を、八つ足で赤い目玉をぎょろりとさせる、不気味な虫がさわり、と這いずった。


男は思わず身震いをすると、頭に浮かんだ蜘蛛を払いのけるように、頭をふった。

「蜘蛛?好きじゃないなぁ。

俺、虫全般、苦手なんだよ。都会育ちだからさ。

特に、蜘蛛は・・・。蜘蛛自体も苦手なんだけと、特に蜘蛛の巣が駄目。

見えにくいから、間違って突っ込んだりすると、髪の毛とか顔とかにべっとり貼り付くだろ?

洗わなきゃ落ちないし、一度洗っても、なんか落ちた気がしない。

いつまでも、絡みつく感じが残るのが嫌だな。」


店主は、嫌悪の表情で蜘蛛が、蜘蛛の巣が嫌いだと語る男をまじまじと見ると、くつくつと笑いながら、言った。

「けれど、立派な網をはっておられる様子。それは、お客様が編んだ網ではございませんか。」


店主の言葉に、男はぎょっとした顔をすると、そわそわと肩口あたりをはたきながら言った。

「網?なにそれ?蜘蛛の巣ってこと?

何かついてる?」

ぱたぱたと肩口や背中をはたく男に、店主はさらに言葉を重ねる。


「お客様が張ったでは無い・・・。それでは、あなたは、捕縛された獲物なのですか。」

「獲物?捕縛?ちょっと、俺、蜘蛛が苦手だっていってるでしょ。

マスター、勘弁してよ。」


男は店主の視線から逃げるようにカウンターに目を走らせると、古いカウンターには馴染まない、長方形の携帯電話を見つけて、ほっとしたように息をついた。

「あれ、アンテナゼロじゃん。ここ、携帯使えないの?」

起動させた携帯の画面に、男は軽く眉間にしわを寄せた。


「えぇ。隙間にございますもので。」

「まじで?参ったなぁ。」

「なにか、お約束でも?」


男は携帯から目をあげずに、画面の上に指を滑らしながら答える。

「いや、そういう訳じゃないんだけど。ほら、なんか、つながってないみたいで、落ち着かないじゃない?」


「つながる?何に?」


「う~ん、友達とか?知り合い?格好良く言うと、世界かなぁ。」

男の言葉に店主は納得したとばかりに頷いた。

「成程。道理で、網の端が見えないと思った。人の子には随分大きすぎる網だと思いましたが、世界、其の為でしたか。

ところで、それは、本当に繋がっているのですか?」


店主の言葉に、男は画面から目をあげると、少し小馬鹿にしたように言った。

「あれ、バーテンさん。SNSってしたこと無いの?

今時、珍しいなぁ。大丈夫?世界から取り残されてない?」

男の言葉に、店主はしれっとした顔でこたえた。

「問題ありません。私の世界は私にはじまり、私におわるので。

私が世界の一部を置き去りにすることはあっても、世界が私を取り残すことはありません。」

「おぉ~!唯我独尊って奴?

でも、それじゃ、友達少ないでしょう。寂しい人って言われない?」

男の最後の台詞に、終始、自信たっぷりだった店主の顔が、僅かばかり陰った。

「・・・多い必要があるのでしょうか。」

やや、唇を尖らせながら答える店主に、男はしてやったりと笑うと、余裕を取り戻したようにカクテルに唇をつけた。

「多いに越したことないでしょ?

ん?へぇ。」

「如何でしょう。お口に会いましたか?」

「あぁ。初めて飲むけど、爽やかな感じで、嫌いじゃないかな。うん。」

男は携帯を片手で弄りながら、カクテルを飲み干すと、ぱっとたちあがった。

「じゃ、ご馳走様。」

「雨はまだやんでおりませんよ。」

男は扉と携帯を交互に見やると店主に言った。

「う~ん。でも、やっぱ、携帯つながらないと、なんだかねぇ。

まぁ、駅までもうちょいだし。ありがとね。」

店主はそれ以上は引き留めず、男に会釈をすると、扉の前の傘盾を指示しながら言った。

「それでは、お気を付けて。もし、よろしければ、そちらの傘をお持ちください。」

店主の言葉に、男はぱっと笑顔になると、傘盾から傘を抜いた。

「ほんと?そりゃ、助かるよ。じゃぁ、借りてくね。」


男は扉をあけると、ぱっと傘を開いた。

埃と蜘蛛の巣まみれの傘は、男が天に掲げると、はらはらとその網を男の肩に背に降らす。


けれど、男はそれに気が付く様子もなく、背景の世界へと溶け込んでいった。

カラン、カランとカウベルが鳴り、物語の終わりを告げる。

店主は閉まる扉の隙間から、灰色の世界に溶け込んていった男の背中を追いながら物語を締めくくる台詞を呟いた。


「お気を付け、下さいませ。

蜘蛛の糸は存外弱い。雨粒にうたれて切れることもありましょう。

どうか壊れた網の端から、おとして、おちて、しまいませんように。」


「あれれ?ここに置いてあった傘知りません?」

不意にあらわれた、エイは空っぽになった傘盾を覗くと、主人へと声をかけた。

「雨が降っていましたので、お客様に差し上げました。」

主人の言葉にエイは目を剥く。

「えぇ?!差し上げたって、ご主人様。

あれは、倉庫から引っ張り出したまんまでして、埃まらけの蜘蛛の巣まらけ。

人様、ましてお客様に差し上げられる代物ではございませんよ。」

「そうですか。気にせずさして帰られましたが。」

主人のこたえに、エイはますますぎょろりと眼を剥いた。

「えぇ?まじでぇ?」

「えぇ。まじでぇ。」

店主はふっと笑うと、言葉を継ぎ足した。

「今更、ちょっとやそっとの蜘蛛の巣は、気にもならないのでございましょう。

あれだけの蜘蛛の巣を持っておいででは。」

そう言うと、店主はふっと、鼻梁を曇らせる。

「・・・それよりも、エイ。私は友達が少ないでしょうか。

友達が少ないと寂しい人なのでしょうか。」

珍しい主人の弱気な発言に、真面目な顔に戻すとエイは重々しく答えた。

「(少ない、というよりもいないでしょう。)

こほんっ。友達も何も、ご主人さまは、闇の王でございますよ。王さま。

友達とかそういう次元で語られる存在ではございません。

総べる人。唯一無二の人。孤高のお人。

民人とは一線を画した存在。唯一無二の愛はなくとも、万の民の愛を受ける存在。」

エイの言葉に、主人は機嫌を良くすると、つんと顎をあげて満足げに頷いた。

「そうか。そうですよ。よくぞ申した、エイ。

愚かではあるとは思っていたが、愚かものにも違えることのない真実、それが私。

そう、万の民の愛を受ける唯一無二の存在が私。はっはっは!

寂しくなんかなんだぞ!」

主人の笑い声を聞きながら、エイはやれやれと肩を竦めた。

「傲慢なんだけど、ナイーブだからなぁ、ご主人様は。扱いやすいような、扱いがたいような・・・。」


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