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あるいみ、魔王城   作者: 団楽
4/6

CHERRY BLOSSOM

今宵、Black Cladleに訪れるお客様は、桜の君でございます。

美しくはかない桜の君は、どんな物語を紡がれるのか。。。


はらりはらりときみがまい

せかいはひたすらきみのいろ

薄紅のあわのせかい

こよいひとときをえいえんに


はかないきみはきょうぼうに

このこころをこいくるわす


あぁ

ねがわくば薄紅の

こいしいきみのうでのなか

こいしきみのいろのなか・・・


「桜は満開、月はまんまる。まさに花見日和の夜ですわい。

こんな気持ちの良い夜は、みなみなさまあいうちあわせて、花の下で宴会でしょう。うっすら寂れた路地裏のバーに足を運ぶ酔狂な御仁などおりゃしませんて。

こういう夜は店をしめて、勤労の従業員を労わるべく、花見酒へと誘う粋な、雇用主がいたら、いいなぁ。」


エイはちらりカウンターの中に目をやりながら、大きすぎる独り言を呟いた。エイの言葉に主は細い眉をくいっとあげると、馬鹿にしたため息をついた。


「お前の頭は飾りかい?その不格好な頭の中には、豆腐でもつまっているのですかね。こういう夜にこそ、こういう夜だからこそ、おいでになる方もいるでしょうに。」

「はて?どなた?」


エイが小首をかしげると、その疑問に答えるようにカウベルが静かに鳴り響いた。

春の温い夜風とともに、薄紅の着物をまとった美しい女性が店内へと滑り込む。その姿を目にとめるとエイは途端に相好を崩した。


「おぉ、吉野様ではございませんか。ご無沙汰しておりますが、相も変わらず狂うようなお美しさ。美に香るような吉野様のご来店で、この寂れたバーも途端、華やぐ気がします。あぁ、至福、眼福。ささ、こちらに。」


エイは吉野の手をとると、玉座に案内するがごとく、壊れかけたスツールへと吉野を案内した。

吉野はカウンターに肘をつくと、店主をしげしげと見てから小さくため息をついた。


「こんな季節に、こんなとこしか来るとこがないなんて、いやんなっちゃう。不機嫌なナルシスト相手じゃ「咲きがい」もないってものだわ。」

いきなりの吉野の暴言に、男は涼しい顔で答えた。


「「こんなとこ」とは失礼な。それに、僕はナルシストではなく、リアリストなのです。僕が美しいのは世界の理なのですから。それより、も。夜空はすみきり、月は満ち、花は満開、白吹雪。こんな宵に、こんなところで、あなたは何をしているのですか。」

「あら。うふふ。あなただって「こんなとこ」って言ってるわよ。でも、そうね。こんな宵が、わたしの世界だったのは、過ぎ去りし過去の栄光ってところかしら。“みるものが、いなけりゃ、咲けぬが、花の狂気”、よ。いつもの、頂戴。」


硝子の触れ合う音と、水音、シェーカーの触れ合う音が静かに店内を染める。吉野はその音を楽しむように、そっと瞼を伏せた。


―コトン


「Cherry blossomでございます。」

男の言葉に吉野は伏せていた瞼をあげ、カクテルグラスに目をやると、薄っすらとほほ笑んだ。


「えぇ。これよ。これが、私のいろ。」

吉野の白い指先がカクテルグラスを持ち上げると、カクテルの濃紅色が、白い指にうつりこみ、指先を薄紅色に染め上げた。


「これが、わたしの色。綺麗で怖い、怖くて綺麗。恋焦がれ、狂ったこころが流した血の色。だから、私は薄紅に染まるの。清純なのに禍々しい。狂った心をさらに狂わす薄紅色。」

吉野は一口カクテルを飲むと、小さく吐息をついた。


「そう。これが私の味。甘くて苦い、苦くて甘い恋の味。」

吉野はカウンターにグラスを戻すと、濃紅を満たすカクテルガラスを見て、どこか寂しげに微笑んだ。男は、面白いものでも見たとばかりに、口元を歪めると、物思いにふける吉野に声をかけた。


「なんだか・・・ふけましたね?」

男の言葉に、吉野はぱっと顔をあげると、男を睨み付ける。


「失礼な男だね!あたしに向かってふけるなんて。わかってない。わかってないよ、この信性ナルシストは。ふけるまえに散るのがあたしさ。枯れるより先に散るのがあたし。

だから、ひとはあたしに恋する。刹那の美に恋焦がれ、刹那の時を哀しんで、刹那を永久にと熱い視線であたしを染めあげながら、恋に狂い、狂い恋する。だけど・・・」


吉野は一端言葉をきると、自嘲するように首をふった。

「だけど、もう、それも御終い。昔話。

今じゃ、すっかり、変わっちまった。やれ、携帯だ、やれ、デジカメだ。ぱしゃぱしゃ、ぱしゃぱしゃ、とりやがって。

硝子ごしの視線じゃ熱さもないやね。デジタルのゼロとイチじゃ、狂気に染まった美はうつせやしない。

人はあたしを見なくなった。人は刹那を見るのではなくて、紙の上にうつった影で満足するようになった。人は、もう。あたしに恋しない。愛することはするのだろうけど。愛じゃ染まれない。愛じゃ狂えない。」

吉野の言葉に、男は細い顎をつまむと、ふむと頷いて見せた。


「進化と言う奴ですよ。時代がかわれば、人もかわる。花の季節に心惹くものは、なにも花だけではなくなりました。面白いものが、綺麗なもの、目新しいものが、日替わり秒刻みで特売される時代です。風景は目まぐるしく変わり、時は駆け足で行き過ぎる。

だから昔のように、時を忘れて花の下に立ち、我を忘れて花を心に満たすほど、時間の余裕も心のゆとりも無くなった。

そこで人は進化して、目も心も、優秀な外部機器と大容量保存可能なメディアに預けることにしたのですよ。とりあえず、大量の情報を収集して、保管して、安心して、忘れる。」


吉野はしたり顔で解説する男をにらむと、ぐぃっとカクテルを飲み干した。

「いやな男。女にはねぇ、根拠のなく、そんなことないよって、慰めて欲しい夜があるんだから。」

「慰めましょうか?」


色気たっぷりに微笑みながら、腕を広げる男に、吉野はからからと笑うと、少女のように清純な、けれど、遊女のように妖艶な微笑みを浮かべて見せた。

「悪い男。いらないわ。いらない。あんたからは、この一杯でもう充分。」


「これから、どうするのですか?」


「花は咲いたら散るものよ。振る相手は随分前にちってしまっていたけれど。恋焦がれていたのは、あのひとじゃぁなくて、あたしだったのかもね。

沢山の人々の視線にあの人の視線を探しながら咲いてはいたけれど。あの焦げるような視線があたしを染めることは二度と無い事に気が付いてしまったから。今宵を最後のはなにして、潔く散ることにするわ。

だけど、どうしてかしら。不思議と、満たされてるのよね。

焦がし、焦がれて、咲き続け。降り積もったはなのひらに、花は散れど、想いは積る。

そんなことを知ったからかしらね。なんだか、無性に・・・。

あぁ、これが愛しいってことなのかしら。」

「さみしくなります。」

ぽつりと男の唇が紡いだ言葉に、吉野は少しだけ目を見開くと、嬉しそうに笑って見せた。


「あら、殊勝。あんたにも、可愛いところがあるじゃない。

嬉しいねぇ。花は惜しまれるから、さらりさらりと散れるんだ。今宵、ここに来てよかったよ。

潔く、美しく、あたしらしく、散れそうじゃないか。」


吉野が言葉を紡ぐたびに、その体は小さな花弁へと姿をかえ、いつしか店内は、百本の桜が散ったかと思えるほどに、白い花弁で埋め尽くされていた。



「はぁ、なにやら、切ないですなぁ。

でも、意外だなぁ。ご主人様やロメオの旦那のお誘いも袖にしたっていう、あの誰にも靡かぬ吉野様に、実は思い人がいたなんて。」

エイの言葉に、男は昔を見るように少し遠い目をして呟いた。


「大悪党がいたんですよ。花に恋狂い、花を恋狂わせた。

“はらりはらりときみがまい  せかいはひたすらきみのいろ

薄紅のあわのせかい

こよいひとときをえいえんに 

はかないきみがきょうぼうに 

わたしのこころをこいくるわす


あぁ ねがわくば薄紅の こよいひとときのあわのせかい

こいしいきみのうでのなか、こいしきみのいろのなか・・・“」

不意に言葉を切った主人に、エイが先を促した。


「恋しい君の腕の中、何なのですか?その願いとは?」

「さぁねぇ。死を願ったのか、永久を願ったのか。恋を願ったのが、君を願ったのか。

吉野は教えてくれませんでしたよ。

その言葉はあたしだけのもの・・・だってね。」

男はカウンターの空になったカクテルグラスを摘みあげた。そこにも白い花弁が降り積もり、グラスの底に残った、カクテルを吸い上げ、白から薄紅へと色を変えていた。


「狂った男の言葉になんて、興味はありませんが。

ただ、百年ものの恋の狂気とは酷く綺麗な色ですねぇ・・・」

男はそう言うと、くるりとカクテルグラスをひっくり返した。グラスに積もった花弁が降ると、白かった店内は、そこから侵食されるように薄紅色に染め上げられた。


「さ、エイ。綺麗にしておいてくださいね。」

「え?!こ、これを、一人で?ですか?」

抗議の声を無視して店の奥へと引っ込む主の背中にエイは深々とため息をつくと、改めて店内を見渡した。


「恋は当人らには美しかれど、跡片付けをするものには、ただただ災難・・・。」


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