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あるいみ、魔王城   作者: 団楽
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二杯目 その名の意味は・・・

カランカランと小気味よくなるカウベルの音とおもに、店内へと身を滑り込ませた小男はバーカウンターの奥に主の姿を認めると、恭しくお辞儀をしながら、先ほど郵便受けから取り出した手紙を差し出した。


「ご主人様。税務署からの通知状にございます。」


男は聞こえているのか聞こえていないのか、見事な意匠のグラスをせっせと磨いている。小男は、腰をのばすと、芝居がかった仕草で肩を竦めて見せた。


「あぁ、かつては、世界の半分を総べた我らが闇の王国。その居城や、掃除夫を何人雇っても、年の暮の掃除が終わったと思ったら、年の暮が来ているとほどの壮大さ。城だけではありませんぞ。毎年行方不明者数千人、かつて勇者も遭難したと言う、複雑奇怪、意匠にとんだ巨大庭園。それが、今では・・・あぁ、無念。あぁ、無情。我らが闇の王国は都会の片隅、隙間の狭間で青色吐息。城といえば、10坪にも満たない、小さなぼろいバーを残すのみ。庭園?カイワレ育ててる、窓際のプランターを庭園と呼んでも良いでしょうか。あぁ。ああぁ。諸行無常、盛者必衰・・・はて、沙羅双樹とはどんな樹か。」


男は、ようやく小男に向き直ると、グラスを丁寧に棚へ戻し口を開いた。


「沙羅双樹とはフタバガキ科の常緑高木で、白色の花をつける樹です。しかし、平家物語ではとなると、ナツツバキのことですね。教養を身につけなさい。

それにしても、使い魔エイ。無い物ねだりはむなしいだけです。嘆いてばかりいると、薄い髪がもっと薄くなりますよ。良く生きるには、今在るものの良さを見つけられる、度量の広さが肝心です。

御覧なさい。こぢんまりとした、いい城ではないですか。掃除も楽ちん、隅々にまで目が届く。気の遠くなる草むしりもしなくてよい。ぼろいのではなく、アンティーク。使い込まれて、味わい深い。」


男は、そう言うと長い腕を優雅に広げ、こぢんまりとしたいい城を抱きしめるような仕草をしてみせた。エイは主人のその姿にため息をつくとぶちぶちと口の中で呟いた。


「こじんまり?アンティーク?確かに物は言いようだが。使用人部屋一つ用意できず、わたしゃ毎日、店で寝泊まり。座れば軋む椅子6つ。コインを置けば、ころころ転がるカウンター。度量も何も、つきつけられた現実には、尻をまくって裸足で逃げ出しましゃぁ。しかし、再就職を考えようにも、デフレ、不景気、失業率は刻一刻と上昇中。年も年な中年男。技能と言えば、召使。就職口などありゃせんさ。弱者に厳しい資本主義。」


男は細い眉をくいっとあげると、エイをみる。エイは慌ててとりつくろったように、咳払いをすると、今度こそ主人の目に入るようにと恭しく手紙を捧げ持った

「ご主人さま。確かに、こじんまりとした良いお城結構でございます。そして、その小さなお城をに対する、細やかばかりのみかじめ料をよこせと、税務署殿からお手紙が来ておる次第でございます。」


男はエイの手から手紙を摘みあげるとと、表書きを読み、裏返し、灯りに中身をすかし、中の手紙を裏から読んだり、ひっくり返して読んだり、十分に検分をしてから言った。


「うむ。確かに。どう見ても、どう読んでも、そのような書類としか言わざるを得ない代物ですね。さりとて、無い袖振れません。袖が無いなら、新しい衣に衣替えする時期なのでしょう。」


男の言葉に小男はがっくりと項垂れた。


「また・・・・ですか。掃除は楽になっても、こう引っ越しが多くては・・・・。一年の半分以上を二詰荷ほどきに費やしている気がしてまいります。ここはひとつ、ご主人様の後生大事にされている、そのアンティークの器のいくつかを売却し、定住を目指しませんか。」


男は一瞬ぎょっとした顔でエイを見ると、さりげなくカウンターの後ろに並べられた秘蔵のコレクションを護るように立ち位置を変えて言った。


「私、常々思っていたのですが、このテナントは床の軋みも酷いし、椅子はがたがただし、カウンターは傾いているし・・・いいかげんうんざりしていたところです。」

「こじんまりとした、よい城なのでは?」


エイの言葉に男は、鳥肌が立つような笑みを浮かべると手紙をぴりぴりと紙吹雪にして言った。


「心とは移ろいやすいものです。地位よりも物事よりも移ろい変わりやすいのは、人の心なのですよ。さぁて、次はどこへ参りましょうか。」


エイは深々と頭をさげると言った。


「どこへなりとも。ここは闇の揺り籠でございますゆえ。心がうまれ、心が微睡み、心が還る。煌々と明るい現に疲れた心があるのならば、虚構の闇は柔らかく甘くお客様をお迎えせねば。どこへなりとも参りましょう。咽るほどに甘く、息が詰まるほどに柔らかい、闇の揺り籠は参りましょう。」


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