1 月野光登場
今日、私、宮坂あかりのクラスに、転入生が来た。
月野光―――
それが、その女の子の名前。
きれいなストレートヘアを揺らして、眼鼻立ちがぱっちりしていて、でも無表情で、とても同い年とは思えないほど、大人びている。
そして、何処かつめたいその瞳は、何かを知っているようだった――。
「あーかりっ!」
友達の明るい声で、私ははっと我に返った。
「あ」
「もう、何ボーっとしてんの!次体育だよ。はやく!」
「そっか、そうだった。ごめんごめん」
私はいそいそと体育着を用意しながらも、頭ではあの子――月野さんのことを考えていた。
あの子は、何なの?というか、私はなんであの子が気になるんだろう…?
でも、月野さんのことが、気になって仕方ない。あのちょっと不思議な瞳のせい?大人びたたたずまいのせい?…どれも、違う気がするのはなんでだろう?
教室を見回すと、月野さんはひとり、席に座ってうつむいている。
きれいな瞳は、やっぱり透き通っていた。
◆◇◆◇◆◇
「月野さん!」
「なんか無口みたいだけどさ、どっから来たの?」
「ねえ、好きなアイドルは?」
「なんて呼べばいいー?」
昼休み、月野さんの席の周りには、たくさんのおしゃべりな女子たちが群がっていた。ざっと7,8人かな。
自分の席で本を読んでいた私は、そちらに聞き耳を立てる。
いろんな質問は聞こえるけど、月野さんの声はしない。無視してるのかな…。
「ちょっと、何か言ってよー」
「無視しないで」
女子たちの声は、月野さんへの質問から、何も反応しないらしい月野さんへの批判に変わっていく。
それでも月野さんの声はしない。
「ちょっと、どういうつもり?」
「何か言ったらどうなの?」
あの手のおしゃべり女子たちは、短気だ。案の定女子たちの声はトゲトゲした荒いものになってきてるし…。
すると、ふいに月野さんが立ち上がった。
一瞬にして、あたりがしずまる。
そして、月野さんの小さな声が聞こえる。
「貴様らと話をする意味がない」
あっけにとられた女子たちをよそに、月野さんはスタスタと教室を出ていく。
うわ…なんか、怖いし…。あんな気の強い子だったんだ?
「はあ?!意味分かんない!」
「なにあの子!?」
「てかさ、あーいうのが一番ないよね」
女子たちは怒りをあらわにして散り始める。
まあ、そりゃ怒るわな…。
「あかりぃぃ~~~」
数人の友達がやってくる。私と同じ、さきほどの出来事を見ていた子たち。
「こ、怖いよね、ああいう子……うちちょっと関わりたくないわ~」
「だってさ、いきなり『貴様』だよ?」
友達の文句に、私はなんとなく苦笑いする。
なぜか、本当になぜかわからないけど、あの月野さんをけなすことができなかった。
◆◇◆◇◆◇
「最悪ぅ~!なんで今日美術室掃除なわけ?!」
掃除の時間、私はけだるそうなあまり仲のよくない班の女子と、美術室へ急いでいた。
この女子はあんまり好きじゃない。ふだんの生活からして、きっと掃除なんて全然しないで、美術部の友達としゃべってるだけだろう。
私が美術室のドアを開けると、中にいた数人の美術部員たちがふりむいた。
なんとなく知っている人たちだけど、仲がいい子はいない。
「あー澄香!」
「ちょっとこの子のグチ聞いてやってよ(笑)」
「はあーっっ何それぇ」
同じ班の女子は、さっきの面倒くさそうな姿とはうってかわって、友達の方へ駆けて行った。
ほらね。やっぱり。
私は仕方なく一人で掃除を始める。
◆◇◆◇◆◇
掃除が終わると、まだそんなに時間はたっていないはずなのに、空はもう夜の気配を帯びていた。
さあ、早く帰ろう…。
急ぎ足で美術室を出ると、前方に人影が見えた。
月野さん、だった。
彼女のことはまあ気になるけど、今は早く家に帰りたいので知らんぷりしようとすると、
「おい」
…声をかけられた。
「え」
「ちょっと…来い」
「は?」
この平凡なただのクラスメート・宮坂あかりに何のご用でしょうか、月野光さま?