第一章 二段
「ただいま」
「実乃おかえり。夕飯、出来てるよ」
「ありがと」
実乃里が帰宅すると、利乃華は部屋で仕事をしていた。姉である利乃華は、千里乃華として活動している職業作家である。いつも家にいるというわけではないが、基本は家にこもりっぱなし。だからといって家事を率先してやるというわけでもなく、仕事に煮詰まると一気に家事をするという生活を送っている。
「ねぇ、新しい部屋、見つかった?」
「んーまだ」
利乃華が作った親子丼を温め直しつつ、サラダを盛り付けながら実乃里は少し鬱陶しそうに答えた。結婚が決まってからといもの、利乃華はこの質問をほぼ毎日している。早く決めてもらいたいという気持ちは分かるが、そう簡単に決められるものでもない。実乃里は親子丼をどんぶりにたっぷり入れると、賑やかしにテレビをつけた。夕飯がまだだったのか利乃華も自分の分の親子丼とサラダを持ってテーブルにつく。二人揃って夜のニュースを流し見ていると、実乃里はふと一人ぼっちのような感覚に陥ることがある。こういうときは、何も考えず話すのが一番だ。
「今日ね、いつも行ってる書店さんのバイトの子からルームシェアに誘われた」
「あっそ」
「でも、断った。だから、振り出し」
「あっそ」
利乃華は選挙ニュースを見ながら上の空で返事をした。彼女にとって妹の身の振り方など、どうでもいいようだ。もしくは、自分の結婚や引越しの準備で頭がいっぱいなのか。
夕飯を食べ終わると、実乃里は風呂に入るために脱衣所に向かった。一方利乃華は、原稿の残りをするためにコーヒーと買い置きのビスケットを持つと部屋に帰っていく。彼女たちの生活はいつもこんな感じだ。
実乃里は張ってあるお湯に体を付け、ふぅっと体の力を抜いた。温かいお湯に浸かり、ボーっとする時間が、リラックスする時間だ。彼女にとって家はリラックスする場所であり、間違ってもルームシェアなどして気を遣って生活する場所ではないのだ。
「明日、正式に断ろう。利乃ねぇとの生活だって、こういう生活スタイルだから何とか成り立ってるってだけだし」
そう呟くと、湯船から上がってパジャマに身を包んだ。姉は専ら家で仕事をするからか、風呂上りでもジャージかスウェットを着ていることが多いが、実乃里は外と中を完全に分けたい派なのでお気に入りのパジャマを買ってきては、とっかえひっかえに着ている。
風呂上りに一杯のココアをカップに作って、それを飲みながら買ってきた本を読むのも彼女の日課だ。たまに利乃華の原稿を読ませてもらうこともあるが、今日は締め切り間近の原稿に掛かりきりのようだから、それはないだろう。
こうやって、二人姉妹の夜の日常は静かに終わっていく。