魔王軍長老カインの憂鬱(上)
パロネタが多いので嫌いな方は注意ください。
「さて、第1035回目の魔王殿御前会議をここに開く!」
ざわめく周囲。
それはそうだろう。本来、この会議は魔王の下に開かれる物だ。
しかし、その魔王は死んだ。いないのだ。
訝しげな視線を向けてくる4人を、白髪の長老カインは鋭い眼光を持って諌めた。
「皆の言いたい事はよく分る。魔王様亡き今、御前会議を開くのはいかがな物か、という事じゃろう」
この場に居る4人は、魔王軍4天王と呼ばれる強大な魔族達だった。
炎を統べる王、エルターク。
大気を凍らせる女王、シャナ。
海を従える王、ダイダックル。
そして狂乱の貴公子、ノヴァ。
本来、御前会議は魔王の招集によって開かれる。
たとえ実際はカインによって運営されてきたと言っても、
建前としては魔王の意向によって開かれてきた経緯がある。
軽々しく魔王の存在を無視して良いわけがない。
特に今は状況が状況だ。
魔王亡き後の魔界の主導権を、カインが握ろうしていると疑われても仕方が無い。
その事はカインも重々承知しているのであろう。
眉間に深い皺を寄せると、皆を納得させるために魔王の最期の言葉を伝え始めた。
「皆の衆。我らが魔王様は、偉大な方であった……」
カインの言葉に、4天王はそれぞれ思いを馳せた。
「クックック……あれほど凶悪な魂を、俺は他に知らねえ……!」
エルターク。最も凶悪な魔族。
その禍々しい魂は、魔王の持つ混沌な魂と惹かれあっていた。
「得難きお人どした。あの方の後継ともなると、えろう苦労しはるやろうな」
シャナ。最も冷酷な魔族。
魔王の死も、彼女にとっては状況の1つに過ぎないのかもしれない。
「我輩を従えるとしたら、魔王様の他にはおらぬ。もっとも、我輩も魔王様以外に仕える気は無いんじゃがな」
ダイダックル。最も貪欲な魔族。
海の王を名乗る彼の尊大さは、魔王を除けば魔界でも1番だろう。
「それで、カイン様。最も魔王に近き人よ。この会議の議題は何でしょうか?」
カインを「最も魔王に近き人」と表現したノヴァ。
それに気付いた他の3人は、ジロリとノヴァを睨む。
ノヴァは他の3人と違い新参者であり、元々はカインの部下であった。
そんな事もあり、ノヴァは4天王の中でも微妙な立場にあるのだ。
ノヴァは3人の視線に気付きながらも白々しく無視した。
議場を静かな緊張感が包んでいく。
ピリピリとした4人に対し、カインは辟易とした。
彼自身は、魔王の後継者争いをするつもりは無い。
誰だろうと、次代の魔王を継ぐといいだろう。そう思っている。
ただカインには最後の仕事が残っている。
魔王の残した言葉を4天王に伝える仕事が。
「我らが魔王様は偉大で、強大で、そして酔狂であられた。皆の衆、覚えているか? 我らが初めて魔王様と謁見した時の事を」
カインの脳裏にまざまざと甦る記憶。
当時、最強の魔法使いの名を有していたカイン。
若く荒々しいエルタークとダイダックル。
まるで魔王の首を狙うかのような、獰猛な瞳をしていたシャナ。
(ノヴァはその時はいなかった)
その4人を前にして、魔王は宣言した。
「ただの魔族に興味は無い! この中に、転生者、反逆者、性別反転した奴が居たら私の所まで来なさい! 以上!」
そして議場をとっとと去って行った。
静まり返る議場。
誰も何も言わない。というか、何をしていいのかすら分らない。
ややあって、魔王の腹心に任命されていたカインはエルターク達に向かって言った。
「え? 何これ。この後、ワシが纏めるの?」
3人は何も言わなかった。ただ無言でカインを見つめた。
その日からありとあらゆる問題がカインに任された。
御前会議の運営に関しても、カインに一任された。
何もかも、みな懐かしい……。
思い出から立ち返り、カインはエルターク、シャナ、ダイダックルを見る。
3人もまた懐かしい記憶を思い出していたようだ。
「魔王様は凶悪で……そして、理解不能だった。クック……笑えねえ」
「あのお人と同じ人は、2度と魔界には生まれへんやろうなぁ」
「ち、力は凄かった! 誰も敵う事が無かったじゃろう!」
「それじゃー何時も通り進行お願いします、カイン様」
ノヴァの言葉に肯くと、カインは会議を再開する事にした。
「この会議の目的は、次の魔王を決めることである」
瞬間、4天王に緊張が走った。
何か言おうとする4人を制しながら、カインは矢継ぎ早に言った。
「なお、後継者選別に当たって、魔王様の遺されたお言葉がある!」
ごくり、と誰かの喉が鳴る。
次代の魔王。その指名が、前魔王によって既に為されたいた!
自分が選ばれれば良い。
だが、もしも他の誰かが選ばれたとしたら。
……そんな事でも考えているのだろうか、とカインは推測した。
「魔王様はこうおっしゃられた。勇者を倒すには、まず勇者の意表を突く必要があると」
つまり頭の良い奴が魔王に選ばれるのか? とエルタークは考えた。
ちらりとシャナを見る。
いけすかない女だが、頭のキレは4人の中でも一番だろう。
もしくはカインの爺さんか。どちらにしろ、いけすかない事には変わりが無い。
シャナはノヴァを見た。
ノヴァ自身は隠しているが、彼の謀略家ぶりは見事な物だ。
あるいは、やはりカインとノヴァは手を組んでいるのか?
疑心暗鬼が彼女を包む。
ダイダックルは気にしなかった。
誰が魔王に選ばれようと、従う気は無い。
我輩を従えられるのは、前魔王様のみ。
我輩は自由、こざかしい後継者など鼻で笑ってやるんじゃ!
ノヴァはじっとカインを見つめていた。
その瞳は透明で、何も映していなかった。
4人のそれぞれの反応を見ながら、カインは沸き上がる苦痛を感じた。
今からこの4人はどんな顔をするだろうか。
だが言わねばならぬ。
それが、魔王様の意思であるなら……。
「勇者の意表を突くために、魔王様はこうおっしゃられた。『次の魔王は小学4年生』だと」
空気が凍った。
カインは沈痛な表情で瞠目していたが、ややあって4人に視線を向けた。
エルタークと目が合った。
(クック……おいどーすんだよこれ?)
(知らん知らん! ワシは伝えるのみ。後は次代を担うお主達の仕事じゃ!)
目と目で会話するカインとエルターク。
エルタークはカインに会議を纏めるように求め、カインはエルターク達に丸投げしようとする。
切実なやり取りだった。
そんな中、海を従える王ダイダックルがぽつりと呟いた。
「そもそも……小学4年生ってなんじゃあ?」
「うむ。齢10歳くらいの童の事じゃ。ちなみに魔王様は女子を所望されておった」
女子という言葉に、大気を凍らせる女王シャナが反応する。
「じゃ、じゃあうちがやろうか?」
遠慮がちに手を上げるシャナ。
それに対し、狂乱の貴公子ノヴァがするりと言った。
「シャナ様。痛いです」
「痛いって何よ!?」
シャナは今年で332歳である。
小学4年生をやるのは正直厳しい。
「……クックック、魔王様は、他に何か言っておられなかったのか?」
縋るような目で聞いてくるエルタークに対し、カインは天を仰いだ。
他の言葉が無い……のでは無い。
有る。魔王が残した言葉は、他にも有る。
有るには有るが、無かった方が良かったかもしれない。
「エルタークよ……。有る。他の言葉は有るんじゃ……」
言外に、聞くのを踏みとどまって欲しいとの願いを込めながらカインは言った。
しかし「これ以上悪くなることはねーよ」とでも思っているのだろうか?
エルタークはジッとカインを見つめる。早く話せ、とでも言いたげな表情だ。
仕方なく……本当に仕方無く、カインは伝えることにした。
「では……。次代の魔王は、ダイダックル――」
ざわりと空気が動く。
えっ? 我輩? とキョロキョロと視線を彷徨わせるダイダックル。
その希望を打ち砕くように、カインは言葉を続けた。
「……の息子達。ダイダックルが魔王軍に処刑された後、ダイダックルが世界のどこかに隠した秘宝を探す子孫達。それが次の魔王じゃ」
「我輩、息子なんて居ないんじゃけど!? 秘宝って何!?」
絶叫するダイダックル。
1人ノヴァが、冷静に聞いてきた。
「なんでダイダックル様は処刑されるんです?」
「うむ。魔王軍のひた隠しにする歴史の真実を世に広めようとしたからじゃ」
我輩は無実じゃ~! と絶叫を続けるダイダックル。
その叫びを魔法でシャットアウトしながら、シャナはカインに問いただした。
「魔王軍が歴史の隠蔽? そんな事、うち初めて聞いたけど」
「ワシも初耳じゃわい」
カインは吐き捨てるように言った。
歴史の隠蔽など、無い。前魔王のただの狂言である。
何かに期待していたのだろうか。エルタークは落胆した表情だ。
エルタークはどこか疲れたような表情で呟いた。
「クックック……理解できねえ……! 俺には魔王様の言葉が理解できねえ……!」
だから言いたく無かったんじゃ……。
悄然とするエルターク。
カインは達観した表情でそれを見つめた。
そんな中、ノヴァだけは冷静に何かを考えているようだった。
「カイン様」
「なんじゃ、ノヴァ」
「魔王様の残した言葉は、これで全部ですか?」
その問いに、カインは苦虫を噛み潰したような表情をした。
実は有る。最後にもう一つ、有る。だが言いたく無い。
どこか渋りながら、カインはノヴァに問いただした。
「どうしても聞きたいか?」
「はい。それが魔王様の残した言葉であるのなら」
カインはしばし、天を仰いだ。
そして何かに耐えるようにしながら、言った。
「勇者の意表を突くために、魔王様はさらに2つの要素を提案した」
ノヴァが眼光鋭く聞き返す。
「2つの要素とは?」
「1つは、癒しの力。ふふっ、確かに意表は突くじゃろうな」
「なるほど。では、もう1つは?」
「可愛らしい外見、だ。勇者とて人の子。外見で情に訴えれば、うろたえもするじゃろう」
「では、その2つの要素を組み合わせるのですね?」
ノヴァの言葉は核心を突いていた。
あまりに見事に突いていたので、カインは最後まで話してしまう事にした。
「うむ。つまりじゃな、ワシとエルタークがヒラヒラの少女服を着て、ぷりてぃで癒しの力を……」
「オボェ!!」
「うおう! エルタークが吐いたんじゃあ!! 雑巾を持ってこぉーい!!」
ヒラヒラの少女服を着た自分とカインの姿を想像してしまったのだろう。
胃の中身をぶちまけ、ダイダックルに介抱されているエルターク。
だがカインにエルタークを癒す気は起きない。ヒラヒラの衣装が頭を過ぎるからだ。
そんな悲惨な状況の中、シャナがおずおずと聞いてきた。
「あの……可愛さで意表を突くなら、うちじゃダメなの?」
カインとノヴァは無言で視線を合わせると、同時にシャナに向き直り言った。
「痛いじゃろ」
「痛いです」
「だから、痛いって何よ!?」
涙目で訴えるシャナ332歳。
ヒラヒラな少女服も正直厳しかった。
エルタークが吐いたり、それをダイダックルが介抱したり、シャナがいじけたり。
色々な意味で紛糾した会議だったが、混乱は終わらない。
混乱を加速させる使者が議場のドアを強引に開いた。
「お、恐れ入ります! 自分は魔王城護衛騎士団の長、ヴェルドと申します!」
「なんじゃ! 今は神聖なる魔王殿御前会議の最中であるぞ! 控えろ!」
別にこんな会議でそこまで言う必要も無かったが、条件反射的にカインはヴェルドを叱責してしまった。
魔王の腹心たるカインに恫喝され、ヴェルドは一瞬怯んだ。
しかし、意を決したように言葉を続けた。
「非礼の事、重々承知しております! しかし、火急の事なれば、一刻を争うかと……!」
「むう……。ならば言ってみるがよい」
どうせ大した事じゃなかろう。
カインは渋々話を聞くことにした。
この間なんて、魔王の服を手もみで洗うか洗濯機を使うか聞いてきたような連中だ。
まともに相手にすると疲れるだけだ。
「勇者が……!」
「勇者が?」
攻めてきたとでも言うのか?
今代の勇者はいまだ子供であり、村で鼻水でも垂れているはずだ。
前線の情報が撹乱されていたとでも言うのか?
ヴェルドは怖気に負けないためだろう、大声で叫んだ。
「勇者が……勇者が殺されました!!」
なんじゃとぉーー!?
カインと4天王は、鼻水を吹き出しながら絶叫した。
【後半に続く】




