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八 一年生評定

 部活がうやむやのうちに終了してしまった後、俺達一年部員五人は部室に居残り、竹仲さんをお屋形様に据えての評定を催す事となった。


 折りたたみ式の長机を部室中央に置き、右側に俺とリョータ、左側に慎吾とほがらかちゃんが陣取り、竹仲さんを上座に奉って、初めて行う一年生部員のみの軍議だ。とはいうもののその実態は、近所のコンビニで買ってきたお菓子や飲み物を持ち寄っての、和気あいあいとした井戸端会議以外のなにものでもない。


 だがそんな空気に反し、我等の総大将はかなり緊張の面持ちで、落ち着きがないように見受けられた。


「はい、竹仲さんお茶ですよぉー。あとお菓子もどおぞー」

「あ、ありがとうございます……なんだか緊張しちゃって、ちょうど喉が渇いてたんです。頂きますね」


 そんな彼女を見てか、ほがらかちゃんがグラスに注がれた麦茶とポテチ(焼味噌味)を差し出している。さっきコンビニで買ってきた紙パックの麦茶ではあるけれど、その絶妙なタイミングとほがらかちゃんの笑顔が、緊張しきりの彼女を少し和ませたようだ。


「ねぇ竹仲さん。なんでそんなに緊張することがあるのさ?」


 俺はリラックスを誘うつもりで、冗談っぽく聞いてみた。多分俺以外の部員達も、皆そう感じていたはずだ。

 無論総大将と言うものは、それなりの責任がついて回るために若干の緊張を覚えるとは思う。でも今の竹仲さんの緊張振りは、少し度が過ぎているように思えるんだ。


「竹仲はケーイチみたいに図太くないんだよ! きっと繊細で華奢なハートなんだ。な、竹仲!」

「は、はいっ。あ、いえ……あはは、どうなんでしょうね」


 八州家亮太、お前はまだ知るまいよ。IXAにおける彼女は、そんなヤワなハートなど持ち合わせていない事を。いや、俺も一度しか手合わせしたことがないから確証はないけどね。

 でも昨日の夜、寝る前にふと気が付いたんだ。結果が引き分けに近かったのは、彼女が手を抜いてくれたお陰だと。

『最後はもう駄目かと……』と言う言葉、あれは嘘だ。ぎりぎりタイムアップで勝てる確信があったから、その場を動かなかったんだ。もう駄目と思うなら、逃げようと思えば逃げれたはずなんだよ。

 とにかく、竹仲さんは俺達なんかよりずっと経験も豊富で、知識や度胸もあるのは確かなんだ。その証拠に、彼女の官位は俺達よりずっと上なんだぜ。


「あの、皆さん。本当に……本当に私なんかが総大将でよろしいのでしょうか? 以前の学校で私の関わった合戦は、全て負けているんです。私のせいで……」


 彼女はそう零して、悲しげにグラスの水滴を見つめた。なるほどね。そのあたりを気にして、あんなにまでもおどおどと緊張してた訳か。どうやら根っこの深そうな話だな。


「そんなの良いに決まってんじゃん! 勝ち負けは兵家の常って言うしよー。そんなん気にしてたらケーイチなんて百回くらい切腹しなきゃだぞ?」

「そうそう、俺なんて皆の足引っ張りまくりの重罪人なのに、こんなにのほほんと生きてるんだぜ? 俺に比べれば小さい小さい! なはははは……」


 言ってて悲しくなってきた。いっそ楽に死にたい。


「そんな、橋場さんは類稀な戦いのセンスを持ってらっしゃいます。ただ、おそらくはその使いどころが今までおかしかっただけなのでは?」



「「ほおぉー! うんうん」」



 皆が感心したように頷く。何だ、冷やかしか? それとも俺はもっとダメな子なのか?


「たった一度手合わせしただけでぇ、橋場くんの本質を見抜くあたりぃ、やはり竹仲さんはすごいのですぅ」


 ほがらかちゃんの関心しきりの眼差しが、竹仲さんに向けられている。


「まぁ、部長に認められるくらいだから何かあるとは思ってたけどよー、やっぱ竹仲ってすげぇんじゃない?」

「同意」


 無口な慎吾までもが口を開き、彼女を褒め称えている。


「てぇ事は何? 俺の戦いのセンスはそれなりにあるってことなのか? ただパニックに陥ったり、相手の挑発にみすみす乗ったりするだけの俺だぜ? まぁ途中で冷静になってがむしゃらに戦うけど、その時は敵の罠にはまって既に遅しなんだよな」

「お前ホント馬鹿な! その『遅し』の時の状態をチャンスに生かせたらどうよ? 多分そのために部長はオメーを竹仲の配下に付かせたんだぜ」


 口いっぱいに含んだまいうー棒(からし酢味噌味)を飛ばしながら、リョータが力説する。本来なら「きったねぇな! アホ!」と抗議するところだけど……俺の浅はかな脳みそでも、こいつの言葉はしっかりと理解できた。


「おそらく部長はぁ、竹仲さんのスコアを見てぇ、この人なら橋場くんを使いこなせると考えたんじゃないでしょうかぁ」


 なるほど、スコアに何が書いてあったかは知らないけど、確かに彼女の前でなら冷静さを保ってられるかも知れない。まぁわざと冷静を欠いて優しくたしなめられるのも一興だったりするかも。いや待て、気丈に叱られるってのもいいかもしれないぞ! なんだか夢が広がって仕方が無い。くそ、これが若さという奴か!


 でも本当に俺ってそこまで実力あんのかな? 自分自身じゃその辺が良くわからないってもんだ。


「みなさん、ありがとうございます。私も知恵と力の限りを尽くします」

「おう! 竹仲の命令なら、たとえ部長の部隊にだって突っ込んでやるぜ」

「御意」

「がんばりましょーねー」


 今まで深く考えた事がなかったけど、リョータも慎吾も、そしてほがらかちゃんですら結構俺を……いや、他人の戦ぶりを観察していたんだな。ただがむしゃらに突っ込んでは反省しきりの俺とは、なんだか大違いだ。


 皆周りを、人を、そして戦の流れをよく見て動いていたんだ。


 そう考えた途端、俺は小さなショックに見舞われた。俺に足りないのは、その辺りの配慮なのかもしれない。自分の実力すら測りかねているような馬鹿な俺だ、反省すべきは冷静を欠いた行動よりも、むしろそこだったんだ。


「なんだケーイチ、神妙な面してさ。似合わなねーぜそういうの」

「あ、ああそうだよな。じゃあ我等がお屋形様を勝利に導くため、一致団結を誓う乾杯でもしようぜ!」

「お、固めの杯って奴だな! おっけーおっけー! それでこそ我が部一のお調子者だ」


 いや、お前にだけは言われたくなかったよ。


「それじゃあお屋形様ぁ、音頭を取ってくださぁい」


 皆のグラスに改めて飲み物を注いで回ったほがらかちゃんが、竹仲さんに言う。


「皆さんありがとうございます。不束者ですが、総大将を受けさせていただきますね。それでは乾杯!」

「「かんぱーい!」」


 それぞれのグラスが小さな音を立てて触れ合い、皆の笑顔を誘った。

 我等が総大将をふと見ると、さっきまでの緊張や伏目がちな眼差しはそのなりを潜め、初めて会ったときのような微笑が、周囲に花を咲かせている。

 もっと根深い悩みのようなものを感じたけれど……よかった、もう不安な要素は無いようだ。


「あ、そうだ。皆さん、もし宜しかったら使い番のアドレスを交換しませんか? 明日の合戦で皆さんに指示を出す為に、必ず必要になると思いますので」

「やったー! 竹仲とアド交換ラッキー!」

「はい、交換しましょー」


 リョータが能天気に、俺と同じ反応を見せている。そして慎吾が小さくガッツポーズしたのを、俺は見逃さなかった。


「こいつが俺の使い番、ギャースだ! よろしくな」

「しゅ、蹴兎だ……」


 リョータの使い番に続いて、慎吾の使い番が現れた。サッカー選手をイメージした擬人化ウサギである。


「これがぁ、わたしの使い番のぉ、かなえちゃんですぅ」


 赤くてかわいいリボンをつけた女の子チックな子狸であるかなえちゃんは、ほがらかちゃんらしいアバターだ。


「まあ、皆さん素敵なアバターですね。では私の使い番も紹介させていただきます」


 突如目の前に現れた規格外のアバターであるマサカドさんに、三人ともドン引きしたのは言うまでもない。



 あ、ほがらかちゃんがびっくりして泣いちゃった。




次回予告

始まった紅白戦。VRの世界で、総大将から合戦前の作戦説明が伝えられる。

次回 「レッツ紅白戦パーリィ


最後まで読んでいただき、まことに蟻が十ございました。

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