七 キンカン頭の野望
「あんのキンカン頭め! とうとう動き出したか……行くぞ副部長! 今から生徒会に徹底抗議だ」
そう部長が吼えた直後、部室のドアをノックもそこそこに開ける数人の来訪者の姿。
ミドルヘアに金色のティアラをかたどった髪飾りがトレードマークの現生徒会会長・朱池薫を筆頭に、生徒会執行部の登場だ。部室に入るなり周囲を睥睨し鼻で笑うと、大仰しい態度で部長へと口を開くのだった。
「あら、どこかへお出かけでしたの? 丁度いいですわ、ついでに生徒会執務室までおいでいただけるかしら? 聞いてらっしゃると思うけど、このIXA部の廃部手続きのためのご相談ですの」
織田部長とはまた違った鋭さと激しさを持つ朱池先輩、まさに水と油だ。
そう、彼女こそ元IXA部部員で、織田部長とその座を競い合ったと言う問題の人なのだ。
「おい、キンカン頭! 何勝手なことを言ってる、何故この部が廃部にならなければいけないのだ? そこの所を今ここできっちりと皆に説明してもらおうか」
「キ、キンカン頭と仰らないでちょうだい! この髪飾りは金色の冠ではなく、朱池家のステイタスシンボル・ゴールドティアラですのよ! ……まあそれはさておき、仕方がありませんわね、では言って差し上げますわ。この部の部員が規定の部員数、つまり十人に満たないと言うことと、部員数と戦績の割りに、部費がとてつもなくかかると言うことですわ。まあこのご時世、何かと不況ですから……嫌ですわね、不景気と言うものは」
そう言ってキンカン頭の会長さんは、「フンッ!」とふんぞり返って鼻を鳴らした。
だけどそいつは残念でした、ついさっき新しい部員が入ったばかりなんですよ。
「朱池よ、その曇った眼でしっかり見ろ。残念だがたった今、十人揃ったところだ。それに部費は国から補助金が出ているだろう、だから普通の部となんら変わらない負担で済んでるはずだぞ?」
部長も一歩も引かずに「ズンッ!」と胸を張って対峙した。
「なんですって!? ……ひいふうみぃ――ど、どうやら十人いるらしいですわね。一体いつの間に……でも国からの補助金も年々減る傾向にあるのです! それに判ってらっしゃいますでしょ? 我々美都桜高校のIXA部は、夏季・冬季の県下統一戦及び、全国制覇合戦においてなんら成績を上げずに――」
そう言いかけて、朱池会長は言葉を止めた。どうやらある生徒に目が釘付けになっている様子だ。その視線の先には、我等が期待の星、竹仲さんがいる。彼女がどうかしたのかな?
「た、た、竹仲さん! 何故あなたがここにいらっしゃるの!?」
「はい! やはり朱池先輩でしたか! お久しぶりです」
満面の笑みで深々とお辞儀をしている。なんだか久しぶりに会えて、うれしいと言った表情だ。
「へぇ、綾名ちゃんと薫って知り合いだったんだー? あいつ中学かなんかの先輩?」
枝畑先輩の言葉に、竹仲さんが笑顔で「そうなんです」と頷く。だが朱池会長は、わなわなと肩を震わせている。まるで何か怒りのようなものが見え隠れする表情と言った感じだ。
「條庄学園中等部以来ですね、朱池先輩。あれから私も――」
「そう……そうですの竹仲さん、またあなたは『あの時』のように、わたくしの邪魔をしようというのですわね!」
何のことやらという表情で、困った様に肩を落とし戸惑う竹仲さん。何があったか事情は判んないけど、大体判るよ。それはきっと朱池会長の逆恨みだ。間違いない。
「判りましたわ。そうやって皆で邪魔をなさると言うのなら、こちらにも考えがあります! こちらが指定する高校のIXA部と公式合戦を行い、負けた場合は即廃部という条件を提案いたします。よろしくって?」
「……いや、なんでだ?」
「な、何でとはおかしな事を仰いますわね! これはわたくしからの挑戦状なのですよ! それをお受けにならないと言うことですの?」
「当たり前だ。受ける理由がない」
きっぱりと不条理な提案をはねつける部長。なんとも頼もしい限りだ。
「理由? 理由は先程も申しましたでしょう? この部の合戦成績の低下、部員達の教育不十分、施設等への資金問題、そして部長の素行不良! まだまだ廃部の理由は叩けば出てきますわ。本来ならば即刻廃部というそんな状況下に、わたくしが大海原のような広い心でチャンスを与えてあげようと言うのです。判りまして?」
うん、部長の素行不良以外は、見事なまでの言いがかりだ。そんな朱池会長の言葉に、我等が部長が笑って答える。
「うん、まあごくごく一部の部員に対して教育不十分と言うのは認めるが、どれもこれも馬鹿みたいなヤカラの難癖だな。そんなもの廃部の理由にはなるまい」
部長、そんなこと俺を見ながら言わないでください。もしかして俺の心を読んだんですか?
「で、俺達が勝ったら?」
呆れた口調で真江田先輩がキンカン会長に尋ねた。その途端、
「え、あ……そ、そうですわね、真江田君の言う事を、なんでも一つ聞いて差し上げますわ。お嫁さんになれと仰るのでしたら……なって差し上げますわよ」
実にわかりやすい人だ。なんでもこの美都桜高校に入学したのも、真江田先輩の甲冑姿目当てだとか聞いた覚えがある。
全てに行動力があるのは立派だけど、同時に迷惑も撒き散らすんだよな。
「そうか、何でも聞いてくれるのか。よし乗ったぞ、キンカン頭!」
「織田さん! あ、あなたの言う事ではありませんわ! 真江田君の言う事を、ですのよ!」
「どっちでも同じだ。で、我々はどこの高校と合戦するのだ?」
「そ、それはまだ決めてませんわ。おって対戦校を連絡いたします。よろしくって?」
「あぁ、べつにいいぞ」
あれよあれよと言うまに、理不尽極まる対決が決まってしまった。というか、部員たちには何の選択権も無しですか? 部の存続がかかっていると言うのに、相変わらず独断採否がお好きな方だ。
「じゃあ対戦高校が決まったら言ってくれ、その時にこちらの条件も伝えよう。まあそれをそっちが飲むか如何で話はお流れってこともありうるからな!」
「だからあなたの言うことを聞くのではありませんわ!」
そう一言言い放って、朱池会長は共を従え、ぞろぞろと部室を後にした。
直後、部長以外の部員一同のため息で、部室は暗澹たる空気で埋め尽くされたのは言うまでもないと思う。
「ねぇ梓、あんな無茶苦茶な約束していいの? 部の存続がかかってんだよ? まぁあんたの方針には従うけどさ」
とは枝畑先輩の弁だ。これはきっとこの場にいる部員たち皆の考えだと思う。いや、ほがらかちゃんだけは今日の夕飯のことを考えているかもしれないな。
「まあ勝手に事を決めてしまったのは謝る。だがああでも言わなければあの馬鹿はずっと居座り続けて、もっと酷い言いがかりを突きつけてきただろう。なぁに、いざとなれば副部長に無理難題を吹っかけさせて、約束なんて反故にしてしまえば良いだけだ」
流石は駆け引きに定評のある織田部長だ。朱池先輩の心理を良く心得ている。
「それにわざわざ向こうから、我々が負ける心配のない賭けを申し入れてきたんだ。受けなきゃ損だろう?」
「負ける心配のないって梓……もし、いや確実に県下の強豪チームを指定してくるよ? 県内で中堅の岡崎高校にも負けるうちらだよ? どんなチームにでも一度だけ勝てるとか言う裏技でもあるの? それとも薫の毒気にやられて、何か変なものでも見えたの?」
「心配するな。うちは今、どんなチームにも負けない。おそらく県下統一できるほどの実力が備わっているんだ。この竹仲のお陰でな」
そう言って部長のまっすぐな目と指が、竹仲さんへと向けられた。途端、皆があっけにとられて口をひらく。いったい竹仲さん一人で、どう戦局が変わるってんだ? 当の竹仲さんだってどうリアクションとっていいか困ってる様子だぞ。
「そうだな、皆疑問に思うのも無理はないか。よし! 論より証拠だ。明日一年と二年で、竹仲の入部歓迎を兼ねた紅白戦を行う。条件は公式合戦形式で、赤の陣営は二年。総大将は副部長。そして白陣営一年の総大将は竹仲、おまえだ! なお公平を期する為に、私は副部長の御家来衆になる。いいな副部長?」
「あ、あぁ別に構わねぇよ」
急な決定に、オロオロと俺達一年部員を見渡している竹仲さん。
「大丈夫、俺がついてるよ!」
「だから心配なんだってばよー」
「う、うるさいだまれリョータ! この口か! この口が言うのか!」
俺は場を、そして竹仲さんを和ませようと、おどけて悪友のほっぺたをつねり上げた。
「いててて! 何すんだよ問題児!」
「うるさいぞお前ら! ……なに心配するな竹仲。スコアに記されているように、考えた通りの指示を皆に与えればいい。大丈夫だ、うちの部員は皆素直だぞ。誰かさんを除いてだがな」
「誰だよ、そんなチームの輪を乱すような馬鹿部員は? リョータだな? きっとそうだ、こいつはまだお子様だからな」
「オメーだバカ!」
俺とリョータのほっぺたのつねりあいが続く中、部長があきれて言う。
「二人共、いい加減にしないと頬っぺた千切り取るぞ」
勿論即やめた。俺達の素直な行動に、部長がうんと頷き、続けた。
「とにかくだ、竹仲。明日までに一年部員たちと軍議を開いて、せいぜい敵味方の情報を仕入れておけ。と言うわけで今日は以上だ、解散!!」
「「し、したっ!!」」
皆が戸惑いながらも閉めの挨拶を行った。いったい竹仲さんはどんな魔法を使うと言うのだろう。それとも部長は、彼女に何か見えちゃいけないもでも見えてるのだろうか? かなり心配になってきた。
急遽決まった紅白戦。その総大将に抜擢された竹仲。部長直々の人選に、期待をかける一年生陣。しかし、その表情は不安と緊張に支配されていた。
次回 「一年生評定」
最後まで読んでいただき、まことにサンキューです!