五 バトルフィールド イン 川中島
天文二十二年九月の川中島。日は既に頂上付近にある。
本陣マップにある軍議場で、各武将に布陣と行動の指示を与え、いざ戦場マップへと向かう。
今回俺の部隊は、川中島の中央付近にある茶臼山の麓に陣を張り、偃月の陣という不等号記号に似た陣形を敷いて、竹仲さんの部隊を見据えた。一方彼女は方円の陣という楕円形の陣形を敷き、俺を迎え撃つつもりらしい。攻めに特化した陣形と守りを固める陣形という、実に対照的な図式だ。
合戦時間はリアルタイムで三十分。それまでに敵の総大将を討ち取るか、死傷者の少ないほうが勝ちという短めの一般ルールで行われる。俺的には、自分やNPCの持ち味を生かして早期決着を図り、「俺強ぇー!」なところを竹仲さんに見せたいのである。
ところで彼女のNPCは誰だろうか、一抹の不安が俺の頭を過ぎる。
「物見番、敵NPC部隊の旗印は?」
「はっ! 竹に雀と六文銭にございます!」
懸念した通りと言うか、やっぱりなぁと言うか……思った通り選択武将は真田と伊達だった。
イヤイヤ、まだ『そう』と決まったわけじゃない。伊達家も真田家も強い武将がたくさんいるし、何よリ彼女の選んだ武将が仮に政宗や信繁だったとしても、この二人は一級品のNPCだから、選ばれてもおかしくはないだろう。
まあ考えたって始まらない、その時はその時だ。男子部員全力で部長を説得するしかない。
そんな考えを巡らせているうちに、気が付けば既に十分ほど立っている。この間、竹仲さんに動きは全くない。
俺はコタローを呼び出し、早速竹仲さんとの通信に望んだ。
「竹仲さん、動かないの?」
「あ、はい。宜しければそちらからどうぞ」
罠か? うん、間違いなく罠だ。そう一瞬考えたが、竹仲さんの声が『橋場さん、お・ね・が・い☆ 早くきてぇ』と脳内変換され、いてもたってもいられなくなった。
「よし全軍突撃だー! 遅れを取るなよ!」
力ではこちらが有利、ある程度の罠があってもねじ伏せる自信があった。ましてや彼女はボンボン学校のIXA部出身なのだ。幾ら俺が猪武者でも、猪突猛進で突き抜けてやる。
「よし、このまま全軍中央突破だ! 敵部隊を分断してやれ!」
『『オオオオオオオぉ!!』』
俺達の部隊は竹仲さんの部隊へとめがけ、一気呵成に駆け抜けた。と、竹仲さんの陣まであと少しと迫ったところで、敵方の陣形に大きな動きがあった。
まるでモーゼが海を分断するかのように、部隊が中央で二つに分かれたのだ。そしてよく見ると、恐らくは彼女の本隊であろう二千ほどの部隊がその後方に位置し、馬防柵と塹壕まで配置して、完全に俺の隊の頭を押さえにかかっている。つまりこのままだと、まんまと半包囲の中へと駆けていく事になるのだ。
俺の隊は勢いに任せ突進しているので急に止まれないし、どちらか一方に的を絞って方向転換という、咄嗟の目標変更も出来ない状況にある。すなわち、このまま空いた中央を突破するしかないんだ。
部隊移動のタイミングと言い、こちらの行動の予測と言い、なんとまあ見事な部隊さばききだ。
イヤイヤ感心してる場合じゃない。頭を抑えられて部隊を止めれば、中央が挟撃され、逆に俺の隊の分断を招いてしまう。
顔や振る舞いに似合わず、結構戦慣れしているような、敵方からそんな感じが伺える。これは完全に彼女のほうが上手なのか? それとも俺がすっごい浅はかなのか?
とにかく慌てるな俺! とりあえずどうするか考えろ俺……考えて……考えて……って、しまった! 気が付けば考えに集中するあまり戦闘がおろそかになり、いつの間にか形勢不利の警告音が鳴り響いていた!
前方に居並ぶ壁が硬くて中々突破できないでいる俺の部隊に、ここぞとばかり伊達と真田隊が中央めがけて攻撃を仕掛てきているんだ。このままでは後方部隊との寸断は時間の問題となってしまうぞ!
こちらの柴田と本多隊も善戦してくれてはいるが、まさに敵の思うつぼってヤツだ!
どうするんだよ? だがら落ち着けって俺! 逃げて体勢を立て直すか? いや、それこそが彼女の罠なのだろう。
あからさまに開かれた退路の先には、犀川が横たわっている。そうすると川に行く手を阻まれて、移動が困難な状態を急襲され壊滅する恐れがあるのだ。
なんて事を考えているうちに、我が軍の兵士数カウンターがかなり減ってきている! 士気レベルもどんどん下がってきてるよ。
どうしよう? どうするんだよ! どうすんのさ、俺~!!
「ええい、もう自棄だ! 動ける者、命令が聞こえた者は前方へ向け突撃開始! 狙うは竹仲さんの部隊のみだ!」
気が付けばまた悪い癖が出ていた。脳内の片隅で冷静さを司る小さな俺が、溜息交じりに呟く……またやっちゃったねと。
これでは竹仲さんにかっこ悪い印象を与えてしまうだけだ。こうなったら少しでも彼女に近付き、せめて俺の強くてかっこいい姿を見てもらわねば。
ええい、どけどけい雑兵ども! 竹仲さんはいずこにありや!? お、あの遠目に見える勇ましくも愛らしい鎧武者姿は……いたっ! 竹仲さんだ。今そっちに行くからね!
流石はゲーム感覚で戦えるソフトだ。俺は群がる敵兵たちをほぼノーダメージで切り払い続け、俺って強くてかっこいいでしょ? と言うところを見せ付けた。
気がつけば俺の頭の中は、複数のモヒカン頭がバイクに乗って街を暴れまわっている。そう、早い話がまたいつものように何も考えていないと言う状況だ。
ただ闇雲に獲物を突き動かし、ひたすら雑兵を打ち倒す俺は、まさにイケイケどんどんな荒くれ者状態だ。
けれどこれが功を奏したのか、兵士数も徐々にではあるが敵味方共に均等に並びつつあり、気が付けば我が隊の士気は回復を見せていた。
このまま行けば敵総大将である竹仲さんを討ち取って、こちらの勝利にできるかもしれない。
いや、でも竹仲さんを討ち取るなんてのは、ちょっとかわいそうかな? ここは一番、彼女に肉薄し『我が軍は貴殿に降伏を勧めるが、受けてくれるかな?』なんてかっこいい台詞で決めるのも良いかもしれない。
よし、そうと決まったら彼女に向かって突撃だ!
「うおおおおお!! 橋場慶一郎推参んんんん! 竹仲さんお覚悟おおおお!」
と、竹仲さんまであと十数メートルと言うそんな俺の耳に、法螺貝の重厚な音が響き聞こえた。
『タイムアップです。橋場軍と竹仲軍との三対三の短時間合戦は、死傷者数における若干の優劣により、竹仲軍勝利となりました』
「……はい?」
いつものデジタルボイスのお姉さんが、そっけななく俺の敗北をアナウンスする。
「ちょ、ちょっと待てよ! そろそろ数的にも士気的にも、こちらが逆転してるじゃないのか?」
ステータス表示画面を呼び出し、現在の状況を確認した俺は、また大きな溜息を零した。
『竹仲軍 生存兵一万九百五人 士気度七十八 橋場軍 生存兵一万八百三十人 士気度七五』
ちくしょー! もうちょっとだったのに。
ほぼ同時に互いのIXA筐体のハッチが開き、俺たちは互いを見て笑いあった。
だがこれは双方意味の違う笑いである。
竹仲さんの安堵と照れと満ち足りたような笑顔に対し、俺は後悔と恥ずかしさと悔しさに引きつった苦笑いだ。
「竹仲さんすごいなぁ。かなり場数を踏んでいるみたいだね」
「いえ、それ程でも……」
「いやいや、あの部隊運用といい指揮のタイミングと言い、完全にこっちの負けだ。お見事!」
俺は嘘偽り無い、彼女への賛辞の言葉を送った。
「ですが、橋場さんの個人戦闘能力と部隊引率能力は、私の想像をはるかに超えるものすごいものがありました。普通ならば一旦後退の後、体勢を立て直すのが定石なのですが……」
「でもそれって君の罠じゃないの?」
「うふふ、ばれちゃってましたか」
そう言って小さく肩をすくめ、ペロッと舌を出し笑う彼女。
ちくしょう、可愛すぎる! 次は必ず引っかかってあげるからね!
「でも普通はそう考えても、中々自制できないものですよ? それに一点突破するにも、後続に指示が伝わらず、数少ない兵での突撃になる恐れがありますから、余程個人の攻撃力と部隊引率力、そして生存率に自信がないとあまり使われない戦法ですね」
「いやー情けない話、頭が真っ白になって、ただ闇雲に突っ込んだだけなんだよ。あははは……面目ない」
あまりものかっこわるさに、ただ笑うしかなかった。
「それでも結果的にそれが正しい選択だったのかもしれません。さっきも言いましたが、事実予想以上の激しい攻撃力と統率力に、正直最後はもう駄目かと……」
微笑みながら敵の総大将さんは、俺の健等を褒め称えてくれた。だが負けは負けだ。いくら褒めてもらっても、事実は覆らない。正直なところ、相手を見くびっていたのは俺のほうなのだから。
「では今回は引き分けと言う事ですね」
そう言って彼女は俺にお辞儀をして、互いの健闘を称えるように握手を求めてきた。
思ってもよらない出来事に、俺は慌ててカンオケから飛び出し、差し伸べたられた手に答えた。慌てたお陰で脛やら頭やらそこかしこをぶつけたが、彼女の女神のような微笑と、暖かい手の温もりを感じられた幸せで、痛みすら快感に変わるほどだった。
改めて気付いたが、これほどまでの用兵と度胸、そして礼を尽くす真摯な態度。彼女は相当な手慣れだ。
「そういえば、竹仲さんの官位って、一体どのランクなの?」
俺の質問に、少し言い辛そうな仕草で彼女は言った。
「あ、あの……従五位上、伊勢守です……」
「げえっ! 俺なんかより遥か上! てか、それって社会人クラスじゃないか……そりゃ勝てっこないよ」
いや、戦いは官位なんかじゃないよな。こちらの怠慢と作戦のミス、それと毎度の猪突猛進。それらの反省点が今回の負けを生んだんだ。それにしても、本当に人は見かけによらないんだなぁ。
「やっぱり変ですよね? 私なんかがそんな官位ランクなのは……」
「いやいや変じゃないよ、きっと妥当なランクだと思うよ?」
「そうでしょうか? やはり不正に取得したと思われ……いえ、なんでもないです。ごめんなさい、忘れてくださいね」
そう言葉を濁して、竹仲さんはぺこりと頭を下げた。
「ん? うんまあ……でもあの指揮能力や駆け引きの上手さを見ると、絶対誰もそんな風に言わないと思うよ」
俺の何気ない一言に、竹仲さんはすごく嬉しそうに微笑んでくれた。
「ありがとうございます橋場さん。あなたはとても良い方なんですね」
「んー、俺が良い人かどうかはわかんないけど、誰だってそう思うぜ? きっと考えすぎだよ」
「そうですか……そうですよね。なんだか少し気が晴れました。橋場さん、ありがとうございます」
「いやその、お礼を言われるようなことは何も……あ、そうだ! それはそうと、NPCに信繁と政宗を選んだのは正解だったね。やっぱり挟撃や殲滅戦の場合、初手で敵に大きなダメージ与えられる武将のほうが良いもんね。その点は双方共に個人攻撃力も統率指揮力も高いからまさにうってつけ――」
俺は照れ隠しもあって、話を逸らそうとNPCについての選択の良さを切り出した。だがそれは、とんでもない言葉を彼女から引き出してしまう結果となった。
「あの、信……繁? えっと……? あ、もしかして真田幸村『さま』の事を誰かと間違われてらっしゃるのでしょうか?」
それはどこをどう聞いても、ある種の歴史好きによくある一言だった。
「あ、ああ真田幸村……か。ははは、そうそう幸村だね! 幸村の赤備えってかっこいいよね」
「はい! NPCに幸村さまと政宗さまは絶対にはずせません! 赤く熱い幸村さまと青と黒のクールな政宗さまの対照的なコントラストは、このソフトの……いえ、戦国期最大の華だと言っても過言ではないと思うんです。他にも石田光成さま、直江兼継さまの男の友情や、上杉謙信さまの鬼神のような強さなんかは、それはもう――」
その後、彼女は二十分にも渡り、戦国武将のカップリング持論をせつせつと語ってくれた。
間違いない。この子は……竹仲さんは正真正銘、『腐』が付く方の歴女だ。
次回予告
竹仲の入部希望は、部長の一言でストップがかかってしまう。それはIXA部を二分した忌まわしい過去が、彼女のとある「趣味」に起因するためだった。
次回 「『腐』歴女お断り!」
最後まで読んでいただき、まことにありがとうございました。