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四 封印のソフト

          


 と言う訳で、俺のエスコートのもと、竹仲さんはIXA筐体機設置室へとやってきた。


 旧館一号と二号の間にある中庭に建てられた少し見栄えのいいプレハブ施設で、向かい合わせに五台ずつ、計十台並んで設置してある。

 極悪部員達め、こんな広い場所を一人で掃除しろだなんて、冗談にも程があるってもんだぞ。


「あ、十九年式の東日本ジュニアモデルなんですね」


 設置室へ入った直後の、彼女の第一声である。

 正直、これには驚いた。俺でさえ知らない筐体の年式を一瞬で言い当てるその眼力。

 彼女は一体何者だ? そう思ってぽかんとしている俺に気付いた彼女が、照れ笑いでなにやら誤魔化している。


「あぁ、ち、違うんです! たまたま知っていたのでつい……そう、前の学校で所属していたIXA部も、これと同じだったので」

「へぇ、竹仲さんは前に通っていた高校でもIXA部だったんだ」

「はい、そうなんです」


 人は見かけによらないもんだな。こんな可憐な女の子なんだぜ? 彼女ならきっと茶道部や華道部、体育会系ならテニス部といったところだろうと、誰だって思うよな。


「じゃあ今日は向こうでのスコアとか持ってきてる?」

「あ、一応持ってきています……けど」

「ん? どしたの?」

「いえ、なんでもないです。すいません」


 なんだか見せ辛そうにしている感じだ。 やっぱ女の子が見ず知らずの男子にスコアを晒すのは恥ずかしのかな?

 と言う事は……なるほど大体分かるよ。ちょっと人には見せられないような内容なんだろうね。


「ご覧になられますか?」

「いや、いいよいいよ。どうせ今日は必要ないしね! 明日、部長に見せるといいさ」


 かく言う俺も、スコアなんていろいろと恥ずかしくて人には見せられないからな。野暮な事はいいっこなしだ。


「とりあえず各部屋の紹介だな……えっと、ここが男子の更衣室で、こっちが女子ね。それと向うがソフト保管室で――」


 途端、竹仲さんの目の色が変わった。


「あの、もし宜しければ、ソフトを拝見させていただいても宜しいでしょうか?」

「あぁ、勿論構わないよ。そこから何か一本出して対戦しようよ?」


 そんな俺の言葉に、満面の笑みを返して「はい!」と頷く竹仲さん。

 こんな笑顔、部員達の誰からも一度として頂いた事ないぞ。ましてや部長からも!

 そう、あるとすれば俺が焦って失敗を犯した時に見せる呆れ笑いか、それによって刑罰が言い渡されるときに見せる薄ら笑いくらいだ。

 そんな俺の惨めだった日々の回想をよそに、竹仲さんはキラキラした瞳で、棚に羅列してあるIXA専用のソフトを物色している。

 うちの高校は、いや、うちの高校に限らずだけど、大概の日本にある中学・高校のIXA部は、公式戦で『日本史合戦』を選ぶ。

 これは歴史の勉強にもなるという観点から、暗黙の了解のようになっているのだ。

 ソフトの種類には、中世ヨーロッパや、中国大陸で行われた数々の戦争、ローマの遠征、モンゴルの侵攻、果ては宇宙戦争の類のモノだってある。けど日本では、日本史合戦モノがやはり一番ポピュラーで人気も高いのだ。


 と、キョロキョロとソフトを見渡していた彼女が、ふと漏らした。


「あの、戦国大絵巻系は無いのでしょうか?」



 一瞬俺に戦慄が走った。



 そいつは初心者から上級者まで楽しめるシリーズ物の総称で、史実を基にした創作物語風のシナリオが売りの合戦ソフトなのである。したがって、戦国時代の合戦場や城や歴史上の武将を含め、少々史実とは違う設定のソフトなのだ。

 現在は中国大陸の三国時代や、本編の外伝的な作品など、十以上のシリーズが販売されているという事でも、その高い人気振りが伺えるだろう。

 だがこのソフト、一般のゲーム会社がIXA参入企画として発表したソフトで、その手の会社が製作したと言うだけあって、ゲーム的な特徴が色濃く出ていているんだ。

 その最たるものが、利用者のパラメーターが若干強めに反映され、俺強えぇ! 的なプレイが楽しめる事と、更には物語の主役級であるNPCの有名武将達が、皆イケメン揃いなのだ。


「う~ん、あるにはあるんだけどね」

 ふと過ぎる嫌な予感。確かにこのソフト、ゲーム色が濃く単純な作戦行動しか出来ないという、初心者がIXAを楽しんで覚えるには格好のソフトなんだけど、「一部の者達」に大人気のソフトだと言う事も、また困った事実なのだ。

 それ故に、我が部では一応封印という処置を取っているのだが……まさか彼女に限ってそんな事はないだろう。そう心の中で呟く俺。


「まあいっか。いいよ! やろう」

「あるのですか? 嬉しいです! 是非一勝負お相手願います」


 嬉しそうに手を胸の前にあてがい喜ぶ竹仲さん。あとはキャプチャースーツに着替えるだけだ。

 と、そこでふと気がついた。彼女、スーツ持ってないよなぁ? 


「そういえば、今日スーツは持って来てないよね?」

「あ、はい。そういえばそうですね」


 招待しておいてこれだ、本当にそそっかしい。思いつきで後先考えない発言・行動を取る俺の悪い癖だ。


「仕方がない、部長に借りるか。ついでに入部希望者の連絡もしておくかな」


 そう考えて俺はコタローを呼び出し、織田部長へと回線を繋いだ。


「あ、部長ちぃーっす!」

「橋場か、どうした?」

「あの実は、部長のキャプチャースーツ貸して頂きたいんですけど」



「……殺すぞ!」



 しまった。ちゃんと順序立ててものを言わなきゃ、命が幾つあっても足りない。


「あぁいや、すいません。実は女子の入部希望者がいまして。その子にIXAを体験してもらおうかと――」

「じゃあそいつに代われ」


 竹仲さんは少しおっかなびっくりと、使い番越しに部長へと挨拶をした。


「すいません、私一年A組の竹仲綾奈と申します。実は入部を希望していまして……お掃除をなさっていた橋場さん? にお話したところ――」

「あーならいいよ、使ってくれ。ただ橋場が私のスーツに悪戯するんじゃないかって思っただけだから」

「部長! そ、そんな事する訳ないでしょ! やるんだったら黙ってしますって!」

「そうか、黙ってやってみろ。お婿さんにいけなくしてやるからな」

「な、何てこと言うんですか部長! 竹仲さんが怯えてるじゃないですか!」

「ハハハ冗談だ。それより橋場、ちゃんと掃除して帰れよ。でないとしりこだま引っこ抜いて、そこら辺の河童にくれてやるからな」


 快く? 許可してくれたのは良いけど、有言実行が心情の部長だ。おそらく今の言葉は冗談なんかじゃなだろう。あの人の事だ、河童に知り合いの二・三人くらい居てもよさそうだもんな。こりゃちゃんと掃除して帰らないと、どえらい目に遭うぞ。


「じゃあ竹中さん、女子更衣室に織田って書かれたロッカーがあると思うから、その中のスーツに着替えて」

「はい、わかりました。……橋場さん、部長さんも面白い方なんですね」


 そう微笑んで、とたとたと女子更衣室に向かう竹仲さん。

 走り方も何て可愛いんだろう。もし、あと一時間後に地球が大爆発すると言う状況なら、間違いなく俺も更衣室まで付いていってるだろうな。





 程なくして俺の着替えが終わり、竹仲さんが着替え終わるのを待つばかりとなった。

 更衣室のドアの向こう、彼女のあられもない姿があると考えると、またもや心拍数の急上昇に見舞われた。落ち着け俺! 薄手のスーツに身を包んでいる今だけは、若さに任せたアグレッシブな行動に出ちゃダメだ。

 それにしても少し遅いような……もしかしたら着替えに手間取っているのだろうか? 俺なんかで良かったら、いろいろとお手伝いして差し上げるのに。あぁ、男である身がもどかしい!


 と、そんな男子のベタな心得を脳内唱和していると、ガチャリと女子更衣室のドアが開く音がした。

 次いで恥ずかしそうに現れる、朱を纏った女神様の華麗なるお姿。

 ちくしょう! 生きててよかった、居残り掃除しててよかった! こちとらこれだけが楽しみで入部したみたいなもん……いや、なんでもない。こら、脳内のモヒカン頭達よ。ニヤついた顔でこっち見るな。


 しかしながらいくら俗物思考を脱却した俺でも、そんな彼女のスーツ姿をさり気なーいフリで見渡してしまうのは、男子として、いや人類として至極当然の結果である。

 ふくよかな胸、引き締まったウエスト、すらりと伸びる足。どれもこれもが完璧だ! この溢れる魅力に、きっと修行中の坊さんも塀を飛び越えてやって来るに違いない。それほどまでに、俺の視線は彼女を捕らえて話さない。


 だが! そんな視線を照れた表情で少し上目遣いに見つめ返す竹仲さんから発せられた言葉は、きっと男子部員の、いや、学校中の男達を驚愕させるであろう一言だった。


「遅くなってごめんなさい。ちょっと……胸が苦しくって、スーツに収めるのに手間取っちゃって……」


 彼女はこのIXA部一番の、いやさ全生徒中でも上位クラスという織田部長の『それ』をも凌ぐと言うのか! 

 なんというこの天恵。合戦前に鼻血の大量出血でのダウンだけは許されないぞ!


「では、設定はどうしましょう? もし宜しかったら私に任せてもらって宜しいでしょうか?」

「も、もちろんどうぞ!」


 誰が断れましょうか? よかったら俺の人生も君に任せたいです!


 そしてIXAメインシステムから投影れるディスプレイに、慣れた手つきで条件設定を行う竹仲さん。

 場所は……川中島か。

 そう、武田信玄と上杉謙信が五度に渡って戦った、あの有名な合戦場だ。


「えーとなになに……千曲川と犀川に挟まれた平地で、両川共に渡河可能なんだね。天候は晴れを選択しているので、特にこれといった戦法も用いる必要がない、オーソドックスな戦いになる合戦場――だな」


 両軍共に、このマップで最大の一万五千と言う数の兵を率い、NPCと自部隊の三部隊にそれぞれ自由に振り分けるのだ。

 ここは相手に手の内を見せない為、個別に入力する。俺の部隊は七千……と、あとは四千ずつだな。とまあこれもオーソドックスな配分といって良い。


 そして配下となるNPC武将選択。こいつも手の内を明かさない為に、個々に入力する。


 俺は少し悩んだ結果、自分の合戦スタイルに合わせて『柴田勝家』と『本多忠勝』を選んだ。まさに剛の布陣である。

 竹仲さんはと言うと、最初から決めていたかのようにテキパキと武将や兵の配分を選択。


「竹仲さん、武将は誰を選んだの?」


 俺の問いに、彼女は照れ笑いを浮かべてこう言った。


「うふふ、内緒でーす」


 もう食べちゃいたいくらいかわいい。

 が、同時に一抹の不安を感じたのは、俺の気の迷いだと思いたい。どうか彼女が選んだNPCが『あの二人』ではありませんように。


「竹仲さん、そっちのアクセスナンバーはMTS02だから。ログインコードとパスワード設定は……判るよね?」

「はい、もちろんです」

「じゃあ、中に入ったら五分間の軍議タイムの後、開戦ってことでいい?」

「あ、ちょっと待ってください橋場さん」


 準備が整い、カンオケに乗り込もうとした俺を、竹仲さんが呼び止めた。


「あの、一応お互いの使い番を繋いでおきませんか?」

「ええっ! お、俺なんかとアドレスの交換をしてくれるの?」

「はい、もちろんですよ。中で連絡しなければならない事があるといけませんので」

「あ、ああそうだよね。じゃあアドレス交換しようか?」


 思っても見ないラッキーだ、理由はどうあれ、竹仲さんと使い番のアドを交換できるなんて! 

 しかも彼女からの希望だ。俺は喜んで、コタローを呼び出し、改めて彼女に紹介した。


「俺の使い番、コタローだ。この部の副部長である真江田って先輩に、オリジナルで作ってもらったんだ」


 俺の自慢の相棒である。


 使い番のデザイン――すなわちアバタースキンは、技術と知識さえあれば個人でも製作可能なんだけど、絵心も技術も学もない俺にはチンプンカンプンな代物だった。

 と言う訳で、中学の時にその手に詳しい真江田先輩に作ってもらって以来、何度か本体を新機種に買い換えたりはしたけれど、アバタースキンはずっとお気に入りなコイツのままなのだ。


 因みに本体、つまり携帯ホログラムアバターは、胸元にバッチのように取り付け、そこからホログラムを映し出すという仕組みなのである。こいつも、先の超科学革命の賜物の一つであり、IXAやインターネットとも無線リンクが可能で、そこからさまざまな情報を入力・取得できたりもする優れものなんだ。


「まぁ、凄くかわいいですね。では私の使い番も……」


 そう言って呼び出された使い番に、俺は一瞬度肝を抜かれてしまった。


 それは通常より一回りか二回りほど大きなアバターで、リアルな鎧騎馬武者の姿をしているのだ。


「紹介しますね。この子が私の使い番のマサカドです」


 コタローも怯えるその姿は、強烈なインパクトを放っていて、通信相手を圧倒するような威圧感を放っている。えっとこれは……竹仲さんの趣味なのか?


「この子、実はお爺様がお使いになっていた子なんです」

「あ、ああ……そうなんだ。そっか、お爺さんの形見なんだ」


 きっと竹仲さんは、お爺さんの形見としてこのアバターを譲り受け、大切にしているのだろう。なんてお爺さん想いないい子なんだ。


「いえ、お爺様はまだ生きてますよ。無理を言って頂いたんです」


 小首をかしげて微笑む竹仲さん。素振りはかわいいんだけど……いや、他人の趣味をとやかく言うやつは、ろくなヤツじゃないとうちのばーちゃんも言ってたな。とりあえずアドを交換させよう。


「コタロー、マサカドとアドレスの交換だ」


 互いのアバターが向かい合い一礼をして、アドレスの交換は無事終了した。その光景、俺にはコタローが半泣きで怯えながら、マサカドさんと挨拶をしていたように見えた。


次回予告

名門のお金持ち高校からやってきた竹仲をなめてかかる橋場。楽勝ムードで開始したはずの戦いは瞬時に一転、彼女の恐ろしさを垣間見ることに。

次回 「バトルフィールド イン 川中島」



最後まで読んでいただき、まことにありがとうございました。

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