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三 転校生と猪武者

          


 次の日の放課後。俺と慎吾、そしてリョータは、今日も部活に勤しむべく、旧校舎の三階にある部室へと向かった。


 俺達の通う美都桜高校は、旧校舎一号と旧校舎二号、そして最近建てられた新校舎の三棟からなる、そこそこの生徒数を誇る高校である。部室があるのは旧校舎二号の方だ。旧とは言うが、そんなに古くはなく、築二十年ほどの中堅選手といった赴きなんだよな。

 旧二号の三階は、全て部室として使われており、我等がIXA部は八つある部室の中でも一番端っこに位置しているので、筐体設置室までの移動が少々めんどくさいのが難点だ。

 と言うわけで、いつものように『修羅の部活、IXA部!』との文字が踊るポスターの貼られたドアを開けると、そこに待っていたのは顧問であるご隠居こと、水元みなもと先生ただ一人だった。歳のせいか、プルプルと震えながら椅子に腰掛けている。


「あ、先生ちぃーっす」

「……うむ」


 部室の奥、窓から差し込む暖かな日差しをうけ、日向ぼっこをしているボケ老……いやご隠居先生。


「あれ、部長や先輩達は?」


 俺の質問に、ご隠居先生はたっぷりの間を使いながら答えてくれた。


「うむ……今日お前たちの先輩らは……アレじゃ……その……昨日の親善試合の礼と……戦術討論のために……なんだ……ほれ……岡崎高校へな……ええと……あれをな……そうそう…………ぐう」


 寝た。三人で協議の結果、永遠に寝られても困るので、一応優しく起こす事に。


「先生、おきてくださいよ」

「うむ、もう飯の時間か?」


 どこまで本気なんだか。これでもIXAの時は、俺達学生なんか足元にも及ばない獅子奮迅振りの戦いを見せる猛者と言う噂なのに。


「つまりー、二年の先輩達五人は今日いないから、部活はお休みって事でいいんですか?」

「うむ……そうじゃな」


 リョータの問いに、先生は小刻みに震えて答えた。この先生にはイエスかノーでの質問がいいらしい。


「D組のほがらかちゃんは、今日生徒会の会合で来れないって言ってたし、三人じゃ何も出来ないしな。じゃあ俺達今日は帰ります。先生、さよーなら」


 なんだか無駄な時間を食ったような気もするが、部活が休みならとっとと帰るか。


「待たれ、飛騨殿」


 ご隠居様が俺を呼び止める。飛騨殿――飛騨守、つまり俺だ。

 従六位下じゅろくいげに位置するという、全日本高校IXA協会認定の官位ではあるが、言ってみればまだまだ下っ端。例えるならば算盤三級と言ったところかな。


 因みにリョータは俺と同位の和泉守いずみのかみであり、今日は来てないが、女子生徒の山内笑顔やまうちえがお、通称ほがらかちゃんも同位の対馬守つしまのかみだ。


 慎吾は一つ上の位、従六位上・出羽介じゅろくいじょうでわのすけなのである。流石に小学生の頃からIXAをかじっているだけあって、ランクも俺たちよりちょっと上だったりするんだ。


 とまあそんな俺に、先生はよたよたと近付き、部室とIXA筐体機設置室の鍵を手渡し言う。


「お主、掃除刑罰を言い渡されたじゃろ? ……モップがけだけでもして帰れ」


 くそ、そのために先生が部室にいたのか。コイツはきっと織田部長の差し金に違いない。流石は抜かりが無いな。

 まあいい、今日は心強い協力者が二人も……って、部室には既に誰もいねえ! 

 見ると、既に廊下の遥か向こうで手を振ってやがる。そりゃ無いよ、俺の友人(仮)達!


「じゃあの……掃除が終わったら……カギ返しに……」


『カギ返しに』そこから先の言葉を発する事無く、水元先生もプルプルと震えながら去っていった。

 一人部室に取り残された俺は、一つ大きな落胆の溜息を零し、二人の友人(仮)達を呪った。


「ちくしょう、お前ら二人とも足首グキッてなれ!」





 仕方がないので、バケツに水を汲むため一度部室を離れ、一階出入り口付近にある水道場へと向かう。

 水を汲み終え、鼻歌交じりに呪いの言葉を呟きながら戻ると、そんな誰も居ない部室の前を、挙動不審な女性徒が伺い込んでいる姿が見えた。

 なんだろう、俺に愛の告白でもしに来たのかな? そんな勝手な妄想に夢を馳せながら、その女生徒に声をかけてみた。


「IXA部に何か用ですか?」

「きゃっ! す、すいません!」


 オーバーなほどに驚いた仕草を見せる女の子。よく見るとその子は、最近隣のA組に転校してきたばかりの女子だった。黄色いリボンがよく似合っている亜麻色のロングヘアに、まだ幼さが残る顔立ち。今まで遠目でしか見たことが無かったが、一年の野郎共の間じゃ結構な人気ぶりだ。


「あぁ、ごめん。脅かすつもりじゃなかったんだ」

「あ、いえその……こちらこそすいません」


 そう言って彼女はぺこりと頭を下げた。清楚可憐の見本のような立ち居振る舞いは、噂通りの可愛さだ。そう、この子の名前は……なんと言ったっけ。


「私、先日一年A組に転校してきたばかりの、竹仲綾奈たけなかあやなと言います」


 そう、竹仲さんだ。同じA組のアイスマン慎吾のテンションが上がる程だという噂は、どうやら嘘じゃないようだ。一瞬でも気を抜けば、俺もニヤニヤでれでれとした、しまらない表情になりそうだ。がんばれ、俺の顔筋。


「そうそう、知ってるよ。三日前に転校してきたんだってね? 俺は一年B組の橋場慶一郎、よろしく。で、IXA部になにか?」

「はい、入部希望なのですが……」

「誰が?」

「あの、私……です」

「竹仲さんが?」

「はい、そうです」

「ええっ! マ、マジで!」


 俺が驚くのも無理は無いと思う。

 こーんな可愛くおしとやかで、周りの空間に色とりどりの花を咲かせているような竹仲さんが、こーんなガサツで、薄情で、荒くれ者しかいない、まるで野武士集団のような部に入部したいだなんて!

 しかも彼女、転校する前は坊ちゃん嬢ちゃんの通う條庄学園に居たとか。そんなお嬢様が、なんでまた野蛮の代名詞のようなIXA部なんかへ入部を希望しに来たのだろう?


「あの……ダメなのでしょうか?」

「いやいや、イヤイヤイヤイヤとんでもない! 是非歓迎したいです! でも」

「でも?」


 ちょっと不安げに、竹仲さんが尋ねる。小首をかしげる仕草が小動物のように愛らしい。


「今日は先輩も誰もいなくて部活は休みなんだ。俺だけ掃除当番で居残りなんだよ」

「まぁ、そうだったんですか?」


 彼女は両手を口に宛がい、お上品に驚いて見せた。それはまさに、お嬢様の気品に溢れているようだ。


「うん。と言う事だからさ、また明日おいでよ」

「はぁ、そう……ですね」


 俺はそう言ってにっこり微笑んだ。でも、彼女はなにやら少し考えるような素振りで、俺を見てる。きっと気合を入れて入部しようと思ったのに、肩透かしを食らって、さぞ残念なんだろうな。

 しかしこんな可愛い子が入部希望とは、この部も中々捨てたモンじゃないぞ。これは彼女のためにも、テッテー的に部室を掃除して綺麗にしなければ! 

 そう考えて、いざ掃除を開始せんとモップを握った。そんな時だった。


「あの、お掃除大変そうですね。よろしければ、私もお手伝いしましょうか?」


 女神の甘い吐息のような声に、一瞬我が耳を疑った。今、この天使はなんと言った? 俺には「お掃除お手伝いしましょうか?」と聞こえたぞ?


「ちょ、ちょ、ちょっとまって! まだ入部もしていない人に、掃除の手伝いなんかさせられないよ!」 

「ですけど、お一人で大変そうですし」


 なんて事だ。俺の脳内のモヒカン頭達が今の彼女のお言葉を耳にした途端、清らかで美しい涙を流している! そう、女神様の溢れる慈愛に触れて、感動しているんだ!


「あ、ありがとう。君って菩薩様のように優しいんだね。普通、人類ってのは居残り掃除なんか、ましてや他人の掃除の手伝いなんか、どんなに平身低頭して頼んだって、悪口雑言を吐いて断るもんだぜ? そんな発言、もう神様・仏様クラスの域としか思えないよ!」


 竹仲さんはちょっとぽかんとして、すぐにクスクスと笑い出した。


「面白い方なんですね。でも私はお掃除大好きですよ? 人間ですけど」


 彼女の周りには、笑顔から振り撒かれたダイヤモンドの粒が、キラキラと輝き舞っているようだ。それ程俺の目の前にいらっしゃるこのお方が、輝いて見える。ええ子や……ほんまにええ子や! どこぞの鬼部長や俺の友人(仮)達に聞かせてやりたいよ。

 そうだ! こんな掃除如きに、彼女の大事な人生の一部を使わせるわけにはいかない。俺はもっと大事な、なすべき事をひらめいた。

 そう、IXA部見学ツアーだ!


「ねぇ竹仲さん、時間あるかな?」

「え? は、はい」

「じゃあ今からさ、IXA設置室を見学しない? もしよければ一対一の簡単な合戦なんてどう?」


 丁度いい事に、部室と設置室のカギは俺が持っている。と言いう訳で、ダメで元々彼女を誘ってみた。咄嗟に思いついた、掃除をサボれるいい訳――いやいや、部員でも無い人に、掃除を手伝わせない為の心遣いってヤツだ。

 だが彼女は以外にも、俺の提案に胸の前で手を合わせ、目を丸くして喜んでくれた。


「まぁ、本当ですか? 凄く嬉しいです。宜しければ是非お願いします」


 その表情には、嘘偽り無い「嬉しさ」があるように見えた。

 いやまぁ気のせいかもしれないけどね。


次回予告

入部を希望する美少女転校生・竹仲綾奈とIXAの模擬戦を行う橋場。が、彼女が選んだソフトは、この桜林高校IXA部において、封印された忌まわしきソフトだった。

次回 「封印のソフト」



最後まで読んでいただき、まことにありがとうございました!

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