二 反省会の主役
『第二十五回 美都桜高校対岡崎高校 IXA部親善エキシビション合戦は、西方総大将部隊の総崩れにより、東方、岡崎高校の勝利となりました!』
IXAメインシステムが、本日の結果を女の人の声で容赦なく読み上げる。もうちょっと「残念でしたね~」とか気休めの一つも言えないものか。所詮はデジタルボイスだな、気が利かないヤツだ。
「礼!!」
「『 あ り が と う ご ざ い ま し た ぁ ー ! 』」
IXA筐体設置室。織田部長の号令一下、一列になった俺達美都桜高校IXA部九人は、大型空間投影式ディスプレイに映る岡崎高校の生徒達と、互いに深々と一礼を交わした。
十一月現在の我がIXA部は、既に三年生が引退し、一、二年生のみでの部活動となっている。
部員数は九人。二年生男子三名、女子二名。一年生男子三名、女子一名の構成だ。
実際のところレギュラーは十名必要なのだが、この時期三年生が不在なので、そこはどこの学校も目をつぶっていると言う状態だ。
と言うわけで、気の抜けた部員達に気合を入れる為と催された今回の親善試合。結果は見ての通りだ。気合を入れるはずが、俺の手痛いミスもあり、かえって気を削ぐ結果となってしまった。
「よし、全員制服に着替えたら部室に集合だ! 十分後に反省会するからな!」
「「したっ!」」
ハツラツとした挨拶が設置室にこだまする。
「……特に橋場。今日も主役は貴様だからな」
そして冥の府から搾り出されるような声が、設置室に、特に俺へと重くのしかかる。
「はぁ……このまま家に帰りたいよ」
俺は肩を落とし、酷く憂鬱になりながらとぼとぼと歩いていた。そんな俺の頭にぽんと手を置き、クシャリと撫でる人がいる。
「落ち込んでんなよ、らしくねぇ」
ご近所同士で、物心ついた頃から兄弟のように接してきた真江田先輩だ。
長身痩躯に、気持ち下がったシャープな目。男前オーラ溢れる笑顔からは、輝くような白い歯が零れている。一体何食ったらこんなかっこよくなれるんだ?
思えばIXAを始めた中学一年以来、この人にずっと励まされてばかりだ。
この人に誘われて、この人にIXAを教わって、この人に幾度も助けられて、この人の背中を追いかけて。
そう、全てこの人が始まりだった。と言う事は、今の俺の憂鬱もこの人が原因か!
「なんだその超展開理論は?」
我ながら流石に無理があった。そりゃ先輩も怒って、俺の咽笛に地獄突きを繰り出してくるはずだ。二度も。
たまらず立ち止まってケホケホうえぇっとえづいている俺に、歩みを止めて先輩は言う。
「それでもお前はよくやったよ。見てみろよこのスコア。あんな短時間で雑兵撃退数百五十一だ。俺でも百八止まりなんだぞ。しかもあの残り少ないライフ量で本田の野郎と渡り合って、いいトコまで追い込んでるじゃないか。あいつのランクはお前より上の従六位上だ。これは誇れるぜ?」
合戦終了後に配られた戦闘経緯・結果記録用紙、通称『スコア』を見ながら、先輩は微笑んだ。
うん、我ながら必死だった。でもあそこで敵将から逃げて、部隊の再編成をしていれば、戦局はもしかしたら……。
「ま、終わった事は仕方ねーんじゃねーか? 俺も助けに間に合わなかったしなー」
横からリョータが、俺の肩をポンと叩きながら言った。小学生の時からの性格と雀斑顔が全く変わらない、楽観主義のお気楽なヤツだ。
「つーことで、今日のは貸しでいいや。今度は奢れよ!」
そう言って通り過ぎ様に手を振り、男子更衣室へと入って行った。
ちくしょう、悔しいけどどいつもこいつもかっこいじゃないか。なんて言うか、先輩や友人って良いもんだよな。お陰で少し浮かばれた気がするよ。
「そう言うこった。それじゃとっとと着替えて、夜叉姫様主催の公開リンチ会場に行こうぜ? 今回はどんな刑罰が下されるやら。楽しみだな、ケーイチ!」
……先輩、何故また突き落とすんですか?
「みんな揃ったかー? じゃあ反省会始めるぞー」
大型空間投影式ディスプレイに映った関ヶ原布陣図を背にした部長が、椅子に座った部員達を見渡し、手をパンパンと叩きながら注目を誘って言う。
IXA内で見る画像処理された鎧武者姿とは似ても似つかないような、一見おしとやか風な日本美人だ。
濃緑のブレザーに赤と黒のチェック柄のフレアスカートという、我等が美都桜高校自慢の制服姿も中々凛々しく決まっていて、いかにもデキる女生徒といった感じは、男子はおろか女子のファンも多いのだとか。
その横には、同じく濃緑のブレザーにタイをルーズに緩めたラフな格好の男前。そう、副部長である真江田先輩が夫婦人形のように並んで座っている。傍から見たらお似合いの美男美女の学生カップルだ。
実はこの二人、小学校の頃からの腐れ縁なのだとか。
「じゃあ今日の反省! まずは副部長から」
部長の声に、俺か? と尋ねる素振りで真江田先輩が立ち上がった。
「そうだな。NPCである小早川隊の合戦開始早々の裏切りには面食らったが、それは想定内だったし問題はない。けど史実通り、同じくNPCの脇坂・小川ら他の四部隊の東軍加担は、こちらの根回し不十分だったかと思う」
そう、一万五千もの大群率いる金吾中納言《小早川秀秋》が、俺が討ち取られたすぐあと、史実よりも早く布陣していた山を駆け下りてきて、真江田先輩と、これまたNPCの大谷吉継率いる五千余りを急襲したのだ。
そりゃ三倍もの大群に襲われちゃどうなるか、子供でも予想はつく。でも、流石は先輩だ。一時期は数で勝る小早川隊を、山頂まで押し返してしまったんだ。
けどその隙を、NPCである寝返り四部隊に突かれて挟撃される形となり、結局は無念の最期を遂げてしまった。
そこからは東方の数に圧倒され、善戦虚しく総大将である部長の部隊が蹂躙され瓦解し、総崩れになったと言うのが今回の結果だ。
「うん、初期部隊配置で不利の東軍、味方に不安の西軍というこのシナリオだと、我々の最重要懸念は正にそこだったよねー。でもさー、予定通り実際小早川隊に結構なプレッシャー与えても、結局裏切られちゃったってのは、私達に運が無かったのかなー?」
今回のシナリオの不安定要素を、赤いリボンで結ばれたポニーテールを揺らしながら、二年の枝畑恵美先輩が持ち出した。ああ先輩、あなたはただの運動神経抜群のスポーツバカじゃなかったんですね!
そう、今回我が軍である西方敗北最大の原因は、史実通りの金吾中納言他四名の裏切りに他ならないのだ。
俺はそんなに悪くない。今回の敗北は、俺の暴走が直接原因じゃないんだよ。きっと。
「だよなー橋場。それはそうといい物見してやんよ、目ぇ開けてよっく見てみ?」
と、チャラチャラした優男の代表のような二年の多岐川康久先輩が手渡してくれたプリントには、今回小早川秀秋を担当した思考行動選択AIのコメントが記されていた。
『開始早々、西方の間抜けな一角が無様な壊滅に追い込まれ、こりゃ西方ダメだなと思って裏切った』
「な、なんだこりゃー! 俺に責任アリアリな言い分じゃないか! てか何だよこのコメ! AIの分際で、人間様に喧嘩売ってんのかー」
AIの挑発的な言葉にムキー! となった俺を、横に座る同級生の朝野慎吾が無表情で頭を押さえ込み、黙らせる。
無口で殆ど感情を表さない、俺とは真逆の冷静クールなアイスマンだ。
笑顔とも嘲笑とも見て取れる細い目が、口より雄弁に俺に語りかける。落ち着けって言うんだろ? 判ったよ。
まあいい金吾め。史実では二年後に大谷吉継の呪いで、くるくるぱーになって死ぬんだ。ざまーみろ。
「とまあ、貴様のそのテンパリ短気猪突っぷりが、今回我が軍敗北の根元の要因であるのは疑いようのない事実な訳だ。よって……橋場慶一郎! 貴様に一週間の単独部室掃除を命ずる!」
「ちょ、ちょっと待って下さい部長! そんなの不当なお裁きですよ! 大岡越前ならきっと『Not Guilty!』って親指立ててニッコリ微笑む名裁きをくれるはずです!」
俺は同情……もとい同意を得ようと、周囲を――部員達の顔を見渡した。
「部長、俺はその処罰にちょっと異議ありやな」
さりげない挙手の後にそう言ってくれたのは、去年関西方面から転校してきた、虎のようなするどい目つきの元ヤンキー、二年の金盛祐介先輩だ。俺を見て親指を立て、「任せとけ」とばかりににっこり微笑んでくれた。ああ、やっぱり判る人は判ってくれてるんだ!
「部室だけやのうて、IXA設置室も掃除してもらわんとあかんのちゃいますか?」
帰れ! 関西に帰れ!
「あー、設置室の存在を失念していた。感謝するぞ金盛。って事で、みんな異議は無いな?」
「「異議なーし」」
「異議あり! 異議あり! 意義ありいいいい!!」
「満場一致だな。ではこれで解散! みんなお疲れ」
俺の心の叫びは、皆の椅子を片付ける音に紛れ、虚しくかき消された。ちくしょう、呪ってやる。
次回予告
一人敗戦の責を問われ、部室掃除の刑に服する橋場。そんな彼の元へ、一人の美少女が現れて言う。
「あの、入部希望なんですが……」
次回 「転校生と猪武者」
最後まで読んでいただき、まことにありがとうございました!