エピローグ~凱旋
一斉にカンオケの蓋が開き、見慣れた設置室の光景と織田部長の笑顔が、俺達を出迎えた。
「お前達、よくやったな!」
部長の一言が、皆の笑顔を誘う。不毛且つ遺恨が残りそうな合戦だったけど、勝ちは拾えたし、とりあえずは満足だ。
「そらお前等、勝ったからって気を抜くな! まだ最後の挨拶が残ってるんだぞ、さっさと集合しないか!」
部長の激しい声が飛ぶ。俺達は慌ててカンオケから飛び出し、大型空間投影式ディスプレイの前に一列に並び集合した。
『ひいいい! 痛い痛い! やめろって朱池! ごめんってば! だ、誰か助けぇーーーーーウゴッ!!』
回線が開くとともに聞こえた、情けない悲鳴。それはディスプレイの向こう、朱池会長にボコボコにされて顔の形が変わっている、恐らくは最東? だと思われる男の断末魔だ。
とどめにカールゴッチも舌を巻くほどの、それは見事な「へそで投げるジャーマン」をかまされ、ピクリとも動かなくなったようだ。うんまぁ、自業自得だね。
『フーッ、フーッ……あら、嫌ですわ。ご覧になってましたの? この馬鹿に少々ヤキを入れていたところでしたのよ』
これで少々ですか。
『皆さん、これで終わったと思わないで下さい! まだまだわたくしは諦めた訳ではありません――』
と、会長の言葉に割って入る声がした。
「いい加減にしろ朱池! 貴様、どこまで皆に迷惑を書ける気だ!」
織田部長の本気の叱咤だ。
『…………』
黙りこくり、すねたような表情でぷいっと顔を背ける朱池会長。そんな会長に向け、部長が続けて言う。
「そちらの皆さんにご迷惑をかけたんだ。ちゃんとお詫びしてとっとと帰って来い」
『い、言われなくとも……』
そっぽを向いたまま、小さく零す会長。そんな会長に、金盛先輩があの話を持ち出した。
「おう、朱池! それはそーと、あの話はどないなったんや?」
『な、何ですの? あの話とは』
「約束やがな! や・く・そ・く」
そう、なんでも一つ言う事を聞く約束だ。
「ほれケーイチ! ガツーンと言うたれ」
そう言ってニヤニヤ顔で俺を見る先輩。俺は少し迷ったが、やはり言う事にした。そう、最初に思いついたあの事を。
「あ、あの。朱池会長! あなたに出来得る事なら何でも聞いてくれるって約束でしたよね?」
『な、何でもとは言えませんわ。わたくしが出来得る事で、お金もかからず、簡単な事でしたら……ですわ』
何か言う度にどんどん条件が限定されて行ってるような……まあいいや、全く問題ないからな。そう考え、俺は笑顔で言った。
「勿論簡単に出来る事ですよ!」
『だ、だから何ですの!? さっさと仰ってください!』
モニターの向こう、腕組みをしながらちょっとイライラ顔という会長に、こう告げた。
「竹仲さんと、仲直りしてあげてください」
途端、会長のイライラ顔が、素の表情に変わる。そして周囲にいる部員皆が、唖然とした表情になった。竹仲さんを除いて。
「橋場……さん?」
小さく俺の名を呼ぶ竹仲さんに、俺はにっこり微笑んで頷いた。
「ね、簡単にできる事でしょ?」
『そ……それは』
「ケーイチよ、便所掃除一年間とちゃうんか? そんなんでええんか?」
「え……だ、ダメっすか?」
「い、いやぁ、それはやな……別にええけど」
金盛先輩が口篭る。そんな時、真江田先輩が言った。
「朱池、俺からも頼む」
その言葉を受けて、一瞬きょとんとなった朱池会長が、目を泳がせながら頬を染めて答えた。
『し、仕方ありませんわね。まあ真江田君がそこまで仰るんなら、聞いてあげなくも無いですわ』
「……朱池先輩」
竹仲さんが一歩ディスプレイに歩み寄り、そんな会長に微笑を投げかける。
「朱池先輩、私もあれからたくさんの事を学びました。そして気が付いたんです。私自身の過ちに!」
『……竹仲……さん?』
「先輩が執筆んされた武田信玄攻め×上杉謙信受けのラブストーリー。このカップリング小説はどうしてもおじさん臭があるという理由で、私達の同人誌〈戦国愛武〉への掲載を拒みました。でもそれは間違っていたと気付いたんです! そう、武田信玄や上杉謙信がおじさんである様に、伊達政宗さまや真田幸村さまも、実は大坂の陣で刃を交えた時は、すでにおじさん同士だったという事実を知ったのです。自分の作品を棚に上げての掲載拒否。そのおろかな行為に気が付いて、それ以来ずっと先輩にお詫びをしたくて……申し訳ありませんでした、朱池先輩!」
『そ、そう。そこに気付いてくださったのなら、もう何もいう事はありませんわ……立派になられましたわね、竹仲さん』
「せ、先輩!」
『そうですわ、確か現在我が校において密かに進行中のサークル〈戦国薔薇人〉に、一名の空きがございましたの。宜しければどうかしら? 竹仲さん』
「朱池先輩、ありがとうございます!」
えっーと……こうして仲違いをしていた先輩と後輩は、元の鞘に納まりました。めでたしめでたし……で、いいのかな?
でも、あなた達二人の仲を修復した立役者として、一言だけ言わせて…………
そんな事で喧嘩するなよ。
まあいいか、竹仲さんの屈託の無い笑顔が見れたし、金盛先輩や脳内のモヒカン達も「ええ話や!」と涙を流しているし。これにて万事解決って事だな。
「あー……という訳で、とりあえず挨拶を行い、これにて幕としたいのだが……もういいか?」
部長がちょっと困惑そうに竹仲さんへと尋ねた。
「あ、はい!」
「よし! じゃあ再び整列だ!」
両軍共に慌しく動き、一列を成す。
「礼!! ありがとうございました!」
「『ありがとうございました!』」
溌剌とした挨拶が交わされ、條庄との回線も途切れた。俺達の部は、どうにか首が繋がったようだ。
「さぁて終わった終わった! 勝ち鬨上げてさっさと祝賀会しようぜー」
「おー! せやな」
「じゃあ俺、着替えたらコンビニ行ってきます」
「じゃあ一年は着替えたら買出し部隊だな!」
「「りょーかい!」」
そんな皆の祝賀ムードは、竹仲さんの一言で一転。筐体設置室に暗雲が立ち込めた。
「待ってください。皆さんの今日の戦いぶりは、お祝いできるものではありません。総大将の命令無視、厳罰に値します!」
「いやまぁー綾名ちゃん、それはそうだけどさー」
「硬い事言いっこなしだって」
「いえ、鉄は熱いうちに打てと申しますし、この場で総大将としての沙汰を申し渡しましょう。皆さん独断出陣の刑罰として、一週間の部室ならびに筐体設置室の掃除を命じます!」
「「えぇ~そんなぁ!」」
皆の悲痛な叫びが筐体設置室に響き渡る。くくく、思い知ったか俺の辛さを! 皆苦しむがよい!
「特に橋場さん。あなたは御家来衆にもかかわらず、独断出撃なさろうとしましたね? それは更なる重罪です。よってあなたには、一ヶ月の掃除刑罰を与えます」
「えぇ! あれはその、勢いというかなんと言うか……てか思いとどまったし!」
「……そして私も、夢中で戦うあまり、突出しすぎて橋場さんを危険に晒してしまうという失態を犯してしまいました。これは総大将として、あってはならない恥ずべき行為です。よって私も一ヶ月の掃除刑罰を共に受けようと思います」
そう言うと竹仲さんは、俺の手を取り、にっこり微笑んで続けた。
「という訳で、橋場さん。これから一ヶ月、二人で仲良くお掃除しましょうね!」
そんなぁ、竹仲さんがここまで掃除好きとは思わなかったよ!
昨日で終わったはずの俺の掃除人生は、残念ながらこれからもまだまだ続きそうだ。誰かたっけて~!
「俺達の戦いは始まったばかりだ!」
橋場の勇気が世界を救うと信じて……
長らくのご愛読ありがとうございました。クック先生の次回作にご期待ください。
長丁場、最後までお付き合いいただいた事、感謝の言葉もございません!
またどこかでお目にかかれたらうれしく思います。




