十四 先輩と後輩(キンカン頭と竹仲さん)
平成二十五年十一月六日 午後の部活時間。
一年生と二年生に分かれての紅白戦から二日がたった。
当然といえば当然だが、この間俺と竹仲さんとの間に何の進展も無い。その間は、模擬戦の最中に甲冑に身を包んだ美少女というギャップのある姿を、ただボーっと眺めるくらいが関の山だった。 大体進展も何も、ただいい雰囲気になったってだけで、チューはおろか「付き合おう」の「つ」の字も言ってない状態だったんだ。進展があった方がおかしいのさ。
それにしてもあの時、皆の邪魔さえなければ、俺は大人の階段を二・三段上がっていたかもしれないというのに。返す返すも口惜しいよ。
いや、下手に彼女へと手を出していたら、一年生男子全員から黒丸を突きつけられるなんて事になったかもしれないんだ。命あってのものだねだよ、慎吾みたくなりたくは無いだろ? ここはこれでいいんだよな。
慎吾と言えば、奴の足首が完治し、また合戦に出られるようになった。これで新生美都桜高校IXA部フルメンバーが揃ったという事だ。
だが、そんな晴れやかな俺達の門出に、またもや水を差すあのお方が現れた。悪役顔が良く似合う、キンカン頭の朱池会長だ。
部活を始めようと皆が部室に集合した頃を見計らい、何の前触れも無く急に部室に現れた朱池会長が、開口一番「決まりましたわよ!」と部室のドアを開け叫ぶ姿に、竹仲さんを除く全員が眉間に皺を寄せ、露骨に嫌な顔を見せた。全く騒々しい人だよ。
「な、何がだ?」
突然の事に、そう返すのが精一杯の部長。だが、キンカン会長の口から次いで出た言葉に、部員一同が衝撃と戦慄を覚えたんだ。
「何言ってらっしゃるんです! あなた方を屠る高校のIXA部が、ですわ!!」
おお、ついに決まったか! なんて思った部員は一人もいなかった。そう、その戦慄は「そんな対決忘れてたー」に向けられての事だ。
「もういいよ、めんどくさいし」
まるで犬猫をあっちいけと追っ払うかのように、掌をひらひらと振りながら部長が言う。
「ムキー! なら本校のIXA部は廃部決定ですわよ! よろしくって?」
「わかったわかった。なら我々が勝ったら一人二万円の報奨金を寄越せよ。それでよろしくって?」
会長の言葉尻を真似るように、部長がからかって言う。だけどその二万円ってのは、なんかリアルな数字じゃないですかね?
「そんなバカな事言わないでくださいまし! まあ払えない事も無いですが、学生が現金を賭けるなどもっての外。ですからお断りいたします! もっとわたくしが現実に出来うる事を仰ってくださいな!」
その言葉を聞いて、俺の頭の上にピコーン! とLED電球が点いた。いい事を考えついたんだ。我ながらナイスアイディアだと思ったね。この時はだけど……。
「部長、その対決受けましょうよ。どうせ俺達の勝ちなんだし。それと、俺達が勝った時の会長への条件は、俺に決めさせてもらえませんか? 勿論、会長に出来うる、まともな事です」
「ん? うーん、まあいい。お前には今まで数知れない無実の罪を着せてきたからな。一つぐらいは願いを聞き入れてやろう。皆はどうだ?」
「「りょうかーい!」」
数知れないってあんた……一体今までどのくらい、俺のピュアな心を利用してたんですか?
「ちょっといい加減にしていただけませんかしら? それではまるでもう勝ったかの様な言い草ではありませんか! いいです事? 対戦高校の名前を聞いたらきっと驚きますわよ?」
「はいはい。どこだ? 三縄高校か? それとも厚木江東か?」
部長が前回、前々回の県下統一校の名を出した。だが朱池会長は、そのいずれでもないと首を振り、陰険な笑みを浮かべばがら俺達に告げた。
「ウフフフ。誰かさんが良くご存知の……そう、條庄学園ですわ」
一斉に皆の視線が竹仲さんへと移る。当の彼女は――衝撃を受け固まってしまった様子だ!
「知ってますわよ、竹仲さん。あなた新入部員の癖に、いきなり総大将に抜擢されたそうじゃありませんか?」
「貴様、何故それを知っている?」
あー…………ごめんなさい。俺、次の日にクラスの皆にしゃべっちゃった。
「私の情報網を甘く見ないでいただきたいですわ! 緘口令でも敷くべきでしたわね」
キッ! と瞳を輝かせ、朱池会長が見得を切る。俺は考えるよりも先に、その不敵な笑みを浮かべた策士に向けて、猛抗議していた。
「だ、駄目駄目! それはないですよ朱池会長! 彼女は、竹仲さんは向こうで――」
だが、そんな俺の言葉を遮る一言が不意に放たれた。
「よかろう!」
部長だ。そりゃあガチ対決ならどう考えても俺らの勝ちは揺ぎ無いけど……『息をする卑怯』の名を持つ、朱池会長の何かしらの策ですよ! そう、あからさまな竹仲さん潰しじゃないですか! 竹仲さんが居なきゃ俺は、いや俺達は……。
「試合は明日の土曜、午前十時。公式ルールに則った、参加部員十名ずつの一部隊兵数三千、総大将のみ五千で行います。天候にも地理にも左右されない条件を選んでおきましたわ、依存はありませんわね?」
「ああ、かまわん。もう用が済んだのであれば、とっとと出ていけ」
まるで小悪党のような陰湿極まりない笑いを浮かべて、キンカン頭は部室を去ろうとした。と、部室のドアの辺りまで来てふと立ち止まり、彼女はとんでもない事を口にした。
「そうそう。明日の試合、わたくしも参加いたしますわよ? 無論條庄方としてですけどね。織田さん、明日こそ決着をつけましょう」
「なんて恥知らずな奴だ!」
まるで部長の罵りを褒め言葉のように受けて、高らかな笑い声とともに朱池会長は部室を去った。
あきれたという顔の俺達部員九人と、ショックを受け未だ固まったままの竹仲さんを残して。
数分後、緊急ミーティングが催された。お題は勿論『如何に朱池会長をぶっとばすか』である。
「そういやケーイチ、俺達が勝ったら朱池に何言うつもりだったんだ?」
真江田先輩の問いに、俺は少し憤慨気味の答えた。
「いや、ちょっと考えがあったんだけどね。でもあの態度見て気が変わったすよ。もうね、便所掃除一年間とか言ってやろうかと」
「おー、それええな! 言うたれ言うたれ」
俺の考えは甘かったようだ。流石『人生闇討ち主義』の朱池会長。まさかあそこまで卑劣だったとは思っても見なかったんだ。
「もうさーシカトしちゃおうよ! めんどくさいし」
枝畑先輩らしからぬ発言だ。それ程会長に対しての怒りが半端ではないという事だろう。
「だが無視したところで、朱池は何度も言いがかりをつけてくるぞ。それに部長が正式に合戦を行うと認めたんだ。ここで逃げれば、部長の顔に泥を塗る事になる」
「んー真江田君の言う事はもっともだけどさー。なんか釈然としないよねー?」
そう言って枝畑先輩は心配そうに竹仲さんを見た。さっきから項垂れ、思いつめたような表情が居たたまれない。
「竹仲? ……竹仲!」
「は、はい!」
「どうした、しっかりしろ! お前は我等美都桜高校IXA部の総大将なんだぞ? そんな事で自分を見失ってどうする!」
部長の激しい叱咤が飛ぶ。でも確かに竹仲さんには、我等が総大将には、毅然とした態度で臨んでいてもらいたい。
「も、申し訳ありません! 気を……つけます」
すぐに言葉の覇気が弱まる様を見て、部長が一つ溜息をついた。本当に忍びないよ。
「だーいじょうぶだって竹仲ぁー! この前みたくテキパキと俺達に命令出してくれたらさー、ちょちょいのちょいって敵をやっつけてやっからよ! 心配すんなって!」
こんな時、リョータのノーテンキぶりが役に立つ。あいつ唯一の長所だな。
「はい、そうですね。敵の詳細を知っている以上、こちらが有利ですものね」
力なく笑う竹仲さん。でもいくら向こうの手の内を知ってたってさ、相手は彼女の師匠である朱池会長と、彼女の心に深い傷を負わせた昔のチームメイト達だ。今も先輩への葛藤とトラウマが、心の中をぐるんぐるん駆け巡ってるんだろうな。
「部長、やっぱ相手チーム変えてもらったほうが――」
「いや。我々の、新生美都桜IXA部の初戦は條庄こそ相応しいと思う」
そう言うと、部長が竹仲さんの前に歩み寄り、肩に優しく手を置いて語りだした。
「竹仲。すまんが我々は、先日筐体設置室での橋場とお前の会話を聞いてしまった。お前がメンタル面の弱さを克服するには、まず根幹となっている條庄の奴らをぶっ飛ばして、過去の脱却を図るのが望ましいんだ」
確かにそうだよな。あいつらに竹仲さんの真の力を見せ付けてやればいいんだ。
それによって彼女も、過去の悪夢から抜け出せるに違いないよ。
「きっと、奴らとまた関わるのは辛いだろう。だが逃げるな! 向き合え! そして叩き潰してやれ!」
「は、はい!」
その時になって、はたして彼女の勇気が奮い立ってくれるだろうか? いや、そんなことは関係ない! 俺達が手足となって、奴らをぶっ飛ばしてやればいいだけの話なんだ!
「だがまあ、正直なところ條庄と戦う一番の理由は……條庄の奴らを徹底的に、必要以上にギッタンギッタンにしてやらねば気が済まんのだ!」
部長がにやりと笑いながら言う。この禍々しいオーラをこれほど心強く感じた事はないよ。
「は、はぁ。でも何故條庄をそれほどまで?」
「ま、うちの総大将さんが涙を流したんだ。奴らにそれなりの代償を払ってもらわないとな」
「せや! あいつらしばきまわさな気が済まんのや」
真江田先輩と金盛先輩がやる気満々に言う。俺も賛成だ。
「そうっすよ、全くその通り!」
「な、せやろ? せやからあいつらの親玉をやな、こう竹仲の前に引きずってきてキャン言わさな気ィすまんのよ!」
右手のグーで自らの左の掌を殴りながら、元ヤンの本性を露にする金盛先輩。真っ当な意味でおっかない。同じ部員じゃなかったら、ヘタレな俺はきっと目をそらしていただろうな。
「皆さん、本当にありがとうございます! 私のような者のために、これほどまで……」
彼女の潤んだ瞳が、今にも決壊しそうだ。
よし、今がチャンスだ! あの日以来、常にハンカチを持ち歩いている俺に抜かりはないぜ。
もし真珠のような涙を零したら、そっと差し出してあげよう。これで株式会社橋場工業の株は一部上場になるだろうな。くくく、策士・橋場慶一郎の誕生だ。お、モヒカン達もハンカチ持って総出でスタンバイか。その意気や良し! いくぞ!
「ほらほら、綾名ちゃん泣かないの。こんなの当然の事なんだよ? あたし達仲間でしょ?」
「あ、ありがとうございます枝畑先輩」
彼女の潤んだ瞳を見かねてか、枝畑先輩の手から、おっきいお友達が喜びそうな絵柄のハンカチが差し出された。
作戦中断! 撤収! ほらほらモヒカン共散れ、解散だ解散!
「そういや相手の総大将ってどんな奴? 綾名ちゃん知ってるー?」
「は、はい。名前は最東隆夫、二年生です。得意戦術は鉄砲で、部隊強化の認可も受けてます」
「おー! 知ってるよそいつ、認可試験の時見たぜ。開始前に自称百発百中の腕前で暗殺のプロだとか周囲に息巻いてたっけな。んで部隊指揮技能試験であいつと当たってさ、秒殺してやったよ。でもあの下手糞、何で認可受けれたんだ?」
不思議そうな多岐川先輩に、竹仲さんが言った。
「あの、多分……條庄の生徒は皆、官位や認可だけは受け易くなっているのかと……」
「ふぅん、そう言う事ね」
さもありなんという表情の多岐川先輩。周囲の皆も、それ以上は詮索しなかった。そう、それ以上聞く事は、竹仲さんの官位にも触れるという事になりかねないからなんだ。彼女に限ってそんな事は無いだろうけどさ。
「でもさ、よく薫のやつ、條庄に掛け合えたね? しかもさー自分までスタメン入りさせてもらってるし」
「はい。それは朱池先輩と最東先輩は昔からの知り合いだからだと思います。それに、私はあの二人の共通の敵ですから……」
「ということはぁ、私達も共通の敵であるということですねぇ」
「そういうこっちゃな」
皆が闘志を誇るように、にやりと笑う。その不適さと心強さに、竹仲さんも少し笑顔を取り戻したようだ。
「ところでさ、竹仲さん。その相手方の総大将のニセゴルゴ? 他に何か得意戦法とか無いかな」
「はい、あります。朱池先輩に勝るとも劣らない程の、卑怯な手段の使い手です」
「うわぁ……」
部室が一瞬で重い空気に見舞われた。生涯で一番後味の悪い合戦になるだろうな。
急遽決まった明日の合戦に備えるための軍議が開かれ、様々な対応策が講じられた。きっと向こうは姑息・卑怯・陰湿と、思いつく限りの悪辣な手段を使ってくるだろう。
第一に総大将である竹仲さんの身を守る事。俺の部隊は総大将直轄になるから、こいつは俺の管轄かつ最優先事項だ。俄然やる気が出るというもんだな。
次いで考えられるのが、各人への挑発行為だろう。元はといえば会長も俺達美都桜の部員だったんだ。それぞれの癖や弱点を利用してこない訳が無い。特に俺や部長、金盛先輩あたりへの挑発が来ると予想される。が、こいつも大丈夫だ! 何故なら俺は今、竹仲さんの御家来衆だからな。滅多な事じゃもう暴走したりしないさ。
俺でさえこれだけ用心できるんだ。部長も金盛先輩も、きっと大丈夫だよ。おっぱいの事さえ言われない限りは。
「もう午後の六時か、流石に今日はここまでだな。細かい詰めは、明日の朝早く来て行おう。以上! 今日は解散だ」
「「したっ!!」」
「橋場、今日はもう掃除はいい。明日のために帰って休め」
「あ、はい! って事はもう来週からは掃除しなくていいって事ですね! イヤッフー!」
「まだわからんぞ? 明日の合戦でヘボいミスやらかしたら更に一ヶ月の掃除刑罰に望ませるからな」
「なんの! 部長こそ変な挑発に乗らないでくださいよ? たとえばおっぱ――」
その途端、噂でしか聞いたことが無い部長必殺のデンプシーロールが、俺を右へ左へと躍らせた。薄れ行く意識の中、死んだ爺ちゃんの「まだこっちにきちゃなんねぇ」と言う声が聞こえた気がしたけど、あれは気のせいだったのだろうか。
次回予告
真江田と橋場、部活終わりの道中。橋場は、幼い頃から「兄」と慕う真江田に、竹仲への「思い」を打ち明けるのだった。
次回 「先輩と後輩(いさ兄ちゃんとけーくん)」
この章に最後まで目を通していただいて、まことにサンキューでした。




