九 レッツ紅白戦(パーリィ)
翌日の午後二時二十分、あっという間に放課後が訪れた気がする。
そう感じるのも、朝からずっと緊張気味だったせいなのかもしれない。
何と言っても、今日は我等がお屋形様の真価が問われる大事な一戦。それは否が応にも気合が入るというもの。で、その余計な気合が、今日一日の緊張を生む結果となっている訳だ。
こんな事じゃだめだ、また大事な場面で暴走モードに突入してしまうじゃないか。今日ばっかりは、いや、今日からは世紀末雑魚キャラ伝説は自粛の方向で話を進めなきゃないけないと言うのに。
そう、皆のため(特に竹仲さんのため)、俺はこれまでのような猪武者と言う汚名を、是が非でも返上しなければならないのだ。
そんな一皮向けた俺を、部員達は羨望の眼差しで見つめ、部長も「橋場、お前はやればできる子だと思ってたぞ」と褒め称えるんだ。
そして真江田先輩も「もうお前に教えることは何もない。ついに師匠越えを果たしたな」と言ってくれるに違いない。
更には竹仲さんが「すごくかっこよかったです! 真田幸村さまよりも伊達政宗様よりも、橋場慶一郎さまが一番かっこいいです!」と潤んだ瞳で俺を見つめ、いつしか二人は――
「よっすケーイチ! いい子にして待ってたかー」
「お、おう。恥かしい夢を見終える前に起してくれてありがとよ」
昨日皆で決めた『五人揃って部室に乗り込む』という約束通り、一年生棟である新校舎一階の階段付近で待ち合わせていたのだが、こんな時に限って俺のクラスは授業が早く終わり、お陰で死ぬほど浮かれた妄想を見るに至ってしまった。我ながら恥ずかしい。
「おまたせなのですー」
次いでほがらかちゃんも満面の笑顔で現れ、その数分後にA組の連中に紛れて、竹仲さんの麗しいお姿が目に飛び込んできた。と、慎吾の姿が見当たらない。どうした、アイスマン。便所か?
「竹仲ー、シンゴはー?」
「はい、一緒に来ようと思ってお話しながら歩いていたのですが、突然クラスの男子の皆さんに、朝野さんが連れて行かれて……なんでも大事な御用があるとかで少々遅れるとの事らしいです」
笑顔で語る彼女。けどね、それはおそらく慎吾の生命の危機を指しているんだよ。と言う事で、竹仲さんへ不用意に近付けば、もしくは近付かれればどうなるかを、身をもって教えてくれた慎吾よ。君の死は無駄にはしないぞ!
「リョータ、草葉の陰にいるであろう慎吾に向かって黙礼だ」
「ああ、いい奴だったのに……残念だ」
「いい奴は早死にするのさ。という訳で竹仲さん、ほがらかちゃん、早速部室に行こうか!」
「え? でも朝野さんを待たなくてもいいのでしょうか?」
「大丈夫だよ。首尾よく生き延びたら部室に来るだろうから」
「はぁ……生き延びたらですか」
とにかく今の状況を他の男子に見られたら、二対二のカップリングと間違われて、きっと俺たちも同じ運命をたどってしまうだろう。ここはとっとと部室に緊急避難するのが良策だ。
午後二時四十分。命からがら逃げてきたと言う言葉がぴったり似合う慎吾を加え、部員一同が部室に会した。
「朝野くん、なんだか落ち武者狩りにあったみたいですねぇ、大丈夫ですかぁ?」
ほがらかちゃんの問いかけに、少し間を置いて頷き答える慎吾。さぞ酷い目にあったようだ。
「朝野さん、大丈夫ですか、何があったんでしょうか?」
「心配ない」
竹仲さんの不安げな眼差しに、気丈にも親指を立てて笑ってみせる姿がいたたまれない。
「大丈夫なら、そろそろ試合を始めに行くぞ。皆いいか?」
「「ハイッ!」」
部長の声に皆が威勢良く答える。さあ、これからが本番だ!
筐体設置室へと向かうと、既に水元先生が全てのスタンバイを終えて待っていた。部長の話に、顧問として立会人を買って出てくれたそうだ。
パイプ椅子に座り、いつものように夢の中へと旅立っているその様子は、下手をすると真っ白に燃え尽きたボクシングの人のようにも見受けられる。
あっ! 今先生の体から何か白いものがふわりと……!
「せ、先生! こんなとこで燃え尽きちゃだめですよ!」
「う、うむ。今のはちょっとヤバかっ……おう、皆来おったか。……さっさと着替えてくるがいい」
「よし、水元先生の残された貴重な時間を無駄にするな! すばやく着替えて整列だ!」
「「ういーっす!」」
数分後。男女共にキャプチャースーツへと着替え終わり、一年と二年に分かれて整列する。その中に一人、俺たちと毛色の違うスーツに包まれた女子が一人――もちろん竹仲さんだ。
「まだこちらの学校のスーツが仕上がっていないので、当分はこのスーツになるかと……」
と、申し訳なさそうに部長へと事情を語る彼女が着ているスーツは、條庄学園のロゴが入った、白を基調とする美しいスーツである。一昨日見た部長のスーツに身を包んだ彼女も良かったが、今日の生白き天使のような姿も大変素敵すぎてクレームのつけようがない。特に胸元は、一昨日のような締め付けがないためか、自由奔放に彼女の女らしさを表現しきっている。まさに完璧超人だ。
「正面! 静聴!」
皆と対面に立つ残虐超人……もとい部長の、まるで平手打ちのような声が部員を一喝すると共に、一同があわてて姿勢を正し正面を見据えた。どうやら俺だけではなく、全部員の視線が竹仲さんに注がれていたようだ。男子は判るが、女子の視線までもを奪う彼女の姿は、ある意味反則である。
「皆に一つ言っておく事がある。今日のこの紅白戦、本気の一番とする為に、イチ乙した者は橋場と共に一週間の部室ならびに筐体設置室の掃除を命ずる!」
「「え~っ! まじっすかー!」」
設置室に皆の不満声がこだまする。ふふふ、誰かは判らんが一緒に地獄に落ちようぜ! だが待てよ、そいつがもし俺だったら?
「安心しろ、掃除を一ヶ月に伸ばすだけで許してやる」
「そんなのないっすよぉ~部長! 何で俺だけ――」
「なら誰かをイチ乙させれば良いだけだ。何なら私でも良いぞ? いつでもかかって来い」
畜生、上手い事言って俺を挑発している。流石は駆け引き上手だ。でも今日からは暴走キャラは返上と決めたんだ。そんな指嗾には乗らないぞ。
「じゃあ皆の快い承諾を得られた所で、水元先生の訓示を頂戴しようと思う。では先生どうぞ」
部長の横で、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えながら、水元翁が居並ぶ一同を見渡す。そして美少女新入部員の前に進み出て、粛々と語りかけた。
「あー……竹仲殿」
「は、はい!」
「おっぱい……おっきいのう」
「ふぇ? えぇ……いえ……その」
ご隠居先生は、俺達がのど元まで出かかるほど言いたくて、でも言えない事をさらりと言ってのけた。それはまるで死出の土産にちょっと突かせてくれと言いたげな口調だ。まったく何考えてんだこのエロジジイ。(建前)
だがそれをうけて顔を真っ赤にして俯き、恥かしさをこらえる竹仲さんの可愛さが、俺を、否! 男子部員達を自分は男なのだと再確認させた。きっと皆、水元老人を心の中で褒め称えているに違いない。ナイスおじいちゃん!(本音)
「水元先生、人生に飽きたと言うのであれば、ちゃんとそう仰ってください。今すぐお迎えを呼びますから」
眉をヒクヒクと引きつらせながら、部長が眉間に皺を寄せて言う。
「うむ、冗談の通じん奴じゃ。……では、はじめるかの……礼!」
「「よろしくお願いしまーす!!」」
こうして俺達一年生軍と、二年生軍の戦いの幕は切って落とされた。
平成二十五年十一月四日、午後三時の事である。
各自がそれぞれ、あらかじめ振り分けられたIXA筐体に向かい、ハッチを開け、シートに体を預ける。スーツに付属しているコネクタのコードを伸ばし、筐体コンソールに接続。
イグニッションを入れると、軽やかなモーター音が座席後部から微かに背中へと伝わり、次いで目の前に空間投影式のディスプレイが開き、そのモニター内に必要情報の提示を求める文章が流れた。
「コタロー、IXAメインシステムにアクセスだ。アクセスナンバーはMTS08。ログインコードとパスワードは前回の物と同じのを使用」
程なくして、コタローが軽快な電子音を鳴らし、確認のクリアを知らせてきた。これでスタンバイはオッケーだ。
「じゃあ皆準備はいいか? それぞれ力の限り戦う事。それでは出陣!」
「「ハイッ!!」」
歯切れの良い返事と共に、一斉にカンオケの蓋が閉まる。真っ暗な中でただ一点、正面に赤く光るスイッチだけがその存在を主張していた。次にこいつを押す時、俺はどんな思いで押すのだろう。
ふと意識が遠のく。次の瞬間、今まで闇の中でリクライニングシートにもたれて座していたような感覚が、一瞬で草原に隆起した小高い丘に直立している感覚へと変わる。そう、俺は今IXA内の架空の草原に立っているんだ。
空は高く、雲一つない快晴。そよぐ風が青々とした若葉を躍らせている。それらの様はまるで実際の風景のようだ。穏やかな日差しと気温、そして頬を撫でる風の感覚も、現実と何ら変わりは無く、すごく心地いい。
目の前の丘の上には陣屋が建ち、張り巡らされた陣幕が風を受け優しく揺れている。それこそが我等一年生軍の本陣、そして開戦前の軍議所だ。見ると既にリョータが陣幕を捲り上げ、中に入ろうとしている。俺も急ぎ後に続こうと、歩みを始めた。
若草の上を歩くさくさくとした感触と、甲冑のしっかりとした重みが戦場を意識させ、気分を高揚させる。
IXA内では痛みに類する感覚以外、まったく現実と同じと言うのは、毎度の事ながら未だに感心するよ。でも現実で怪我などの痛みを持つ人や、IXA内で急な腹痛や頭痛などの症状に見舞われたような場合は、メインシステムが人体への危険と感知して警告を発したり、度合いにより強制終了といった事態にもなってしまう。それ故に、俺達選手は常に健康管理に注意しなければならないんだよな。
「おまたせ、橋場慶一郎ただいま参上! でござるの巻」
陣幕を捲り上げて中を見渡すと、そこにリョータ、竹仲さん、ほがらかちゃんが既に卓へと着席し、揃って俺へと視線を移した。
「おうケーイチ、座れ座れ!」
リョータがせわしなく着席を促す。かなりテンションが上がっている様子だ。
「見ろよ竹仲の鎧兜! 蝶型の変わり兜だぜ! 竹仲の可憐さそのままって感じだよな」
「おお! 可愛い兜だね、よく似合ってるよ!」
「あ、ありがとうございます……嬉しいです」
なるほど、甲冑マニアのリョータが喜んでいるのも無理はない。こいつは官位がある程度なければ拝領できないという、変わり兜だ。
兜の前面、翼を広げた『蝶』を象った前飾りが、銀と朱色に彩られ輝いている。これを着こなす竹仲さんは、まさに荒ぶる蝶々の戦神様の化身だ。
因みにこれら変わり兜や、有名武将が愛用していた武具は、官位や実績がないと拝領されない、俺達のように二~三種類のそっけない前飾りしか選べないような下っ端には、あこがれの一品の一つなのである。
そういや彼女の官位は従五位上だったっけ。官位を聞かれて気まずそうにしていた表情や、一昨日手合わせした時は一般武将用の甲冑に身を包んでいたところを見ると、あの時はもしかしてあまり官位を人に知られたくなかったのかな? なんだかいろいろと謎が多い女性だ。だがそこが魅力的でもあったりするんだけどさ。
「後は朝野さんだけですね」
総大将さんの声と同時に、慎吾が陣幕を上げてゆっくりと入ってきた。そんな慎吾に、また甲冑マニアがせわしなく座れと即す。リョータよ、早く俺達もあんな甲冑が選択できる身分になろうな。
「皆さん揃いましたね。では昨日の取り決め通り、本陣を左詰に配置した雁行の陣を敷きます。ちょっと邪道ですけど、これくらい奇抜な配置でないと、敵に疑心を植え付けられませんから」
うん、どこがどう邪道なのか俺にはさっぱりだ。
「特殊な場合でないかぎりぃ、普通はぁ、本陣を中央に据えるものなのですー。という訳でぇ、今回は敵方にぃ、何かあると思わせるためにぃ、わざといつもと違う配置にしてるんですよー」
俺の頭の上のはてなマークを察してか、ほがらかちゃんが解説役を買って出てくれた。
流石は気配り名人だ。だがあまり解説ばかりしてると「知っているのかほがらか!」と、常に解説を求められるキャラになっちゃうぞ。
「昨日もお話しましたが、橋場さんや皆さんが進言してくださった『副部長は慎重派で、未知の敵に対する場合、見の戦にまわる事が多い』という行動の癖を最大に生かすには、相手側へ如何に疑心や警戒を持たせるかが鍵を握ります。そうする事によって、相手の行動を後手後手にまわさせるのです」
我等のお屋形様が、笑顔で皆に言う。それ故になんだか凄みがあるように思える。
「ですが、どう転ぶか判らないのが戦の常。敵方が痺れを切らしたり、意表をついて打って出てくると言うことも十分に考えられます。その時はすぐさま作戦Bに移ります。実際はその方がやりやすいのですが……」
「まぁ副部長の性格からしてそれはないだろうなー」
リョータの言葉を受け、俺も慎吾もうんうんと頷く。作戦Bとは、陣形を鶴翼という陣形に変更し、打って出てきた部隊を包囲、各個撃破すると言う、受身かつ勝率の高い作戦だ。だがそこは手馴れ揃いの二年生。間違ってもそんな愚は犯さないだろう。
「さあみなさん! そろそろ時間です。予定通り左備えに本陣、以下斜め下がりに八州家隊、朝野隊、山内隊と配置します。敵方はこちらの様子を見るために動かず、挑発だけを繰り返してくるでしょう。ですがそんな手には乗らず、どうか指示があるまで防御を固め、待機をお願いします」
「「はいっ!」」
俺は、彼女の言葉を自身にかけられた言葉と真摯に受け止め、自分への戒めとした。本日限り、マジで暴走キャラとはおさらばだ!
次回予告
開戦からほどなく、橋場の落ち着きは既になく、二年生方の挑発に乗せられそうになる。そんな彼を見て、竹仲が声をかけた
「少し、おしゃべりしませんか?」
次回 「合戦前のひととき」
最後まで読んでいただき、まことに感謝いたします。




