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第六話 笑うカードには福来る

 「なるほど、よく分かったよ」誠は幾分元気を取り戻して、確信のこもった表情で朗々と告げた。「要するにお前はこの世界を数ある創作物の中でも漫画かアニメかさもなくばライトノベルの世界にしたいわけなんだな?」

 僕は頷く、こいつならすぐに分かってくれるだろうと思っていた。ところが宇野さんはよくわからないというような表情をしていた。

 というより彼女の場合、漫画やアニメはともかくライトノベルという語彙がそもそもピンとこなかったのだろう。

 「宇野さんはよく休み時間に小説読んでるのに、ライトノベルも知らないのかい?」

 「ば、馬鹿にしないでよ、知ってるってば、本屋でよく見かけるし……」それから宇野さんは少し俯き、躊躇しながら言葉を紡ぐ。「だけどあれって、その……エッチなやつなんでしょ……?」

 僕は思わず――人差し指と中指でだが――頭を抱えた。なんと純真な勘違い、なんて無邪気な正解。なんとも応えにくい。どう説明すればいいんだろうか。

 「いや、エッチじゃないのもあるよ、一杯」

 流石は誠、実に冷静に答えてくれた。

 「そ、そうなんだ」

 「まぁ宇野さんは分からないんだったら漫画とアニメだけ考えておいてくれればいいよ。それらには違いはあるが、俺達の場合はそれほど重要じゃないし。むしろ重要なのはそれらと、それら以外との違いだからね」

 「それら以外?」

 「つまり、一般向けの小説とかさもなくば純文学とか、小説以外では映画とかドラマとか」

 「何が違うの?」

 「ズバリ、ギャグとの親和性だよ。それからオタクとの親和性だ」

 僕はわりと読書が好きな方だ。よっぽど読むというわけじゃないにしろ、活字離れが叫ばれる昨今においてはまだ読む方ではないかと自分では思っている。

 そんな僕は誠とは対照的に――いや、まったくもってちぐはぐな対照だが――多くの場合アニメや漫画より小説に重きを置き、また評価している。

 だがそんな僕も小説よりも漫画やアニメを上に置いている分野がある――ギャグである。

 ギャグ漫画やギャグアニメは殊更に言うまでもなくもはや人気ジャンルでさえあるが、ギャグ小説というのはあまり聞かない。僕としてはこれはギャグ小説に分類してよいのではないかな、と思うような作品は無いわけではないが、しかし少ないし、またギャグの質で見てもやはりこればかりは敗北の色を認めざるを得ない。

 はっきり言って視覚的な情報がある分、漫画やアニメの方が明らかに有利なのだ。同様に視覚的な情報を有する映画やドラマの場合、今度は演じる人間の限界が邪魔をして、やはり漫画やアニメの方に軍配が上がる。なにしろ漫画やアニメは絵だから、自由なのだ。

 ライトノベルは視覚的な情報をあまり持たない小説のいち分野だが、ライトノベルには挿絵や表紙があるし、またその意味合いも他の小説とは若干異なりがある。他の小説の場合多くは挿絵や表紙の絵はイメージを誘起させるためのものだが、ライトノベルの場合イラストはもはやイメージなどという生易しいものではなく、作品の中の事実である。読者はイラストを無視して勝手に登場人物の容姿を想像することはほぼ不可能だし、またわざわざそんな事をしようと思う読者などまずいないだろう。そういう意味で、ライトノベルもまた漫画やアニメほどではないにしろ十分に視覚的な要素を持つメディアなのである。

 まぁライトノベルの場合、そのギャグとの親和性は視覚的な情報がどうこうよりも漫画やアニメとの関係性の方が多く寄与すると僕なんかは考えるが、そのあたりはまぁ、いいだろう。あまり長々と語っても仕方がない。

 「とにかく、漫画やアニメやライトノベルはギャグとの親和性という点において、他のスタイルより優れていると、そういうわけなんだ」

 「オタクとの親和性は?」

 「そっちはもはや言うまでもないだろう。漫画やアニメやライトノベルは、むしろオタクの方が好きなもので、また、それら以外のメディアでのオタクの描かれ方なんか、ほとんどは迫害者か笑い物だ。親和性という意味では歴然としている」

 「……なんだか偏見があるようにも思えるけど……まぁいいや」

 「まぁよかったところで、話を続けさせてもらうと、俺たちが目指すべきはハッピーエンドでありハッピーだが、そのより具体的な指針として俺はギャグを設定すべきではないかと考えている」

 「うん、それはわかるよ。そりゃギャグは悲劇からは程遠いもんね」

 「だろ? で、ギャグを世界に実現しやすいメディアは漫画やアニメやライトノベルときて、さらにそれらと親和性が高いものとしてオタクが挙げられる」

 「だから僕を、仲間に引き入れたってわけだ」

 「そのとおり、というのは少し前にも説明したことだが、ここで強調しておきたいのは創作物の中の世界であるかもしれないこの世界を、漫画やアニメやライトノベルの中の世界にする・・ということだ」

 「そこがよくわからないんだよね。映画やドラマをどうやって漫画やアニメにするっていうの?」

 「その質問を待っていた、って感じだな。宇野さん、この世界が偽物で物語の中の世界だったとするなら、この世界の外側、つまり例えばこの世界が漫画の中の世界だとしてその漫画が何かの雑誌に連載されているような世界は、どんな世界だと思う?」

 「どんなって……それは、その、その世界こそが本物の世界……なんじゃないの?」

 「……あぁなるほど、そういうことか」

 誠が宇野さんの言葉に触発されて何かを察したらしかった。宇野さんは依然理解しかねるというように頭を傾げている。そんな宇野さんに向けて、僕の言いたいことを了解したらしい誠が説明をする。

 「宇野さん、偽物の世界の住人である僕達が言うようなことではないかもしれないけれど、それでもやっぱり、本物で現実の世界の漫画に、中の世界があるって言うのはちょっとおかしいと思わない? ふつうは無いよ、漫画に中の世界なんて」

 「それは……あ、そっか」

 宇野さんも勘付いたようだった。

 「……なるほど、この世界が物語の中の世界だったなら、恐らくは、少なくともその一つ外側の世界もまた偽物の世界ということになるんだ」

 何故なら、漫画やアニメや小説や何でも構わないが、それらの中に世界があるなど普通に考えてあり得ないからだ。

 漫画やアニメはただの絵で、小説はただの文章、映画やドラマはただの映像である。そこに命も世界も意識も、芽生えようはずがない。

 となれば漫画やアニメや小説や映画やドラマの中に世界が生まれ得るような世界は、そこもまた物事の理から外れた世界であり、即ち偽物の世界なのである。

 「俺としてはまだこの世界が創作物でない類の偽物の世界だという可能性を捨てたわけではないが、まぁそこは一旦置いておくとして、仮にこの世界が創作物の中の世界ならその外側が創作物でない類の偽物の世界というのがまぁ、いまのところ収まりのいい説ではないかと俺は思う。あるいはこの世界の外側も漫画やアニメか何かの中身で、その外側も……ということももちろんありうる。なんにしろ、創作物たる偽物の世界と本物で現実な世界の間には必ずクッションとして創作物でない類の偽物の世界が一つはなければいけないと俺は思う。あるいは、そもそも本物で現実な世界――即ち物事に理があり事物の運用にある程度の法則性がある世界など存在しないということもあるかもしれないが」

 僕としてはそれはいささか絶望的な解だ。この世界でなくとも、どこかには、世界の外の外の外の外くらいにはまともな世界があってほしいものだと僕なんかは思う。そうでなきゃ、いろいろ暗いことを考えちまう。

 「まぁとにかくだ、この世界が創作物の中の世界である可能性が高いのと同様に、この世界の外側も偽物の世界である可能性が高い。となれば、外側の世界でのこの世界の存在様式を変えられる可能性も、あながちなくもないんじゃないかと、そうは思わないかい?」

 「……うーん、よくわからないけど」

 「例えば、この世界の外側もまた漫画か何かの中の世界だったとする。その場合俺達の世界は作中作として外側の世界のそのまた外側の世界に、存在するわけだ。さらにその場合、その漫画の作者――つまり外側の外側の世界の住人になるわけだが――作者にとって俺達の世界の存在様式はある種のギミックに過ぎず、言ってしまえばどうでもいいことだと言うことはできないだろうか?」

 「まぁ……たしかに」

 「そして、当の作中作の登場人物である俺達の行動は――これはもはや作品の中身であると言って差し支えないものの筈だが――紛れもなく俺たち自身が握っている。俺達にとってコントローラブルな数少ない要素だ。俺達がギャグに徹し、オタクを仲間に引き入れた場合、漫画の作者はこの作中作を強いて映画やドラマにしようとすると思うか? あるいはできると思うか?」

 「無理だろうね。僕達が好き勝手やれば、もはや映画やドラマとしての体裁を成さなくなる、それもいとも簡単に」

 「なるほど、そっか、そういうことか。それがこの世界を漫画かアニメかライトノベルにするってことなんだね?」

 「ああ、俺達が漫画やアニメやライトノベルの登場人物として振る舞えば、実際そういう風にしかこの世界は存在し得なくなる。重要なのは、そのために俺達が努力しなければならないってことさ。俺達は漫画やアニメやライトノベルの登場人物らしく、行動しなくてはならない。誠を仲間に入れたのはまさにそういう行動であり、またその先の努力への布石だった、というわけなのさ」

 僕達は新たな仲間として顔のいいオタク・古杣誠を迎え入れた。僕達はこれから、まさに漫画みたいな日常へ、自ら繰り出しまた自ら作り出すことだろう。

 僕達は登場人物であり、しかしもはやほとんど作者である。

 僕達はこれから面白おかしい物語を紡ぐことだろう。

 いや、そうでなくてはならない。

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