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第四話 セントレ・ツヴァイ・イルネスの詭計

 古杣誠ふるそままことは人気者である。

 なにしろ顔が良い。野郎の容貌について詳しく書くのは気が進まないので控え目に説明しておくなら、全体的に中性的な印象を与えるもののしっかりとした眼差しには頼もしさが感じられ、どこかエキゾチックな雰囲気も醸し出す、といったところだろうか。学業においても宇野さんと争える唯一の人物で、まさに完璧超人。しかし残念なことに真性のオタクである。

 ところが非常に憎らしいことに、ことこの完璧超人においてはオタクであるというステータス異常はプラスに作用するらしい。まったくもって気に入らないが、完璧故の近付き難さがこのことによって中和されるようなのだ。腹立たしいことこの上ない。完璧からいい具合に遠ざかったところで遠ざかったベクトルは多くの人にとって自分の方向へは向いてないだろうと僕なんかは思うのだけど、まぁ結局のところそれらはどう上手く勘違いするかというだけの問題で、実情など関係無いのだろうとも思う。

 なにはともあれ、このいけ好かない男は異性にとても人気があるし、同性にも持ち前の明るい性格で親しまれている。要するに人気者だということで、僕としてはなんともまあ溜息が出るばかりである。

 などと思ってはいるものの、何を隠そう僕のかなり数少ない友人の一人が彼なのだから驚きだ。まったくこいつは、何を考えているのだろうとよく思う。

 そんな彼、古杣誠は今現在帰る支度をしている。鞄に教科書を詰め、肩にかけて立ち上がった。

 「誠」

 「ん? なんだ?」

 「これ、お前にって」

 そう言って僕は誠に可愛らしい装飾の入った白い封筒を渡した。

 ラブレターの中継、僕にとっては日常茶飯事である。

 誠は持っていた鞄を置き、丁寧に封筒を開封し、中に入っていた手紙の文面を読む。

 「名前が書いてないな。どんな子だった?」

 「ん? さぁ、よく覚えてないな。なんだ? 俺の印象如何で会うか会わないか決めるつもりか? 悪い男だな」

 「そんなつもりはないよ。……あれ? なんでお前この手紙に「会ってほしい」って書いてあると知ってるんだ?」

 「え? いや、そんなもんだいたいそうだろう」

 「そうか? 僕の印象ではそうでもないが……」

 「お前、もしかして俺が中身を読んだと疑ってるのか? そりゃないぜ。封だってきっちりされてただろう」

 「いや、そんな疑いは持ってないよ。そんなことする奴じゃないってことは知ってる」

 「そうかい。そりゃよかった」

 それから僕は誠と別れを告げた。手紙には「放課後の教室で待っていてほしい」と書かれてあったらしく、誠はそれを待つのだそうだ。モテる男も大変である。

 僕は帰るふりをしてトイレに入る。そこでしばらく時間をつぶす。

 そろそろいいかなと思ったところで誠の待つ教室の方へ向かい、その隣の教室に入った。

 そこには宇野さんがいた。誰のものとも知れぬ席に座り、片肘をついてひとり窓の向こうの夕焼け空を眺めている。

 「そろそろいいだろう」

 僕のその言葉に頷き、宇野さんは動き出した。

 宇野さんは教室を出て、廊下を歩く。僕も廊下へ出る。宇野さんは隣の教室の前を通り、その途中で教室内の自分の席に座って待っている誠に気付いた様子で、声をかけた。

 「あれ、古杣君? こんな遅くまで何してるの?」

 「おや、宇野さんこそ、委員会かい? 大変だね。僕は人を待ってるんだ」

 「ふぅん、そう」

 そう言い終わってもしばらく、宇野さんは誠をじっと見つめていた。

 「宇野さん?」

 「ふふ、なんでもない。じゃあね」

 そう言って宇野さんは遠ざかって行った。

 しばらくしてまた「古杣くーん」という宇野さんの声が聞こえた。校舎の外、校門の前から呼んでいるらしい。僕がこっそり教室を覗くと、窓から外の宇野さんを見ているらしい誠の背中が見えた。そして教室を覗き込む僕の肩に誰かの手が触れた。

 振り返ると、そこに宇野さんがいた。僕は再び隠れ、宇野さんは教室のドアを思い切り開ける。

 「ここに私が来なかった?」

 息をぜえぜえ言わせ、振り絞るように誠を問い質す宇野さん。それを見る誠の目は驚きに見開かれている。

 「え? あれ? 嘘、なんだ? だって、え? 宇野さんが、二人?」

 そう言いながら誠は窓の外と教室の宇野さんを交互に見る。

 「いるのね? 外に。ドッペルゲンガーめ!」

 宇野さんは息急き切って教室を飛び出した。教室には混乱した誠が取り残される。

 誠もしばらく茫然としてから教室を飛び出したが、既に宇野さんの姿は無く、再び教室に戻り、今度は窓から外を眺める。

 それから再び、少し時間が経過する。もはやラブレターのことなど忘れているであろうが他の理由から教室に残る誠のもとに宇野さんが帰ってきた。

 「見失ったわ」

 至極残念そうに、宇野さんが呟く。

 「聞いていいかな、今のは何?」

 「ドッペルゲンガー、下級悪魔よ」

 「あ、悪魔ぁ?」

 「ええ、最近この町で悪さをしている。……まさか私に化けるだなんて、一体何をするつもりなのか……」

 なんだか、いつもと口調が違っている。彼女の大人びた容姿にはむしろ今の口調の方が似合っている気はしないでもないけれど。

 「……じゃ、じゃあ何?君は、宇野さんは悪魔祓いか何かだって言うの?」

 「そう呼ばれることもあるわね。私たちは自分たちのことを能力執行者スキルエグゼキューターと呼んでるけど……」

 「スキル……エグゼ……」

 「キューター」

 隠れて見守る僕はもう、笑い出しそうだった。必死で堪えつつ、眺めていた。

 「あの、そういうのってさ」

 「何?」

 「バラしてもいいの? つまり、僕みたいな普通の人間に」

 「貴方は普通の人間ではないわ……」宇野さんは意味ありげな視線を誠に注ぐ。「貴方は私たちと同じ――」

 「――能力執行者スキルエグゼキューター

 妖艶な笑みを浮かべて宇野さんがもうひとり・・・・・教室に入ってきた。

 「ドッペルゲンガー……」

 「あ、あれがそうなの? うわー、そっくりだ……」

 ドッペルゲンガー宇野さんは能力執行者スキルエグゼキューター宇野さんを蔑むように睨みつけ、それから誠を魅力的な果実でも愛でるように見つめる。

 「とっても……美味しそう……まだ開花していない、能力スキル……」

 「そうはさせないわ! 古杣君、今ここで貴方の能力を開花させるのよ!」

 「え、いや、そう言われても。何をすればいいのやら……」

 「心の中に浮かんだ貴方のもう一つの名を……叫んで!」

 誠は突然はっとしたようになり、それから確信と覇気の籠った表情で一息吸うなり大声で叫んだ。

 「出でよ、我が半身――竹見一樹!」

 一瞬、教室内の時間が止まったようになり、そして彼の半身たる竹見一樹が教室に現れた。

 教室のドアをガラガラと開けて。

 苦笑いを浮かべながら。

 「さぁ、我が半身、竹見一樹よ、あの悪いドッペルゲンガーをやっつけるんだ」

 見ると、悪いドッペルゲンガーも能力執行者スキルエグゼキューターも竹見一樹と同じような苦笑いを浮かべていた。竹見一樹は観念したように呟いた。

 「バレたか」

 「何? 何をわけわからんことを言ってる。ほら、早く敵を倒すんだ。武器を構えろ、魔法を出せ、メギドラオ――」

 「ちょっと待て!」

 竹見一樹は慌てて誠を制止した。

 それから竹見一樹――つまり僕――は誠に詳しい事情を語り出した。

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