第十七話 無意識のハートプロブレム
今日は日曜日。学校は無い。
今日もまた、僕は珍しく家に居ない。といっても今回は出会いを求めてそこらじゅうを彷徨い歩いているわけではない。以前から約束があったのだ。
僕は今映画館に居る。チケットボックス前の時計を眺めながら所在無げに立ち、しきりにあたりを見回している。そして視界の隅に何かを見つけ、手を挙げた。
「待った?」
そう言いながら近寄ってきた人物は――。
古杣誠である。
がっかり大魔王め。
「ぜーんぜん!待ってませんよっ♪」
「げ、か、輝耶ちゃん……」
ふふ、がっかり大魔王め。
「先輩、もしかして今、「げ」って言いました?」
「い、いや? 言ってないよ」
「言いました。言ったよね? お兄ちゃん」
「言ったな」
誠が睨んでくる。しかし、睨まれたってどうしようもない。僕はこれから――いや、恐らくずっと――妹の味方だ。少なくとも応援すると既に言ってしまっているしな。
今日はあるテレビアニメの劇場版の封切りの日だった。僕と誠は前々から見る約束をしていたのだが、どこから嗅ぎ付けたのか妹も知ることとなり、知られてしまったからには協力しないわけにはいかない。というわけで妹も同行することになったのだった。
誠はあからさまに嫌そうな顔をしているが、対して輝耶はほくほく顔だ。ここまで喜ばれると協力した甲斐があるというものだし、ここまで動じられると罠に嵌めた甲斐があるというものである。
それから僕達は、映画を見た。誠としても内容は十分に満足のゆくものだったが、隣の席の輝耶がしきりに手に手を乗せてきたり、寄り掛かってきたりしたのであまり集中できず、もう一度見るそうだ。そのもう一度にも輝耶はついて行くと言い、せめて映画を見る邪魔はするなと確約させてから許可した。誠も渋々ながら受け入れた。
僕達は今近くのファミレスで昼食を摂っている。輝耶がドリンクバーにメロンソーダを注ぎに行った隙を見て、誠が話しかけてきた。
「どういうつもりなんだ?」
「なにが?」
「妹が僕なんかにうつつを抜かしていてどうも思わないのか」
「うん? むしろ喜ばしいと思うよ。お前は性格以外はほぼ完璧だろ、妹の婿にこれほどの物件は無い」
「婿って……あのなあ。その性格が一番重要だろうが」
「それについては大丈夫らしい」
「大丈夫? 何が」
「性格悪いのは俺で慣れてるそうだ」
誠は口を噤んだ。流石にこう言われてはどうとも反駁しようがないのだろう。いくら性格が悪いとは言っても、僕ほどではないのだから。
「しかし……一樹、分かってるんだろ?」
「ああ。……つまり、やはりお前も気付いてるんだな?」
「それはもちろん。なにせ僕はオタクだからな。ことこの問題に関しては気付かないわけにはいかない」
今度は僕が黙った。この問題、つまり輝耶の行く末を遮る壁については、僕自身もまだ結論が出ていない。いや、結論なんてものはいつまで経っても出ないだろう。そんな分かりやすい問題ではないのだ。端から解決し得ないと決まり切った問題なのである。
「輝耶ちゃんに話したか?」
「いや、まだだ。匂わせはしたがな」
そこに輝耶が緑色に透き通るグラスを持って戻ってきた。今まで何やら話し込んでいたらしい僕達を怪しむように見ている。
「何話してたの?」
「さっきの映画、面白かったよね」
「はい♪ あんなに面白いものを見れたのも先輩のおかげですね、お礼しないと♪」
「い……いや、遠慮させてもらうよ」
何故だか喉が渇いたらしく、誠は一気にコーラを飲み干しドリンクバーへ向かった。
「で、何話してたの?」
すかさず輝耶は僕に迫る。
「さぁな」
「どうせあれでしょ。一昨日言ってた、壁とか何とか」
……なかなか鋭い。
「ねぇ、教えて」
「自分で考えろと――」
「いいから」
「お前、こういう問題の答えを他人から教えられるの一番嫌いだろ。いつもクイズ番組で答えを俺が言うたびあんなにカンカンに怒るじゃないか」
「いいの、今回はプライドも何も必要ない」
「だったら」僕はドリンクバーの方からこちらを窺っている誠に目を向けた。「本人に聞け」
「……誠先輩も知ってるの?」
「もちろんだ。むしろ知らなければ何の問題も無かったんだよ。誠がこの問題を自覚しているからこそ壁はあるんだ」
輝耶は顔を顰めている。僕が言っていることがよく理解できないのと、壁について誠本人に聞くべきかどうか迷っているのだろう。しかしふいに、心を決めた鋭い表情を見せた。
そして輝耶はドリンクバーから戻ってきた誠に、聞いた。
誠は僕を見、それから輝耶を見据え、輝耶と同様に心を固めた。
「輝耶ちゃん、僕達にはいつも可能性が付き纏っているんだ」
「可能性……?」
「そう、恋を――いや、それどころか心を――無意識のうちにいいように操られている可能性がね」