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第十五話 出会い系場所「木陰」

 今日は土曜日、学校は無い。

 いつもならゲームをやったり漫画を読んだり小説を読んだりしながらダラダラ過ごすところだが、今日はブラブラ過ごすと既に決めていた。

 というわけで今僕は竹取公園をぶらぶらと歩いている。

 小鳥が囀り、緑は風に揺れ、湖面はきらきらと日光を反射し煌びやかに輝いている。木漏れ日は一瞬一瞬に形を変え、雲はその逆に形を保ちながら悠々と青空を漂っている。何と健やかで、清々しい光景だろう。まったくもって僕には似合わない。太陽光線に焼かれて死にそうだ。

 何故このような暴挙に出たかというと。まったくもって涙ぐましい、けなげな「登場人物としての自覚」からだ。

 物語にはドラマがつきものである。だが、きっかけがなければドラマも発生しようがない。そう考えると僕の陰気なインドア志向は登場人物の行動としてはいささか不適当なのだ。

 僕達登場人物はただ神が、つまり作者が物語を回してくれるのを待っているだけではいけない。自分から回しに行かなければ回らないものだってあるのだ。

 まぁ本音を言えばこれもある意味では――つまり「神の出方を窺う」という意味では――実験であり、だから出かける前に一応宇野さんに連絡を入れておいたのだが。

 宇野さんは「じゃあどうせなら遊ぼうよ」と言ったが、断らせてもらった。こういうとき、複数人でぞろぞろ動いてはきっかけも生まれにくい。

 なにしろ物語の、つまりドラマのきっかけは往々にして「出会い」にあるのだから。

 そう、僕は今出会いを求めている。

 理由はいろいろある。ひとつは宇野さんに関することで、大まかに言えば登場人物をもう少し増やしたいということ。ひとつは輝耶に関することで、というよりは輝耶に関する誤算に関することだ。

 輝耶は能力に目覚め僕達の物語に参加して早々に、この世界が偽物であることに感付いた。これが僕としては誤算だったのだ。

 僕達はこの世界が偽物であることを認識している。このことが物語上で最も際立つのはどういうときだろうか?

 この世界が偽物だと知らない人物と関わっているときである。

 別にこっちが知っていることを知らない人間を相手にして優位に立って優越感に浸りたいというわけではない――まぁあるいはそんな部分も少しくらいはあるのかもしれないが――物語としてそんな展開が好もしいのだ。

 例え結果的にこの世界が偽物だと知るにしても、その知る過程においてひと悶着やふた悶着くらいあったほうがいい。その点では宇野さんや誠や輝耶は飲み込みが良すぎて、優秀すぎてちょっと面白くない、可愛げがない。いや、誠に関しては僕自身が悶着が起きないだろうというのをひとつの理由にして引き入れたのだから、この言い方は少し理不尽かもしれないが。

 まぁなんにせよ、「知ってる側」はもう十分揃ったと言っていいだろう。これから集めるべきは「知らない側」なのである。

 そしてもし現れるなら、「知らない側」が一体どのような人物なのかということが、神の出方を窺ううえで重要な手掛かりとなるのだ。

 例えば空から女の子が降ってきたなら? そのときは恐らく神は壮大な冒険活劇を所望しているのだろう。

 例えば影のある炎使い系能力者が現れたなら? そのときは恐らく神は中学二年生あたりが喜びそうな能力バトルをお望みなのだろう。

 例えば幼いころに約束を交わした幼馴染と知らずに再会を果たしたなら? そのときは恐らく神は心ときめく青春ラブコメ熱望しているのだろう。

 というように、神の動きによって僕達のとるべき動きは変わるし、神の要求と僕達の希望が食い違ったときにも、やはりそれなりの行動が必要となる。神の意志は早めに知っておくに限るのだ。

 などと意気込んで家を出たはいいが、なにしろこののどかな風景である。出来事など、全く起きそうな気配がなかった。

 このまま何も起きなければただ公園へ行って時間を潰しただけだ。不意にそんな事実が怖くなって、僕は木陰に腰を下ろし、時間を無駄にしない為に一応持ってきておいた小説を読み始めた。時間の貧乏性――と妹が呼んでいる僕のこんな悪癖は、確かに褒められたものではないだろうが、しかし仕方のない性でもあるのだ。

 「あー、面白かった」

 と小説を閉じ、あたりを見回すと既に夕方だった。

 やってしまった。

 まったく、僕は馬鹿だ。なにをしにここまで来たんだろう。

 これではいつもと変わらないではないか。

 煮え立ったマグマのように赤く燃える夕日を眺めながら嘆息し、そこで僕はどきりとした。

 振り返ると今まで僕が寄り掛かっていた樹があり、そしてその樹に寄り掛かって僕と同じように小説を読んでいる女の子がいた。

 今の今まで全く気が付かなかったが、僕が読書に集中している間に、どうやら「出会い」はあったらしい。

 女の子は――本に集中していた為だろう――寝ぼけたようなとろんとした目を僕へ向けた。それは恐らく、急に動きを見せた僕の気配にただ何気なく目を向けただけだったのだろうが、そこで僕と女の子の目が合ってしまった。

 女の子はとろんとした不思議そうな表情のまま硬直し、しばらくしてわっと赤面した。

 「あっ、あの、ご、ごめんなさい。その、えーっと、いや、あの……」いつになれば意味のある文言を聞けるのかとハラハラしながら待ったが、いつまでも「あの」とか「いや」とか「えーと」とかが聞こえるだけだった。どうやらひどく狼狽しているようだが、それにしたって終わりがない。

 どれくらい待っただろうか、もはや「あの」とか「えーと」が人間が息をするのに不可欠な発音であるかのような錯覚を覚え始めたところでようやく彼女は観念したように一瞬黙り込み、溜息をついてから弱弱しい涙声で言った。

 「……すいません、言い訳も考えてませんでした」

 「いや、謝られても。言い訳が必要なことだとも思わないし」

 僕の返答がおかしかったのか、首を傾げた表情のままぽかんと僕を見つめ、それからまた赤面し、しかし幾分元気づけられたような声色で彼女は言った。

 「なら白状しますが、その、なんというか、いいなって思ったんです。木陰で読書するのが。それで、私も一緒の木陰で読書なんかしたらロマンチックかなって。でも、そういう行動をとる言い訳を考えてなくって、わ、私へんなこと言ってますよね、ごめんなさい」

 頭を下げた女の子を見ながら僕は少し汗をかいた。何でも話す人だな、この人は。そう思った。普通そういうことは隠しておくものではないのか。いや、隠すための言い訳が思い浮かばなかったのか。いや、それにしたって――。

 いろいろと思いを巡らせはしたが、素直に心に感じたことを言えば。「面白い子だな」ということだった。

 なんというか、うまく言い表せないが、どことなく変な子だ。

 「まぁ、そういうことってありますよね」

 「そうでしょう? そうなんですよ」

 「本、好きなんですか?」

 「え? ええ。好きなんです。もう、大好き」

 つくづく、変な子だ。しかしどこが変かと問われると、うまく言い表せない。

 「そうですか。俺も好きなんです、本」

 「そ、それはよかったです。ええ、本当に、もう」

 それから僕達は、しばらく話をした。好きな小説を言い合ったり。たがいに読んだことのある本について意見を交わしてみたり。話していると以外にも饒舌な子であることが分かった。

 その中で、どんな流れだったかは思い出せないが、とにかく僕の最近考えていた事柄がつい口をついて出た。

 「俺はね、小説の中の人間も、生きてると思うんです」

 「え? 本気ですか?」

 「馬鹿な考えだと思うでしょう?」

 「そ……そんなことは……」

 僕はここで、女の子の――不思議な話だが、名前さえまだ聞いていなかった――なにか遠慮したような、それでいてものほしそうに探るような視線をちらちらとこちらへ送り、窺っている様子に既視感を覚えた。なんだかひどく身近な、卑近な感じを覚えた。

 それからそれまでの会話を総合して考え込み、しばらくして僕はある奇抜な結論を下した。

 この子、もしかして僕と同じなんじゃないのか。

 いや、少し前の僕と同じなんじゃないのか。

 それは目の前のいかにもな文学少女にはあまり似つかわしくない、もしかしたら侮辱でさえあるかもしれない疑いだったが、問わずにはいられなかった。なんだか非常に切迫した、堪えようの無い衝動に駆られたみたいだった。

 僕は全くだしぬけに、文脈も脈絡も全く考えずに唐突に質問した。

 「あなたは唯物論者ですね?」

 「え、あ、はい」

 僕はもうまったく、神が何を考えているのか全然わからない。

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