第十三話 I'm angry and sorry
僕達は二日前、誠に話した時と同じように、この世界についての僕達が把握している限りのほぼすべてを、我が賢明なる妹、竹見輝耶に説明した。
「なーんだ、お兄ちゃんはとっくに知ってたのか、つまんないの。せっかくお兄ちゃんをやりこめるチャンスだと思ったのに♠」
「100年と5秒早い」
ところで、僕はこの際宇野さんや誠に対してもまだ話していなかったことを話した。というより話さざるを得なくなった、不肖の妹のせいで。
「もう何かを話すうえで著作権を気にする必要はないよ」
「なんで? 輝耶ちゃんがさっき言っちゃったから?」
「すいません……宇野先輩」
「あ、いや、いいんだよ。ごめん、気にしないで。理由を聞きたかっただけだから」
しおらしく謝る輝耶に宇野さんはあからさまに焦った。こうやって徐々に取り入るのが輝耶の処世術だとも知らずに。まったく、妹のこういうところは頭が下がるとともに甚だ遺憾である。
「まぁ輝耶のせいってのは確かにそうだから宇野さんこそ気にする必要はないけど」輝耶が他に感付かれないように注意しつつ睨んできた。「実のところ、輝耶のことがなくてもそろそろいいかなと思ってたんだ。二日前の誠がメギドラオンと言いそうになった時にも――というかあれもほとんど言ってたしな――本当は止める必要はあまりなかった」
「どういうことだ?」
「つまり、ただ単純に「もうちょっと待ってみてもいいかな」と思って止めただけだったんだ」
3人とも依然何を言いたいのかよく分からないというような顔をしていたが。ふいに宇野さんが「あっ」と声を上げた。
「……なんだか、君の行動パターンがだんだん読めてきたよ……」そう言いながら、宇野さんの目は久しぶりの怒りに燃えている。「また実験してたでしょ」
「ご名答」
「今度は何?」
宇野さんの責めるような――ような、ではないのだろう――目に僕は不覚にもたじろいだ。
「いやあ、ちょっとした実験だよ。もう結構前の、煙草を吸うのを宇野さんが止めてくれたあの日。あの日の次の日に「ついでに著作権についても調べとくか」って思ってさ、ひとしきり著作権に引っ掛かるようなことを……わはっ」
僕は思わず逃げた。ひた走った。僕の言葉を聞きながら、宇野さんが僕を睨みつけ、無言でずんずん歩み寄ってきたからだ。
「まてー!」
「いやだー!」
僕と宇野さんは公園を走り回った。
しかしながら、僕は体育はからきしで、彼女は文武両道のスポーツガールでもあったため、すぐに追いつかれた。
「ぐふっ、げぼっ、嫌っ、こ……これ以上殴らないで、宇野さん」
「殴ってないでしょ。あのね、君は本当に、何を考えてるのかな」
僕を抑えつけたまま――もちろん殴りもせず――呆れ顔で宇野さんは問い掛けた。
「えーと、この世界は不思議だなぁ……って」
「それで、それを解き明かしたいなぁ……って?」
「ご名答」
僕の巫山戯気味の返答に宇野さんは手を上げたので、僕は思わず防御した。が、結局攻撃は加えられなかった。
「本当に、君って人は……危ないでしょ、また消されたらどうするの」
「いや、そのときは宇野さんの救いの道があるでしょ」
「あのときはまだ能力についてほとんど何も分かってなかったじゃない。それに、今だって神様やこの世界の作者を怒らせて、能力がちゃんと発動してくれるかどうか分からないんだよ?」
「そうは言っても、こう、さ、好奇心は抑えられないというか……はは……それに、神の意向次第で能力が発動しなくなるなら、それこそ早い段階で知っとくべきことだよ」
「それで君が死んでちゃ意味無いでしょ」
「知らなければそのうちそれ以上の悲劇も十分起こり得るんだから、宇野さんの為なら、それに実験の為なら、本望だよ」僕は僕の、少し真剣な気持ちをふいに吐露してみる気になった。「俺はさ、少し怒ってるんだよ。この世の神に、作者に。確かにこの世界は俺にとっては楽しいよ。宇野さんの能力とか、輝耶の能力とか、いろいろ面白い考察対象を与えてくれたことは感謝する。だけど、なにも宇野さんに与える必要はないじゃないか。俺や誠みたいな、こんな状況を心から楽しめる馬鹿共に与えればいい。そうだろ? これは確かに面白い能力を自分で使ってみたいという欲望だったり、それを持ってる宇野さん達への嫉妬も含んでるかもしれないけど、それ以上に怒りなんだよ。なにも宇野さん達を巻き込むことはないじゃないか。だから、だから僕は、特に悲劇を引き寄せやすい能力を持った宇野さんを絶対に悲劇に陥らせたりしない。僕や誠みたいな奴が悲劇に遭うなら自業自得だけどさ、宇野さん達に悲劇はあってはならない。だからそのためには――」
そのとき、僕の頭が震えた。気付けば宇野さんを見ていた筈の視界が明後日の方向へ向けられており、それからかなり遅れ馳せに痛みが走った。痛みに手を当てると、頬を打たれたことが分かった。
「君が死んで、それが悲劇じゃないとでも思うの?」
宇野さんの極度に激した叫びが先程のビンタより深く僕に衝撃を与えた。
宇野さんは、泣いていた。
僕は焦った。
「い、いや、それは言葉の綾でさ、実際は死ぬ可能性は少ないよ。あんなに早い段階でほとんど警告もなしに。それにああいう実験的な行動が神あるいは作者に気に入られる自信があったし――」
「うるさい!うるさい!馬鹿!」
それから僕は二の句が継げなくなった。もう滅多矢鱈に宇野さんが僕を叩き始めたからだ。僕は彼女の平手を受け止めるのに必死で、それでなくても、もし何かしら口走ることができたとしても、宇野さんは聞いていなかっただろう。
「お兄ちゃん、これはお兄ちゃんが悪い」
「うん、お前が悪い」
輝耶と誠が寄ってきて、叩かれ続ける僕を助けもせず、言い含めるように言ってきた。
そんなこと、本当はわかってるさ。
宇野さんの様子が落ち着いたところで、僕は渾身の反省を込めて、言った。
「ごめん」