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第十話 心の声に正直に

 「とんでもないものを見つけてしまった」

 朝早く登校するなり誠が開口一番に放った言葉がそれだった。

 「とんでもないもの?」

 「そう、とんでもない生き物」

 僕は少し考えてから、もしや、と思いそれから、まさか、と思った。いくらなんでも早すぎるだろう、と。

 「まさかギャグキャラか?」

 「まぁ……そういうことになると思う」

 いかにも歯切れの悪い返答に僕は眉を顰め、とにかく見せてくれるよう頼んだ。そのとんでもない生き物とやらはどこにいるのかと。

 誠は実に気の進まなさそうな表情を浮かべたが、かといってこのまま無駄な問答を続けても無益だということは分かっているのだろう。「ついてこい」と言ったきり一言も話さず教室を出、廊下を歩き始めた。

 実に重い足取りに苛々させられたが、しかしそんな苛々も呑みこんでしまえるほど誠は沈痛な面持ちをしていた。何がそんなに嫌なのだろうか。

 誠の歩みが遅かったせいもあってか、途中で宇野さんにばったり出くわした。少し話して――少し話すほどの情報もなかったが――3人で目的地へ行くことになった。

 誠が足を止めた。目の前にある教室の出入り口にかかっているプレートには「1年3組」と書かれてある。その文字を見た瞬間僕は妙な胸騒ぎを覚えた。下級生……か。

 誠は教室のドアについた窓から少しだけ顔を出して、まるで隠れるように教室内を覗く。そして意を決したように教室のドアを一気に開けた。

 その瞬間である。奇妙な、これまでの人生で一度も聞いたことが無いような、それでいて感情を――というよりは心臓を――逆撫でにされるような甲高い音を僕は耳にした。

 「♡」

 そしてその聞いたことの無い音に混乱している間に、何かが誠へ向かって猪突猛進し、ぶつかった。というよりは、押し倒した。

 「先輩が、先輩が! 私に逢いに来てくれた♡ これはもう、もう……結婚ですね?」

 「い、いや……それより、どいてくれないかな」

 倒れる誠の上に乗っかったまま、その女の子は首を振った。長いツインテールがぶんぶん振り回される。

 「いやです、いやです。結婚するって言ってくれるまでのきません」

 「……勘弁してくれ……」

 なるほど、あれほど嫌がっていた理由が分かったというものである。見ると宇野さんは茫然と様子を窺っていた。

 僕はとにかく誠に質問する。

 「誠」

 「……なんだい」

 「その女の子の名前は?」

 「えーと、たしか……かぐらちゃん、だっけ?」

 「えー、ひどーい、かぐやですよかぐや! 輝くに耳偏におおざとの耶で、輝耶です。未来のお嫁さんの名前くらい覚えて下さい」

 「いや、あのね……」

 「苗字は?」

 流れを無視して僕は急かすように質問した。

 「誠、苗字は? この子の苗字」

 「苗字? いや、知らない。ていうか僕に聞くなよ、本人に聞いてくれ」

 「だとさ、本人。苗字は?」

 「えー? 嫌だなー急に、お兄さん誰ですか? 苗字なんて……その、どうだっていいじゃないですか……」

 女の子――輝耶ちゃん――はあからさまに焦りだし、僕に向かって哀願するような視線を向けた。

 「お兄さん誰ですか、だって? 聞きたいのか? 俺の名前が?」

 「い、いや、いいです。聞きたくありません」

 「そこまで頼みこまれちゃ断れないな」僕はわずかに偽悪的な笑みさえ浮かべて自らの名を名乗った。「俺の名前は竹見一樹っていうんだ」

 「へー、そ、そうなんですか、へー」

 「誠、俺の名前は竹見一樹と言うんだ」

 「え? はぁ、知ってるが」

 「誠――」

 僕がもう一度同じ台詞を口走りかけたとき、予鈴が鳴った。その聞きなれた音を聞くやいなや誠の上にまたがっていた少女は跳ね起き、そそくさと教室へ「わー、朝の会に遅れちゃう、急がなきゃ急がなきゃ」と呟きつつ立ち去っていった。

 

 そして時は過ぎ去り昼休みである。これまでの休み時間にも1年3組を訪れたが、例の少女の姿は忽然と消えていた。

 僕は昼休みが始まるなり宇野さんと誠を連れて学生食堂――通称学食――へ向かった。何故なら、例の少女がそこに居ることを僕は知っていたからである。

 「一樹、知り合いなのか? あの女の子と」

 「さぁてね。強いて言うなら……友達以上恋人未満ってところか」

 僕のその言葉を聞くなり、誠とそれから宇野さんまでもが絶句し、茫然と立ち尽くした。よほど意外だったらしい、そんな言葉が僕の口から発せられたことが。

 「何立ち止まってんの、急ぐよ」

 やがて僕達は学食に到着した。食堂内を見渡すと見覚えのあるツインテールがすぐに見つかった。

 まず誠に声をかけさせる。少女は誠を見るなりまた「♡」とあの奇妙な音を発音したが、すぐに周囲を見回した。僕を探しているのだ。僕と宇野さんはとりあえず物陰に隠れていたので見つからなかった。

 「あのさ、輝耶ちゃん」

 「あ、名前覚えてくれたんですね! なんですか? 愛の告白ですか?」

 「い、いや、違うよ。輝耶ちゃんの苗字を教えてくれるかな? 一樹の奴教えてくれなくてさ」

 「……ど、そんなことどうだっていいじゃないですかー……」

 「いや、そうやって隠されると余計気になるしさ」

 「や……山田です……」

 「ホントに? なんだかあからさまに嘘臭いけど……隠す意味も分からないし」

 「山田って平凡な苗字じゃないですか、それが、その……コンプレックスなんです。古杣先輩とは釣り合わないなーって。あ、でも、結婚したらそんなこと関係ありませんよね、古杣輝耶になるんですから♡」

 「輝耶ちゃん、正直に」

 誠がふいに真剣な表情を見せた。少女はぽっと頬を赤らめ、すぐに気まずそうな顔になり、それから観念したように肩を落とし俯いた。

 「……た」

 「た?」

 ざわざわと話し声や麺類を啜る音、食器がぶつかる音が騒がしい学食内にか細い声が響いた。恐らく僕と誠と宇野さんと、それから少女自身にしかその声は聞こえなかっただろう。

 「竹見です」諦めと照れ混じりの、聞き慣れた声が聞こえた「竹見輝耶です……よ、よろしくお願いします♡」

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