その七
更新が遅くなりました。
これからこの作品一本に集中しますので、ぼちぼち更新させていきたいと考えてます。気長にお付き合い下さい。
暴走族の拠点になっているのは、港の倉庫だとか、山に差し掛かった廃屋などが主流であるが、このグループは、繁華街に近い潰れたばかりの工場が集合場所になっていた。
進入禁止の札が下がったロープを潜って、雑然と置かれた古い機材やドラム缶の周りに集まった暴走族のメンバーたちは、酒やタバコはもちろんのこと、シンナーが入った缶を楽しそうに回している者もいる。中には、今日の成果を評価しようと、通行人から奪った金品をひけらかすように自慢している少年もいた。
雪がちらつき始めたばかりということで、外で騒いでいたメンバーたちは、屋内に作られたドラム缶のストーブの周りにたむろしていた。
「何だか今日は、中途半端だよな。つまらねえ……」
リーダーの北村武志が、今まで収穫した物品を確かめながら呟いた。
なにしろ今日の警察の出動が、いつも以上に早かったのだ。もちろん誰かの通報があってのことではあるが……。
「金持ってそうなオヤジがいなかったんですよ。シケた奴ばかりで。やっぱり世の中、不景気なんだよなあ」
ビニール袋を口に当てた金髪の田上信弘が、そう言ってドラム缶を蹴飛ばした。すぐに座り込んでしまったのは、シンナーのせいで力加減が分からず、蹴りつけた足が痛かったのだろう。
「しかし今日はパトカーの数も多かったよな」
武志がそう言うと、
「あいつらも暇なんですよ。――でも、国民の税金で飯食ってる奴らが、俺たちを捕まえようとするんだ。納得いかねえよな……」
足をさすりながら、信弘が愚痴をこぼす。
「お前、税金払ったことあるのか?」
「あるわけないっすよ」
へへっと笑った信弘は、「でも、何であのオヤジ助けたんだ。お前の知り合いか?」
グループから離れて一人で立っている少年に、信弘が言った。
問いかけられた少年は、黙ったまま下を向いている。
「――何のことだ」
北村武志が不審そうに訊いた。
「酔っ払いのオヤジをかつ上げしていたら、やめたほうがいい、って止めやがったんですよ、こいつ」
「おい、お前、ちょっと来い。――見かけない顔だな」
武志が少年の顔を覗こうとすると、
「待ってください。こいつは新人ですから、何も知らないんです。俺に任せてもらえませんか」
男が近づいて来て、武志の顔色をうかがうように言った。
「何だ、お前が連れてきたのか」
「はい、勝手なことをしてすみません。ちゃんと教育しますから、今回は……」
「――ふん、好きにしな」
武志の投げやりな言葉だが、それだけ信頼されている男なのだ。
うなだれている少年の腕を引いて、男は廃屋となった工場の事務所跡に入って行った。
「危なかったな。普通なら半殺しにされるんだ。もうあんなことはしない方がいい」
「はい……」
「しかしお前も変わったな。よくついて来たぜ、チャビ」
と、杉田哲夫が言った。
「でも、沢村先生にバレたかも……」
光一は、今にも泣きそうな顔をしている。
「何、知りません、って突っぱねとけば何てことねえよ。俺だっていつもそうだろ。まさかチャビが暴走族に入ってるなんて、誰も思わないさ」
哲夫は笑いながら煙草に火をつけた。
そう言われても、未知の世界である暴走族に、哲夫に頼み込んで見習いとして入れてもらった光一には、族の団体行動が分からず、失敗した自分の姿だけしか見えなかった。
「でも、沢村先生……」
「何が怖いんだ? 沢村か、リーダーか。それとも俺に、何か隠していることがあるんじゃないのか」
「いえ、そんなことありません!」
「お前が暴走族に入りたいって言って来るのもおかしいだろ。どうしても、って頼むから連れて来たけど、本当の目的は何だ」
哲夫が不審に思うのも無理はない。今まで散々いじめられて来たというのに、光一が自分から虎口に入って行くような度胸がある男とは思えなかったからだ。
――三日前の放課後のことだ。哲夫のカバン持ちをしながら、突然、暴走族に参加させてくれと言って来たのだ。理由を訊けば「強くなりたい、度胸をつけたい」とか、「哲夫さんに根性を鍛えてもらいたい」などと、わけの分からないことを口にするだけで、本意が摑めないのは事実だ。しかしどうせすぐに音を上げるだろうと、昨日の集会からおもしろ半分に光一を参加させていたのである。
「だから僕も、強くなりたくて……」
光一は言葉を飲み込んだ。
哲夫は小さく笑ってから、
「まあいいだろう。たとえ失敗があったとしても、チャビがいるってことがこんなに面白いとはな」
「ごめんなさい……」
「しかし、田上のケツに乗せたのは、ちょっと無謀だったかな」
哲夫のバイクに乗せるはずだったのを、おもしろ半分で田上に任せてみたのだ。
足下に落とした煙草を、哲夫は靴のかかとで踏みつぶした。
「ところで、三日も休んでるけど、学校には何と言ってあるんだ」
「大丈夫です。風邪で休んでる、ってことになってますから。もう学校に行っても分からないと思います」
光一はそう言って、いくぶん腫れが引いた顔に手をやった。そう、三日前のあの日、光一の本心を探ろうと哲夫が強烈なご褒美を見舞わせたのだ。
外を見ると、暴走族のグループが少しずつ散らばっていた。今日は早めの解散だ。
帰って行く仲間に手を挙げて挨拶をしていた哲夫は、光一を促して事務所跡から出ると、最近改造したばかりの愛用のバイクにまたがった。
「――哲夫さん。今度の集会はいつあるんですか?」
光一は自分の自転車を引きながら言った。
「そうだな……。その時はまた教える。それまで待ってろ。いいか、明日からはいつも通りにしてるんだぞ、学校ではいつものチャビだ」
「分かってます」
哲夫はバイクのエンジンを始動させて走り出そうとしたが、何か言い忘れたように振り向いた。
「チャビ! あいつは元気にしてるのか」
「は? あいつ、って……」
「バスケ部の岡田ちゃんだよ。最近おとなしいようだが……」
光一はすぐには返事が出来ずにいた。そしてその顔色が一瞬変わったのも、哲夫は見逃さなかった。
「俺がよろしく言ってたと伝えろ」
光一は何も言う暇がなかった。
気がつけば、哲夫のバイクが走り去っていく爆音が、光一を打ちのめす雷鳴のように鳴り響いているだけだった。
一人残ってしまった光一は、包まれるような恐怖感の渦巻いた大海の中に、ポツンと置かれたような気がしていた。
――仕方ない。すべて自分でやっていることなのだから。
光一は、そう言い聞かせるしかなかった……。