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チャビ!  作者: 伝次郎
17/20

その十七


         (十二)


 すっかり気分がよくなった岡田は、鼻歌などを歌いながら自分の部屋のベッドに横たわった。

「――普通の煙草じゃないか」

 と、田上は言っていたが、ある種のドラッグであることに違いない。

 目が冴えるどころか、体中の血が沸き立つようだ。

 ――見かけは怖くても、話しをしてみれば結構いい人のような気がする。本気で暴走族のことを心配しているし、リーダーの北村が抜けた後の、人心の細かいところまで配慮している。

 こんな俺と、手を組もうとは……。

 岡田は、田上の熱弁を思い返していた。

 と、枕元の携帯電話から、最近登録したばかりのアニメソングが流れ始めた。

 チャビだ……。

「――あのう……もしもし……」

 か細い声である。

「遅かったじゃないか。何やってたんだよ」

 怒ってはいない。むしろ明るい声で、岡田は言った。

「すみません。なかなか抜けられなくて……」

「今から来られるか?」

「はい、もう大丈夫です。あと三十分もすれば……」

「よし、分かった。後を付けられるんじゃないぞ」

 そう釘を刺しておいて、電話を切った。

 行動を読まれているチャビだけに、岡田は余計に慎重になっているのだ。

 まるで恋人が来るのを待っているかのように、岡田は息を弾ませていた。



 自転車のベルが鳴った。

 岡田は窓を開けて、辺りの様子をうかがってみる。

 中野光一が一人でいることを確認して、小さな声で合図をした。

 小さく手招きして、肯いている光一を、窓から招き入れた。

「よく出て来られたな。杉田はどうした」

「もう家に帰りました」

「早いな。今ごろみんな、街で騒いでるんじゃないのか」

「そうなんだけど……」

 言っていいものかどうか、光一は迷った。

 ――今日は土曜日ということもあって、暴走族は大集合して大暴れしている。哲夫もいつも通り、小屋の隅で待機しているところを、北村武志に声をかけられて街に繰り出して行ったのである。

 しかし、パトカーとの追っ駆けっこをしているとき、田上信弘が捕まりそうになったのだ。

 裏道に廻ったのはいいが、警察もバカではない。予想外の場所に、覆面が一台、待機していたのである。田上はあっという間に挟み撃ちにされた。

 そこに現われたのが、杉田哲夫。無数の爆竹を炸裂させながら、その路地裏にバイクを走らせて来た。光一は哲夫の指示通り、手に持っている小石を投げ飛ばす。一瞬のことに、警察官達は狼狽していた。

「急げ、こっちだ!」

 哲夫の声で気を取り直した田上は、警察官の隙を見て窮地から逃れることができたのだった。

 小屋に帰った哲夫と光一。

 待っていたのは、もちろん……。

「――どうして助けたんだ。お前らしくもない」

 と、田上の声。哲夫がいつも座っている場所に立っていた。

「どうして、って、仲間じゃないですか。助けて当然でしょう」

 と、哲夫はすましている。

「礼を言わなきゃいけないんだろうな、俺」

「そんなもん、どうだっていいですよ」

「俺はなお前にだけは借りを作りたくないんだよ」

 哲夫を面白く思っていないのは事実だが、こうなってくると立場が悪くなってくる。

「貸したつもりはありませんよ。これは俺の性分でね」

 哲夫はそう言うと、自分のバイクを磨き始めた。

「――どうだ、これから一緒に走らないか」

 と、田上が言うと、

「悪いけど、家に帰って勉強しないといけないんですよ。来週から試験なんでね」

 と言って、哲夫はエンジンをかけた。「チャビ、お前はどうする?」

「僕も一緒に行きます。試験なもんで……」

 北村に挨拶をした二人は集団から離れて行ったのだった。

 何が試験なもんか! どうせ俺の襲撃案でも練っているんだろう。

 田上はそう考えながら、苦虫を噛み潰していたのだった……。




「哲夫さんは、今ごろ試験勉強しています。この前の成績、クラスで二番だったんです。いつもはトップなのに」

 光一はそれだけ言った。

 岡田が小屋から出てくるところを目撃した光一に、哲夫は言ったのだ。おそらく自分を狙う田上と一緒にいたんだろう、と。

 いつか二人して襲って来るはずだ。そう言いながら笑っていたのだった。

 そのことを話していいものか。また、小屋から出てくるところを目撃したことだって……。

「らしくないな。爆音上げて勉強かよ」

 岡田は、呆れている、といった様子だ。

「――それより、どうしたんですか?」

「何がだ」

「いえ、ここに呼ばれるなんて久しぶりだし」

「そうだな。――ま、足をくずせよ」

 つい正座している光一なのだ。「実はな、いい話があるんだ」

 岡田はそう言いながら、不敵な笑みを浮かべた。

 光一が足を伸ばそうとすると、

「――仲間ができた」

 と、岡田は言った。

「仲間?」

「最強の味方だ。チャビの調査は、間違っていなかったんだよ」

「学校ですか。それとも……」

「杉田のライバルがいるって言ってただろう。そいつだよ」

 田上のことを言っているとすぐに分かったが、光一は黙っていた。

「もしかしたら……」

「その通り! 襲撃の計画も練ってある」

「襲撃、って……やっぱりやるんですか」

 と、光一が訊くと、

「来週――。来週の土曜日だ」

 岡田はきっぱりと言った。「その日の夜は、リーダーの引退集会があるそうじゃないか。その時にやる」

 北村の引退セレモニーに、大通りの大行進と小屋での大宴会が予定してある。

 光一もあらかじめ、そのことは聞いていた。

 いよいよだ。今までの苦労は報われるのか……。

「チャビ、前祝いだ」

 岡田はそう言って、飲み慣れないビールを二つのグラスに注いだ。

 カチンとガラスが触れ合う鈍い音。

 むせながら飲んでいる岡田に対して、光一は口をつけることもできず、震える手にこぼれたビールが流れていた……。



 どうして俺までクビなんだ!

 俺が何をした? たったビンタの一発じゃないか。

 ――もちろん暴力はいけない。それは生徒に対して、口を酸っぱくして言っていることだ。当然、暴力をふるった生徒に対しては、何らかの処分をすることが望ましい。

 しかし、ビンタ一発でクビ……。

 といっても、今学期いっぱいの様子を見てから、ということだった。いわゆる執行猶予みたいなものだろう。

 それでどうなる。春になれば、いじめがなくなるとでもいうのか。

 どうしていいのか分からない。こんなときは酒でも飲むしか……。

「――バカやろう! 邪魔なんだよ、どけ!」

 よろけた拍子に、ぶつかった数人の若者の誰かがいきなり怒鳴った。

 繁華街だけに、双方とも酔っているのだ。

「申し訳ない。つい、よそ見してて――」

 と、言い終らないうちに、

「どけって言ってるだろ!」

 いきなり拳が飛んで来た。

 よろけながら、ゴミ山の中に倒れこむ沢村。

「世の中不景気なのは、こんなオヤジがいるからなんだろうな」

 仲間の若者が言った。「懲らしめてやるか」

 いつの間にか、沢村は取り囲まれている。

「やめろ……やめてくれ!」

 恐怖――ではない。沢村は、腹の底から怒りがこみ上げて来た。

「お前ら、いい加減にしろ!」

 と、立ち上がって、殴りかからんばかりだ。

 集団の輪が縮まって来た。若者たちの目がギラついている。

 沢村は拳を固めて振りかざすと――。

「やめないか、君たち。警察が来てるぞ」

 と、たまたま通りかかった男が止めに入った。

 若者たちが、一瞬ためらう。

「おい、警察だってよ。やめようぜ、バカらしい」

 若者たちは、何事もなかったように立ち去って行ったのだった。

 青くなって震えている沢村に、止めに入った男が言った。

「どうしたんですか。まだ殴り足りなかったんですかな」

 我に返った沢村が振り向くと、

「――堂村先生!」

 意外な人物が立っていたのだった……。

「やけ酒なんて、みっともない」

 堂村は、無表情な顔で言った。「一般市民に八つ当たりするなんて、教師らしくありませんよ。学校にでも報告されたら、即刻クビだ」

「違います。あいつらの方からぶつかって来て……」

「でも、手を出そうとしていたのは、沢村先生、あなたですよ」

「ちょっと待ってください! 僕の方が先にやられたんですよ。だから――」

「だから、殴るんですか?」

 会話が止まった。

 ――そりゃ、殴りたかったさ。クビになってもいい。この際、とことん暴れたいくらいなんだよ。

 もういい。何を言っても無駄だ……。

 沢村は、持っていたセカンドバッグがなくなっていることに気づいた。

 辺りを探していると、

「これ、あなたのでしょ」

 と、バッグを差し出す女の声。

「君……」

「よかったわね、無くさなくて」

 園田洋子が、そう言って手渡した。

「こんなところで何をしているんだ」

「余計なお世話。プライベートなんだから、あなたには関係ないはずよ」

「待ってたんだぞ。この前だって、何を……」

 沢村は詰め寄った。――クビになる原因となったあの日、いつものショットバーで洋子が来るのを待っていたのだ。

「必ず行くから」

 という言葉を信じて……。

 話したかった。すべてを話したかった。主任なんか辞退したっていいさ。俺は第一線で教壇に立てればいいのだから。

 しかし、いじめの問題、そして池田先生の進退問題。それに――自分と洋子の関係を絶つということが、沢村にとってつらく思えてさえいたのである。

 それだけでも、二人で話しを……。

「学校を辞める人と、何を話すっていうの?」

 沢村は、洋子を見た。

「――そうか、今度はその男か」

 関係ない振りをして立っている堂村を見てから、「いい馬に乗換えか。大したもんだ……」

 と、沢村は言った。

「失礼なこと言わないで。そんな資格、あなたにはないでしょ」

 聞いていたのか、堂村が近寄って来た。

 そして……堂村の腰に手を回した洋子は、

「私たち、結婚するの。友人代表の挨拶、沢村先生にお願いしようかしら」

 と言った。「でも、その頃は、先生じゃないんだ……」

 園田洋子と堂村誠次。

 二人の目は、いやらしく笑っていたのだった……。





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