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チャビ!  作者: 伝次郎
16/20

その十六


「だから、理由を訊いているんですよ、理由を」

 教頭は、今にも噛み付きそうな勢いだ。

「ですから、悪気はなかったんです。教育的指針の問題です。現実を全く見ていないじゃないですか、あいつら」

 沢村も興奮していた。

 手を出したのはもちろん悪かったと思っている。しかし、堂村や洋子は現実逃避しているとしか思えない。いじめの問題だって、中野の顔を見れば分かることじゃないか!

「あいつらって……あなた教師でしょう」

「教師だから言ってるんです」

「暴力を振るったんですよ、しかも生徒の前で」

「生徒が暴力を振るっているのは黙認して、教職員たちの問題だけ取り上げるんですか。いじめられた側は、ただ我慢するしかないんですか!」

 そう言って、沢村は机を叩きつけた。

「まあまあ、待ちたまえ。もっと冷静になりなさい」

 今まで黙っていた校長が、見かねて言葉を発した。

 ここは校長室の中だった。

 沢村が洋子を殴ったところにいた教頭。そして、生徒たちからも情報が入っている。校長としては、即刻審議しなければならない重要な問題だ。池田の問題でPTAがうるさく騒いでいる真っ最中でもあるのだ。

「沢村先生。理由はどうあれ、暴力はいけません。しかも校内だ」

 校長は、冷静――なのだろう。

「申し訳ありません。しかし、校長――」

「実は池田先生の後任、沢村先生に決めていたんですよ。長いこと頑張ってくれてますからね」

「待ってください。池田先生の処遇、もう決定なんでしょうか」

「そうするしかないでしょう。信用問題ですよ。当校ではね『疑わしきは罰する』というのが昔からの習わしです」

 そう言って、校長は机の引き出しから茶封筒を取り出すと、その中から薄っぺらい紙を引き抜いた。

「沢村先生、これを見てください」

 教頭が受け取って、沢村の前に差し出した。

「――どういうことでしょう」

 「そこに書いてある通りですよ。もっとも、温情的な処置だとは思いますがね」

「私まで、クビですか……」

 それを見た沢村は、ただ呆然とするばかり。

「そうと決まったわけではありません。しばらく様子を見るつもりです」

 ためらうように、校長は言った。「卒業式までは、頑張ってもらわないとね」

 そして、長い沈黙。まるで校長室には誰もいないように……。

「――誰が、何を我慢すればいいんでしょうね」

 その声が、校長や教頭に聞こえたのか、沢村には分からなかった……。



 暴走族の騒音はいつものことだ。俺だって慣れて来たさ。しかし、高校生が繁華街を歩くということが、こんなにスリルがあるとは……。

 悪ぶっているくせに、その世界を全く知らない岡田なのだ。

 ――三日前のこと。北村の話は、岡田にとって意外なことである事には違いない。

 俺にどうしろというのだろう。

 杉田哲夫を暴走族から追放する……。

 奥の小部屋で二人っきりになった岡田に、それまでとは違った北村の言葉を聞いたのだった。北村の引退と共に、次のリーダーの座を狙っている杉田を失脚させようというものだったのである。

 族の仲間たちの手前、自分の後継者として杉田の名前を挙げていたのは事実だ。力も度胸も杉田を上回る奴はいない。統率力も問題ないだろう。

 しかし、北村の本音は、本当に後継者にしたい人物がいるというのだ。

「――その男と協力して、俺の引退と同時にやってくれればいい」

 北村は小声で、「もちろんやるのは哲夫だ。俺も協力する。そうすればうちも安泰だし、君も本望が遂げられるんじゃないのか」

 と言って、岡田の肩を叩いたのだ。

 どんな世界でも、実力でのし上がった奴が勝ちなのだ。



 エンジンの爆音を遠くに聞きながら、岡田はその小屋のドアをそっと開けた。

 誰もいる様子はない。北村が一人で待っているはずなのだが……。

 岡田はゆっくりと中に入って行く。

 静まり返った廃屋の中に、足音だけが小さく響いている。

 奥の部屋に小さな明かりが灯っていた。岡田は近寄って覗き込むと……。

「――遅かったじゃないか」

 背後から声がして、一瞬、背筋が伸びた。

「あの……北村さんは……」

 振り向くと、見知らぬ男が立っていた。

「お前が、岡田……君かな?」

「ええ、まあ……そうですが」

「北村さんに呼ばれて来たんだよな」

「――北村さん、いないんですか?」

「俺に会いに来たんじゃないのか?」

 と、男は言って、「いや、俺が会いたかったんだ。仲良くしようじゃないか」

 岡田の肩に手を伸ばすと、小部屋へと導いて行った。

 この男が、北村が言っていた後継者なのか……。

「あの、あなたが――」

「そう、田上だ。俺もびっくりしたぜ、北村さんがあんなこと言うとはな」

 三日前のあの日、深夜遅くに帰った田上に、北村は言ったのだった。

「後継者はお前だ」

 と。そして、「哲夫をやれ。仲間もいる」

 という言葉を……。

 田上は素直に喜んだ。後継なんてどうだっていい。とにかく杉田哲夫を叩きのめしたかった。

「調べは済んだのか?」

「はい、大まかなことは」

「だったら早い方がいい。――と、その前に、まずは挨拶代わりだ」

 そう言った田上は、ポケットから取り出した煙草を差し出した。

 異様な臭いが辺りに漂う。

「お前、やったことあるか。やっと手に入れたんだ」

 断ることもできず、出されたライターの火でくすぶる煙草。

 ――普通の煙草ではない。

 何度か煙草に手を出したことのある岡田だが、こんなに脳髄を刺激させるような煙は初めてだ。

 岡田はいつの間にか、体が宙に浮くような錯覚さえ覚えていたのだった……。

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