表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チャビ!  作者: 伝次郎
15/20

その十五

 更新が遅くなりました。申し訳ありません。


 これからしばらくこの作品に専念しますので、気長にお付き合いして下さい。


 部室で着替えを終えた岡田は、近藤に促されて歩き出した。

 いつものように自転車で……と思っていたのだが、学校の前にあるバス停にタイミングよく止まったバスに、近藤は飛び乗った。岡田も後に続く。

 どこに行くんだろう。話しかけても何も答えてくれない。

 繁華街に差し掛かったところで、二人はそのバスから降りた。

「やばいですよ、こんなところ」

 飲食店の入り込んだ路地、ではなく、その裏道だ。「どこに行くんですか?」

 少し不安な面持ちで、岡田は訊いた。

 慣れない場所というものは、人間を不安にさせる独特な空気を感じるものである。

「ほら、そこだ」

 そこには、見慣れない工場の廃屋があった。

 ギギッと軋むドアを開けて、近藤が先に入って行く。

「先輩、連れてきましたよ」

「おお、やっと来たか。――入れ」

 奥の方から声が聞こえた。

 やばい! もしかしたら、ここは……。

「誰もいないんですか?」

「あいつら、今ごろ暴れてるよ。音が聞こえるだろう」

 遠くから、エンジンの爆音が聞こえている。

「紹介するよ。中学の先輩で、北村武志さんだ」

 近藤が岡田に言った。

 北村……そうか。ここは暴走族の集会場で、この男がリーダーの北村。

 以前、岡田のグループが、杉田哲夫の身辺を調べていたときに、暴走族のリーダーとしてその名前を聞いていた。

 まさかキャプテンとつながっているとは……。

「君が光洋学園の岡田君か。バスケット部のレギュラーになったそうだね」

 北村は、リーダー専用のパイプ椅子に座っている。煙草をふかしてはいても、暴走族の怖いイメージはない。

「はい、おかげさまで」

「君に会いたかったんだ」

 岡田には意外な言葉だった。「どうだい、調べは進んでるのかな?」

「――は?」

「心配しなくていい。何も、君を責めようっていうんじゃない」

 と、北村は言って、近藤に視線を送った。

 小さく肯いて、近藤が出て行く。

「あのう、僕……」

「杉田の事を調べてるんだろ。チャビをスパイにしてね」

「――それ、チャビが喋ったんですか?」

「あいつは何も言わないよ。そんなことがバレたら、ただじゃすまないってこと、一番知っているだろうからな」

「それじゃ、一体……」

「君にお願いがある。杉田を襲撃する計画、中止してくれないか」

 北村は、そう言いながら立ち上がった。そして一歩進み出ると、「たのむ。今、もめ事を起こしたくないんだ」

 殴られるのではないかと思って、岡田は一歩後退していた。

 しかし北村は、その場にひざまずいたのだった。

「待ってください! どうして僕に、そんなことを……」

「俺ももうすぐ十八歳だ。いつまでもこんなことやってられない」

「でも、それとこれとは――」

「俺の後を継ぐのは、杉田だ。そう決めてある。だから、それまで待ってくれ。それから先はあいつ次第だから、君が何をやってもかまわない。だから、それまで……」

 そう言って、北村は頭を下げた。

 暴走族のリーダーらしからぬ態度ではあるが……。

「――一つ訊いてもいいですか」

「やめてくれるというのであれば、何でも」

「チャビじゃなければ、誰が漏らしたのか教えてください」

「――どうだ、やめてくれるか」

 北村の目が、キラリと光る。

 そして、廃屋の陰から、複数の男たちが出て来た。

 気がつけば、岡田は取り囲まれていた。

「君の返事次第では、こいつらがどうするか、俺には保障できないが」

 北村は、いつの間にか、足を組んでパイプ椅子に座っていた。



 よその町から来たのだろう。見かけぬバイクが数台、爆音を鳴らしながら通行人を刺激している。

「何だあいつら、不法侵入じゃないか」

 暴走族の暴れん坊、田上信弘が、予想外の闖入者に不満を漏らす。

「やっつけますか」

 後部シートに乗っている少年が、鉄パイプを振り回しながら怒鳴り声を上げた。

 威嚇するように空エンジンをふかすと、通行人が迷惑そうに顔をしかめている。

 その音を聞いて、仲間のバイクが数台田上の周りに集まって来た。

「あのバイク知ってるか?」

 田上が訊いた。

「たぶん隣町の奴らだ。俺が行って蹴散らしてくる」

 と、金髪少年が答える。

「待て、俺だけで充分だ。お前らそこで見てろ」

 そう言って、田上のバイクが走り出した。

 まずはゆっくり近づいて……。

「いいか、近寄ったら一気にやれ」

「任せてください。久しぶりの鉄パイプですからね」

 後ろの少年が奇声を上げた。

 相手は合計三台、六人の少年たちだ。

 交差点の真ん中で、周回を繰り返している。車は通行を遮断され、酔った人々も横断歩道を渡ることができない。

 田上は、一気に走り寄ろうとした――が。

 脇の路地から出て来た改造バイクが、一直線に交差点に入って来た。

 その後部シートの男が木刀を振りかざしている。

「誰だ、あの野郎!」

 突然の邪魔者に、田上は一瞬狼狽した。

 次々と振り下ろされる木刀。不法侵入の若者たちは、心の準備もできないまま、一方的に打ちのめされていた。

「バカやろう! さっさと出て行け!」

 運転している男が叫んだ。

 抵抗する隙さえ与えない。倒れたバイクを起こしている男に、いやというほど木刀を振り下ろす少年。

 田上は、近寄ることもできず、その光景を眺めていた。

 一目散に逃げていく少年たち。後に残ったバイクには、マスクで顔を覆った男が二人、なにやら話し込んでいる。

 田上のそばに、仲間たちが駆け寄って来た。

「誰だよ、あれ。知ってる奴か?」

 金髪が、訝しげに訊いた。

「あの野郎……。また邪魔しやがって」

「邪魔って、まさか……」

「杉田だよ、杉田。最近、目立ちすぎじゃないか」

 そう言って舌打ちすると、「そろそろケリをつけなきゃいけないようだな」

 田上はアクセルグリップを握り直した。

「やめとけ。今やれば、北村さんに迷惑がかかる。そうなったらお前の立場だって危ないんだぞ」

 杉田哲夫のことを面白く思っていないのは、何もここにいる田上だけではない。

 暴走族というのは団体である。だからといって、常に行動を共にしなければならないということはない。しかし、突飛なことをすると目立ってしまうのは事実だ。

 人様に迷惑をかけるために走っている、という奴もいるだろうが、ほとんどの場合、己の快楽のため、又は、他人に威圧感を与えて、自分の存在を誇示するといった短絡的な若者ばかりなのだ。

 そんな中、一匹狼のように息を潜める男がいる。普段はただ、集団行動として走るだけ。しかし、何か問題があると、第一線に出て来る二枚目俳優のような存在だ。

「いつも美味しいところは杉田ばかりじゃないか」

 そう言って、田上は路上に唾を吐いた。

「なに、そう長くは続かないさ」

 金髪はちょっと笑って、「お荷物、背負い込んじまったからな」

 と、言った。

「そうだ、そのお荷物と話ししてみるか」

 これは面白い。――と、田上は思った。

 目で合図すると、そこにいた数台のバイクが走り出した。

 振り向く杉田哲夫。そして後ろに乗っていたお荷物は……。

「また来ましたよ! やりますか」

「慌てるな、チャビ」

 哲夫の声は冷静に、「あれは仲間だ」

 と、中野光一を制した。

 哲夫のバイクは、ゆっくりと歩道に近寄った。車道の真ん中では話もできないと思ったからだ。

「頑張ってるじゃないか、チャビ」

 哲夫には目もくれず、田上はそう言った。

「いえ……すみません」

「何で謝るんだよ。何か悪いことでもしたのか?」

「つい力が入っちゃって……。あの人たち、怪我したかも――」

「それが申し訳ないって言うのか?」

「だって、木刀だもん、痛いですよ」

 光一は俯いた。慣れて来たとはいえ、力加減は全く分かっていないのだ。

「相乗りする人間、選んだ方がいいんじゃないのか」

 その言葉に、哲夫はピクリと動いた。

「田上さん、お節介はやめてほしいな」

 と言って、哲夫は笑った。「二十歳にもなって、まだやってるほうが笑われるんじゃないの?」

「何だと、この野郎!」

 と、田上は詰め寄って、「十代のガキに、何が分かるんだ!」

 哲夫に掴み掛かろうとしたが、

「やめろやめろ! 田上さん、帰ろうぜ。哲夫が言うように、あんたも大人だ。冷静に考えた方がいい」

 と言っている金髪だって、自称十八歳なのだ。しかし本当は、田上と同級くらいだろう、と誰もが思っていることも事実だ。

「おい哲夫。お前も自分のこと、もう少し考えた方がいいんじゃないのか」

「どういうことですか?」

「心配してやってるんだよ、怪我しないようにね」

 田上は光一の顔をまじまじと見てから、「お前、狙われてるんだろう」

 と、笑っている。

「俺はいつだって狙われてますよ。――それが?」

「小屋に帰ってみなよ。お客さんが来てるぜ」

 工場の廃屋、暴走族のアジトを、「小屋」と呼んでいた。

「客? 誰だか知らないけど、あまり会いたくないね」

 と、哲夫は相手にしたくない様子だ。

「そんなこと言わないで会ってやれよ。チャビちゃんの友達なんだから」

 光一の顔から血の気が引いて行く。

 まさか自分のことを言われると思っていなかったのだ。

 誰だろう。どうして小屋に……。

「チャビの友達か。だったら会ってみるか」

 哲夫はそう言って、エンジンをかけた。「行くぞ、チャビ!」

「ちょ……ちょっと待ってください!」

 思わず大声になった光一は、「友達なんて、僕にはいません!」

 と、哲夫の袖を摑む。

「いいから早く乗れ」

 有無を言わさぬ哲夫の目。

 奴隷として、子分として。――そして、暴走族の仲間として、光一はバイクの後部シートにまたがったのだった……。



 ここまで来たら、開き直るしかない。

 薄暗い部屋の中で、見るからに凶暴そうなお兄さんたちに囲まれたら、誰だって震え上がってしまうだろう。

 しかし、逃げる道はない……。

「それ、杉田が言ったんですか」

 岡田は目を逸らさないように言った。

 もちろん怖い。いや、それを超える恐怖心は、逆に人間を冷静にするものだろうか。

「あいつはそんな卑怯者じゃない。これは俺からのお願いだ」

 と、北村は言った。

「俺がここに来てること、杉田は知ってるんですか?」

「いや、知らないよ。知っていたら、今ごろ君は立っている事さえできないだろう」

「そうでしょうね」

「君だけじゃない。俺もだ」

 と言って、北村は笑った。「あいつはね、狙われてるんだよ」

「だからそれは、俺のことでしょ?」

「そうじゃない。足下からぐらついている」

「足下?」

 北村は、自分がいなくなった後のことを考えて、内部の事情を探っていたとき、グループの中に不穏な動きがある事を知ったのだ。

 何とか食い止めなければならない。

 もちろん引退したら、俺の知った事じゃない。所詮、烏合の衆である事に違いないのだ。

 しかし北村は、どうしても全うしたかった。暴走族に責任も何もあったものではないが……。

「どうしてもやるか」

 北村は念を押すように訊いた。

「やる――と言えますか、俺? この人たちの前で……」

 そう言って、岡田は周囲を見渡した。

「いや、すまん。――おい、お前たち退がれ」

 北村の命令は絶対のようだ。すぐさま男たちは消えて行く。

「でも、ここに来た以上、俺の計画は失敗です」

 岡田は溜息をついた。「とりあえず、杉田には頑張ってもらうしかないようですね」

 そう言って、岡田は立ち上がった。

「――もしよかったら、君に協力してもらいたい」

 出て行こうとした岡田を止めるように、北村は言った。

「何を? 杉田を殺すんですか?」

 わざとらしく言った岡田に、

「まあ、似たようなもんだな」

 と言って、奥の小部屋に導いて行ったのだった。……。



 バイクのエンジンは切ったものの、中に入る様子は見せない。

 ただその場所で、時間が過ぎるのを待つように煙草をふかしているだけだ。

 光一にとって、これほど時間を長く感じたことはなかった。

「どうした、落ち着けよ」

 足下に捨てた煙草をもみ消しながら、哲夫はそう言った。

「哲夫さん……。俺……」

 光一はバイクの周りを行ったり来たり。

「ほら、出て来るぞ」

 廃屋の出入り口に目をやると、哲夫はゆっくりとバイクにまたがった。

 ――ドアが開いて、一人の男が出て来る。

 哲夫の動きが止まった。光一も男を見つめている。

 出て来た男が振り向いて頭を下げた。もちろん哲夫にではなく、ドアの中だ。

 その顔に浮かんでいる笑み。

 戦慄のあまり、動けないのは光一だけか。

 岡田は背中を向けて歩き出した。

 そして、どうして哲夫が肯いているのか、光一には分からなかった……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ