♯1 夢は始まりを告げて
二つ目の連載を始めることになりました。
「我が家は魔王一家」はファンタジーものですが、今回はSFものです。
経済成長とともに人間は、共に生きる機械を創り出した。
それは誕生当時人とは程遠いものであったが、しばらく後に人によく似せられた個体が世の中を徘徊するようになった。表情、立ち振る舞い、感情、言葉、習性のすべてが完全にコピーされた機械が出回ったのも大した時間を要しなかった。
しかし、人と同じ感情を持ちはじめた機械は課せられた仕事を放棄し始め、いずれ感情が暴走して地球全土を揺るがす戦争を巻き起こした。
そして帆暦二〇五年、それは機械の代わりに働くよう創られた。新たなる人類、それが夢の人だった。
*
「ヴァルハラ博士、あなたを解放させていただきます」
美紗の内心に眠る正義感と照らし合わせてみたら、きっと他人からこの行動は理解してはもらえないだろう。ましてや、警察官とか良心的な市民に知られでもしたらこのまま牢獄行きなのは間違いなかった。
なぜならジョー・ヴァルハラ博士は禁錮二千二百二十一年の、世界始まって以来最悪の極悪犯罪人なのだから。
「ん、誰だ君」
重金属の扉の隙間からガラガラに乾いた声が聞こえる。
「二千二百二十一年が過ぎたのか? えらく早いな」
「過ぎてません。ですが、あなたを解放させていただきます」
「何で? 解放なんてシステムは存在しないはずだ。それとも君はドリーマーか?」
ドリーマーと語った瞬間の彼の声は少しだけ歪んで聞こえた。
「いえ、なんせ私は……『DEMO』の人間ですから」
*
ドリーマー緊急対策本部――通称DEMOに、浅葱美紗は所属していた。百年と数年前組織された古株で、設立されてから目覚しい事業はさっぱりだったが、このごろの世間の知名度は他の政府関係部署よりも群を抜いて高かった。というのも連日連夜マスコミによって取り上げられているためだ。
先ほど拘置所から解放してきた天才博士ヴァルハラと共に、美紗はEスクエアのオープンカフェにいた。美紗としてはこんなところでゆっくりしている余裕などはっきり言ってないのだが、彼が何か飲みたいと言うから、仕方なく付き合っているに過ぎない。
「DEMOの人間がこの僕に何の用かな」
アイスコーヒーとアイスカフェラテ、アイスカプチーノを回し飲みしながらヴァルハラは話を切り出した。合計千円オーバーを自腹することになった美紗は冷水だけ注文して喉を潤す。
「わかっておられると思いますが、例のドリーマーのことです」
「わかっておられるって……君はわかっているかもしれないけどな、僕はずっと拘置所に入れられた状態だったんだ。外で何が起きているのかなんて誰も教えてはくれなかったしね」
「そうですか、じゃあ一から説明する必要がありますね」
「よろしく頼むよ」
言いながらヴァルハラは今度はアイスコーヒーを啜っている。それが人にものを頼むときの態度かと、眉間に皺が走ってしまうのを押さえ込んで、美紗はカラカラに乾いた笑顔を上辺だけ浮かべていた。
「あの、二週間ほど前になります……ドリーマーによる無差別殺人事件が起きたんです」
「殺人事件?」
「ええ。ドリーマーの名はビリータ、ドリーマー第二世代です。おかしいと思いませんか、ドリーマーが殺人を犯すことに関して」
すべてのドリンクを啜り終えたヴァルハラは両手の指を絡めて、鼻で笑った。
「おかしいと思う?」
「おかしい、でしょう。だってドリーマーには負の感情は全くないんでしょう?」
数十年前生み出されたドリーマーのコンセプトが「負の感情をなくし、争いをなくすこと」だった。つまり現在総人口の八分の一を占めると言われるドリーマーには、怒り・悲しみ・憎しみ・苦しみ・絶望と言った感情が生まれつきすっぽりと存在しないのである。
それゆえに今まで数十年の間事件は起きなかった。これからも平和な都市が創られていくと当時のドリーマー研究者は我が物顔で語ったものだった。しかし、無差別殺人事件は起こってしまった。
神妙な顔でことの重大さを語ったつもりだったが、若干二十幾歳の若き博士は長い嘆息を吐くだけだった。
「君は何もわかってないね。負の感情だけが殺人に走らせる要因じゃないだろう。快楽を求めて殺人を犯すものもいれば、利益を求めて殺す者もいる。言っておくがドリーマーだって人間なんだ。機械的な感情を持っているわけじゃない」
「それはわかってます。でも、彼らが人間だからこそおかしいんです。人間なら秩序を犯すことを躊躇ったりするでしょう。快楽を求めて殺す人間なんて数少ないはずです」
「だから今までドリーマーは事件を犯さなかった。今回のはその数少ない例外だろう」
「……博士、その例外が今、大量発生しているなんて言ったら、どう思います?」
この二週間、ドリーマーが起こした殺人事件の件数はすでに十件を数えていた。だからこそ美砂は無茶をしてこのヴァルハラを解放したのだ。彼の力を借りなければきっとこの事件は解決しない。逆に言えばきっと、彼の力を借りればこのドリーマー暴走事件は解決する。
ようやくヴァルハラはことの一大事に気づいたのか、小さく咳払いをした。
と、今回はこれでおしまいです。
次はいつになるのでしょう……もう一つの小説との兼ね合いでもしかしたら遅くなるかもしれません。
とりあえず、気長にお付き合いいただけると嬉しいです。