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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

世界心中~前世は世界樹の神子だったけど愛しい人のために使命を全うしたら今世の彼はクズすぎたので絶滅エンドにシフトしたい!~

掲載日:2026/05/10



 殺す。

 そう決めたら心がふっと軽くなった。

「ああ、わたし、怒ってたんだ…」

 まるで他人事みたいな言葉が漏れて、なんだか腑に落ちた。

 頬を伝うよりも前に溢れてはスカートを濡らす雫。まるで決壊したような号泣に負けない、ある雨の強い日のことだった。



「氷の凶器…、いや、バレるか」

「毒とか一般人には縁がなさすぎ出し、薬も市販薬すら買わない人間が急に買ってたら不審だよなあ~」

「事故に見せかけるって言ったって、そんなのどうすればいいわけ?」

「ああ~!難しすぎ~!」

 ひとりぼっちの部屋の中でひたすらに喚く。

 人一人殺すのがこんなに大変なんて想像もしてなかった。だって前世じゃよっぽどの現行犯とかヤバすぎる証拠とかなかったらうやむやだったもん。便利になったのはいいけどDNAとか科学捜査とかネット追跡とか、ヤる側には邪魔すぎるよ~。

「大体、あーんな神秘極振りなファンタジー世界の次がこんな科学も医療もネットも発達した社会とか。完全犯罪無理ゲーじゃん…」

 ずぶずぶにお世話になりまくっている文明の利器ことスマートフォンのシークレットタブで検索してみた結果が芳しくなさ過ぎて、ベッドに突っ伏して枕に顔をうずめる。ついでに癇癪起こした子どもみたいに足をばたつかせて埃を舞わせる。

「たった一人殺すのがこんなに大変なんて聞いてない…!」

 ん?

 なんだろう。今なにか。すっごいヒラメキがあったような…。

「大変?完全犯罪?…違う。あ、一人殺すのが、か」

 そっかそっか、そういうことだったんだ。

 1人だけ殺すのが難しいなら、もっとたくさん。

「みんなに死んでもらえばいいんだ!」

 天啓!

 気づいちゃったからには毎日がハッピー。

「ふんふんふ~ん」

 どうやって死んでもらおうかな。

 どのくらい多くの人を巻き込んじゃおうかな。なんて。

 巻き込む他人のことなんか眼中にもないハイテンションで登校。真っすぐに大学、講義室の席へ。

「なになに~?なんか今日ご機嫌じゃーん」

「んっふふ。まあね~」

「いいことあった~?親友に教えてみ?ほらほら」

「え~。ん~、やだ!」

「なんだと~?」

「あはは!」

 あんなに味気なかった大学もなんだか夢の中みたいにふわふわして楽しい!

 眠りの呪文みたいな先生のぼそぼそ声もなんだかお祝いの言葉みたいだ。隣に座った友人のからかいすら楽しい。

 殺意ってすごい!

「ふふふふふ…」

「こわ~」



 と、ここでどうしてわたしが凶行に走ろうとしているのかという前提条件をまとめようと思う。

 その日の講義は逸る心のままに自主旧交にして帰宅。

 考え事は紙に書きだすのが一番ってことで、講義用のルーズリーフとシャーペンを手にスタンバイ。証拠隠滅用の金属バケツとライター、消火用の水もコップに入れた。

「まずは…」

 前世、と左上に書いて丸で囲む。


 わたし。世界樹の神子。

 世界。なんかずっと前から大部分が魔性でぐずぐずに汚染されている。世界樹という超大きくて特別な樹で少しずつ浄化して安全圏を増やしている。世界樹と混じり合うみたいに建つ神殿、そのお膝元を聖都、そこから円状に外に行くにつれて小規模な集落。

 世界樹。汚染された世界を浄化する、世界一大きくて立派な樹。魔性を吸ってくれる。

 魔性。すっごい昔、世界を覆った謎のナニカ。魔性に侵された土地は生命が死に絶え、健康な人間は空気を吸うのも良くない。世界樹でしか解毒できない猛毒みたいなもの。

 神子。魔性を吸いすぎて自浄作用が働かなくなる世界樹を助ける。ぶっちゃけて言うと人柱。


「…うん。あらためて書くともう潔く滅んだ方がいい世界じゃない?ヤバすぎ。あ、そうだ。こっちが重要なんだった」


 人間関係。

 ごく普通、いや名誉のためにちょっと盛るならクラスで3~5番目くらいに可愛かった前世のわたし。外円2層目の集落で爆誕するも、物心つく前に神子選抜の儀で選ばれちゃう。

 (神子選抜の儀。3~7歳くらいの少年少女を対象に行われる謎の儀式。今でいう生贄に白羽の矢が立つみたいなもの)

 →聖都に没収されたわたし、懐柔と献身を植え付けるために同世代ちょっと上のイケメン君とペアを組まされる。


 と、ここまで書いて手が止まる。

「…」

 パートナー。運命。

 ことあるごとにそう言って刷り込まれた。彼も、周りも。でもわたしをいつだって大好きだって大切だっていう彼の、声とは裏腹に心が暗く濁っていたことをわたしは知らなかった。

 もちろん、今ならわかる。

 彼だって好きでもないポッと出の子どもを何よりも誰よりも大切にして優先しろなんて、正直めちゃくちゃ嫌だっただろう。彼がお役目についたのは10歳のこと。わたしは当時5歳。

 親元から離され生活環境も変わって、毎日イヤイヤ泣いてわめいて暴れる5歳児の相手をするのは大変だっただろう。

「でもわたしのせいじゃなくない?それ5歳のわたしのせいにされても困るんですけど」

 納得できないよなあ、なんてため息を吐きながら最後の一文。


 当時のわたしはまったく彼の本心に気づかず、まあ当然だけど、彼に愛されていると思って日々を世界樹のお祈りに捧げ、27歳で短い生涯を終えた。


「ほんと、生贄だよねこんなの」

 世界樹の自浄にはたぶんわたしの生命力的なものも持っていかれてたんだろうな。毎日お祈りだけなのにぐったりだったし。

 正直短い人生だったし、毎日世界樹の間と自室の往復って感じでほとんど軟禁状態だったけど…洗脳教育によって異常とも知らなかったわたしは満足して終わったんだ。

 死の間際さえ、マイナスの感情は一切なかったとはっきり言える。

「で」

 新しいルーズリーフを出す。

 同じように左上に今世、と書いて丸で囲む。


 当たり前に記憶もなく、一般家庭に生まれたわたし。

 すくすく成長して大学生に。

 …彼と出会う。


「あーあ。過去に戻れたらな~。絶対に出会わないようにしたのに」

 トントンとペン先でルーズリーフを叩けば意味のない黒点がぽつぽつ残る。ぽきりと先が折れて、カチカチノック。芯を出す。

 …再開した彼はもちろん当時のわたしには初対面だったけれど、なんだかすっごく趣味や嗜好が合ってすぐ仲良くなった。流れるままに恋人になって、それで…。

「モラハラクソ野郎め…!」

 彼には記憶があったんだろうな。で、わたしをみて仕返しのチャンスだと思ったわけだ。

 付き合って少ししたら、彼はどんどん怖くなった。ことあるごとにじわじわ言葉で嬲られて、気づいたらわたしは洗脳されていた。彼の言うことは全部正しくて自分が駄目なんだって思うようになっていた。

 やさしくて完璧な彼が、なにをやっても駄目なわたしのために、心を鬼にして言ってくれてる。

 本心からそう、思っていた。

「…」

 無言のまま、シャーペンを走らせる。

 感情に少し乱れた文字が踊る。


 昨日。

 図書館裏のベンチで本を読んでいた時、彼が通りかかった。友達と一緒だった。声をかけようとして、聞いてしまった。

 彼の本音。


「お前、彼女とはうまくいってんの?」

「たしかに。つか、お前のタイプじゃなくね?なんか決め手あったわけ?」

「…昔、あいつに奴隷みたいに扱われてたんだよな。まじ、女王様、いや魔王みたいな。で、久々に会ったら俺のことなんか忘れてた」

「えっ」

「あー…」

「だからちょっとした意趣返しだよ。ある程度付き合ったらこっぴどく振るつもり」

「うわ、サイテー!」

「体張るね~。俺は無理!」

「ま、学生のうちの遊びだよ。大人になってまでしねーって。こんな下んねーこと」

「だよな」

「じゃ、別れたら言えよ!祝杯な!」

「ははっ。楽しみにしてる」


 その会話に、凍り付いたように動けなくなった。

 そうして初めて彼のことを無視してカラオケに籠り、一晩中泣いて歌って、彼が大学に行った頃を見計らって家に帰った。ほとんど同棲みたいな感じでうちに居座ってるから、念のため。

 そうして熱いシャワーを浴びて気絶するみたいに眠って。

 起きたらわたしは前世の記憶を思い出していた。

「あっはは!めっちゃフィクション味ある~。漫画じゃん。…って、笑えなすぎ」

 たしかに前世のわたしは多少めんどくさかったかもしれない。

 でも、奴隷みたいっていうほどだった?だって、一日のうちのほとんどは世界樹の間でお祈りして、食事は一日2回。それだって神殿の人たちが給仕してくれて、彼がしてたことなんてわたしに歯の浮くような誉め言葉を言うくらい。

 たしかに嫌いな奴を褒め倒して愛をささやくなんて嫌だろうけど、神子の純潔性とか言って性的なことは実践どころか知識もなければ、出会った当初は見るからに無理やり連れてこられた子ども。

「どう考えても過剰復讐でしょ」

 クソが。

 おっといけない。平和で娯楽に満ちた現代育ちの弊害が。

「っていうか、モラハラクソ彼氏ムーブが意趣返しってどういうこと?わたしが前世思い出してなかったら…」

 こっぴどく振ってやるつもりだった。その言葉を思い出す。…彼が世界で、全部がダメなわたしなら、失意のままに何をしただろう。

 自己肯定感が擦り切れてなくなるくらいボロボロにされて、それが前世の仕返し?意趣返し?

 馬鹿げてる。

「…じゃあ、今世のわたしの心を殺した罪はどんな罰に値するわけ?」

 悔しい。

 悲しい。

 そして何より、腹立たしい。


 シャーペンを置く。筆箱から取り出した赤ペンのキャップを取る。

 怒り任せにぐるぐると紙に意味のない円を描き殴って。

「…アイツごと、この世界をめちゃくちゃにしてやる」

 どうせ今までだって、たくさんの命を犠牲にしてきた世界なんだから。どうせならとことん巻き込んで、本物の魔王にでもなってやろう。

「あは、ははは…」

 記憶を思い出したせいか。

 わたしはいま、この身が世界樹に繋がっていることを感じていた。そして、本能で分かった。

「魔性は世界樹の神子が絶望や怒りで生み出したもの。心の毒」

 バカみたいだ。

 結局わたしは、今までの神子も、良くも悪くも世界樹と一心同体なわけだ。生まれながらなのか、儀式のせいか。そんなことはもう、わからないけれど。

 わたしたちは生贄で人柱で、過去の自分たちの尻拭いをしてるだけ。

 でも。

「初めの魔性は、欲深い連中のせいだもんね。世界樹を、神子を凌辱したクソ野郎どもの負の遺産。…じゃあやっぱり、わたしのせいじゃない」

 世界樹に毒を流せば同じように毒がまわって、過去の神子の苦しみを焼きつけるようにインプットしてくる。

 …この世界は前世とは全く違う世界なんだって勝手に思っていたけれど、どうやら浄化がうまくいったか世界樹がほとんどの力を使い切って小さな芽に戻っているだけのよう。それでも、その根は世界を覆っている。

だから。



 沸騰しすぎて痛む頭に響くような電子音。

 通知音。

 きっと彼だ。

「…」

 メッセージを確認したらきっとまた心が苦しくなるから、見ないように伏せて紙を処分する。


 前世のわたしを、嘘でも愛してくれた人。

 今世のわたしを、嘘でも愛してくれた人。


「でも、うそなんだもんね」

 しょうがない。しょうがない。

 笑いながら小さな炎を見つめる。熱さと小さな煤。燃やすものがなくなったバケツの中はすぐに熱を失って黒く濁る。

「ごめんね、世界」

 わたしの八つ当たりのために、死んでください。

 どうか。

「ああ…」

 自然と膝をつく。手を組む。

 瞼を閉じるとその裏に鮮やかによみがえる薄っぺらい幸せの日々。

 スカートに雫が落ちる。

「さよなら、いつまでも一緒に」

 湧きあがったのはぐつぐつと煮詰まって燃え上がり身を焼く、怒りだった。



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