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援軍

 焦げ付いた漆黒の森の中で、ルナは小太刀を握りしめ、息を整えていた。

 倒れたレガムンド・フレアの巨体から流れ出る血が、焦げた地面をさらに赤く染める。魔戦車の轟音は止まり、火炎放射器を持った兵士たちの悲鳴も無くなったせいで、森には不気味な静寂が戻りつつあった。

 だが、ルナの心はまだざわめいていた。ジュリアの影がこの森に、そしてセレニティア共和国にも伸びている。かつての恋人でもあった女帝。いまだに何がそこまで彼女を変えてしまったのか分からない。

 何も無い地面をじっと見つめていると、アスタリーナがふわりとルナの横に降り立ち、拍手を続ける。

「ルナちゃん、ホントすごかった。あのデカブツを一瞬でやっちゃうなんて最強じゃん。サキュバスの力もしっかり使いこなしてるし、ジュリアもこれだと長くはないね」

 ルナはアスタリーナを一瞥し、眉をひそめた。

「呑気なことを言っている場合じゃないわ。ダークエルフの仲間が何人も死んでいる。誰も悪くないのに、この森が焼かれてるのよ」

 ルナの視線は、燃え続ける木々に向けられる。ダークエルフの遺体が、燃える森の中に散らばっている。それは人間たちの繰り広げる戦争でよく見る光景だった。

 胸の奥でルキア・シェイドの怒りと、ルナ・シャドウズとしての使命感がぶつかり合う。ジュリアへの復讐と、ダークエルフを守る責任――どちらも彼女を突き動かす原動力だった。それは似ているようでいて、まったく違う。

 アスタリーナはいくらかつまらなそうに答える。

「ふーん。でもさ、ルナちゃん。この闘い、ジュリアを倒すための第一歩だよ? ほら、こうやって敵をバタバタ倒していけば、いつか女帝の首だって取れるって。そうすれば、念願の復讐がすぐにでも果たせるじゃない」

 アスタリーナは軽やかな声で言うが、その瞳には一瞬、底知れぬ闇が見える気がした。

「アスタリーナ、あなた……本当に私の味方なの?」

 ルナは小太刀を握ったまま、アスタリーナを鋭い目で見つめる。

「あなたが求めている混沌って、本当は何なの?」

 アスタリーナはクスクスと笑い、ルナの肩に軽く触れた。

「ルナちゃん、疑いすぎ。あたしはただ、面白そうな展開を応援してるだけだよ。あなたがジュリアを倒すか、ダークエルフが勝つか、どっちでもいいからド派手にやってほしいなって。思っていることはただそれだけ。ただ、ジュリアは嫌な奴だから、ルナちゃんが勝ってくれた方がざまあな感じがして楽しいでしょ?」

 アスタリーナはハートマークを指で作り、小首を傾げる。

 ルナはため息をつく。アスタリーナの軽薄さに苛立ちながらも、反論できない自分が歯がゆかった。たしかにジュリアを倒すためには、この戦いを続けるしかない。

「ルナ・シャドウズ!」

 突然、森の奥から神官の女性ダークエルフが駆け寄ってきた。彼女の赤みがかった瞳には、焦りと決意が宿っている。

「斥候部隊は撃退しましたが、援軍が森の外縁に集結しています。結界が完全に破られる前に、反撃の準備をしなければなりません!」

「まだいるの? うんざりするわね」

 ルナは思わずため息をつく。

 レガムンドの部隊は前哨戦に過ぎなかった。ジュリアの軍は、さらに大きな力を送り込んできている。

「主力軍……どれくらいの規模?」

「数百の兵士と、複数の魔戦車が確認されています。指揮官はまだ確認できていませんが、女帝直属の将軍が率いている可能性が高いです」

 神官の声は冷静だが、緊迫感に満ちていた。

「あなたは我々の勇者です。どうか、森を守るために戦ってください」

 正直、心ここにあらずといった感じなのだが、これもジュリアのもとへと辿り着くためだと自分を無理やり鼓舞する。

 幸いにして、先ほどの闘いでルナ・シャドウズの肉体を得た自分の実力は規格外であることを知った。レガムンドと同じレベルの敵であれば、外で何匹待っていようが物の数ではないだろう。ルナはすでにこの先で待ち受けるジュリアへの報復しか頭に無かった。

 ジュリアに味わわされた屈辱は肉体が変わったところで消えるわけではない。むしろその憎しみは遺伝子の中へ深く刻まれている。

 今のルナ・シャドウズという個体は、かつてのルキア・シェイドであった時代の力を遥かに凌駕する能力を携えている。ありえない対決だが、ルキア・シェイドがルナ・シャドウズに闘いを挑んでも勝ち目は無いだろう。これが転生者というやつの力なのか。

「ルナ・シャドウズ……?」

 神官の女性が、不安そうな表情でこちらの顔を覗き込んでくる。考え事をしている内に結構な時間が経過していた。

 ルナは小太刀を握り直す。

「分かった。すぐに準備するわ」

 彼女の視線は、燃える森の向こう、セレニティア共和国の軍勢が潜む方向へと向けられた。ジュリアの影が、すぐそこまで迫っている気がした。

「ルナちゃん、行くんだね? やっぱり闘うしかないよね!」

 アスタリーナがはしゃいでルナの背中を叩く。

「次はもっと派手に、圧倒的な力を見せつけてやっつけちゃおうよ!」

「黙ってなさい、アスタリーナ」

 ルナは一喝しつつも、内心では同じことを思っていた。

 森の外で待っているのはジュリアの集めた精鋭。それらを圧倒的な力で叩き潰せば、プライドの高いジュリアはひどく悔しがるに違いない。それならば無慈悲に敵軍をオーバーキルする以外に選択肢は無かった。

「思い知らせてやるわ」

 新しい肉体に力が湧いてくる。アスタリーナに教えられたわけでもないのに、自分の持つ力が分かるような気がした。そして、その予感はきっと正しい。

 ルナは敵軍へと向かって足を踏み出す。

 ダークエルフの森を守り、ジュリアを倒す――そのために、彼女は再び走り出した。漆黒の森の木々の間を抜け、反撃の狼煙(のろし)を上げるべく、戦場へと急ぐ。

 無表情で走るその赤い瞳には、復讐の炎が静かに揺らめいていた。

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