話が違うじゃない
暗い木々の下で、ルナは立ち尽くしていた。細い木漏れ日が彼女の褐色の肌を照らし、ダークエルフの肉体を際立たせる。だが、その心はまだルキア・シェイドとしての過去に縛られ、混乱と怒りで揺れていた。
「話が違うじゃない」
ルナは目の前に現れたサキュバスの少女を睨みつけ、声を荒げた。
彼女の赤黒い瞳には、苛立ちと裏切られたことへの怒りが滲んでいる。空中でいたずらっぽく笑うアスタリーナを全力で睨みつける。
「あなたは私に『転生させてくれる』って言っただけよ。神の器だの、ダークエルフの勇者だの、そんな話は一言もなかった!」
アスタリーナは宙に浮かんだまま、わざとらしく両手を広げた。
「えー? ルナちゃん、細かいこと気にしすぎだよ~。転生できたんだから、結果オーライじゃない? ほら、こんなカッコいい体もゲットしたわけだし」
彼女はルナのほっそりした筋肉質な腕を指差し、わざとらしくウインクした。
「そういう問題じゃないの!」
ルナは一歩踏み出し、アスタリーナに詰め寄る。
「私はジュリアに復讐したかっただけ。なのに、いきなりダークエルフの戦争に巻き込まれるなんて……。それに、私が神を騙ってるなんてバレたら、ダークエルフに始末されるかもしれないじゃない!」
抗議を受けるや、アスタリーナは宙でクルっと一回転し、ルナの真横にふわりと降り立った。桃色の髪が木漏れ日に揺れ、悪魔らしい蠱惑的な笑みが浮かぶ。
「ふーん、でもさ、ルナちゃん。復讐って、結局は闘うってことでしょ? ジュリアが暴君になって、世界中をメチャクチャにしてるんだから、ダークエルフの味方として戦っても、どっちみちジュリアとぶつかるじゃない? それの何が問題なの?」
「それは……」
ルナは思わず言葉に詰まり、拳を握りしめた。アスタリーナの軽い口調に苛立ちつつも、彼女の言葉には筋が通っていた。
「でも、私が神じゃないってバレたら、ダークエルフに裏切り者扱いされるリスクがある。あなた、私をそんな危険な状況に放り込んだっていう自覚があるの?」
アスタリーナはクスクスと笑い、ルナの肩に軽く手を置いた。
「ルナちゃん、ちょっと冷静になってよ。あたし、言ったでしょ? 混沌こそが魔族のエネルギーなの。あなたがダークエルフの勇者として闘って、ジュリアとガチンコでぶつかってくれれば世界はもっとカオスになる。それって、あたしにとっては理想の光景ってわけ」
彼女はハートのマークを指で作り、小首を傾げて笑う。
「ふざけないで!」
ルナはアスタリーナの手を振り払い、声を張り上げた。
「私はあなたの遊び道具じゃない。私の復讐は、私のもの。ダークエルフの戦争とか、混沌とか、そんなの関係ない!」
そう言い放つと、アスタリーナの笑顔が一瞬で鋭いものに変わった。
彼女はルナの目の前にふわりと浮かび、赤い瞳を細めて囁く。
「ねえ、ルナちゃん。現実を見てよ。あなた、ジュリアに復讐したいんでしょ? でも、今のあなたには何もない。力も、仲間も、居場所も。ダークエルフの力を借りなきゃ、ジュリアの軍隊に一瞬で潰されるだけだよ?」
ルナは唇を噛み、視線を落とした。アスタリーナの言葉はあまりにも正しく、反論の余地も無い。
「それでも……私は、こんな形で闘うなんて思ってなかった……」
「ふっ、甘いねえ」
アスタリーナは肩をすくめ、軽やかな声で続ける。
「どちらにしても、あなたには闘うしか道はないよ。ジュリアを倒したいなら、ダークエルフの力が必要。ダークエルフを助けたいなら、ジュリアと闘うしかない。ほら、結局同じゴールに辿り着くでしょう?」
ルナは反論しようと口を開いたが、言葉が出てこなかった。アスタリーナの論理はあまりにも単純で、逃げ道がない。
「はい論破」
アスタリーナが勝ち誇った顔で肩をすくめる。
何とか言い返そうとすると、思わぬ方向から声が響く。
「ルナ・シャドウズ!」
突然、森閑とした場に鋭い声が響き、ルナとアスタリーナの議論を終わらせた。
神官の女性ダークエルフが、息を切らして駆け寄ってくる。彼女の顔は青ざめ、赤みがかった瞳には焦りが宿っていた。
「どうしたの?」
ルナは咄嗟に身構え、神官の方を向いた。
「漆黒の森が襲撃を受けています! セレニティア共和国の斥候部隊が森の東側に侵入し、結界を破壊しようと集まっています。急いで準備を。あなたは我々の勇者なのですから」
有無を言わせない言葉に、ルナの心臓が激しく脈打った。
まだ転生の余韻も冷めやらぬ中、戦いの火蓋が切られようとしている。アスタリーナがニヤリと笑い、囁く。
「ほら、言ったでしょ? 闘うしかないって」
舌打ちしたいのを堪えて、ルナは神官に頷いた。
「分かった、すぐに行く」
「それでは、お願いします」
ルナはアスタリーナを一瞥し、森の奥へと駆け出した。
無数にある木々の間を抜け、戦いの場へと急ぐ。アスタリーナは走りゆくルナの背中を見つめ、密かに嗤った。




