激闘・怪獣対決
尖塔の向こうで、バケモノと化したジュリアはいまだに大暴れしながらルナを探している。
「ルナ・シャドウズ! お前はどこにいる⁉ 隠れていないで、姿を現せ!」
声を張り上げながら、高熱のブレスであちこちを焼いていく。そのたびに、追いかけるような悲鳴が響く。
「こっちよ、バケモノ!」
ルナが尖塔の上から叫ぶと、ドラゴンの頭部が憎しみを込めた瞳で振り返る。
「そこに、いたか……!」
「さっきからここにいたわ。女王陛下が救いがたいバカで助かったわ」
ルナがわざと挑発的な言葉を並び立てる。バケモノの目つきが一層凶悪になる。
「面白い。その軽口がいつまで叩けるか試してやろうか」
そう言って地響きを響かせながら、ルナの立つ尖塔へと距離を縮めていく。
「ディカイオス!」
ルナは小太刀を大空に向かって掲げる。それとともに漆黒のローブに身を包んだ、悪魔と判事を組み合わせたような見た目の召喚獣が現れる。
ディカイオス――闇の世界からやってきた断罪者。ありとあらゆる存在を有罪にして、その手に持った槌で徹底的に相手を打ちのめす。
ディカイオスとキメラ化したジュリアが睨み合う。バケモノ対バケモノ。怪獣対決が始まる。
先に動いたのはディカイオスだった。空中を滑るように移動して、フルスイングの槌で殴りかかる。槌はジュリアの肩に当たる場所へと打ち付けられる。それと同時に、あちこちから伸びるジュリアの触手がディカイオスの体をからめとろうと巻き付いていく。ディカイオスは構わずに、狂ったように槌をあちこちに打ち続けた。
そのうちの一発がドラゴンのテンプルをとらえる。一瞬にして、赤黒い双眸が鋭くなる。
触手がさらに巻き付く。食虫植物にでも捕まったかのように、ディカイオスは身動きが取れなくなった。悪魔の判事でも焦るのか、もがいて触手から逃れようとする。
だが、一度動きを封じられた状態から持ち直すのは難しい。蜘蛛の巣にからまったように、動けば動くほど触手にからめとられていく。
ディカイオスがハッとしたような素振りを見せると、邪悪な笑みを浮かべたドラゴンが大口を開ける。そのまま、丸ごと頭からかぶりついた。
ディカイオスの悲鳴めいた声が辺りに響く。あまりのおぞましさに、逃げていた人々も腰を抜かして倒れ込んだ。
ドラゴンが大口を閉じる。ぶしゅっと音がすると、ディカイオスの首元あたりから大量の血が噴き出した。
大顎が何度も上下すると、辺りにはゴキゴキと骨の砕ける音が響き、ディカイオスの血が滝のように流れ落ちた。ほどなくして、ディカイオスの首はもぎ取られた。切断面から噴き出た血の雨が降ると、ディカイオスの体は光の粒となって空へ溶けていく。
ディカイオスを血祭に上げたジュリアは、血を滴らせながら邪悪な笑みを向けてくる。
「まあ、それぐらいじゃないと面白くないわね」
ルナは軽口を叩いた。
「次は、お前だ……!」
迫り来るキメラ。ルナはその巨体を中心に駆けだした。
円を描くように移動しながら、爆炎魔法で無数にある触手を焼いていく。
「……ったく、邪魔な触手ね」
その言葉通り、集めれば盾代わりにもなる触手はかなり邪魔だった。強引に突っ込めばディカイオスのように捕まるし、触手に付いた毒針に刺されたらルナと言えど無事には済まない。
だから高速で走りながら、炎で触手を焼くことにした。次々と起こる爆発と炎上で、邪魔な触手が次々と燃えていく。
「こざかしい。燃えろ」
ジュリアが溜めるような動きでのけぞると、ルナは駆け行くスピードを上げる。刹那、轟音とともに高熱ブレスが背後から追いかけてくる。それは巨大なバーナーのように街を焼き、巻き込まれた人々や建造物が真っ黒な灰へと変わっていく。
ブレスは長く続き、ルナの走った五十メートルほどの範囲を真っ黒な更地へと変えた。
「冗談じゃないわね」
ルナは走りながら苦笑いする。
「ちょ……ルナちゃん、笑ってる場合じゃないでしょ」
伴走する形で空を飛ぶアスタリーナはちょっと涙目になっていた。あのブレス攻撃を受ければ、淫魔でも余裕で消滅する。
ふと見やると、ドラゴンの頭を持ったキメラは次のブレスを撃つための溜めを作っていた。あんな極悪ビームを何発も撃たれたらひとたまりもない。
再生した触手もスピードアップしてルナを追いかけてくる。触手に捕まったら、ブレスをかわすことは不可能だ。再生出来るから触手ごと焦がしてもジュリアにとっては痛くもかゆくもないだろう。
「死ねえええええええええ!」
身も心ももバケモノと化した女帝が叫ぶ。
それとともに、また高熱ブレスが轟音を響かせながら土石流のように襲いかかり、周囲を焼いて火の海へと変えていく。
ルナはやはり建物に身を隠しながら走り、この理不尽なビームを避けていった。
「いつまで逃げ切れるかな?」
ジュリアが遠くでそう言った頃、ルナは二つ並んだ建物の壁を交互に蹴って飛び、三角飛びの要領で上空へと上がっていく。建物の屋上へと立つと、目が合ったドラゴン顔のジュリアが嗤った。
「そこにいれば、外さないわ」
勝利を確信したせいか、ジュリアの嗤いは止まらなかった。
トドメ高熱ブレスをぶつけるために、キメラの体が溜めを作る。
――だが、嗤っていたのはジュリアだけではなかった。
ルナは口角を上げると指を鳴らした。
――終わりよ。
ジュリアがブレスを吐こうとしたその刹那、背後から衝撃が襲いかかった。
頭が真っ白になり、出かかったブレスを思わず自分の足元へと吐き出した。
「ぐああああああああ!」
キメラの下半身が焼ける。再生した触手たちも、燃え盛る炎で踊るように焼けていった。
――一体、何が。
戸惑いとともにキメラが振り返ると、そこにはディカイオスの姿があった。
「バカな。こいつはさっき殺したはず……!」
「精霊が死ぬわけないじゃない」
戸惑うジュリアに、ルナが嘲笑を浮かべる。そして付け加えた。
「たしかに『さっきの』ディカイオスは死んだわ。でも、本質的に地獄の判事が死ぬわけじゃない。だからまた呼び出したの」
「そんな、バカな……」
理不尽すぎる――そんな言葉が、バケモノと化したジュリアの脳裏によぎる。
再生が出来るのはジュリアの触手だけではなかった。
復活したディカイオスは、心持ち怒っているように見えた。全身から殺気を放ち、先ほど首をもがれた怨みを晴らそうと小刻みに震えている。
「さっき殺されたせいでムカついているみたいね。あなたを殺すって言ってるわ」
ルナがディカイオスの言葉を「翻訳」する。その言葉通り、ディカイオスの全身からはいつになく殺気が溢れていた。
「そんなのズル……」
ジュリアの言葉を待たず、ディカイオスが槌を振り上げた。これから断罪が始まる。
ディカイオスが狂ったようなスピードで槌を振り下ろしまくる。一度目に出てきたよりも、ずっと凶悪になっていた。
あまりにも攻撃の勢いが強すぎるせいで、ジュリアは守勢にすら回れないで凶悪な召喚獣の槌を何度も喰らっていた。
絶望に打ちひしがれながら遠くを見やると、紅い光をまとったルナが妖艶に踊っていた。その足元には古代の術式の刻まれた魔法陣が描かれている。あの踊りが、ディカイオスに凶悪な力を与えているようだった。
――あいつを攻撃すれば……。
勝機を見出したジュリアは、壊されゆく体を引きずりながらルナの方へと向かって行く。
だが――
「敵に背中を見せるなんて、愚かね」
ルナが嗤う。
その刹那、頭部だけに打ち付けられていた衝撃が全身へと広がっていく。
「なっ……」
思わずキメラが振り向くと、ディカイオスの胴体から何本もの腕が生えてすさまじいスピードで全身を殴りつけていた。おぞましい光景の腕たちは、ジュリアの体を信じられない勢いで破壊していく。
ドゴドゴドゴゴドゴドゴドゴゴゴドドドドドゴドゴドゴゴドゴドゴドゴゴゴドドドドゴドゴドゴゴゴドドドドドゴドゴドゴゴゴドドドドドゴドゴドゴゴゴドドドドドゴドゴドゴゴゴドドドドドゴドゴドゴゴゴドドドドドゴドゴドゴゴゴドドドドドゴドゴドゴゴゴドドドド‼
無数に生えた腕は、あっという間にグランド・セレニスで大暴れしていた怪獣を連打で沈めた。力なく倒れ込んだ暴君を、ディカイオスがゆったりと見下ろす。
振り上げた槌が、一気に巨大化する。
それはキメラ化したジュリアの巨体を丸ごと潰せるほどの大きさにまで巨大化していく。
「や、やめ……」
自身の命運を半ば悟ったジュリアは、生まれて初めての命乞いめいた言葉を発する。
「終わりよ」
ルナが指を鳴らすと、ディカイオスの大槌がキメラの頭上から振り下ろされる。
ぐちゃりという音の後に、聞いたことのないような轟音と、それに伴う地震が発生して人々が倒れ込む。特大の爆弾でも落としたかのような音が響いた後に、嘘みたいな静寂がグランド・セレニスを訪れた。
ディカイオスがゆっくりと大槌を引き上げる。
王都に出来上がった巨大なクレーター。その痕に、黒く潰れた何かがあった。闇落ちした英雄の、あっけない最期だった。
「判決が下ったわね」
ルナは静かになったクレーターに向かって呟く。
人々は呆然として、突如出来上がったクレーターと、その前に佇むディカイオスと名付けられたバケモノを眺めていた。




