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セレニティアの終焉

「あら、ずいぶんとカッコよくなったじゃないの」

 ルナが軽口を叩く。半分は苦笑いだった。

 目の前に現れたバケモノは、想像だにしなかったキメラだった。あまりに邪悪な存在性のせいか、暴徒も兵士たちも声を失って固まった。ただ視界に入れただけで、何人もの人々が生きることを諦めた。

 キメラの口から黒い唾液が滴る。それは石で出来た床を溶かし、むせ返るような悪臭を放つ煙が風に流れる。

 キメラが大空に向かって吠える。邪神の咆哮が、大気を震わせた。

「ルナ・シャドウズ……! お前を……絶対に許さない。お前だけは、この私が……粉々に砕いてやる!」

 かつて人間であった時の面影はない、悪魔のような声でかつてジュリアと呼ばれていたキメラがルナを睨みつける。

 その巨体は際限なく肥大化する。キメラの肉体は王宮を押し潰し、由緒正しい建築物はジェンガのように崩れていく。兵士も民衆も、突如現れた怪獣に踏みつぶされるか逃げ惑った。

 キメラがもう一度大空へと叫ぶ。その咆哮は、グランド・セレニス全土へと響き渡った。

 伸びた触手が空を切り、毒の針が風を裂く。そのたびに、大広間の残骸が粉々に砕け散った。

 赤黒い瞳は憎悪と狂気で燃え、邪怨の球の放つ光がその巨体をさらに凶悪化させる。鱗の隙間から黒い霧が漏れ出し、それを吸った者はバタバタと倒れ、命を落としていった。

「ルナ・シャドウズ……! お前を決して許さない!」

 変身したジュリアの声は、すっかり悪魔と化した声で続ける。

「私の帝国を、私の誇りを、お前が全て奪った! お前は万死に値する。地獄に落ちろ!」

 そう言って口から強力なブレスを吐く。高熱を圧縮したブレスは、デタラメに周囲の建造物を破壊し、焼き尽くした。バーナーの炎よろしく放出される高圧ブレスは、触れたものを片っ端からなぎ倒して焼いていく。

 あちこちから爆発とともに悲鳴が上がり、何人もの犠牲者が黒焦げか粉々になった。

「こいつ、本当にバケモノね」

 後方にある尖塔に隠れて、ルナは巨大化したジュリアの大暴れを眺めていた。

 これまでの敵は誰一人としてルナに勝てなかったが、それも人間だからの話だ。闇の力を得たジュリアがあれほどまでのバケモノになるとは思ってもみなかった。

「どうすんの、これ……」

 尖塔の頂上付近でホバリングするアスタリーナが訊く。どうやら目の前の光景には淫魔でも絶望するものらしい。

「ジュリア自らの手で醜い姿になることが私にとって重要な復讐要素だったのだけど、それが裏目に出たかもしれないわね」

「裏目って……。もうセレニティア共和国終わりましたみたいな光景ですけど」

「そうね。どちらにしてもこの国はもう終わりでしょうね」

 ルナが微妙な表情で言う。

 前世のルキア・シェイドであった時代、この国の人々が笑顔になれればいいと思って闘ってきた。それなのに裏切られて、こんな国はすべて滅びてしまえばいいとすら思っていた。

 だが、それでもいざ自分の救った世界が終ろうとしているのを見ると、何とも言えない気持ちになってくる。

 このまま放っておいても、ジュリアを止められる人間は一人としていないだろう。そして、ジュリアのことを憶えている人間は一人としていなくなる。誰一人として、生き残ることが出来ないからだ。

 セレニティアは歴史から消える。そして、バケモノの姿だけが人々の記憶に刻まれていく。

「……でも、それも(しゃく)ね」

 ルナはひとりごちる。

「ルナちゃん……?」

 アスタリーナが真意を分かりかね、思わず訊き返す。

「あの女には、歴史に残る暴君として汚名を刻んでもらわないといけない。美しさを追及するあまり、バケモノと化して国で惨劇を起こした、真のモンスターとして」

「なんか、微妙に事実が変わってない?」

「平気よ。歴史は勝った者が書くんだから」

 そう言ってルナは小太刀を構える。

 どうやら遠くで暴れまわるバケモノから逃げる気はないらしい。

「あんなバケモノ、世界を救った私なら余裕だわ」

 大口を叩くダークエルフ。その響きはいくらか死亡フラグに聞こえなくもないが、ダークエルフに転生してからのルナが言うと妙に説得力があった。

『あたしは、もしかしたらとんでもないバケモノを生み出しちゃったのかな?』

 アスタリーナが心中でひとりごちる。

 淫魔の想いなど知らずに、破天荒なダークエルフはバケモノに狙いを定めていた。

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