追い詰められる女帝
重い扉を押し開く。その奥で、女帝ジュリア・マリス・バックスタバーが狂気の笑みを浮かべていた。
「会いたかったわ、ルナ・シャドウズ。わざわざ殺されに来てくれてありがとう」
そう言って玉座に座るジュリアは、聖女ではなく悪の総帥に見えた。
青い瞳は憎悪と狂気で歪み、かつての面影は完全に消えている。ルナの赤黒い瞳がジュリアを捉え、背中の紋章が熱を持った。
「こちらこそ」
ルナは小太刀を握り、冷たく微笑む。
「ジュリア、しばらくぶりに随分と無様な姿になったわね」
ジュリアの笑みが凍りつき、剣を握る手が震えた。
「ダークエルフ風情が、初対面でしょう。口を慎みなさい。ルナ・シャドウズ……あなたが私の帝国を、民衆を、ディミトリを奪った。その罪、血で贖ってもらうわ」
彼女は玉座から立ち上がり、剣を振り上げる。その声は高圧的で、憎しみに満ちていた。
「あなたごときの存在が、私に逆らうなど許しません。セレニティアは私のもの。逆らうものは死あるのみ」
「ご冗談を」
ルナは一歩踏み出し、薄笑いを浮かべる。
「あなたが築いたのは、所詮偽りの平穏よ。民衆はあなたを魔女と呼び、ディミトリは民を裏切っていた。あなたの帝国は、もう民衆の怒りで燃えているわ」
ジュリアの顔が歪み、玉座のひじ掛けを叩き割る。
「お黙りなさい! お前ごときが私の誇りを汚すなどと許しません! 衛兵、この魔女を殺しなさい!」
ジュリアの叫びに呼応し、大広間の奥から重装備の精鋭衛兵たちが現れる。たちまち十数人の戦士が剣、槍、ロッドを構えてルナを取り囲んだ。
「我々の命、ここで果てても惜しくはない。命に代えても、女帝の敵を討つ!」
衛兵長が吠えると、精鋭たちが一斉に襲いかかった。
ルナの背中に刻まれた紋章が光を放ちはじめる。
指を鳴らすと、ディカイオスの力が解き放たれた。巨大な槌を持った判事が、大広間にところ狭しと巨体を現す。突如現れた巨大な召喚獣に、集まった兵士たちは思わず後ずさった。
「邪魔ね」
ルナは小太刀を握り、冷たく呟いた。
「怯むな! 一斉にかかれ!」
衛兵長の言葉に我を取り戻した兵士たちが一気になだれ込んでくる。
だが、ルナの体が闇に溶けるように動き、衛兵たちの攻撃を全てかわした。
先頭の衛兵が剣を振り下ろすが、ルナはすれ違いざまに小太刀で首を切り落とした。首の断面から血が噴き出し、衛兵が倒れる。
別の衛兵が雷の魔法を放つ。ルナは軽々と迫る雷を飛び越えると、回転しながら相手の胸を突き刺した。皮肉にも、痺れたような動きを見せてから動かなくなる。
「バケモノめえええ!」
衛兵長が巨大な戦斧を振り回すが、ルナは床を滑るようにかわすと、戦斧の柄を小太刀で切り払う。
「なっ……⁉」
続きを言う間もなく、衛兵長の喉から血しぶきが飛ぶ。
魔法使いの衛兵が炎の壁を召喚したが、無慈悲な判事であるディカイオスの前では無力だ。暴れまくる暴力判事は、巨大な槌をメチャクチャに振り回して周囲の衛兵たちをミンチに変えていく。
ディカイオスに背後を任せ、ルナは大広間の中で小太刀を持って乱舞する。もはやそのお勢いを止められる者は誰もいなかった。
残りの衛兵は恐怖に震えながらも突進したが、ルナの小太刀は風のように舞い、一人また一人と血の海に沈めていく。
わずか数秒で精鋭衛兵たちは死体の山と化し、大広間はむせ返るような血の匂いと静寂に包まれた。
「あなたの部下、タイミーか何かで募集でもかけたの?」
皮肉を言うルナの目は笑っていなかった。
広間に響く足音。それは、ジュリアの余命を告げる秒針のようだった。
「嘘でしょう……? 一人で、召喚が出来るなんて……」
ジュリアは驚愕に目を見開いていた。
セレニティアをインサニティ帝国から奪還する前、召喚魔法はルキアと力を合わせないと使えなかった。ところが、今の彼女は一人で恐ろしい召喚獣を呼び出している。普通に考えれば、負荷が強すぎて耐えられないはず。目の前のバケモノが一体何をしているのか、ジュリアには皆目見当がつかなかった。
ルナが近付いてくる。その目は紅く光り、ぞっとするような怪しさを孕んでいた。




