報復無双
混乱を極めるグランド・セレニスは、女帝ジュリアの狂気と民衆の怒りで血と炎に染まっていた。
王宮の門前にデモ行進を続ける民衆が集まり、数百の民衆が槍や農具を手に叫び声を上げている。
「ジュリアを玉座から引きずり下ろせ!」
「魔女を焼け!」
「セレニティアに静穏を! 暴君には死を!」
「もう圧政はいらない!」
投石が門を打ち、投げ入れられた火炎瓶が石畳を焦がす。王宮の衛兵たちは、恐怖に震えながら盾を構えた。
空に昇る火刑台の煙と街中へと響く悲鳴が、セレニティア共和国の終焉を象徴しているかのようだった。
民衆と兵士の衝突は、王宮前の広場で頂点に達した。
民衆の投げる石が衛兵の盾を叩き、槍を持った兵士が民衆を押し返す。血が石畳に飛び散り、叫び声と金属のぶつかる音が響き合った。
「女帝の犬が!」
「裏切り者を守るのか!」
もはや処刑など恐れていない民衆たちは、好きなだけ衛兵たちを罵っていく。
民衆の怒りは収まらない。
「来るな、来るなああ!」
焦った衛兵の一人が槍を振り上げ、民衆の若者を突き刺した。血が噴き出し、広場に倒れた若者の叫びがさらなる怒りを煽る。民衆は一斉に衛兵へと襲いかかり、広場は修羅場と化した。
「お取込み中で悪いけど、そこを通してもらうわ」
やけに通る声がして、皆がそちらの方を見る。
そこに立っているのは、渦中のおたずね者であるルナ・シャドウズだった。
黒い髪が風に揺れ、赤黒い瞳が兵士たちを睨む。手に持つ小太刀は怪しい光を放っていた。
アスタリーナが背後に浮かび、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「いえい、ルナちゃんカッコいい。ここにジュリアがいるからさ、あいつの首、持って帰っちゃおうよ!」
状況が呑み込めず、民衆も兵士たちもフリーズしていた。その沈黙を、一人の衛兵が破る。
「あいつがルナ・シャドウズだ! 奴を殺せ!」
「マジか、あいつが!」
「女王陛下の顔に泥を塗ったこと、後悔させてやるぜ!」
十数人の兵士が好き勝手に叫んでから一斉に槍を構え、ルナに向かって突進する。
「ザコが。死に急がなくてもいいのに」
ダークエルフは冷たい口調で呟いた。
ルナは信じられないスピードで動きはじめる。挨拶代わりに小太刀を一閃させ、先頭の兵士の首を切り裂いた。
皮一枚で繋がった首から血が噴き出し、叫び声を上げる間もなく倒れる。二人目の兵士が槍を突き出すも、ルナは回転しながらその突端に空を切らせる。そのまま槍の柄を小太刀で切り払い、返す刃で兵士の胸を刺し貫いた。時間差で刺されたことに気付いた男は、信じられないといった表情で崩れ落ちていく。
「次は誰?」
ルナの声は冷たく、表情が無かった。
兵士たちは怯えながらも、この後に待ち受けるジュリアの報復を恐れて襲いかかった。
ルナの小太刀が舞い、そのたびに鮮血がが飛び散った。兵士が剣を振り下ろすが、ルナは横に滑るようにかわし、小太刀を逆手に持って兵士の脇腹を切り裂く。
叫び声が聞こえる中、もう一人が背後から槍を突き出すも、ルナは振り返らずに後ろへ跳ぶ。そのまま空中で一回転して槍の柄を踏みつけ、兵士の喉を一閃で切り開いた。
「バケ、モノ……」
ルナの動きを眺めていた兵士が、絶望とともに呟く。
話には聞いていたが、ジュリアが血眼になって探していたおたずね者は想像を絶するスピードと動きで仲間たちを殺していく。どう足掻いても一般兵ごときが勝てる相手ではなかった。
民衆は突如現れたルナの無双ぶりを見て、驚愕と歓声を上げた。
「あのダークエルフ……あれは、魔女を倒す者だ!」
半ば救世主が現われたような賞賛。一人で数多の敵を屠っていくルナは、怒りと絶望に染まった人々の心に一筋の光を差した。
当のルナは民衆の声には目もくれず、王宮の門へと突き進んでいく。
衛兵たちが鉄の門を閉じようとしたが、ルナは驚異的な跳躍力で門を飛び越え、塀の向こう側へと着地した。その姿を見た兵士たちは血の気が引いていく。
顔をおこしたルナと目が合う。ダークエルフは、冷たい笑みを浮かべていた。
「クソ、バケモノがあああ!」
兵士の一人が斬りかかり、小太刀が一閃してその首を刎ねられる。
衛兵たちは恐怖に叫びながら逃げ惑ったが、報復の戦士は容赦などしない。小太刀は容赦なく兵士たちを切り刻み、一人また一人と血の海に沈めていく。それは反撃をしようと逃亡を試みようと同じことだった。
大量の血を浴びたルナは王宮の回廊を進み、小太刀を軽く振って血を払った。背後では、アスタリーナが笑いながら浮かんでいる。
「やーんルナちゃんカッコいい! 兵士なんて遊び相手にもならないね」
ルナは無表情で答える。
「ジュリアの犬はすべて始末する。彼女に付く者は、誰一人として許しやしない」
そう言った刹那、回廊の奥から新たな衛兵たちが現れる。剣と槍を構え、勢いよく突進してきた。
ルナは斜めに構えると、小太刀を両手に持って前を見つめる。
敵兵が突っ込んで来る中、素早く踊るような動きで小太刀を持ったまま乱舞する。
悲鳴、血しぶき、風斬り音――無双するルナの動きは、まるで舞踏だった。
右から振り下ろされた剣を左へと滑り込んでかわし、小太刀で衛兵の膝を切り裂く。悲鳴を上げて倒れる衛兵を無視し、突き出された槍を跳び越える。空中で何度も回転して飛びかかると、その勢いで敵の首を切り落とした。
次の衛兵が炎魔法を放つが、ルナは軽く炎を弾き返し、小太刀を投げつけて衛兵の胸を貫いた。
回廊は血と悲鳴に染まり、ルナの足元には無数の死体が転がる。最後の衛兵が恐怖に震えながらも、裂帛の気合を上げつつ剣を振り上げた。
ルナは一瞬で間合いを詰め、小太刀の柄で衛兵の顎を砕くと、返す刃で首を切り落とした。しぶいた血が壁を赤く染め、切り落とされた首が驚愕の表情でその血痕を眺めている。
ルナは静かになった回廊を、何事も無かったかのように歩いて行く。
大広間の扉にたどり着いた。扉の向こうでは、ジュリア・マリス・バックスタバーが待っている。
とうとう報復の時が来た。
怒り狂った女帝が何を仕掛けてくるか想像もつかないが、いずれにしても恐れるに足りない。ジュリアは邪魔者を消そうとして、手の付けられない敵を生み出してしまった。これから自らの過ちを知ることになる。
「さて、感動のご対面ね」
ルナは重い扉を開く。
あの時とまったく変わらない、報復の意志を胸に秘めたまま。




