セレニティア炎上
ルナ・シャドウズはグランド・セレニスにある民家の屋根に立ち、燃える街を見下ろしていた。彼女の背後で、アスタリーナがふわりと浮かび、軽妙な笑みを浮かべる。
「ルナちゃん、ジュリアってガチのヤバい奴だよね。街が燃えて、民衆が暴れているのに、それを弾圧して解決を図るとか、魔王も真っ青の暴君だよ」
「そうね」
ルナは小太刀を握り、無表情で焼ける街を眺めていた。
「ジュリアはプライドの高い女だから、今頃怒り狂っているでしょうね」
ジュリアと恋人同士であった頃から、記憶が走馬灯のように流れていく。あれだけ可憐だった少女が、力を持ったばかりにここまで変貌してしまうなんて。
失望するとともに、自らの行いを顧みた。
帝国との闘いでは皇帝ガリオス・ブラッドヴェインの病気につけ込んで勝利を得たが、果たしてそれは本当に正しかったのか。
自分たちは世界を救うためと言いながら、新たな暴君となり替わっただけなのではないか。そんな思いが浮かんできた。
いずれにしても、ルナ・シャドウズの目的はジュリアへの報復しかない。それに関係のない、無辜の人々には一人だって死んでもらいたいとは思わない。
「私が、終わらせてあげなくちゃ」
その言葉は、どこか復讐者のそれとは違う響きがあった。
このまま放っておいても、ジュリアの狂気は自分自身を滅ぼす。それでも、これ以上の悲劇を拡散させないようにピリオドを打つ必要がある。ルナの復讐はただの報復とは違う意味合いを持ちはじめていた。
ルナは指を鳴らす。精霊ガーシーが、その姿を現した。
「ガーシー、最後の仕上げよ。ジュリア・マリス・バックスタバーの罪を暴いて。ダークエルフの虐殺、裏社会との癒着、そして……彼女が自ら命じた火刑の真実を、セレニティア中に広めるのよ」
「お安い御用さ。死なばもろとも!」
ガーシーは空中をクルクルと回ってから、あちこちに分身してグランド・セレニス中へと散っていく。あちこちで、怒れる民衆に街頭テレビのようにジュリア・マリス・バックスタバーの暴露映像を拡散していく。
映像には、ジュリアがダークエルフの村を焼き払う命令を冷酷に下し、裏社会の金で玉座を固めた証拠、そして「国家の反逆者」を火刑に処す時の冷たい笑みが映っていた。
「おい……これがあの聖女の笑顔なのか?」
「信じられない。ダークエルフは向こうからセレニティアを攻撃してきたって言ったじゃないか」
「そうなると、これまで火あぶりになった奴らもほとんどは冤罪ってことか?」
「あいつこそ悪魔じゃないか。あの魔女こそ燃やすべきだ!」
「そうだ。あんな悪魔に、俺たちの未来を奪われてたまるか!」
あちこちから怒りの声が上がる。その憤怒は雪だるま式に大きくなっていった。間違いなく、聖女がセレニティア中を敵に回した瞬間だった。王宮へのデモ行進はもはや軍勢と化していく。
「ジュリアこそ裏切り者だ!」
「セレニティアを返せ!」
「お前こそ魔女だ! お前が燃えろ!」
――その言葉通り、女帝ジュリア・マリス・バックスタバーは大炎上中だった。
王宮のバルコニーで、ジュリアは燃える街と迫りくる民衆を見下ろした。
「ゴミのくせに、調子に乗りやがって……!」
高貴さの欠片もない顔で民衆を睨みつける。廷臣や兵士たちは、もはや女帝の顔を直視出来なかった。
「ルナ・シャドウズ……! お前が、お前が私のすべてを……!」
ジュリアの怨嗟は虚しく響き、民衆の叫びにかき消される。廷臣たちのよそよそしい視線が彼女を刺し、配下の兵士たちは王宮の門を捨てて逃げ出しはじめていた。
ジュリアの終わりは、確実に近付いてきている。
ルナは王宮を見据え、赤黒い瞳に復讐の炎を宿した。背中の紋章が光を放ち、秘められた力がざわめく。
「そろそろ感動のご対面といきましょうか」
報復の準備はすべて揃った。
怒れる民衆。失墜した権威。恋人の喪失。もはや奪えるものはすべて奪ったと言っても過言ではない。
――だが、それでも十分ではない。
「あなたにも、見せてあげるわ」
王宮を見据え、ジュリアに向かって呟く。
「絶望の先には、さらなる絶望があるってことを」
ルナは王宮の方へと歩みを進める。フィナーレとなるショウを完遂するために。




