恐怖の時代
グランド・セレニスの街は、ジュリア・マリス・バックスタバーの魔女狩りによって地獄と化していた。
火刑台の炎が夜空を赤く染め、悲鳴と焦げる肉の匂いが街を覆った。無実の民衆が次々と火刑に処され、家族に火をつけさせられた者たちの絶望的な叫びが響き合った。
ジュリアの兵士たちは、恐怖と忠誠の間で震えながら、彼女の命令を遂行した。だが、民衆の怒りは抑えきれず、王宮の門前では投石とデモ行進が激化した。ジュリアはもはや、世界を救った英雄などではなくなっていた。
「女帝を玉座から引きずり下ろせ!」
「ジュリアはセレニティアを滅ぼす!」
「あの女こそ魔女だ!」
「ジュリアを焼け!」
民衆の怒りがこちらまで届いてくる。
王宮の大広間では、ジュリアが血に濡れた剣を握り、狂気の笑みを浮かべていた。その顔貌はもはや人間のものではなく、憎悪と憤怒に支配された獣のようだった。
「ははは……はははははは……!」
狂ったように笑う女帝。廷臣や兵士が本気で恐怖を感じて後ずさる。
「ルナ・シャドウズ……お前が私の帝国を汚した。それでも、私は負けない。私こそ神に選ばれた聖女。お前も、裏切り者も、すべて焼き尽くす。裏切り者は、最大限の苦痛を与えてから地獄へと送り出してやるわ!」
自称聖女の吐くセリフは、明らかに魔王のそれだった。
廷臣たちは彼女の狂気に怯え、誰も口を開けない。配下の将軍が震える声で進み出た。
「女帝陛下……民衆の暴動が収まりません。このままでは王宮が……」
ジュリアは将軍を一瞥し、血まみれの剣を振り上げた。
「黙りなさい! 民衆が逆らうなら、グランド・セレニスごと焼き払ってしまえば済む話だわ。ルナ・シャドウズを見つけ出すまで、誰一人として生かしてはおけません!」
女帝の叫びは大広間に響き、廷臣たちの顔から血の気が引いていく。ジュリアの命令は、もはや理性の欠片もなく、セレニティアを自らで破壊する狂気を孕んでいた。
それでも、女帝を諫められる者などいない。
セレニティアで女帝の権力は絶大だ。ディミトリがいなくなったことで、実質的にジュリアを止められる人間はいなくなった。
終わりがはじまり、それは急速に進行している。
もし世界を救った頃のジュリアを知る者が目の前の女帝を見ても、誰一人として同じ人物とは思わないだろう。
「それにしても、暴動が続くのは困るわね」
ふいに冷静になったジュリアが口を開く。まるでふいに正気を取り戻したかのようだった。
「もう面倒だから、暴動に加わっている者たちはすべて消えてもらいましょう」
「女帝陛下、それは一体どういう意味で……」
一瞬でも希望を持ってしまった将軍が、再び絶望へと突き落とされる。訊かずともその答えは分かっていたが、何かの間違いであってほしかった。
「文字通り消えてもらうのよ。これから暴動に加わったものは殺しておしまいなさい。切り捨てても、焼いてもいいわ。とにかくあのシュプレヒコールをやめさせて」
大広間が静まり返る。
半ば予想はしていたものの、思いつきのような言葉で恐怖の時代が幕を開けた。
「分かったらさっさと行きなさい。あなたを雇うのも無料じゃないんだから」
「承知……いたしました」
将軍は呻くように言うと、ジュリアの前を辞去した。それ以上そこにいたくなかったというのが正しいかもしれない。
「さあ、魔女狩りに反逆者狩り。仕事が忙しくなるわね」
ジュリアが冗談めかして言うが、それを聞いて笑える者は一人もいなかった。




