憤怒と魔女狩り
王宮の大広間では、ジュリアが新たな報告に顔を歪めた。
「ディミトリの裏切りが街中に広まっている。しかも、民衆が私の疑惑をあちこちで囁いている……ですって?」
青い双眸に憤怒が渦巻き、廷臣たちは沈黙するしかなかった。誰だってとばっちりで黒焦げにされたくない。
ジュリアは玉座から立ち上がると、天に向かって叫ぶ。
「ルナ・シャドウズ……! お前は私の全てを奪うつもりなの⁉」
空は何も答えない。
ただ、終わりがはじまりが来ていることだけは確かのようだった。
配下の者たちはどこかよそよそしく、いつ逃げ出すかを吟味しているようにも見える。それが一層腹の立つ光景に見えた。
当のグランド・セレニスは、ディミトリの暴露によって怒りの坩堝と化していた。
酒場では民衆が叫び、王宮の門前では投石が飛び交い、市場の壁では精霊ガーシーの映像が新たなディミトリの罪を暴露していた。
誰が見ても言い逃れの出来ないスキャンダル――これほど分かりやすく信頼を破壊するものは無い。ディミトリ・アドルテリオスとジュリア・マリス・バックスタバーを疑う声は、セレニティア全土に広がっていく。その勢いは誰にも止めようがなかった。
王宮の玉座では、ジュリアが怒りに震えている。
「インサニティ帝国の侵略から助けてやったのに、言うにこと欠いて私を失脚させろですって? 思い違いも甚だしい。ただ殺すだけでもまだ足りない。この非国民たちには地獄の苦しみを与えてから、あの世へと送り込んでやる」
ジュリアはヒロインが絶対にしてはいけない顔になっている。かつて聖女とも言われた清らかさは、知らぬ間にすっかりと消え去っていた。
廷臣たちの怯えた視線が彼女を包む。空気は重く、その場にいる誰もが窒息しそうだった。
ジュリアの顔には無数の血管が浮かんでいる。怒りのせいで、掴んだ玉座のひじ掛けにヒビが入った。
「ルナ・シャドウズ……! お前は私の帝国を、誇りを、すべてを踏みにじるつもりなの?」
ジュリアは剣を握り、玉座から立ち上がった。
その顔は恐怖と怒りで歪み、暴君を通り越して狂人の面構えと化していた。
「今のセレニティアを築いたのは私。それを汚す者を許しはしない。……ルナ・シャドウズ、そしてその背後にいる裏切り者たちはすべて、その罪を血で贖わせる!」
ジュリアの怨嗟が大広間に響き、廷臣たちは恐怖に凍りついた。
女帝の怒りは制御不能な嵐と化し、王宮からグランド・セレニスの街へと広がった。ジュリアは「魔女狩り」の開始を宣言し、ルナ・シャドウズとその協力者を根絶やしにするため、容疑者を次々と処刑する命令を下した。
「ルナと繋がっている可能性のある者は、疑いであって一人として生かしてはいけません」
ジュリアの声は冷たく、有無を言わせない。廷臣たちは彼女の狂気に逆らえず、狂った命令でも従わざるを得なかった。
グランド・セレニスの街角では、ジュリアの命を受けた兵士たちが、怪しいとされた者たちを次々に捕らえた。
魔女に男も女も関係ない。酒場でディミトリの悪口を囁いた男、市場でジュリアの名を疑う声を上げた女、ヴォトゥム・ルクス教会の近くで怯えた顔を見せた者――明らかに無実の者でも、容赦なく広場の火刑台へと引きずられていった。
罪人に火をつけるのは、その家族たちだった。逆らえば家族もろとも火刑に処された。狂っていても、誰一人として逆らえなかった。
火刑台では、炎が次々と民衆を飲み込んだ。悲鳴と焦げる肉の匂いが街を覆い、住民たちの恐怖はさらに深まった。
「女帝は狂ったのか」
「ルナ・シャドウズのせいで、俺たちまで死ぬのか」
「俺は魔女なんかじゃない。助けてくれ」
「女帝は狂ってしまった。もう彼女は正常な判断が出来ない。俺たちで終わらせてやらないといけない」
あちこちから嘆きや怨嗟の声が聞こえてくる。
民衆の不満は、ジュリアへの怒りへと変わり、暴動はさらに激化した。
だが、それらはジュリアの耳には届かず、暴走する女帝の心はルナへの憎悪と狂気に支配されていた。
王宮のバルコニーで、ジュリアは燃える街を見下ろした。彼女の手には血に濡れた剣があり、青い瞳には狂気が宿っていた。今しがた、民衆の暴動を恐れた配下がジュリアのことを諫めた結果だった。
プライドの高いジュリアが、脅威に屈する選択肢を選ぶはずがない。ましてや恋人であったディミトリを殺されているのだ。ジュリアの関心は、もっぱらどれだけ残酷な方法でルキア・シェイドを殺すかにある。
ジュリアは血にまみれた剣を振り回して叫ぶ。
「ルナ・シャドウズ、お前がどこに隠れていようと、私の手で必ず地獄に送る!」
ジュリアは新たな命令を叫ぶ。
「あの魔女を生かしてはおけません。グランド・セレニスを焼き尽くしてでも、ルナを見つけ出し、殺しなさい!」
廷臣たちが言葉を失う。
ジュリアの言葉は、言葉のあやなどではない。
それは文字通りに、街を焼き尽くしてでもルナ・シャドウズを見つけ出せという命令に他ならなかった。




