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ヴォトゥム・ルクス教会に惨劇を

 グランド・セレニスの夜は、冷たい闇に沈んでいた。

 ルナ・シャドウズはディミトリの寝室で佇んでいる。床には、魔法で眠らされた女たちや見張りの兵士たちが転がっている。明日になればディミトリは消えていて、こいつらもさぞ困るに違いない。殺されなかっただけありがたいと思って然るべきだが。

 ベッドには干からびたディミトリが転がり、口が開いたまま死んでいるせいか、かつての英雄の面影は完全に消え去っていた。

 アスタリーナがふわりと浮かび、悪魔らしい笑みを浮かべる。

「ルナちゃん、ディミトリをミイラにしちゃうなんて最高だね! 次はもちろんジュリアの番だよね?」

「ええ、そうね」

 ルナは振り返らず、冷たく答えた。

「ジュリアには相応の報いを受けてもらうわ。そのためにも、ちょっとしたプレゼントを考えているの」

 アスタリーナの瞳に一瞬、冷たい光が宿る。

「ふふ、楽しみだね。ジュリアはどんな顔をするかな?」

 ルナはその言葉を無視し、ディミトリのミイラを黒い布で包んだ。

「これをあるヴォトゥム・ルクス教会に持っていく。私たちの思い出が汚された場所にね」

 そう言ってルナはミイラを抱えて窓から外へ飛び降りて行った。


   ◆


 ヴォトゥム・ルクス教会――ここで愛を誓った二人は、永遠に結ばれるという言い伝えの残る教会。

 ここで何組ものカップルが永遠の愛を誓っては、それを盛大な死亡フラグにして神の御加護も何も無く別れていく。どこでも聞く、ありふれた話。

 だが、ルナ・シャドウズ……いや、ルキア・シェイドにとってこの場所は呪われた教会となっていた。

 ご多聞に漏れずルキアとジュリアはここで永遠の愛を誓った。二人で手を握り、口付けを交わす――その瞬間、ルキアは自分こそが世界で一番幸せな女だと信じ切っていた。

 色々な意味で「思い出の地」に、ルナは再び訪れた。

 あれほど美しかった思い出が、黒く塗りつぶされた忌まわしい聖地。それは転生を経ても間違いなく心の傷として残っていた。

 薄暗いステンドグラスから差し込む月光。祭壇の白い石に、血のように赤い影を落としていた。

 ルキアの笑顔、ジュリアの甘い囁き、そして二人が手を取り合った瞬間――あの日の記憶は、ルナの心に鮮やかに焼き付いていた。「永遠に傍にいるわ」と言ったジュリアが誓いは、ルキアの胸に希望を灯した。

 だが、その希望は脆くも崩れ去った。

 のちにルナが再びこの教会を訪れた時、その目がとらえたのはジュリアとディミトリ・アドルテリオスが祭壇の前で愛を囁き合う姿だった。

 ジュリアの瞳は以前と同じ輝きを放ち、ディミトリの手を握る仕草はルキアを抱きしめた時と変わらなかった。

 ――ねえ、どういうこと?

 ルキアの心は引き裂かれ、愛は憎悪に変わった。

 永遠の愛を誓ったはずなのに。

 女性同士の愛が受け入れられなくても、私のことを守ると言ってくれたのに。

 ――あの言葉は、すべて嘘だったの?

 トラウマが蘇えり、荘厳なはずの光景はめまいを起こさせる。振り返れば振り返るほど、ジュリアには憎しみしか沸いてこない。

「あなたは……私を裏切った」

 ルキアの声は、教会の壁に虚しく響く。

 虚空に浮かんだ、ジュリアの冷たい笑み。どうして私はあそこまでひどい仕打ちを受けないといけなかったの?

 何度でも繰り返す疑問は、決して答えを得る日を迎えない。心の傷とはそういうものだ。

 教会での裏切りを見た後、ルキアは「国家の反逆者」として炎に焼かれ、ジュリアとディミトリはルキアの命を奪った。

「あなたが私の思い出を黒く塗りつぶすなら、私も同じことをするわ」

 ルナはディミトリの遺体を黒い布に包み、教会の祭壇へと運んだ。自分のトラウマごとここで葬ってしまいたかった。

 月光の下、祭壇の中央にそびえる巨大な十字架を見つめた。かつてジュリアと愛を誓った十字架は、ルナへの復讐を告げるメッセージに変わる。

「さて、気に入ってもらえるかしら」

 ルナは感情の無い声で嗤う。ディミトリのミイラを、大きな十字架に吊るし上げた。干からびた肉体は、罪人を晒すかのように月光に照らされていた。

 背中の紋章が光を放ち、サキュバスの魔力が教会の空気を震わせる。

「思い出の教会が、黒歴史に変わったわね」

 ルナは自分で言っておかしくなり、しばらくその場で笑っていた。こみ上げた笑いが収まると、その表情には氷の微笑が浮かぶ。

「でも、あなたはきっと笑えない。だって、ジュリア・マリス・バックスタバー……次の標的は、あなたなんだから」

 アスタリーナがふわりと浮かび、不気味な笑みを浮かべる。

「ルナちゃん、これは最高のプレゼントだね。ジュリア、どんな顔でこれを見るかな?」

「さあね。私には分からないわ。なにせ、今になっても彼女の思考を理解出来ていないのだから」

 実際のところ、ジュリアがこれを見て震え上がるかは問題ではない。

 これはメッセージだ。そして、紛れもない宣戦布告でもある。

 ――次はお前だ。

 十字架にかかったミイラを見た時、ジュリアにそのメッセージが伝わるはず。

 名乗りさえしなくても、思い出をなぞるように自分の影を残していく。

 そのうちジュリアは気付くだろう。

 ――自分の裏切った、恋人の息遣いに。

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