深夜の激闘
漆黒の森を少し出た、焼け野原と化した戦場跡。
ルナ・シャドウズは目を閉じて、出発前の仮眠を取っているところだった。
アスタリーナがふわりと浮かび、軽やかな声で話しかける。
「ルナちゃん、いよいよセレニティアに向かうんだよね? ジュリアの首、ガッツリ取っちゃおう!」
「ええ。そのために休んでいたんだけど、分からなかった?」
ルナは眠そうな顔でアスタリーナを睨む。
「あーごめんねー。あのクッソ生意気な女帝の首を取れると思うと、悪魔の血が騒いでじっとしていられないんだよね~」
そう言いながらもアスタリーナはどこか焦って見えた。ルナの一瞥はそれだけ怖かったようだ。
ルナが時刻を確かめようとした瞬間、森の奥から悲鳴が響いた。それとともに、暗い森から何羽もの鳥が飛び去っていく。
「何、今の……?」
続く悲鳴の後には、血の匂いが漂ってくる。明らかに、漆黒の森から届いたものだった。
「漆黒の森が……?」
アスタリーナが深刻な顔で口を開く。
「ルナちゃん、ヤバい。悪そうな奴らの気配がたくさんいる……」
そう言った刹那、黒い霧が森の木々の間から湧き上がる。ほどなくして、黒装束に仮面をした者たちが飛び出してきた。
「なに、こいつら」
ルナは小太刀を抜いて構える。目の前の刺客は無言でいながら、ただ見ているだけでも随分と不吉なオーラを放っていた。
スキア率いる暗殺者集団。転送のスキルを使って、一瞬で漆黒の森へと現れた。それぞれの持つ双頭の鎌が、不吉な光を放っていた。
侵入者に気付いたダークエルフの戦士たちが黒装束の連中を排除しにかかる。あちこちから矢が飛び交い、その後から剣を持った褐色の戦士たちが斬りかかる。
だが、深夜に突如現れた殺し屋たちは、無表情でダークエルフを切り裂いていく。飛び散る血が地面を染め、悲鳴が森を震わせた。
「こいつら、ジュリアの刺客なの……⁉」
ルナは小太刀を握ったまま、漆黒の森へと駆け出した。
ダークエルフの戦士たちが、次々と黒装束の暗殺者に斬られては倒れていく。スキアの紅い目がルナを捉え、低く笑う。
「ルナ・シャドウズ。女帝の命により、お前の命を頂く」
ルナは唇を噛み、早口で術式を唱えた。背中の紋章が熱を帯びる。
「ジュリア……卑怯者。絶対に許さない……!」
魔力を集中させ、異界からバケモノを呼び出す。
「ディカイオス、来なさい」
紫黒の煙が立ち上ると、悪魔の判事、ディカイオスが現れた。
巨大な槌が地面を震わせ、紅い瞳が暗殺者たちを睨みつける。たかだか地面を殴りつけただけで、相手を戦慄させるのには十分に効果があった。
スキアは動じず、鎌を振って黒い霧を放った。
「皆の者、散れ!」
暗殺者たちが転送を使い、一瞬にしてルナの周囲を取り囲み、双頭の鎌が襲いかかる。ルナはそれ以上のスピードで後方へと転がりながら凶刃を避けていく。
アスタリーナが叫ぶ。
「ルナちゃん、チャームで惑わせて。ディカイオスの力で一気に叩き潰すよ!」
ルナは頷き、魔力を解放した。
「愚かな者よ、私の声に従いなさい」
指を弾くとチャームの魔法が発動し、暗殺者たちの動きが一瞬だけ乱れる。
だが、その瞬間にスキアの目が紅く光り、魔法を跳ね返す。
「サキュバスの小細工か。こざかしい」
チャームは解かれたものの、ディカイオスにとっては十分な時間稼ぎになった。狂気のバケモノ判事は、巨大な槌を狂ったように振り回す。
ディカイオスの槌が振り下ろされ、衝撃波が暗殺者たちを吹き飛ばす。数人の黒装束が地面に叩きつけられ、血を吐いて倒れた。だが、スキアは転送で瞬時にルナの背後に現れ、鎌を振り上げる。
「死ね!」
ルナは踊るように高速で回転して回避し、バックハンドブローの要領でスキアの胴体に小太刀を突き刺す。一瞬だけ呻き声を上げたスキアは、次の一撃で首から上が上空へと舞った。
「裁け!」
スキアの首を切り落とした勢いそのままに、ルナが指を鳴らす。
ディカイオスの大槌が再び振り下ろされ、森全体を揺らすほどの衝撃が周囲一帯を襲う。黒装束たちの背筋が一気に寒くなる。
「終わりよ」
ディカイオスの槌が紫黒の炎をまとい、戦場を覆う巨大な衝撃波を放つ。黒装束の暗殺者たちが次々と吹き飛び、転送のために出した霧も焼き払われる。
「……そんな、バカな」
生き残った刺客は構えるが、その上をディカイオスの槌が直撃した。
轟音――地面に巨大なクレーターが生まれ、残りの暗殺者たちが血と塵にまみれて倒れた。
ルナは息を荒げ、その光景を眺めていた。
ディカイオスの槌は、漆黒の森へ攻め込んだ殺し屋たちを漏れなく叩き潰していた。
召喚獣が煙となって消える。背中の紋章も光を失った。
森は静寂に包まれ、ダークエルフの村は血と屍に埋もれていた。
ルナは倒れた戦士たちの遺体を見つめ、拳を握りしめる。
「ジュリア、あなたはどこまで卑劣なの」
アスタリーナがそっと近付き、静かな声で囁く。
「ルナちゃん、これがジュリアのやり方だよ」
ルナは小太刀を握りしめ、セレニティアの都を睨んだ。その後ろ姿を、アスタリーナは嬉しそうな顔で眺めていた。
「こんなことをされて、許せるわけがないよね?」
ルナは黙ってセレニティアの方向を睨んでいた。それだけで十分に答えになっていた。
赤黒い瞳に、復讐の炎が揺らめく。少し前にあった報復への躊躇いなど、とっくにどこかへと消えて無くなっていた。




