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魔女裁判

「ジュリア。私のこと、愛していたんじゃなかったの」

 (はりつけ)となったルキアは、悲痛な声で訊く。体中のあちこちを刻まれ、そして串刺しにされたせいか、もはや痛みの感覚すらない。

 美しい金髪も黒ずみ、真っ白だった肌もくすんで見えた。一言で言えばボロ雑巾のようだった。

「百合の季節はもう終わったのよ」

 女帝、ジュリア・マリス・バックスタバーは艶然と微笑む。

 ――ヴェルディクト処刑場。国家の犯罪者を断罪する裁判にかけ、即日処刑が行われる場所。

 有罪ありきの裁判へ足を踏み入れることは、そのまま数時間後に死を迎えることを意味している。

 裁判へ召喚されたのはルキア・シェイド。かつてジュリアと共に闘い、インサニティ帝国からの侵攻を防いだ英雄。

 誇り高き女戦士(ヴァルキリー)は、難攻不落と言われていた皇帝ガリオス・ブラッドヴェインの率いるインサニティ帝国軍を打ち倒した。セレニティア共和国の今があるのは、ルキアが命を賭して平和を勝ち取ったからに他ならない。

 だが、磔にされ傷だらけとなったルキアに、かつての英雄であった頃の面影はなかった。傷だらけの体を縛り上げられたルキアは、すさまじい怒りを視線に込め、断罪者の席に座るジュリアを睨みつけている。

「今のあなたは英雄じゃない。世界を混沌に陥れた魔女よ」

 ジュリアが勝ち誇った顔で言う。

 悪魔のような女王は、あらゆる情報操作と扇動を駆使してルキアを魔女へと仕立て上げていた。

「どうして」

 悲痛な想いは、傍聴者たちの怒号や罵声で掻き消される。

「早く殺せ」

「その魔女がこの世界を混沌に陥れたんだ!」

「魔女は燃やすしかない」

「英雄のフリをして、俺たちをだましていたってわけか。クソが!」

 かつて自身を包んだ喝采とは真逆の言葉が処刑所のあちこちから降り注ぐ。間違いなく今現在に世界で最も憎まれているのはルキアだった。

「どうしてなの」

 ――いつかに永遠の愛を誓い合ったはずなのに。


 永遠の愛が約束されるというヴォトゥム・ルクス教会。そこへ女二人で手を繋いで足を運んだ。

 ステンドグラスの美しい光に照らされながら、互いの顔を見ては微笑み、唇を重ねた。

 ――私たちはこの戦争が終わっても、いつまでも一緒にいようね。ずっと、ずっと大好きだよ。

 この世界が私たちを祝福してくれなくても、きっと神様は違うの。私たちの愛は決して偽物なんかじゃないと言ってくれる。そう感じずにはいられないの。

 ジュリアからそう言われた時、ルキアはこれ以上ないほどの幸せを感じた。

 とはいえ、かたや王族、かたや数多(あまた)いる騎士の一人にすぎない身。ましてや女性同士の恋愛関係など、来たる国家元首の座が許すはずがない。それが分かっているからこそ、二人は秘密の恋人同士だった。

 そして戦争が終わり、二人は結ばれる――はずだったのだが……。


「ジュリア、どうして? どうしてなの?」

 磔となったルキアは今一度訊く。無言を貫くジュリアの傍へ、一人の男が歩いて来る。

「諦めろ。どちらにせよ君は助からない」

「お前は……!」

 ルキアの目つきが憎しみで一気に鋭くなる。

 ジュリアとの会話に割って入ったのは、ディミトリ・アドルテリオスだった。かつて死闘を繰り広げた皇帝ガリオス・ブラッドヴェインの片腕であり、ルキアとジュリアの敵でもあった男。そんな男が、なぜここに。

 ガリオスが倒された今、この男こそ処刑されるべきのはず。

 ディミトリは困惑するルキアに答える。金髪で整った顔立ちをしているが、どこか見た者にイラつかせる要素があった。

 ジュリアがいくらか紅潮した顔でディミトリを見上げる。ディミトリも慣れた手つきでジュリアの髪をいじりながら口を開いた。

「色々な証拠を検討した結果、ルキア・シェイド――君は国家の反逆者であることが分かった」

「そんなバカな。私の仲間を何人も殺してきた、あなたこそ処刑されるべきじゃないの!」

「うるさいわ、ルキア。ディミトリはねえ、私たちセレニティア共和国の繁栄を目指すのに欠かせない頭脳を持った人物なの。闘うしか能のないあなたには分からないでしょうけど」

「そういうことだ。ジュリアの考える未来はガリオスの夢見ていた世界とそう変わらない。それならば協力するというだけの話だ」

 ディミトリは肩をすくめる。

 ――この男……。

 みるみるルキアの頭に血がのぼっていく。

 ディミトリは敵軍の将だ。捕虜や戦犯者こそあれ、こちら側の首脳に加わるなどありえない。冷静に考えれば誰でも分かる事実。

 だが、民衆たちはすっかりジュリアの口車に乗せられている。誰もルキアの主張など聞こうともしない。

 勝ち誇ったジュリアは口を開く。

「あなたがいなければ召喚魔法は使えなくなるけど、まあいいわ。私には新たなパートナーが手に入ったのだから」

 そう言ってうっとりした目でディミトリを見上げると、二人は見せつけるように唇を重ねた。あちこちから場のそぐわない歓声や拍手が聞こえてくる。

「貴様……!」

 怒りで発作的に殴りかかる。だが、切り刻まれてがんじがらめにされた手足は動かない。

 ――そうか。そういうことか。

 自身の中に、憎しみが広がっていく。それと同時に理解する。聖女とも言われたルキアにも、裏切られれば熱くたぎる黒い感情があることを。

「今に見ていなさい。神はすべてをお見通しなのですから」

「魔女が神様に祝福されるわけがないじゃない。あなた、大したギャグセンスだわ」

 ジュリアが腹を抱えてけたけたと笑う。ディミトリもその傍でいやらしい笑みを浮かべていた。

「いいわ。最後に笑わせてくれたことだし、早く終わらせてあげる」

 ジュリアが術式(スペル)を唱えると、ルキアの縛られた十字架の下に火が灯る。

「地獄の業火で焼かれるがいいわ」

 ジュリアに向かって、ルキアは血の混じった唾を吐いた。唾は届かずに、ジュリアの足元に落ちた。

「ジュリア、私はあなたを赦さない」

 ジュリアは何も答えずに、笑顔で呪文の詠唱を続けている。知ったことか。ルキアはなおも続ける。

「私は必ず戻って来る。そしてあなたたちに復讐を遂げる。それまで、束の間の幸せを楽しんでおくことね」

 呪文の詠唱が終わる。刹那、足元から特大の炎が噴き出す。

 ルキアの体が炎に包まれる。それとともに、処刑場の観衆たちが花火でも見ているかのように歓声を上げた。

 肌が焼ける。顔が熱い。それでもルキアは声を上げずにじっと二人を睨んでいた。

 ――お前たちを、絶対に赦さない。

 炎に包まれるルキアは、独り復讐を誓った。

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