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第四話:黒翼の鬼と、凍てつく呪怨

【山中の激戦と朱羅の力】

夜叉の山脈の尾根。霧に包まれた野営地で、朱羅は千歳の前に立ちはだかっていた。霧の奥からは、無数の妖怪の気配。その大半は、山彦鳥や人食い蜘蛛といった下級の妖だが、その数と霧による視界の悪さが、朱羅といえども厄介な状況を作り出していた。

「千歳、絶対にこの場を離れるな。…俺が祓う」

朱羅は、護身用の神刀を握りしめる千歳に短い指示を出すと、地面を踏みしめた。彼の全身から湧き上がる黒い霊気は、単なる妖力とは違った。それは、この世の全ての**「呪い」と「怨念」**を集めて具現化したような、重く、凍てつく闇だった。

「来るぞ!」

朱羅の警告と同時に、霧の中から、四本の腕を持つ巨大な人食い蜘蛛が飛びかかってきた。その動きは速く、毒液をまき散らしながら千歳の頭上を狙う。

朱羅は動かなかった。ただ、片手を空に向けて振り上げた。

「『鬼哭きこく』…砕け」

その一言。黒い霊気が、朱羅の腕に巻き付いていた赤黒い文様から、瞬時に解き放たれた。霊気はまるで生きた蛇のように、瞬時に蜘蛛を締め上げ、内側から押し潰す。

**グシャリ、という、耳を塞ぎたくなるような凄惨な音。**蜘蛛は、一瞬の抵抗すら許されず、黒い霧となって霧の中に消えた。

千歳の耳には、蜘蛛が死の間際に放った**「生きたい」「貪りたい」**という、純粋な餓えの願いが響き、そして途絶えた。千歳は思わず顔を背けた。

「見るな」

朱羅は冷たく言う。

「俺の力は、こうして『命』を『怨念』に変える力だ。だから呪いだと言った。お前の言う『正しい奇跡』とは、最も遠い場所にある」

【巫女の役目と鬼の防御】

朱羅の力は圧倒的だったが、霊力の消費も激しいようだった。彼の黒い髪は汗で張り付き、時折、胸の傷がズキリと疼くのが千歳には分かった。

(このままでは、霊力を使い果たして、朱羅の呪いが発動してしまうかもしれない…!)

千歳は、状況を冷静に分析した。朱羅は最強の矛だが、霊力のない千歳は盾にも剣にもなれない。

「朱羅、聞くわ!あなたの力は、憎しみや呪いを増幅させる力なのね?」

戦闘の合間に、千歳は鋭く問いかけた。朱羅は襲い来る山彦鳥を払いながら、答える。

「そうだ。俺の血は、この世の負の感情を集める触媒だ。それを力に変え、全てを破壊する」

「分かったわ。私が、あなたの憎しみの矛先をコントロールする!」

千歳は、恐怖を押し殺し、両手を朱羅の背中に当てた。

「私の力は、願いの本質を聞き分けること。朱羅、あなたの心に響く、**憎しみや悲しみの『核』**を、私に聞かせて!」

千歳が強く願うと、朱羅の黒い霊気に混ざって、無数の悲しい魂の叫びが千歳の頭の中に流れ込んできた。それは、妖怪たちのものではない。朱羅自身の、そして彼が背負う**「神と鬼の血を引く者」**としての、何千年も積み重なった、人間への呪いと憎悪の記憶だった。

(…あまりにも重い。これが、彼の呪いの全て!)

千歳は、その重圧に押し潰されそうになりながらも、その呪いの核を見定めた。

(核は『裏切り』。『約束』が破られたことへの絶望!)

「朱羅!あなたの憎しみの理由は、人間が『裏切った』からでしょう!彼らはあなたの望む平和を**『裏切った』!だから、目の前の妖怪ではなく、『裏切りの存在』**へ、力を向けて!」

朱羅の瞳が一瞬、大きく開かれた。千歳の言葉は、彼が制御できない憎しみの力を、特定の方向に誘導した。

朱羅は天を仰ぎ、叫んだ。

「…裏切りを、赦さぬ!」

黒い霊気は、山彦鳥や蜘蛛ではなく、空間の歪みそのもの、すなわち**「霧」**へと集中した。黒い霊気の波動が、霧を構成する微細な霊的粒子を弾き飛ばし、周囲の霧を一瞬で吹き飛ばした!

視界が晴れる。そこにいたのは、朱羅の力の余波で震える妖怪たちだけ。朱羅は疲弊し、肩で息をしていたが、千歳に寄りかかってはいない。

【世界の真実の一端と疲労】

妖怪たちは朱羅の力に怯え、霧が再び集まる前に逃げ去っていった。千歳は朱羅を支えながら、地面に座り込んだ。

「大丈夫?…すごい力だったわ。でも、あなたはなぜ、**『裏切り』**に反応したの?」

朱羅は、力を使い果たし、荒い息を吐きながら答えた。

「それが、俺の存在意義だからだ。俺は、神々と人間が交わした**『奇跡の契約』**が破られた時、その代償として生み出された存在。裏切りが起こるたび、俺の呪いは強くなる」

朱羅の言葉は、この世界の根幹に関わる重要な秘密だった。

「奇跡の契約…それが破られたから、神々はこの世を去り、奇跡が失われた?」

「…全てが破滅に向かう中、俺の創造主は最後に、**『奇跡の力を完全に封じる』**という最後の契約を俺に課した。それが、俺の『呪い』だ」

そして、朱羅は千歳を見つめた。

「お前が言った『奇跡の桜』は、その契約が破られる前に、神々が残した**『最後の希望』**の象徴だ。それが満開になれば、契約が破られた真実と、世界の力が全て明らかになる。再び人間はそれを奪い合い、俺の憎しみは無限に増幅する」

朱羅は立ち上がった。

「だからこそ、お前を監視し、その奇跡が**『呪い』**に変わらないように阻止するのが俺の役目だ。だが、お前の力…人の心の核を見抜く力は、俺の力をわずかに制御した。まるで…昔の巫女のようだ」

【霧隠の社の結界と到着】

夜が明け、太陽が山脈を照らし始めた頃。二人は、霧が晴れた先に佇む、最初の目的地を見つけた。

霧隠きりがくれの社。

それは、龍穴神社よりも更に古く、強大な霊力で周囲の空間を隔絶した社だった。社全体が、青白い、静かな結界に包まれている。

朱羅が結界に触れようとすると、**「怨念の霊力を持つ者は立ち入るべからず」**という、古い言霊が発せられ、その手が弾かれた。

「ちっ。やはり、俺は入れないか」

朱羅は不機嫌に舌打ちした。彼の存在そのものが、清浄な神社にとって毒なのだ。

千歳は、朱羅を振り返った。

「私が、一人で行くわ。あなたは、ここで待っていて。きっと、霊水を手に入れて戻る」

朱羅は、千歳が神刀を携えて結界をくぐる姿を、険しい表情で見つめた。彼の心の中で、憎しみと同時に、**「彼女を失うことへの焦燥」**が渦巻いていた。

(もしこの巫女が、俺の知らない場所で命を落としたら、俺の呪いは永遠に解けなくなる。そして、俺の願いは…)

朱羅は、千歳の背中が結界に呑み込まれるのを見届けながら、静かに、しかし強く、自身に誓った。

「…待っているぞ、千歳。俺の呪いのために、絶対に生きて戻ってこい」

霧隠の社で、千歳を待ち受けるのは、神々の遺した霊水か、それとも新たな試練か。


第四話完

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