第九話:満開の契約と、鬼の消滅
1. 最終目的地への到達と、境界の地
水ノ国を後にした朱羅と千歳は、黄昏の時代の終焉の地、**「奇跡の桜」**が咲く場所へと辿り着いた。
そこは、現世と神代の境界が曖昧な、霧に覆われた世界。空は夜明けとも黄昏ともつかない紫と金の混ざった色をしており、時間の流れすら曖昧に感じられた。場の中心には、樹齢数千年を超え、霊力の渦を巻く巨大な桜の古木が鎮座している。
花はまだ咲いていない。しかし、その根元からは、世界を締めつけるような重い霊圧が放たれていた。
この地に来て、朱羅の肉体は呪いの終わりを予感し、崩壊の兆候を見せ始めた。肌を覆う黒い霊気が不安定に揺らぎ、時折、その一部が塵となって霧散する。**「鬼」**としての存在が消えかかっているのだ。
「もう、限界が近いようね」
千歳は、朱羅の冷たい頬に手を当てた。三つの霊水(真実、赦し、献身)の力が千歳の体内で共鳴し、彼女自身が「契約を書き換える媒体」として機能し始めていることを自覚していた。
「朱羅。あなたの呪いを、奇跡に変えるわ。私の願いは、ただそれ一つ」
朱羅は、弱々しく微笑み、千歳の手を握りしめた。
「…感謝する、巫女。最後まで、俺の贄となれ」
2. 奇跡の桜と「最後の監視者」の出現
千歳は神刀を桜の幹に添え、古文書の力を使い、この桜の真実を読み解いた。
奇跡の桜は、神々が世界を去る際に残した「世界の浄化装置」。契約が破られるたびに、その代償として「人類の希望」という霊力を吸収し、再び咲くことで世界をリセットする仕組みだった。朱羅の呪いは、この桜に捧げられるための膨大な「憎悪のエネルギー源」として組み込まれていたのだ。
その瞬間、桜の根元から、神々の意志を具現化した存在、**「最後の監視者」**が出現した。それは、光を纏う神官のような姿をしていたが、その瞳は冷酷だった。
『巫女よ。霊水は契約の改竄ではなく、**『呪いの増幅』のためにある。千歳よ、お前の霊水は、朱羅の憎悪の力を極限まで高め、この桜に捧げるための準備だ。世界の安寧のため、朱羅の憎悪を桜に捧げ、世界を再起動せよ。お前も、彼の憎悪を増幅させる『贄』**だ』
監視者は、千歳に朱羅を殺し、憎悪を桜に捧げるよう命じた。
3. 千歳の願いと、契約の改竄
千歳は神刀を朱羅に向けず、自らの胸に強く当てた。
「私は従わない!私の霊力は、憎悪の増幅ではない!」
千歳は、三つの霊水の力――朱羅への**「真実の願い」、過去の罪への「赦し」、そして自己の「献身」**を込めた霊力――を、桜に向かって解き放った。
「私の願いは、『神々の契約を終わらせ、朱羅の呪いを奇跡に変えること』!人類の裏切りの代償を、朱羅一人に背負わせる理不尽な契約を、私が巫女として破棄する!」
千歳の霊力は、桜に吸い込まれていく。桜は、憎悪ではない「愛と献身」の霊力に激しく抵抗し、千歳の霊力を凄まじい勢いで吸収し始めた。千歳の身体は、第八話で飲んだ霊水の代償として、徐々に光を帯び、透明になり始める。
4. 朱羅の「贄」と、最強の破壊
千歳の体が消えゆくのを見て、朱羅は自らの**「贄」**を捧げる時が来たことを悟った。彼は、千歳を抱き寄せ、その頬に口づけた。
「ありがとう、チトセ。これで、俺は鬼ではない」
朱羅は、最後の力を振り絞った。三つの霊水で憎悪が鎮静され、制御可能になった、純粋な**「雪色の破壊の力」**を解放する。それは、彼の存在の全てを懸けた、最強の力だった。
「俺の憎しみは終わる。だが、**『お前を守る』**という純粋な願いは残る!」
朱羅は、桜の幹そのものではなく、その根元に存在する、神代の霊力の固定装置――**「契約の楔」**に向けて、渾身の力を放った。
「『鬼哭』――契約断罪!」
雪色の破壊の力は、憎悪ではなく、**理不尽な契約を打ち砕く「断罪の意志」**として機能した。力は楔を貫き、神代の霊力の流れを断ち切った。
力を使い果たした朱羅の肉体は、黒い霊気の塵となって、千歳の腕の中で崩壊し始めた。彼は、最後の瞬間、満足そうに微笑んだ。
「……奇跡に……なれ」
5. 奇跡の満開と、契約の書き換え
朱羅の「破壊」と千歳の「献身」が融合し、桜の「契約の楔」が破壊された。
桜は、憎悪ではなく、**「愛と赦し」**という、人類の最も清らかな願いの霊力で満たされた。その瞬間、巨大な桜は瞬時に満開となり、世界中に桜吹雪を巻き起こした。
桜の霊力が千歳を包み込み、消えかかった千歳の体を再構築し、彼女の霊力と、朱羅の黒い霊気の塵を、全て桜の根元に吸収した。
桜の花びらが舞う中、千歳は巫女として、新しい契約を世界に宣言する。
「新たな契約:神々への依存を捨て、人間が自らの心に生まれた『負の感情』を、自らの力(願い)で浄化し、世界を維持すること。鬼と巫女の旅は、全ての理不尽な契約の終わりとする!」
6. 奇跡の巫女と、残された「痕跡」
満開の桜が散り、世界は元の静けさを取り戻した。黄昏の時代は終わりを告げ、空には新しい夜明けの光が差し込んでいた。
千歳は巫女として、契約を書き換えた**「奇跡の巫女」**として生き残った。しかし、朱羅の鬼としての存在は完全に消滅していた。
千歳は、桜の根元に、一本の枝を見つけた。それは、桜の枝でありながら、雪のように澄んだ白色をしており、朱羅の魂が宿った**「雪色の桜の枝」**だった。
千歳は枝を大切に胸に抱いた。
「あなたの願いは、奇跡になったわ、朱羅」
彼女の旅は終わった。しかし、巫女としての新たな使命が始まる。朱羅の残した「雪色の桜の枝」を胸に抱き、千歳は一人、故郷を目指し、新しい時代の光の中を歩き始めた。
第九話 完




